長生きしてね

「温泉といえば、家族客が多いよね。そのほかに、ご老人とかよね。そのほかによく温泉にやってくるお客はといえば、どんな人たち?」横山は、ゆう子に質問した。振られたゆう子は、ちょっと考えてみた。ゆう子も家族で温泉に行ったことはあったが、家族以外となると、恋人同士かなとも思ったが、温泉は、デートスポットではないような気がした。母親がママ友と湯布院温泉に行ったことを思い出し、おばちゃんたちのことだと思い元気よく答えた。

 

 「分かりました。暇なおばちゃんです」横山は、ちょっと頷き、答えた。「まあ、遠からずってとこね。温泉といえば、温泉めぐりに夢中になる温泉ジョ。今、しまむらジョ、歴ジョっているじゃない。あることに夢中になる女性集団。そこで、女性を集めるにはどうすればいいかを考えてみたのよ。たとえば、そこの温泉に入れば、必ず美人になると言うのであれば、たくさん集まるわよね。でも、そんな温泉なんて、実際にはないでしょ。次に考えてみたのは、おばちゃんではなくて、未婚の女性を考えてみたの。未婚の女性が、最も求めているものといえばなんでしょう?」

 

 ゆう子は、自分も未婚だが、温泉とは無縁のように思えた。JKで温泉めぐりが趣味って、いないように思えた。当然、未婚だから結婚したいはず。彼氏がいたならいいけど、いない人は必死に婚活をやっているとテレビで言っていたのを思い出した。そうだ、理想の結婚相手ね」ゆう子は、今度は正解と思い、ドヤ顔で答えた。「ハイ、理想の結婚相手です」横山は、頷き、笑顔を作った。

「よく分かったわね。そうなのよ。今、女性の最大の悩みは、彼氏ができないことなのよ。ちょっと、高望みをしているのかもしれないと思うんだけど、深刻な悩みなのよ。ほら、不景気で、派遣社員とかアルバイトとか非正規社員とかフリーターとか、不安定な職についている男性が多いじゃない。信じられないけど、まったく働かないニート男性なんかも100万人以上いるらしいのね。このような男性は、貧乏だから、デートもできないじゃない」ゆう子は、張子のように、顔を上下に動かし真剣に聞き入っていた。

 

 「今の男性って、貧乏だから、結婚しないって、お父さんが言ってた」ゆう子は、父親が、貧乏な独身者が増えている、と言っていたのを思い出した。「そう、未婚の男女が増加しているのよ。その原因は貧乏なんだけど、女性は、貧乏が大嫌いでしょ。だから、金持ちの男性に群がるんだけど、そう簡単に、イケメンで金持ちの男性なんか、ゲットできないでしょ。だから、今、婚活イベントが大流行ってわけよ」ゆう子は、横山の思慮深さに感銘した。

 

「なるほど、婚活ね。では、いったい、婚活と温泉はどうつながるの。温泉で婚活イベントをやるってこと」ゆう子は、ひらめいたことを話してみた。「結構、頭の回転がいいじゃない。婚活イベントは必要なんだけど。それだけじゃいまひとつなのよ。女性は、理想の男性にめぐり逢えますように、って縁結びの神様にお願いするじゃない。そこで、思いついたのが」そこで横山の話が終わった。ゆう子は、肝心の話が聞けず、即座に声をかけた。

 「何を思いついたの。もったいぶらずに」ゆう子は、顔を横山に近づけた。横山は、ニッコリと笑顔を作り、答えた。「それは、明日のお楽しみ」一気に緊張が切れたゆう子は、肩を落とし、つぶやいた。「つまんないの。ま、いいか。リノは、名案を聞けば、きっと安心するよ。さすが、横山ね。JRで行くとして、リノと打ち合わせするね。決まったら、電話する。それでいい」横山は、頷き、返事した。「ゆう子に任せる」このときばかりは、ゆう子は、天にも昇るハイな気持になり、横山が女神様のように思えた。

 

 翌日、JR筑前前原駅で待ち合わせ、二人は、145分の電車に乗り深江駅で降りた。駅前にグリーンの奇妙な翼をつけたバカデカイ車が二人を待っていた。「こっち、車から飛び降りたリノは、二人に手を振りながら、駆け寄って行った。二人を押し込むように車に乗せると、車は西に向かって走り出した。「こら、挨拶せんか」リノは、明に命令した。明は、笑顔を作り元気よく挨拶した。「こんちは。弟のアキラです。小6です。いつも姉がお世話になっています。こんな、がさつな姉ですが、よろしく」リノの顔は真っ赤になってしまった。

 

 「おい、どこががさつよ」リノは、拳を持ち上げた。「リノ、そう、怒らずに、冗談じゃない。短気は損気、って言うでしょ」横山は、リノに声をかけた。「アキラ君は、イケメンじゃない。俳優になれるかも」横山は、明の話題で、仲直りさせようとした。「僕、チャーのようなギタリストになりたいんです。毎日練習してるんです。お姉ちゃん、アイドルみたい。バリ、可愛い」明は、ゆう子のほうを見てお世辞を言った。

 横山は、ゆう子のほうに顔を向けて話した明にムカついたが、優しく話を続けた。「ああ、ゆう子ね。ちょっとは名が知れたグラドルよ。見たことあるんじゃない」三列目の席にいた明は、身を乗り出し、顔を近づけてゆう子の顔をまじまじと見つめた。「本物?あの、グラドルのゆう子さん。すげ~、僕、ファンなんです。サインしてください」明は、とっさに飛び上がり、頭を天井にゴツンとぶつけた。「明、おとなしくせんか」リノは、大声で怒鳴った。ゆう子は、自分のファンが身近にいることに嬉しくなり、快く返事した。

 

 「ありがとう。後でサインするね」ゆう子は、笑顔を送った。まったく無視された横山は、目を吊り上げたが、明はそのことにはまったく気付かなかった。ゆう子は、横山を気遣い、横山の話をすることにした。「リノ、横山がすごい名案を考え出したのよ。聞いて腰を抜かさないでね」明の左隣のリノは、甲高い声で答えた。「ヤッパ、天才横山。頼りになる」横山は、少しは機嫌がよくなったのか、小さな笑顔を作った。

 

 明がすかさず声を発した。「へ~、お姉ちゃん、天才。ぶっちょくても、頭いいのか。人は見かけによらないとは、このことか」さすがに、リノの怒りは爆発した。明は、誰にでも平気で思ったことを単刀直入に言うのだった。リノは、思いっきり拳骨を食らわした。「リノ、いいのよ。その通りなんだから。アキラ君は、素直で、利発な子じゃない」横山は、ケリを入れたい気持ちをグッとこらえて、上品にリノをなだめた。ゆう子は、リノが明を嫌っているのがよく分かった。

春日信彦
作家:春日信彦
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