長生きしてね

 横山は、ゆう子のほうに顔を向けて話した明にムカついたが、優しく話を続けた。「ああ、ゆう子ね。ちょっとは名が知れたグラドルよ。見たことあるんじゃない」三列目の席にいた明は、身を乗り出し、顔を近づけてゆう子の顔をまじまじと見つめた。「本物?あの、グラドルのゆう子さん。すげ~、僕、ファンなんです。サインしてください」明は、とっさに飛び上がり、頭を天井にゴツンとぶつけた。「明、おとなしくせんか」リノは、大声で怒鳴った。ゆう子は、自分のファンが身近にいることに嬉しくなり、快く返事した。

 

 「ありがとう。後でサインするね」ゆう子は、笑顔を送った。まったく無視された横山は、目を吊り上げたが、明はそのことにはまったく気付かなかった。ゆう子は、横山を気遣い、横山の話をすることにした。「リノ、横山がすごい名案を考え出したのよ。聞いて腰を抜かさないでね」明の左隣のリノは、甲高い声で答えた。「ヤッパ、天才横山。頼りになる」横山は、少しは機嫌がよくなったのか、小さな笑顔を作った。

 

 明がすかさず声を発した。「へ~、お姉ちゃん、天才。ぶっちょくても、頭いいのか。人は見かけによらないとは、このことか」さすがに、リノの怒りは爆発した。明は、誰にでも平気で思ったことを単刀直入に言うのだった。リノは、思いっきり拳骨を食らわした。「リノ、いいのよ。その通りなんだから。アキラ君は、素直で、利発な子じゃない」横山は、ケリを入れたい気持ちをグッとこらえて、上品にリノをなだめた。ゆう子は、リノが明を嫌っているのがよく分かった。

 明は、素直で元気なのはいいが、女性の気持ちがまったく分かっていないと思った。まだ、小6だから、しょうがないと思いながらも、ちょっと口が悪いと思った。横山が機嫌を損ね、名案を話してくれなくなるんじゃないかと心配になってしまった。そのとき、幸太郎が口を挟んだ。「リノは、すばらしい友達を持ってるじゃないか。こんなおっちょこちょいのリノだけど、気楽に付き合ってください」ゆう子は、おじいちゃんにまでも気を使わせたと申し訳なく思ったが、心の中で、このクソガキとつぶやいた。

 

 旅館の入り口に近づいたとき、車は左に向かう脇道に入った。旅館の南側には、武家屋敷のような和風の母屋があった。「さあ、着いた。リノ、案内するがいい」幸太郎は、最後に明が降りるのを見届けると、ドアを閉め、車庫に向かった。母屋の玄関は、旅館のように広く、玄関内からは、正面のガラス越しに内庭が見えていた。1.5メートルほどの縁側を通り、二人は幸太郎の部屋に案内された。明は、いつの間にか消えていた。

 

 二人は、和室に通されたが、ゆう子は、高価な品々が置かれていることに目を丸くした。「これって、深川製磁でしょ。お父さんが、いつか、買いたいって言ってた。ちょっとした花瓶でも、数十万はするって」ゆう子は、花瓶をまじまじと見ては、頷いていた。洋間にある本間のゴルフバッグを見つけると、駆けて行った。ゴールドのクラブを見て悲鳴を上げた。「ヒャー、これって、100万以上するんでしょ。本間のクラブは、金持ちが買うって、お父さんから聞いたわ。ヤッパ、金持ちってすごいのね」リノは、高級品であることは知っていたが、値段までは知らなかった。

「おじいちゃんは、若いときからぼんぼん育ちだから、道楽者なのよ」リノは、おじいちゃんが大好きだったが、金遣いが荒いと思っていた。「横山、すぐにおじいちゃん、来るから、名案を聞かせてあげて。それを聞いて、気持ちが変わるといいんだけど」三人は、和室のテーブルを挟み正座しておじいちゃんを待った。しばらくすると、女中の綾乃がお茶を運んできた。綾乃は、ゆう子を見て声をかけた。「ほんと、カワイイ。グラドルのゆう子さんね。私にもサインしてください」綾乃は、小さなお辞儀をすると、部屋を出て行った。

