知らぬが仏

「そんなにびっくりしないでよ。ド田舎が好きだから、糸島で暮らしているだけだから。秀樹君も、糸島に引っ越してきたら?とっても空気がきれいで、人も親切な人ばかりで、住みやすいところよ」桂会長の話は事実と思い込んだ秀樹は、アンナが総理大臣のように思えてきた。あごはガタガタ震え、気絶しそうなほど意識が朦朧となってきた。あごがガタガタ震えだしたのには、わけがあった。

 

それは、桂コーポレーション出資の軍事企業が、化学兵器、核兵器、気象兵器を製造し、世界各国に売っているということを父親から聞かされていたからだ。しかも、彼に逆らうものは、暗殺されるということも聞かされていたからだった。秀樹の父親は、桂コーポレーショングループのIT企業の重役だが、いまだ、桂会長の顔を見たことがないと言っていたのを思い出した。

 

「亜紀姫のおじい様は、大金持ちなんですね。それから比べたら、僕んちは、貧乏人ですね。ワハハハハ」秀樹の顔は引きつり、全身固まってしまった。亜紀は、秀樹の豹変が理解できなかった。金持ちということだけで、そんなにびっくりすることだとは、思えなかったからだ。「秀樹君のほうが、きっと、金持ちよ。いつか、おじいちゃんのうちに遊びに行きたいと思っているの。ママ、いつ、おじいちゃんのところに連れて行ってくれるの。秀樹君も一緒に連れて行ってよ」

秀樹は、気絶しそうになった。万が一、桂会長に気いられなかったら、二度と生きて帰られなくなるんじゃないかと思えて、全身が震えだした。「ボ、ボクハ、いいです。そんな、大金持ちとは、お会できません。僕は、貧乏人ですから。もう帰らせていただきます。ハンバーグ、ご馳走様でした。亜紀姫、これからもよろしく。それじゃ」秀樹は、すっと立ち上がり、夢遊病にかかったようにぼんやりと歩き出した。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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