長生きしてね

リノは、読み終えると、のどが渇き、お茶を一気に飲み干した。「おじいちゃん、こんなこと書き残して、いい気なものね。ジジイはこれだから嫌いよ。いつもの遊びでしょ。勝手に出て行って、あ~、すまなかった。これだからね」リノは、読み終えた便箋を清子に手渡した。清子は、いつもの手紙と違っているような気がした。いつもは、もっと簡潔で、もっと、能天気な内容だった。「これって、結構マジじゃない。おじいちゃんにしては、珍しいわね」リノは、いつものことだと思い、気にしなかった。

 

 「お腹すいちゃった。朝っぱらから、こんな手紙読まされて、ほんと、気楽なジジイ」リノは、無心にご飯を口に頬張りモグモグさせて、一気に食事を済ませた。清子も、心配するのがバカらしくなり、新聞を取りに玄関に出た。歌舞伎門のところに黒猫がちょこんと顔を出していた。手紙に書かれていた黒猫だと思い、声をかけた。「クロ、クロ、おいで」黒猫は、声をかけられると、一目散に逃げ去った。

 

 515日、幸太郎の誕生日がやって来た。だが、幸太郎は帰ってこなかった。「おじいちゃん、帰ってこないね。ジジイは、これだから、嫌われるのよ。どこほっつき歩いてるのやら」玄関で朝からずっと突っ立って待っている清子の横でリノはぼやいた。「おじいちゃん、事故にあったんじゃないかしら。警察に届けようかしら」清子は、リノの返事を待った。「いつものことじゃない。きっと、あ~、すまなかった、って帰ってくるよ。ほっとけばいいのよ。世話の焼けるジジイだこと」リノが、踝を返したとき、クロネコヤマトの宅急便のトラックが30メーター先の庭の入り口に止まった。

 配達の中年男性は、小包を清子に手渡した。とっさに振り向いたリノは、小包の送り元を見た。「おじいちゃんじゃない。何かしら?」リノは、さっそくその場で小包を開き、中身を確認した。「え、キャットフード。まったく、おじいちゃんたら。例の黒猫の餌ね」リノは、しかめっ面で小包を抱え幸太郎の部屋に駆けて行くと、洋間の片隅にポイと小包を放り投げた。

 

 清子は、幸太郎のことが気になったが、いつものように、ひょいと姿を現すのではないかと、警察に届けず帰りを待つことにした。しかし、それから、10日たっても帰ってこなかった。清子は、きっと事故に遭ったに違いないと思い、警察に届けることにした。清子が、服を着替え、警察に行くとリノに伝えると、リノも心配になって、歌舞伎門まで見送りに来た。歌舞伎門まで行くと、黒猫が階段の真ん中で寝転んでいた。

 

 「あら、クロちゃん。どこから来たの?」黒猫は、ニャ~と答えると。リノの手をぺろりと舐めた。そのとき、バイクの音がなった。郵便屋のお兄ちゃんが、駆け足でやって来た。「どうぞ」とはがきを清子に手渡し、駆け足で戻りバイクにまたがると、ブ~ンと音を立て消え去った。はがきを受け取った清子は、表の青い文字をじっと見つめていた。「どこから?」リノは、はがきを覗き込んだ。表には、日本年金機構と表示されていた。

 リノは、おじいちゃんが年金を受給することにしたと思い、清子に笑顔を向けた。リノは、黒猫を抱きかかえると、幸太郎の部屋に向かった。清子は、矢印からはがきを開いてみると、“一時金振込通知書”と表示された赤い文字が目に飛び込んできた。幸太郎の顔が脳裏に浮かぶと、清子の腰はくいだけ、ドスンとしりもちをついた。そのとき、リノは、幸太郎の姿を思い出しながら、なれなれしい黒猫にキャットフードを食べさせていた。

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
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