知らぬが仏

「何をおっしゃる、カラスは、確かに下品ではあるが、心根は優しい。人間のほうが、はるかに下品じゃ。お互い殺しあったり、動物を虐待したり、海や川を汚染したり、まったく、野蛮で下品極まりない。人間に比べたら、カラスは、はるかに上品ですよ。ネコさんたちは、カラスを誤解していらっしゃる。カラスは、お互い助け合う精神を持っているんじゃ。人間こそ、カラスのつめの垢でもせんじて飲むがいい。おそらく、地球上でもっとも下品な動物は、人間だ。まったく、困ったものだ」風来坊は、カラスは人間よりは上品だと主張した。

 

小さくうなずいたピースは、話し始めた。「確かに、人間は、欲の塊のようなものです。猫の持つ上品な自制心というものがないのでしょう。とにかく、お金を奪うために、知恵を働かせて、すぐに殺し合いをするのです。猫の世界には、お金はありませんが、ちゃんと幸せに暮らせています。偉そうにしている猫はいないし、いじけている猫もいないのです。みんな、助け合うから、すべての猫は、やさしく、上品になれるのです。人間は、猫の社会を見習えばいいのです」

 

風来坊は、聡明な発言に感銘した。「さすがですね、ピースさん。人間は、やたらと、建物を作っては壊しているが、まったくわけがわからん。人間の知恵というものは、いい加減なものですな。ところで、卑弥呼様は、人間をどのように思われますか?」風来坊は、黙って聞いていた卑弥呼女王の意見を聞くことにした。卑弥呼女王は、まったく表情を変えず、静かに話し始めた。

「私は、すべての猫を幸せにするために生まれてきた女王です。知恵の多い下品な人間のことは、よく理解できませんが、おそらく、上品な心というものが、生まれたときからないのでしょう。お金を作ったのも、下品な心からに違いありません。下品な心から生まれたものは、下品な社会を作り、下品な争いを引き起こすものです。きっと、地球上に生命が誕生するときに、下品な生物と上品な生物ができたに違いありません。

 

人間は、地球上でもっとも下品な生物に違いありません。私から見ると、人間は、生命の出来損ないと言えます。下品な心をごまかそうと、人口知能ロボットを使って戦争しているみたいですが、これこそゲスの極みと言っていいでしょう。人間は、下品な生物であり続け、下品な死滅の結末を迎えることでしょう」聖母のような卑弥呼女王は、人間を諭すように、上品な声を響かせた。ピースと風来坊は、宇宙を知り尽くした卑弥呼女王のお言葉に感銘し、拍手を送った。

 

ピースが卑弥呼女王に帰宅の誘いをかけようとしたとき、南側からキョロキョロと落ち着きのないスパイダーのリールを手にした亜紀の姿が目に入り、ピースは、独り言のように声を発した。「あら、おばかなスパイダーとおしゃれな亜紀ちゃんだわ」亜紀は、笑顔でベンチに近づいてきた。亜紀は、いつもの軽やかなカワイ~声で呼びかけた。「ピース、こんなところで、遊んでいたの、あら、こちらは?」亜紀は、初めて見かける毛並みがよく気品のある黒猫と目が合った。

一度紹介したいと思っていたピースは、丁重に卑弥呼女王を紹介することにした。「あら、亜紀ちゃん、今日もかわいいわよ。ピンクのパーカージャケットにダークネイビーのデニムスカート、お似合いじゃない。そう、紹介するわね。こちらは、糸島の卑弥呼女王です。私たちの猫の女神様です。亜紀ちゃん、よろしくね。それと、こっちの変な白いカラスは、江戸からやってきた下品な風来坊。こっちも、よろしくね」ピースは、簡単に紹介した。

 

亜紀は、黒猫が、遠方からやってきた猫なのか、近所の猫なのか気にはなったが、ピースの知り合いであることで、とりあえず仲良くすることにした。上品な身のこなしと知性ある風貌から野良猫ではなさそうに思えた。一瞬、ハトと見間違えた白いカラスは、たまにゴミ袋をつつくときはあったが、人には害を加えそうにないと思い、お友達に加えることにした。

 

亜紀は、キョロキョロと落ち着きのないスパイダーを紹介することにした。「ちょと、おっちょこちょいのこの犬は、男の子でスパイダーっていうの。少しいたずらが過ぎるんだけど、悪い子じゃないの。仲良くしてあげてね。スパイダー、この方たちと仲良くするのよ」スパイダーは、猫とカラスをキョロキョロと眺めては、クンクンと鼻を鳴らし、返事した。「俺は、スパイダーっていうんだ。名前はクモだけど、血統書つきのシェルティー犬だ。いじめっ子を懲らしめる正義の味方さ。いじめられるようなことがあったら、呼んでくれ、飛んで、助けに行くから」自信過剰のスパイダーは、胸を張って、尻尾を大きく振った。

即座に、ピースはお上手を言った。「あら、スパイダーったら、大人になったのね。頼もしいわ、こちらの卑弥呼女王をお守りしてあげてちょうだい。こんなに頼もしい仲間がいて、とってもうれしいわ」能天気のスパイダーは、お世辞を言われて、尻尾を何度も振って笑顔を作った。スパイダーの上機嫌を察した風来坊は、ゴミあさりの誤解を解くためにスパイダーに話しかけた。

 

「わしら、カラスは、どうも誤解されている。確かに、ゴミをあさることはあるが、悪気はないんじゃ。腹が減って、どうにもならんときに、ゴミ袋をつついてしまうんじゃ。この場を借りて、深くお詫びする。仲間にも、袋をつつかないように言っとくから、許してくれ」風来坊には、かつて、ゴミ袋をつついているときに、スパイダーに追いかけられ、一目散に逃げた苦い経験があった。

 

スパイダーは、あのときのことを思い出しドヤ顔で話し始めた。「おしかったな~、もう少しで食えたのに。悪さするやつは、容赦なく食ってやる。世の中には、懲りずに悪さするやつが多いからな~。そういえば、ゴミ袋をかき破ったノラ猫がいたぞ。今度見つけたら、食ってやる」スパイダーは、チラッと黒猫を見た。びっくりしたピースは、弁解がましく口をガタガタさせながら口を動かし始めた。

春日信彦
作家:春日信彦
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