終末少女ハイネ×アリス 第1話:2人はセプテム・ハンター

1:牢屋の中の2人


 戦争や環境汚染によって都市を放棄した人々は、各地に散ってそこで集落を形成していった。

 荒涼とした平原の中にその村はあった。人口は200人弱、家屋は木造の粗末な平屋がほとんどで鉄筋コンクリート製の建造物は一切無い。広がる田畑で作業するのは、クワやスキを振るう住人たちでトラクターなどの農業用機械は一切見当たらない。道路は幅こそ広いが、舗装などされておらず、雨が降ろうものなら酷い泥濘となって人馬の脚を取っていくだろう。上下水道はおろか、排水溝や電話線、送電線と言った近代的なインフラも見当たらない。

 西暦2100年代というよりも、近世以前の農村の景色と言ったところだ。

 その村を治める村長の屋敷に地下室があった。普段は物置として使われており、光源は壁のロウソクが数本だけだ。土くれの壁を覆う木も低温と永遠の日陰という事もあってか腐食が進み、かび臭さを放っている。そんな地下室に1人の男がいた。

 男は20代中盤の白人で中肉中背、背丈もアングロサクソンの成人男性としては平均的だ。顔立ちも整っており、もし100年前に生まれていたらハリウッド映画に出られた可能性もあっただろう。

 男は、階段を上ると床の扉を叩いた。「おおい、いい加減ここから出してくれよ!」

 呼びかけに対して地上からの反応は無く、扉を叩く音だけが地下室の中に木霊した。

 男は、自らの意思でここにいるのではない。旅の途中、休息がてら立ち寄ったところ、いきなり村人たちに捕まってこんな所に放り込まれたのだ。ただの旅人だと説明してもまるで聞く耳を持ってくれない。完全に盗賊扱いされているのだ。

「くそ、ふざけやがって」毒づき、踵を返して階段を下りていく男。

 その時、扉の鍵を開ける音が響き、男は思わず振り返った。

 扉が開くと、1人の少女が村の男に押し込まれるように階段を下りてきた。

 セミロングの白い髪に鮮やかな赤い瞳。少女と呼ぶには背丈は高く、胸も豊かだ。服も露出が激しく、余計に少女の魅力を際立たせている。

 その少女は両手を後ろに回され、胸周りを縄できつく縛られている。

 村人は、少女を乱暴に床へ突き放した。「コソ泥が! 奴隷として売り飛ばしてやるからな!」

 少女は怒りの形相を浮かべて起き上がると、地上に戻る村人をにらみつけた。

「テメエ、こんな事してタダで済むと思うなよ! 後でお前ら皆殺しにしてやるからな!」

 少女の罵声を背中に浴びながら、男はさっさと地上に出て行った。再び鍵のかかる音がし、少女は不機嫌そうに座り込んだ。

「くそ、死ねってんだよ!」

 騒がしい新入りに男は声をかけた。「随分騒がしい奴だな。なんだお前は?」

 話しかけられ、少女は振り向いた。「お前こそなんだよ?」

「俺は旅人だ。道なき道を歩いてやっとたどり着いたと思ったら、いきなり盗賊扱いされてこのザマだ。それでお前は?」

「私か? 私は旅人――」と言って一拍置く。「――のつもりだったんだけどさ、いきなりバレちまってな」

「バレる?」

「ああ――と、名前がまだだったな。私はハイネって言うんだ。知ってるか?」

 聞かれ、男は左右に首を振る。「いや、聞かないな。有名なのか?」

「さあな。ただ、手配書が出回ってるところを見ると、意外と有名なのかもな」

「賞金首か。それで捕まったのか?」

「ああ。ちょっと村を襲おうと思って仲間と下見してたんだけどよ、まさか手配書が出回ってるなんて思ってなくてな」

「それで、どうするんだ? 仲間が助けてくれるのか?」

「取りあえずな――と、そうだ。お前も一緒に来るか?」

 ハイネの提案に男は思わず「なにい?」と素っ頓狂な声をあげた。「一緒にって、お前とか?」

「なんだ、嫌なのか?」

「いや、そうじゃない。盗賊と一緒に逃げようものなら、俺まで盗賊の仲間だと見られちまう。お前と違って俺は正真正銘、本物の旅人なんだ。村人連中の誤解が解けるまでここに留まるよ」

「止めておけ。多分、処刑されるのがオチだと思うぞ」

 処刑される、という言葉に男は目を剥いた。「はあ? いったいなんでだ?」

「キンバライトファミリーだ。知らないのか?」

「キンバライト――ああ、アレか? 最近、この辺りで暴れてるって言う盗賊団だろ?」

「この間、近くの集落が襲撃されたって言うんで村の連中、疑心暗鬼になってやがるんだ。私を捕まえた時だって最初は下見に来たキンバライトのスパイだの、処刑しろだのって騒ぎやがってよ」

