女優

バイト

 

 田柴の一室で稽古を終えた二人は、スーパーからちょうだいした求人情報誌をめくっていた。「先輩、やばいっすよ、授業料どうします。留年になるとは、ついてないっすね。やっぱ、漫才の素質がないんですかね。あんな、しらけた漫才じゃ、もう、あきらめる以外ないですかね」崎山は、肩を落としてぼやいていた。11月の学園祭で行われた卒業漫才が不評で、田森教授から予想もしていなかった落第を宣告されていた。

 

 田柴は、崎山より一才年上であったが、漫才のコンビを組むために、あえて、一年遅らせて崎山と一緒に中洲芸能大学演芸学部漫才学科に入学していた。11月に行われる卒業漫才で好評だと、田森教授の推薦で東京の芸能プロダクションに就職できるため、落第しても退学せず、留年するものが多かった。この大学は二年制だが、ほとんどの学生は自主的に留年する学生が多かった。長いものは、10年も籍を置いているものもいた。

 

二人は、バイトで学費を払っていたが、もう一年学費を払う羽目になり、頭を抱えていた。毎日、日当のいいバイトはないか、必死に求人雑誌に目を通していた。崎山が、ページのすみに目を止めた。「これって、すごいっすよ。日当3万円、勤務時間;18時から23時。夜食つき、寮有り。作業内容;食肉の解体。条件:友達と同時入社」崎山は、読み上げながら、そこの広告を食い入るように見入っていた。

 聞き入っていた田柴は、顎に手をやり、首をかしげていた。「5時間で3万か?それって、やばい仕事とちゃうんか?なんと言う会社だ」田柴は、腕組みをすると、崎山の顔をのぞき見た。「え~と、会社は、デリシャス食肉販売株式会社らしい~す」読み上げると、田柴の顔をうかがった。「食肉の解体の仕事か?へ~~」崎山は、やる気満々の顔で雑誌を田柴の顔の前に差し出した。

 

 田柴は、雑誌を手に取りしばらく考え込んだ。大きくため息をつくと話し始めた。「でもな~、ちょっと、眉唾物だな~、たったの5時間で、3万円だぞ。変じゃないか?」田柴は、納得のいかない日当に顔をしかめた。「先輩、作業内容が食肉の解体と言うことは、牛の腹を切りさいて、内臓を取り出す仕事じゃないですか?きっとそうですよ」田柴は、大きく頷いたが、それでも納得いかない顔で話し始めた。

 

 「でもな~、たとえ、はらわたを取り出す仕事にしても、日当がよすぎやしないか?それに、友達と同時入社ってのは、どういうことだ」田柴は、意味不明の文言が気にかかっていた。崎山も頭をかきむしり返事した。「はらわたを取り出す仕事って、気持ち悪いじゃないですか。息があったもの同士じゃないと長続きしないと言うことですよ。先輩、今は、気持ち悪い、とか言ってる場合じゃないっすよ。やりましょう。この条件、二人にぴったりじゃないですか」崎山は、ポンと雑誌を中指ではじき田柴の顔を見つめた。

 目を瞑り腕組みをした田柴は、納得がいかない表情で俯いてしまった。「先輩、やりましょう。こんな日当、今時ありませんよ。授業料を払っても、貯金ができますよ。漫才師なんて、最初は売れないわけだし。卒業後のことも考えれば、こんなにいいバイトはないっすよ。先輩、やりましょう。早く、面接にいかないと、他のやつらに取られますよ」崎山は、椅子に腰掛けていた田柴の膝をゆすった。

 

 大きく頷いた田柴は、納得はいかなかったが、とにかく面接を受けてみることにした。「まあ、話を聞いてから、やるかどうか決めるとするか?崎山、電話しろ」崎山は、首に掛けていたスマホをタッチした。すでに募集が打ち切られていないかと恐る恐る小さな声で問いかけた。「求人広告を見てお電話さし上げていますが、まだ、募集されておられますか?」即座に、元気のいい女性の声が返ってきた。「はい、明日、面接におこし願いますか?」

 

 まだ間に合ったとほっとした崎山は、即座に答えた。「はい、明日の何時に伺えばよろしいでしょうか?」田柴は、真剣な顔つきで崎山の対話に聞き入っていた。「はい、承知いたしました。明日の午前10時、大手門ビル2階ですね。よろしくお願いします」崎山は、何度も頭を下げて媚びるような返事で電話を切った。「先輩、セーフでした。やっと、僕たちにも運が回ってきたみたいです」崎山は、田柴の家に泊まり、明日一緒に面接に行くことにした。

 

 二人が、9時半ごろ大手門ビルの玄関に到着すると、一足先に、面接が終わったと思われる肩をすぼめた薄汚れた作業服姿の二人の中年男性とすれ違った。「先輩、あれって、ライバルとちゃいますか?競争率高そうですね」崎山は、両手を合わせて入社できますようにと神様にお願いした。950分になると、デリシャス食肉販売(株)バイト面接室と張り紙された部屋のドアを崎山はそっとノックした。中から、明るい声が返ってきた。「はい、どうぞ」二人が中に入って行くと、かわいらしい受付の女性が、カウンターで笑顔を作っていた。

 

 二人は、かしこまってお辞儀をすると、受付が確認の声をかけた。「10時面接の崎山様と田柴様ですね」受付は、透き通った声で二人に問いかけた。「はい」崎山は、直立し、深々とお辞儀した。田柴も慌てて深々とお辞儀した。それを見ていた彼女は、クスッと笑い、声をかけた。「履歴書をお預かりいたします」はっとした二人は内ポケットから履歴書を取り出し、彼女に手渡した。

 

履歴書を手に持った彼女は、二人を面接室に案内した。二人は、彼女の後に続きカウンター横の部屋に入っていった。面接室には、50歳前後の白髪の男性が腰掛けていた。彼女は、入り口で待っていたメガネをかけた30歳前後の男性に履歴書を手渡し、甘い香りを残して部屋を出て行った。メガネの男性は、笑顔を作り、手招きした。「どうぞ、おかけください」二人は、長テーブルに並んで腰掛けた。二人の前に腰掛けている人事担当者と思われる白髪の男性にメガネの男性が履歴書を手渡すと、封筒から履歴書を取り出し、写真と顔を確認するように、二人を見つめた。

春日信彦
作家:春日信彦
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