知らぬが仏

下品な生物

 

白いカラスの風来坊は、気の向くまま飛び回って人間社会を観察していたが、最近の若者の異様な行動に驚いていた。色とりどりのカジュアルな服装をした若者たちは、悲鳴のような大声を張り上げ、さらには、意味不明な奇妙な声を張り上げ、蟻の行列のような細く黒い帯を大通りの端っこに作っていた。人間の行動にあまり関心のない天神のカラス仲間たちに尋ねても首を傾げるばかりで、らちが明かなかった。

 

風来坊は、彼らがいったい何をやっているのか、人のよさそうな学生らしき若者に聞きてみたかったが、“シュウダンテキジエイケン、ハンタ~イ”という奇妙な発声が、ゴミあさりのカラスは日本から出て行け、という意味ではないかと思えて、ただ、身震いしながら首をかしげて電線から見守る以外になかった。風来坊は、脳裏にピースの愛くるしい笑顔が現れると、緊急事態に遭遇したかのように、すばやく翼を広げ電線からジャンプするように飛び立った。

 

翌朝、白、赤、ピンク色のコスモスで彩られた平原歴史公園上空にやってくると、金閣寺のようなゴールドの家の小庭に目をやった。いつもならば、最近太り気味のピースは、朝のダイエットぬこ体操を終えて、庭のピンクの丸テーブルの下で居眠りしているのだったが、目を凝らしてみてもどこにも見当たらなかった。風来坊があたりを見回していると公園北側のブルーのベンチに腰掛け、黒猫となにやら真剣に話している赤い首輪をした白いピースの姿を見つけた。

風来坊は、ベンチから5メートルほど離れた大きな山桃の木の枝に飛び降り、白装束の忍者のようにそっと二匹の様子を覗き見することにした。しばらく様子をうかがっていたが、一向に話し終える気配は見えず、短気な風来坊は、ふわっと浮き上がると二匹が腰掛けているベンチの背もたれに急降下した。突然、ハトにしては口ばしがバカでかい、醜い白い鳥にピースと黒猫は目を丸くして驚いたが、ピースは、眼を吊り上げいやな顔つきで風来坊に声をかけた。

 

「何よ、突然。デリカシーがないんだから」睨みつけられた風来坊は、一瞬顔を背けたが、いつものがさつな挨拶をした。「いや、悪い、悪い、ちょっと、ピースさんに聞きたいことがあってな」ピースは、依然、苦虫をつぶしたような顔をしていたが、黒猫の紹介をすることにした。「こちらは、泣く子も黙る糸島の卑弥呼女王よ。礼儀をわきまえなさい。卑弥呼様、このような無作法なカラスをお許しください。最近、江戸から糸島にやってきた下品なカラスです」ピースは、卑弥呼女王に深々と頭を下げた。

 

深々と頭を下げたピースを見た風来坊は、上ずった声で話し始めた。「これは失礼いたしました。江戸からやってきました風来坊です。よろしく。まあ、わしは、根っからのがさつものだから、多めに見てくれ。早速だが、最近、若者がわいわい騒いで、アリの行列のように歩き回っているが、あれは、いったいなんじゃ。博学のピースさん」ピースに質問した風来坊は、真ん丸い黒目をぱちくりさせた。

突然の質問を受けたピースであったが、聡明なピースは、即座に返事した。「あれは、デモといって、政府への抗議行動です。まあ、江戸時代の百姓一揆のようなものです。すぐに、鎮圧されますよ」風来坊は、デモという言葉に頭をかしげた。おそらく宣戦布告行動と察した風来坊は、大きくうなずき、あたかも分かったかのような顔つきで話した。「なるほど、ということは、これから、戦争をするんじゃな。人間は、物騒じゃの~」ピースは、やっぱ、カラスは人間社会を知らないと思い、説明した。

 

「違います、デモは、戦争じゃありません。むしろ、戦争反対運動です。国家が戦争しないように、若者たちが大声を張り上げているのです。猫の社会と違って、人間社会は戦争が好きなのです。お分かりか?」ピースは、話し終えると卑弥呼女王に顔を向け、うなずいた。「ほ~、人間は、戦争が好きとな。戦争すると、王様がご褒美でもくれるのか?カラスは、戦争なんかしなくても、うまいものをたらふく食えるがな~。何せ、カラスは、エサがあるところに、飛んでいけるからな」風来坊は、カラスが地球上で最も温厚で賢い動物と思いこんでいる。

 

「ま~、お調子のいいこと。猫も下品な人間がするような戦争なんかいたしませんわ。聡明な卑弥呼女王がいらっしゃる限り、争いなんかありません。共生を重んじる猫の世界では、えさの取り合いなんかないのです。えさがない猫には、ちゃんとえさを与えます。猫は、地球上でもっとも上品な動物ですわよ。カラスさんたちも、猫の上品さを見習うとよろしくて」ピースは、軽蔑の眼差しで風来坊をチラッと見た。

「何をおっしゃる、カラスは、確かに下品ではあるが、心根は優しい。人間のほうが、はるかに下品じゃ。お互い殺しあったり、動物を虐待したり、海や川を汚染したり、まったく、野蛮で下品極まりない。人間に比べたら、カラスは、はるかに上品ですよ。ネコさんたちは、カラスを誤解していらっしゃる。カラスは、お互い助け合う精神を持っているんじゃ。人間こそ、カラスのつめの垢でもせんじて飲むがいい。おそらく、地球上でもっとも下品な動物は、人間だ。まったく、困ったものだ」風来坊は、カラスは人間よりは上品だと主張した。

 

小さくうなずいたピースは、話し始めた。「確かに、人間は、欲の塊のようなものです。猫の持つ上品な自制心というものがないのでしょう。とにかく、お金を奪うために、知恵を働かせて、すぐに殺し合いをするのです。猫の世界には、お金はありませんが、ちゃんと幸せに暮らせています。偉そうにしている猫はいないし、いじけている猫もいないのです。みんな、助け合うから、すべての猫は、やさしく、上品になれるのです。人間は、猫の社会を見習えばいいのです」

 

風来坊は、聡明な発言に感銘した。「さすがですね、ピースさん。人間は、やたらと、建物を作っては壊しているが、まったくわけがわからん。人間の知恵というものは、いい加減なものですな。ところで、卑弥呼様は、人間をどのように思われますか?」風来坊は、黙って聞いていた卑弥呼女王の意見を聞くことにした。卑弥呼女王は、まったく表情を変えず、静かに話し始めた。

春日信彦
作家:春日信彦
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