「そうだったのか」納得する旅人。「ところでお前、キンバライトファミリーとは無関係なのか?」

「今のところはな」

 含みのある言い方に男は反応した。「と、言うと?」

「本当言うと、フリーで盗賊やってると色々大変なんだ。だから大きなグループに入りたいって前々から考えててな」言って天井を見上げ、ため息をつく。「あーあ、キンバライトのボスに会えねぇかなあ? ファミリーの一員になれば、弾薬や燃料の調達にも苦労しなくなるし、派手に暴れられるしよ」

「キンバライトに入りたいのか?」

 顔を向けるハイネ。「まあな。この辺りじゃ1番大きい組織だし、それにボスは中々のハンサムでやり手だっていうしな」ニヤッと期待するかのような笑みを浮かべる。

「そうか――まあ、運が良ければ入れるんじゃないか?」

「生きてここから出られればの話だけどな」


2:脱出


 外の景色が見れないせいでか、長く地下室にいると時間の感覚が狂ってくる。ここに閉じ込められてからかなりの時間が経過したが、具体的にどれだけの時間が流れたのかまるで見当がつかない。

 ハイネは疲れたのか、縛られた身体を壁に預けて静かに休んでいた。

 男も木の床に寝転がって休んでいたが、気が高ぶっている事もあって目は冴えていた。

 休みながらも男の視線は、ずっとハイネに釘付けだった。

 10代後半とまだ少女と呼べる年齢でありながら、その肉体は男を夢中にさせるだけの魅力を備えている。身にまとっている服が余計に少女を美しく見せ、興奮さえ覚える。

 いや、肉体だけではない。無名の小物ながらもフリーの盗賊として活躍している所、そしてキンバライトのメンバーになりたいという所にも妙な可愛らしさを感じさせる。

(キンバライトのボスに会いたい、か)ハイネの言葉に男は少しばかり笑みを浮かべた。(思わぬ拾い物かもしれねぇな、こいつは)