 

 綾乃と入れ替わりに幸太郎が入ってきた。「待たせたな。はるばる、こんな山奥まで足を運んでいただいて、恐縮です」幸太郎は、床の間側に正座して、軽くお辞儀をした。リノがさっそく、口火を切った。「横山、名案を聞かせて」リノは、身を乗り出し、目を大きく見開いた。横山は、ワードで作った書類を封筒から取り出し、読もうとしたが、あまりにも話が長くなると思い、ポイントだけを話すことにした。「ここに、名案のきっかけから、具体的な施策まで書いてきたんですが、とりあえず、ポイントを話します。いいでしょうか?」横山は、結論の施策を早く伝えたかった。

 

 幸太郎は、一刻も早く、施策を聞きたかったと見えて、ポンと手を叩き、返事をした。「結構ですよ。施策を聞かせていただければ、それで結構です」幸太郎の鼓動は、激しくなり、血圧までも上がっているようだった。リノは、幸太郎の高血圧を心配して、声をかけた。「大丈夫、興奮しちゃダメ。落ち着いて」幸太郎の興奮が少し収まったのを感じ取ると、横山は話し始めた。「それでは、順を追って話します。今、どの業界も不況です。その中でも、レジャー産業では、多くの倒産が出ています。雲仙や別府でも、多くの旅館が廃業に追い込まれています」幸太郎は、かなり産業界を分析し、施策を練っていると感じた。

 横山は、幸太郎の頷く姿を確認すると話しを続けた。「そこで、いかにして、温泉にお客を呼び込むかですが、温泉といえば、女性客ではないでしょうか」幸太郎は、う~と頷き、腕を組んだ。横山の理路整然とした話に、リノは、度肝を抜かれ、同じ年齢のJKとは思えなかった。「そこで、女性客の集客方法として、婚活イベントをやります。その内容は、詳しくここに書いています。簡単に言えば、合コンをやります。合コンでカップルが誕生すれば、評判になり、全国から若い男女が集まってくると思うのです」幸太郎は、すばらしい提案に感銘し、何度も頷いた。

 

 「さらに、合コンだけでなく、女性心理を利用した施策があります。女性は、イケメンで、金持ちで、浮気をしない男性を理想としています。ご存知のように、縁結びの出雲大社に全国から祈願にやってきます。そうなんです。女性は、信じると盲目になるのです。そこで、この旅館にも、女性を信じ込ませる御神体を作るのです」幸太郎は、さすが天才と頷いたが、女性が信じ込む御神体とはどんなものか、と思った。「横山さん、ここは温泉で、神社じゃないですよ。新興宗教のような危険なことはやれません。勝手に御神体を作っては、詐欺になります。それだけは、できません」幸太郎は、ヤバイことは避けたかった。

 

 リノの顔は、真っ赤になっていた。“サシハラ教”でも作る気ではないかと、どきどきする胸をそっと押さえた。「心配はありません。新興宗教じゃありません。御神体とは、女性が良縁を祈願すれば、願いがかなうという尊い物です」横山は、少し間を置いた。幸太郎は、じっと、固唾を呑んでどんな御神体かを待った。横山は、幸太郎を見つめるとつぶやいた。「それは、巨大ペニスです」胡坐をかいていた幸太郎は、驚きのあまり、後ろにひっくり返ってしまった。脳溢血で死んでしまったのではないかと思ったリノは、すばやく、幸太郎に駆け寄って、肩をゆすった。「大丈夫、おじいちゃん」リノが声をかけると、幸太郎は、漏れるような息をしていた。

春日信彦
作家:春日信彦
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