知らぬが仏

スパイダーが即座に喧嘩を売った。「おい、カラスは、いつから日本の敵になった。風来坊は、CIAのスパイなのか。まったく、けしからん。お前なんか、食っちまうぞ。覚悟しろ」飛びかかろうとしたスパイダーを亜紀は取り押さえた。「コラ、ダメ、冷静になるのよ。風来坊が、言っていることも一理あるわ。亜紀は、将来、アメリカ空軍のパイロットになるつもり。そして、日本とアメリカを守ってあげる。みんなもよ」

 

スパイダーは、亜紀をじっと見上げ、うなずいた。「亜紀ちゃんが、そういうのだったら、しょうがない。この際、風来坊の意見を認めてやる。亜紀ちゃんが、パイロットか、かっこいいだろうな~」風来坊は、大きくうなずき、またもやドヤ顔で話し始めた。「九州の空軍は、日本最強じゃないか。アメリカの州になれば、世界最強になる。亜紀ちゃん、立派なパイロットになって、九州を守ってくれ。応援するからな」

 

亜紀は、大きくうなずきドヤ顔になったが、すぐに悲しそうな表情に変わった。「でも、やっぱ、放射能汚染が心配ね。このままだと、九州も汚染されるわね。どうにかならないのかしら?」ここぞとばかりに風来坊は、声を張り上げた。「そう思うだろ~、みんなも。九州が汚染されないためには、九州を移動させる以外ないな。まあ、これは、できっこないんだが」

それを聞いていたピースは、また、アホなことを言ってると思い、ニャ~ニャ~と小さな声で笑い、解決策を話した。「だから、今後、東北と関東の農産物や海産物を九州に持ち込まないことよ。九州に必要な農産物と海産物は、すべてアメリカから輸入すればいいのよ。簡単なことじゃない」ピースは、アメリカから輸入される農産物の多くは、遺伝子組み換えであることをよく知らなかった。

 

亜紀が、あきれた顔で話し始めた。「動物は、気楽なものね。人間の付き合いって、そう簡単なものじゃないのよ。やっぱ、農業や漁業で働いている人たちのためにも、九州には、東北と関東の生産物も仕入れなければならない、お付き合いってものがあるのよ。そんな、動物の浅知恵では、解決できるものじゃないの。でも、関東と東北の農産物と海産物は、汚染されているわけでしょ。いずれ、汚染された野菜や魚は、誰も買わなくなるわね。このままじゃ、関東と東北の農業や漁業をやっている人たちは、どうなるのかしら。かわいそうになってきた」

 

風来坊が、名案が浮かんだといわんばかりのドヤ顔で話し始めた。「アホな人間に代わって、知恵を授けてあげよう。九州の南に人工島を作るんじゃ。そして、その人工島に、東北、関東の人たちを移住させるんじゃ。明暗じゃろ」ピースは、一瞬微笑んだ。「あら、たまには、気の利いたことを言うじゃない。それは名案よ、亜紀ちゃんは、どう思う?」亜紀は、確かに名案だと思ったが、人工島なんて、そう簡単にできっこないと思った。

「まあ、カラスにしては、まあ、まあ、の意見だわ。でも、人工島なんて、そう簡単にできるものじゃないのよ。実現可能な意見じゃないと、人間の世界ではバカにされるだけよ」風来坊は、ムカついた表情で、亜紀をにらみつけた。腕組みをした風来坊は、だみ声で尋ねた。「それじゃ、亜紀ちゃんの名案を言ってみなよ、さあ、さあ。言ってみなよ。人間とやらの名案を聞いてやるからさ」

 

急に振られた亜紀は、一瞬固まってしまったが、以前から思っていた考えを話すことにした。「原発の放射の汚染は、永遠に続くはずね。だから、このままでは、東北と関東の人たちは、いずれ、内部被曝するの。彼らを救うには、東北と関東を捨てさせて、北海道と京都より西側の近畿、中国、四国、九州、沖縄、に移民させるのが一番いいと思う。首都も東京から福岡に移せば良いと思う。これだったら、実現可能と思うの。これでも、パニックになるような気がするけど」

 

風来坊は、いまひとつ納得がいかない顔で話し始めた。「まあ、それが妥当な線かも知れんな。カラスは国会議員じゃないし、官僚でもない。まあ、人間は、カラスがどんなにいいアドバイスをしたとしても、聞き入れるような動物じゃない。人間が蒔いた種は、人間の手で刈り取ってもらわんとな。カラスは、人間に頼らなくても生きていけるけど、猫と犬は、人間と一緒にガンになる以外ないようだな。かわいそうな動物じゃの~」

 

亜紀が、コクンとうなじを垂れた時、亜紀、亜紀、と叫ぶ大きな声が南側から響いてきた。ジーンズ姿のアンナが近づいてくると風来坊、ピース、卑弥呼女王たちは、逃げるように消え去った。「亜紀、何してるの、彼氏が来てるわよ。早く、帰ってらっしゃい」アンナは、ベンチから飛び立った白いカラスを怪訝そうに見ていると、大きく左右に尻尾を振りながら笑顔満面のスパイダーが、アンナの太ももに飛びついた。

 

自称彼氏

 

 亜紀とスパイダーが自宅に戻ると亜紀の男子友達、東条秀樹がキッチンのテーブルで背筋をぴんと伸ばして待っていた。スパイダーは、玄関横にある足洗い場できれいに足を洗うと亜紀と一緒にキッチンに歩いて行った。亜紀は、少し苦手な秀樹に挨拶した。「秀樹君、こんにちは。早く来たのね。午後からか、と思ってた」秀樹は、即座に笑顔で答えた。「いや、土曜の午前中やってくる英会話の先生が、突然、来れなくなって、だから、午前中に来たってわけ。一刻も早く、亜紀に会いたくてさ。お邪魔だったかな」

 

いつも気取った話し方をする秀樹は、9月に東京の名門お坊ちゃま小学校から転校してきた男子で、どちらかといえば、学校でも話しかけられたくない男子だったが、どこが気に入られたのか、最近、亜紀の自宅まで押しかけてくるようになっていた。「ちょっと、犬の散歩に出かけていたの。この子、スパイダーって言うの。スパイダー、挨拶は」スパイダーは、ワンとほえて、尻尾をワイパーのように元気よく振った。

春日信彦
作家:春日信彦
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