 男がほくそ笑んでいると、地上の方から物音がし、不意に顔を上げた。

 直後、解錠する音が響き、扉が開く。するとライフルを携えた数人の男たちが階段を下りてきた。

「起きろ、お前たち!」

 リーダー格の男の怒声に2人は起きた。

 2人の注意が自分に向けられているのを確認すると、リーダーは言葉を続けた。「長の命令だ。これからお前たちを処刑する」

 突然の死刑宣告に2人――特に旅の男は狼狽した。

「ちょっと待ってくれ、俺は本当にただの旅人だぞ! なんで殺されなきゃならねぇんだ!」

 男の弁解にハイネが続く。「なあ、頼むよ! 私ら、キンバライトとは無関係なんだ。見逃してくれよ、な?」

 2人の命乞いに対し、リーダーは淡々と答える。

「可能性がある以上、生きて村から出すわけには行かん」言ってリーダーは、首を振って従えている村人たちに合図を送る。

 村人たちは、旅の男を取り囲むと、それを取り押さえて両腕を後ろに回し、手首を縄で縛った。

「テメエ!」ハイネは立ち上がると、村人の1人に体当たりした。

 村人はよろけたが、すぐに立ち直って威勢の良い女盗賊を取り押さえる。逃げようと暴れるが、縄で縛られているせいか、または男女の力の差ゆえか、逃れる事ができない。

「連れて行け!」

 リーダーの命令を受け、村人たちは2人を連れて地上に出る。

 とうに日は沈んでいたらしく、外はだいぶ暗くなっている。2人は屋敷の外に連れ出され、そのまま村の中にある広場まで歩かされた。

 2人は並ぶように跪かされた。男はすっかり狼狽しきり、ハイネも不安を隠せずにいた。

 そして村人の1人がハイネの後頭部に銃を突きつける。硬く冷たい感触にハイネは思わず振り返る。

「頼む、助けてくれよ。なんでもする、奴隷にしてもいいからよ。な? 私、スタイルには結構自信があるんだ。売れば金になると思うぞ?」

 ハイネの提案に対し村人は『交渉の余地無し』と言わんばかりに沈黙を保つ。

 直後、遠くの方から銃声が響き、一同の注意がそちらに向かう。

「どうした!?」

 リーダーの声に応えるように声がした。「敵だ! きっとキンバライトの奴らだ!」

 その言葉に村人たちは騒然とし、次いで狼狽した。

「キンバライトが来た!」「逃げろ!」「助けてくれ!」

 ハイネたちを囲んでいた処刑人たちは、恐怖の色に染まった悲鳴を上げながら右往左往する。それを見てハイネは立ち上がった。

「おい、今の内に逃げるぞ!」

 その言葉に男も遅れて立ち上がる。「ああ、分かった!」

 2人は縄で縛られた状態のまま、銃声のする方角に向けて走っていった。

 しばらくすると、前方からヘッドライトを点した車がこちらに向けて走ってくるのが見えた。

 その車――M1114ハンヴィーは、2人の近くまで来ると停車した。そして運転席のドアが開き、その少女が姿を見せた。

 金髪碧眼。歳はハイネと同い年だが背丈の方はやや低く、胸も歳の割には豊かだがハイネと比較すると大人しさを感じさせる。

「ハイネ!」

 呼ばれ、応える。「遅いぞ、アリス!」

 アリスと呼ばれた少女は、腰から下げているナイフ――刃渡り20センチ弱のサバイバルナイフだ――を手にすると、ハイネの縄を切り、拘束を解いた。次いで一緒についてきた男を見やる。

「ハイネ、この男は?」

「地下で一緒に監禁された旅人だ。スパイと間違えられて処刑されそうになってたから連れてきた」

「そうか、そいつは災難だったな」言って男の手首の縄も切る。「大丈夫か?」

 男は応えた。「ああ、助かった!」

「よし、2人とも乗れ! ここから逃げるぞ!」

 アリスの言葉に2人は後部座席に飛び込み、アリスも運転席に戻ってハンドルを握る。

 アクセルペダルを踏み込むと同時に水冷V8ディーゼルが唸りを上げて2トン強の大型車を動かす。

 190馬力の駆動音を轟かせながら、ハンヴィーは恐慌状態に陥った村の中を全速力で駆け抜けていく。そして村から飛び出すと、銃声や怒号は次第に遠くなり、やがてエンジン音とオフロードタイヤが荒地を踏みしめる音しか聞こえなくなった。

 落ち着きを取り戻した所でハイネが口を開いた。「取りあえず、上手く行ったな」

「そうだな。それで、これからどうする?」

「当然、村から逃げるに決まってるだろ」

「それはそうだが――」一拍するように言葉を濁す。「――できる事なら、キンバライトファミリーに合流したいところだな。せっかく村の情報も手に入れたんだ。手土産にすれば、歓迎してくれると思うんだがな」

 アリスの言葉に男が反応した。「あの村の情報も手に入れたのか?」

「ああ。手配書で顔が知れていたから変装してな。それで色々と分かった」

「そうか」言って男は数秒ほど黙考した。「――キンバライトファミリーなら北に10キロ行った所にある旧時代の市街地に集まっている」

 男の情報にアリスは少しばかり驚いた。「なんで知ってるんだ?」

 ハイネが驚きつつ、続く。「まさかあんた、キンバライトのメンバーなのか?」

 自称旅人はニヤリと笑みを浮かべた。「お前ら、ラッキーだな。俺の名前はジード・キンバライト――キンバライトファミリーのボスだ」

3:作戦会議


 漆黒の闇に包まれた荒野をそのハンヴィーは走っていく。空は晴れてこそいるが、旧時代から続く大気汚染の影響か星の明かりはほとんど見えず、月も今夜は新月とあって姿が見えない。頼りになるのは、ハロゲンランプのヘッドライトだけだ。

 やがてハンヴィーは、村から北へ10キロほどの場所にある旧時代の市街地にたどり着いた。

 20世紀の終わりから21世紀の始めごろまでこの街には、万単位の人間が住んでいたのだろう。しかし、人間の管理から離れて100年が経過した今、建物の大半が老朽化によって崩壊し、道路も瓦礫や崩落によって寸断され、栄えていた頃の面影は完全に失せていた。

 市街地に入ってからハンヴィーは、ずっと徐行運転をしている。何も無い荒野と違い、市街地は複雑に入り組んでいる上に障害物も多いため、あまり速いスピードでは走れないのだ。ましてや夜間ともなればなおさらだ。

 運転をアリスに任せ、ハイネはジードと話をしていた。

 最初に話したのは、ジードが村に軟禁されるまでの経緯だった。

 これまでジードは、村を襲う前に情報収集のため自ら村を下見していたのだ。今回も旅人を装って下見に訪れたが、キンバライトファミリーを恐れるあまり疑心暗鬼に陥っていた村人たちに捕まったのだ。

 次に話したのは、キンバライトファミリーについてだった。

「キンバライトファミリーはな、俺の親父が作った組織なんだ。最初は親父と兄弟、お袋だけだったが、どんどん勢力を拡大して今じゃ構成員が100人を越える大軍団になった」

