秀樹は、ちょっと首をかしげて、思い当たる人物を考えてみた。ビルゲイツよりも大金持ちで、有名な人といえば、・・「もしかして、そのかたは、陰で世界を動かしているとうわさの、桂小五郎じゃないですか」その質問に、一瞬息が詰まった。確かに、さやかが桂って言っていたようでもあったが、はっきりしなかったからだ。また、アンナは、そのことを確かめたわけでなく、どうでもいいことだと思っていた。それかといって、自分の父親のことを知らないというのも変なように思えて、話をあわせておくことにした。
「そうね、桂会長と言ってたかしら」秀樹は、その言葉を聞いて悲鳴を上げた。「ヒェ~~、ほんとですか。あの、あの、カツラ」秀樹は、あまりの驚きに声が脳天から飛び出した。アンナは、桂会長が世界的に有名な人だとは知らなかった。アンナは、適当に話を作った。「あら、そんなにびっくりするほどの人だとは思わないんだけど。単なる、人のいい老人よ。めったに会わないし、あまり、人と会うのは好きじゃないみたいだわ」
秀樹は、桂会長の奇妙なうわさを父親から聞かされていた。桂会長は、誰も過去の素性を知らない陰の権力者で、まったくといっていいほど人と面会しない謎の人物であることを。「いったいどうして?大金持ちのご息女が、こんなド田舎の糸島に?信じらんない」アンナは、父親の話が事件のようになるとは、面食らってしまった。確かに、大金持ちの子供だったら、こんなド田舎で暮らさないと思えた。
「そんなにびっくりしないでよ。ド田舎が好きだから、糸島で暮らしているだけだから。秀樹君も、糸島に引っ越してきたら?とっても空気がきれいで、人も親切な人ばかりで、住みやすいところよ」桂会長の話は事実と思い込んだ秀樹は、アンナが総理大臣のように思えてきた。あごはガタガタ震え、気絶しそうなほど意識が朦朧となってきた。あごがガタガタ震えだしたのには、わけがあった。
それは、桂コーポレーション出資の軍事企業が、化学兵器、核兵器、気象兵器を製造し、世界各国に売っているということを父親から聞かされていたからだ。しかも、彼に逆らうものは、暗殺されるということも聞かされていたからだった。秀樹の父親は、桂コーポレーショングループのIT企業の重役だが、いまだ、桂会長の顔を見たことがないと言っていたのを思い出した。
「亜紀姫のおじい様は、大金持ちなんですね。それから比べたら、僕んちは、貧乏人ですね。ワハハハハ」秀樹の顔は引きつり、全身固まってしまった。亜紀は、秀樹の豹変が理解できなかった。金持ちということだけで、そんなにびっくりすることだとは、思えなかったからだ。「秀樹君のほうが、きっと、金持ちよ。いつか、おじいちゃんのうちに遊びに行きたいと思っているの。ママ、いつ、おじいちゃんのところに連れて行ってくれるの。秀樹君も一緒に連れて行ってよ」