「じゃあ、ボスは2代目で?」

「いや、3代目だ。親父が死んだ後、叔父貴が2代目になったんだが、組織の方針を巡って派閥争いがあったんだ」

「派閥争い?」

「ああ。セプテム・ギルドって知ってるか?」

「詳しくは知らないが、巨大な犯罪組織だろ?」

「ああ。そのギルドに加わるか加わらないかで揉めてな。叔父貴は反対派だった。他人の言いなりになるぐらいならファミリーを解散させるとか抜かしてよ。本当、バカな話だぜ。今時、ギルドに加わらない連中なんでいないのによ。それで俺は加入派のリーダーとなって叔父貴の反対派を潰して3代目になったってわけさ」

「セプテム・ギルドとはどんな関係を?」

「子分みたいなもんさ。ギルドにせっせと上納金なんかを納めてな。支払いが滞ると殺し屋をよこして脅しに来やがる。けど、ギルドが運営する市場を通じて物資や情報、商品の売買ができるし、仕事の斡旋もある」

「商品というと、やっぱり麻薬とか?」

「色々だ。麻薬、奴隷、武器なんかはもちろん、食料、燃料、美術品、何でも商品になる」

 2人が組織について話し込んでいると、前方から眩いほどの強い光が差し込み、3人は思わず腕をかざして光を遮った。

 直後、いくつものけたたましい爆音が響き渡り、複数のバイクがエンジンをふかしながらハンヴィーの周りを走る。まるで獲物を取り囲むライオンのようだ。

「テメエら、誰だ!」「痛い目に遭いたくなかったら身包み全部置いていきな!」

 威嚇するバイクにハイネとアリスは緊張する。

 ジードが口を開く。「あいつらはキンバライトファミリー――俺の部下だ。ちょっと待ってろ」言ってドアを開け、車から降りる。

 ヘッドライトの光に照らされるジードの姿を見て部下たちは騒然とした。

「ボス!」「ボス、ご無事で!」「ボスが帰ってきたぞ!」

 部下の1人がジードに駆け寄る。「ボス、帰りが遅いものですから心配しました!」

「村の連中に捕まってな。それをこいつらに助けられた」

「この者たちですか?」言って部下はハンヴィーの車内を覗き込み、ハイネとアリスを見やると再びボスに顔を向けた。「小娘、ですか?」

「俺たちと同じ盗賊だ――と言ってもフリーだがな。俺の組織に入りたいと言ってな。手土産に村の情報も持ち帰ってくれた」

 村の情報、という言葉に部下は反応した。「では、村を襲うのですか?」

「ああ。これから作戦会議を開くぞ。準備しろ」


 キンバライトファミリーは、市街地の中にある小学校を根城にしていた。他の建造物同様、学校の校舎も老朽化が進み、辛うじて原型こそ留めているが、所々が崩れている。しかし、100人近い盗賊たちが生活するには充分すぎるほどの空間があり、またグラウンドはファミリーが所有するバイクやトラックの駐車スペースとして利用されていた。

 会議は教室で行われ、ジードを始め、ハイネ、アリス、そして数人の幹部たちが出席した。皆、教室内の椅子や机に腰掛けるなどして視線をジードに向けていた。

 まず最初にジードが口火を切った。「これから襲撃するあの村は、他の村のようには行かない。住人どもは俺たちの事を警戒している。それに今日、俺たちを助けるためにアリスが村で暴れたからなおの事、用心深くなっているはずだ。だが、村にも弱点はある。それをアリスに説明してもらう」

 ジードの言葉で全員の注意がアリスに向かう。アリスは喉払いすると、説明を始めた。

「今日、私は相方の救出と襲撃のため、村を下見した。その結果、いくつか分かった事がある。まず第1に住人たちはこちらを警戒しているが、それ以上に恐れている。下見していた時も何人かが村から逃げるのを見た。今日の襲撃でも右往左往するばかりで適切な対処ができていない。第2に武器はクロスボウなど手作りの物がほとんどで銃火器の類はかなり少ない。見た所、こちらは銃火器に恵まれているから火力で負けるという事も無いはずだ」

 アリスの説明に幹部の1人が口を挟む。「なら正面から突っ込んで皆殺しにすりゃ良い!」

 いかにも頭の悪そうな風貌をしている幹部の男を冷ややかな目で見ながらアリスは言葉を続けた。

「そういう訳にも行かない。実は1つ、問題がある。さっき銃火器の類は少ないといったが、まったく無いわけじゃない。村の連中、トラックを改造して作った装甲車を持っている。数は1台だけだが、あちこちに鉄板を張り巡らせて防弾能力を高めている。サブマシンガンどころか、アサルトライフルの弾丸だってはじき返しかねない代物だ。その上、重機関銃も積んでいる。下手にやりあったらかなりの損失を蒙るぞ」

 今度は別の幹部が口を挟む。「じゃあどうしろっていうんだよ!」

「この装甲車は私たちが破壊する。私たちのハンヴィーには50口径の重機関銃が積んである。こいつは射距離300メートルで20ミリの鉄板を撃ち抜く威力がある。あの装甲車がそこまで頑丈とは思えん」

 次にハイネが続く。「こいつを破壊さえすれば、脅威はなくなるし、村の連中も戦意を失う。破壊したら信号弾で合図を送る。そしたら全員を村に突入させてくれ」

 再びアリスが説明する。「攻撃は北側からとする。また、可能な限り殺しもするな」

 奇妙な注文に幹部が反発する。新入りでかつ女の分際で命令がましく説明している事に苛立ちを覚えていた。

「いったいなんだってんだ、さっきからよ! 新入りの分際で偉そうに指図しやがって! 俺たちの好きなようにやらせろ!」

 その言葉に他の幹部たちも「そうだ!」「何様のつもりだ!」と同調する。

 そんな幹部たちをジードは睨みつけた。殺意の宿った目つきにいきり立っていた幹部たちは萎縮し、言葉をにごらせながら黙りこくった。

 幹部たちが沈黙したのを確認してからアリスは説明を再開した。「東側には畑がある。村人の話によると、もうすぐ収穫になるらしい。食料は物資にもなるし、商品にもなる。それをトラックで踏み荒らすのももったいない。西側は休耕地で何も無いが、土壌が柔らかいので車両が進入すると足を取られる可能性がある」

 新入りの説明に幹部たちは呻き、そして恐る恐る反論する。「けど、俺たちは百姓じゃねえ。収穫なんてやった事ねえぞ」

「それは奴隷にした村人たちにやらせる。収穫が終わった後、どこぞに売り飛ばすなり、殺すなりすれば良い」

 再びうめく幹部たち。アリスは続ける。「私とハイネは陽動を兼ねて南側から攻撃して装甲車を破壊する。その後、本隊は北から攻撃してくれ。前後から挟撃されれば、敵も戦意を喪失して抵抗できなくなるだろう」

 説明が終わり、幹部たちはざわめきながら互いの顔を見合った。今までキンバライトファミリーの面々は、火力と暴力に任せて欲望の赴くままに略奪を続けてきた。こんな軍事作戦みたいな襲撃など1度もやった事が無いし、議論した事も無かった。それは3代目とて同じだった。

 ジードは内心でほくそ笑んでいた。このアリスという女、美しいだけでなく参謀役をやってのけるだけの頭脳も持っている。

 そうだ、これこそ今のファミリーに欠けていた存在だ。はっきり言ってメンバーのほぼ全員が筋金入りの武闘派であり、この手の人材は無いに等しかった。

 ジードは嘗め回すようにアリスの身体を眺めた。肉体こそまだ幼さを残してはいるが、しかし女として理想的な身体つきをしている――肉体、頭脳の双方を見てもこの歴代史上最高のボスである自分の妻に相応しい女ではないか。

「良いだろう、アリスの作戦を採用する」

 ボスの言葉に幹部たちはどよめいた。確かに合理的な作戦である事は幹部たちも理解していたが、しかし今日入ったばかりの新入りの立てた作戦を全面的に採用するとは想像もしていなかった事だ。

「良いんですか、ボス? こんな青臭いガキの立てた作戦――」

 不安そうに意見具申する幹部の言葉を遮るようにジードは、ホルスターからリボルバー拳銃を抜き取り、その銃口を突きつけた。

 突然の事に一同は騒然とし、意見具申した幹部は硬直した。自分に向けられる銃口と、引き金に指をかけるボスの冷ややかな目つき――ファミリーの掟を破った裏切り者を処刑する時と同じ――に心臓が高鳴り、汗がどっと吹き出る。

「ボス、何を――」

「屑が。消えろ、目障りだ」

 指に力が入り、撃鉄がシリンダー内の銃弾を叩く。瞬間、銃口から44口径(約11ミリ)のマグナム弾が爆音と共に撃ち出される。

 20グラムの弾丸は、音速を上回るスピードで幹部の額に撃ち込まれる。衝撃で頭蓋が粉砕され、あまり使われなかった脳の一部が鮮血と共に飛び散り、辺りにぶちまけられる。

 幹部は、驚愕の表情を浮かべながら後ろに倒れた。数え切れないほどの凄惨な死体を量産してきた他の幹部たちも、変わり果てた仲間の姿に戦慄した。

「空席ができたな」銃をしまうと、ジードはアリスを見やった。「アリス、今日からお前をファミリーの幹部に抜擢する。働き次第では俺の右腕になってもらうぞ」

 言われ、困惑するアリス。「しかし、私は新参で――」

「俺が良いと言ってるんだ」遮るように言い、ついで他の幹部たちを見回す。

 ボスの視線に幹部たちは、蛇に睨まれたカエルのようになった。

「お前ら、こいつの死体をどこかに捨てて来い。あと前祝だ。アリスとハイネの歓迎会も兼ねたな」

 命令に幹部たちは「ははッ!」と規律正しい軍人のような返事をし、素早く行動した。普段、粗末で貧相な食事をしている構成員たちは、宴会ともなれば無条件で歓喜の声を上げるのだが、今回ばかりはボスの不興を買ってはならないと感情を押し殺していた。

 ある者は宴の準備のため脱兎の如く部屋を飛び出し、ある者は死体を片付けようと素早く動き回る。そんな中、ハイネはボスに話しかけた。

「前祝? もう勝った気でいるのか」

「アリスのおかげでな」言ってジードは参謀の肩に手をかける。

 僅かにアリスは不快感を見せ、ハイネもピクリと眉を動かす。

「随分とアリスを買ってるようだな?」

 どこか敵意を感じさせる鋭い目つきをするハイネ。そんな参謀の相方をジードは面白そうに笑った。

「なんだ、嫉妬か? 自分を差し置いて相方だけ出世したのが気に入らないのか?」

 言われ、視線を逸らせるハイネ。「別に、そんなんじゃ」

「安心しろ。お前も働き次第では幹部に抜擢してやるぞ」

 ジードの言葉にしかしハイネは、なおも機嫌の悪さを呈していた。

 見かねたアリスが話題を逸らすように話しかける。「それよりボス、早い所、夕食に行こう。朝から何も食べていないんだ」

「そうか、何も食べていないのか?」

「フリーだと食料も満足に調達できなくてな」

「よし、良いだろう。今夜はたらふく食え。ハイネ、お前も食って英気を養え」

 言ってジードは、アリスの背中の腕を当て連れて行くように部屋を後にした。

 ジードの背中を見送り、1人部屋に残ったハイネは、怒り半分、不快感半分の表情を浮かべた。

「ケッ、何が幹部に抜擢してやるだ、クソ野郎が」


4:宴の華


 宴会は、駐車スペースとしても使われているグラウンドで行われた。構成員たちは、焚き火を囲んで食欲の赴くままに暴飲暴食に奔走し、あちこちから頭の悪そうな笑い声や叫び声を響かせた。

 ジードはアリスを――まるで自分の右腕だと言わんばかりに――隣に座らせて上機嫌に酒をあおり、肉を貪る。それとは対照的にアリスは、酒には手を出さず、皿の料理を黙々と食べていた。

「どうだ、アリス。入ってすぐ幹部に抜擢された気分は?」

 聞かれ、口に含んでいるパンを喉に通す。「身に余る光栄、といった所だな」

「そうか。お前には期待しているぞ」言って酒瓶を上げ、一口分を口内に流し込む。「ふう――ところでアリス、盗賊を始めて何年になる?」

「2年ほどだな」

「ハイネとはいつから?」

「盗賊を始めてすぐ」

「きっかけは?」

 その問いかけにアリスは数秒ほど黙考した。「――1人じゃできない大きな仕事があって、たまたま一緒に組んだ。それからずっとだ」

「いつも2人で仕事を?」

「私は頭脳労働担当であいつは肉体労働担当だ。言うなればブルジョワとプロレタリア。ホワイトカラーとブルーカラーだな」

 分かりやすく、そして面白い説明にジードは「なるほどな」と笑う。

 そこへ不機嫌そうな表情を浮かべるハイネがアリスに近づいた。

「誰がプロレタリアだ、まったく」

「お前以外に誰がいる?」

「本当、いちいち嫌な奴だな」ぼやきつつ、アリスの隣に腰を降ろす。「しかしまあ、ファミリーにも入れて、取りあえずは順調だな」

「取りあえずはな」応え、グラスの中の水を飲み干す。「ここからが正念場だ」

 2人の会話にジードが割って入る。「そう、ここからだ。キンバライトファミリーの一員になったからには、精力的に働いてもらうぞ」

 応えたのはハイネだった。「心配すんなって。明日にでもあっと驚くほどの仕事をしてやるよ」

「頼もしいな。口先だけじゃない事を期待しているぞ」

 任せとけ、と言いたげに手を軽く振るハイネ。

 その時、1人の構成員――やはり育ちが悪そうなオーラを放っている――がハイネに近づいた。ほろ酔い気味なのか、顔は赤みを帯びており、足取りもどこか頼りなく、今にも手にした酒瓶を落としそうだった。

「おおい、新入りぃ。酌だ、酌をしろぉ」

 男の言葉――否、先輩の命令に対しハイネは一瞬だけ顔を向けたが、無視しようとすぐにそっぽ向いた。

 そんな後輩――今日入ったばかりの新入りの小娘の生意気な態度に男は、不快感を露にして声を荒げた。

「テメエ、それが先輩に対する態度かぁ? 調子に乗ってんじゃねぇぞお?」

 明らかに指先よりも気が短そうな男の威嚇にアリスは、心配そうに声をかけた。

「ハイネ、酌をしてやれ。ここまで来て面倒ごとはご免だぞ」

 言われ、ハイネは仏頂面を浮かべる。「分かったよ、やりゃ良いんだろ、やりゃよ」文句を垂れつつ立ち上がり、男の方を向いて酒瓶を受け取る。「で、グラスは?」

「はあ? グラスだあ?」顔面を近づけ、唾を飛ばす。

 酒と口臭の混じった酷い悪臭にハイネは思わず眉をひそめながらも言い返す。「酌して欲しいんだろ、だからグラスだ」

「テメエの口がグラスだよ」言って男は下卑た笑みを浮かべる。

「はあ!? 私の口だって!?」思わず素っ頓狂な声を上げるハイネ。

 明らかに嫌悪と拒絶でいっぱいの口調に対し、男は意図や空気も読まず一方的に話を続ける。

「どうだ、嬉しいだろ? ファミリーで最強を誇る俺様からの指名だぞ」

 調子の良い男の言にハイネは、無理やり作った笑みを浮かべながら手を震わせる。無意識の内に力が入り、酒瓶が僅かに悲鳴を上げる。

「ああ、嬉しいね――嬉しすぎて興奮してきたよ」

 いったい何に起因する興奮なのか――少なくとも男は、自分とキスできる事に対する興奮だと勝手に解釈した。根拠はもちろん、ファミリー最強の戦士からの指名という事実だ。

「だろ? ほら、遠慮せずにさっさとやれよ」言って男は、唇を尖らせてハイネの口移しを待った。

「そうか、なら遠慮無くやらせてもらうぜ」おもむろにハイネは男に近づいた。

 そして左手で後頭部を抑えると、右手に持った酒瓶の飲み口を男の口に突っ込んだ。ビンの飲み口は、男の前歯の一部を砕き、そのままの勢いで喉の奥に押し当てられた。

 突然の事に男は混乱し、突っ込まれた瓶を引き抜こうともがく。だが、少女とは思えぬ腕力で押さえつけられ、そのまま強引に顔を空に向けられ、酒を呑まされる。いや、呑まされるというよりも、喉元に直接流し込まれているという表現が正しい。口からは呑みきれなかった分がこれでもかといわんばかりにあふれ出ている。

 その光景にジードは面白そうな笑みを浮かべ、アリスは唖然としていた。

 酒瓶の中身を全部流し込むと、ようやくハイネは瓶を引き抜いて男を解放した。

 当の男は、激しく咳き込み、思わずその場にうずくまってしまった。そんな男を楽しそうに見下ろしながらハイネは言った。

「どうだ、私の酒の味は? 美味すぎて窒息しそうになっただろ?」

 ハイネの言葉に男は呼吸を整えつつ、見上げる。「テメエ、何しやがる!」

「酌をしてやっただけだろ? その様子だと気に入ってもらえたようだな」

「ふざけるな、このクソガキ!」怒鳴り、立ち上がると同時にハイネに殴りかかる。「ヒイヒイ泣かせてやらあ!」

 顔面に向けて突き出すストレートをハイネは難なく避ける。

 男は立て続けにフックやアッパーを繰り出すが、ハイネは余裕の表情を見せながら軽やかに避け、掠りもしない。

「遅い、動作がいちいち大振りだ。それとも派手な動きで役者でも目指してるのか?」

 挑発に男は激昂する。「なんだと、この!」

 力任せに右ストレートを繰り出すが、空気を切り裂くだけで無駄に体力を浪費していく。

 その時、ハイネが不意に叫んだ。「今だ、後ろがガラ空きだ!」

 後ろがガラ空きだ――その叫び声に男は、思わず後ろを振り向いた。だが、振り向いた先に見えたのは、燃え盛る焚き火と、遠巻きに眺めている仲間たちの姿だけだった。

 男は一瞬、困惑した。そして再び前を向いた時、目にしたのは、高らかと掲げた空き瓶を頭めがけて振り下ろすハイネの姿だった。

 バァンッというガラスの砕け散る音がする。辺りにガラス片が飛び散り、男は衝撃と痛みで身体をよろけさせてしまう。

 ハイネは、手に残っていた空き瓶の欠片を後ろに投げ捨てると、すかさず男に肉薄し、そのグローブで保護された握りこぶしを男の胴体に撃ち込んで行った。

 プロボクサーを思わせる、素早く絶え間ないラッシュ。それでいて一撃が重く、抵抗する気力を奪い取る。男は、ハイネのラッシュから逃れようと後ずさりするが、傍から見れば、逃れると言うよりも押されていると言う風に見えた。事実、ハイネは男の後退に合わせて前進し、距離を保っている。

 男の背後に焚き火が迫る。ハイネは、最後の一撃と言わんばかりに全力のストレートを男のどてっぱらに見舞う。瞬間、男は後ろに仰け反り、背中から焚き火に倒れこむ。

 背中を炙られ、男は凄まじいまでの熱さに悲鳴を上げ、炎から逃れるように転げまわる。

 構成員たちが騒然とする中、ハイネは余裕の笑みを浮かべながら口を開く。「だから言っただろ、後ろがガラ空きだってな」

 そこへアリスが怒りの表情を浮かべながら駆け寄ってきた。

「ハイネ、このバカ! いったい何やってるんだ!」

 相方の叱責にハイネは悪びれた様子も無く答える。「ちょっと揉めただけだろ」

「揉め事は起こすなと言っただろうが! まったく、何考えてるんだ!」

「キーキー喚くなよ、文句ならあの酔っ払いに言え」煩わしそうな表情を浮かべるハイネ。

 反省の色を見せない相方にアリスが頭を抱えていると、ジードが声をかけた。

「随分と派手にやったな、ハイネ」

 言われ、ハイネは「まあな」と軽口を叩き、アリスは申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「すまない、ボス。私の相方が暴れて」

 頭を下げる相方にハイネが横槍を入れる。「おい、アリス。いったい何やって――」

「良いから黙ってろ!」語気を荒げ、睨みつけるアリス。

 そんな2人のやり取りを見てジードが口を開く。「ハイネ、中々の見物だったぞ。今、お前が倒したのは、元格闘選手だった男だ。闘技場では何人もの相手を殺し、地元ではそれなりに名が知られていたほどだ」

「あの程度で有名人か? よほどマイナーな闘技場らしいな」

 ハイネの軽口にジードは笑う。「威勢は良いな。だが、調子に乗らない事だ。あまり度が過ぎると、それなりのペナルティを課す事になるぞ?」

「ペナルティ? ボーナスカットか? それともサービス残業?」

 減らず口を叩き続けるハイネの両肩をアリスが掴む。

「なんだよ、アリス」

「ちょっと話がある」言ってハイネを押して強引に歩かせる。「ボス、こいつにきつく言っておくから今日の事は見逃して欲しい」

 ボスは答える。「ああ、せいぜい教育を頼むぞ」

 了承を得てアリスは、ハイネを人気の無い場所へと歩かせた。


 2人を見送ったジードは、再び宴席に戻って酒をあおり始めた。構成員たちも先ほどの騒動など無かったかのように再び騒ぎ始める。

 燃え盛る焚き火を見つめながら、不意にジードはあの2人――ハイネとアリスの事を考えていた。

 今日の作戦会議で見せたアリスの参謀としての優秀さ。そして先ほど見せられた、ハイネの兵隊としての実力――そして何よりも、男を興奮させるあの魅力。単なる幹部では惜しい。幹部より更に上――側近、それも縁者など組織の運営に直接関わる地位に相応しいぐらいだ。

(片方を妻、片方を愛人――どちらかにファミリーの後継者となる俺の子を産ませる……)華やかで輝かしい未来にジードは、ほくそ笑んだ。

 ファミリーは今、ギルドに加盟しているといっても末端組織に過ぎず、使い走りも同然だ。だが、ジードとて現状に満足などしていない。いつか組織を大きくし、ギルドの中核に躍り出るつもりだ。そのためにも、2人のような人材が必要になってくるだろう。

 否、ひょっとするとこれは転機かも知れない。あの2人を迎え入れた事がきっかけで組織の急成長が始まるかもしれない――そんな運命めいたものさえ感じてしまう。

 ジードがそんな想像に耽っていると、アリスとハイネが戻ってきた。アリスにきつく言われたのだろう、ハイネの表情は弱気と疲労感で染まっている。

「今、戻った」

「その様子だとちゃんと躾もできたようだな」

 躾、と言う言葉にハイネは反応し、目を細めてジードを睨む。だが、すかさずアリスが制止させる。

「ハイネ、言ったばかりだろ」

 言われ、再び弱気の表情を見せ、ジードから視線を逸らす。

 そのやり取りを見てジードは満足そうに笑う。「暴れ馬の手綱はちゃんと握っているようだな」

「取りあえずは――ハイネ、先に休んでろ」

 その言葉に従ってハイネは黙って寝床へと向かった。


ケインズ
終末少女ハイネ×アリス 第1話:2人はセプテム・ハンター
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