孤島の天才

 部員たちは、落胆し、コーチも天を仰いだが、頑なな剛士の後姿をじっと眺めて、引き止めることはしなかった。コーチは、たとえ土下座してお願いしても、うんとは言わないやつだと直感していた。コーチは、剛士をうんと言わせる秘策をじっくり練ることにした。剛士は、コートに戻り、いつものように若田部のビデオ撮影を始めた。頭にボールが直撃し、野球部に入れと誘われ、頭はカッカきていたが、若田部のはりのあるウチモモがアップで目の前に現れると、ハ~ハ~と興奮してしまい、いつものように股間が盛りあがった。

 

孤島の天才

 

 久しぶりに仲良し三人組は、ゆう子の家でだべることになった。12時に予約していたピザクックのピザが配達され、彼女たちは手際よく昼食の準備を始めた。ジュース、チキン、フライドポテト、ピザを各自の小皿にとって、グラスにジュースを注ぐと、グラスを手に取り、乾杯の明るい声が響き渡った。今日の集合をかけたのは、横山だった。今日の話題は、ゆう子のグラドルデビューだった。

 

 ゆう子の写真は、剛士が流したネットで全国に広まっていたが、それを見ていたのは、中学生、高校生だけではなかった。芸能関係者も物色していた。グラビア写真を専門とする事務所が、ゆう子に目をつけ、さっそく、新体操の妖精を口説き落とそうと、東京から糸島高校まで飛んでくると、さらに、説得のため自宅まで押しかけてきた。唐突のことで、家族は、疑心暗鬼で躊躇したが、事務所の執拗な説得に押されて、ゆう子はグラドルになる決意をした。

 八神が満面の笑みでゆう子にお祝いの言葉をかけた。「おめでとう。ゆう子、やったね。一躍、アイドルか。もう、あちこちの雑誌にゆう子の写真が出てるよ。一気に、金持ちジャン」ゆう子は、眼を大きく見開いて、右手を顔の前でひらひらと振った。「何、言ってるの。たいしたことないんだから。こんなの、一時的よ。すぐに、消えちゃうんだから。あまり、大げさにしないでよ」ゆう子は、学校でも話題になっていることが、少しいやになっていた。

 

 横山は、ゆう子をネットで流した写真部の男子に興味があった。「ところで、どんな男子?ゆう子をネットで流してる写真部の男子って?」口に入る寸前のピザが突然止まり、ゆう子の目が釣りあがった。ピザを小皿に戻し、変顔で話し始めた。「それが、ちょっとキモイのよ。一度、ストーカーにあったんだから。その子、鳥羽って言うんだけど、四角い顔で、ネクラで、股間の写真ばっか、撮ってるの」話し終えたゆう子は、ピザを手に取り、大きな口に押し込んだ。

 

 八神は、ジュースを一口すすり、一度頷き、話し始めた。「でも、そのキモイ男子のおかげで、グラドルになれたわけだから、感謝しなくっちゃ。鳥羽君、ゆう子のこと好きなんじゃない。まあ、ゆう子は、アイドルだし、世界中の男子は、ゆう子の写真で、あれをやってるだろうしね」八神は、オナペットをほのめかしていた。ゆう子は、あれ、と聞いてピンとこなかった。

 「あれ、ってなによ?」ゆう子は、マジに訊ねた。横山は、プッと噴出し、下を向いた。「横山、なによ。どういうこと?」あきれた八神は、前かがみになってささやいた。「オナニー」ゆう子は、真っ赤になった。横山は、大きな声で笑い出した。「いいじゃない。世界中の男子に愛されて」横山と八神は、そろってハハハと笑い声を上げた。真っ赤になったゆう子は、俯いてしまった。学校でも、こんなことが話題になっているかと思うと、いたたまれなくなった。

 

 横山は、ゆう子を傷つけてしまったのではないかと思い、四角い顔の話をすることにした。「ゆう子、鳥羽君って、数学の天才らしいわよ。うちの数学の先生が、糸島のド田舎に天才がいるって、騒いでいるの。知ってる?5月にあった全国共通模試の数学で満点取ったのは、全国で3人。東京のK高校、兵庫のN高校、福岡の糸島高校。今回の問題の一つに数学オリンピックの問題があったんだって。だから、まさに、天才ってこと」横山は、鳥羽を褒め、優秀な男子に好かれていることを強調し、ゆう子の機嫌をとった。

 

 八神は、信じられない顔で、冗談を言った。「ストーカーが数学の天才。こりゃ~すげ~ジャン」八神は、チキンを口に押し込んだ。ゆう子は、鳥羽の話題は避けたかったが、心の底では、彼のおかげでグラドルになれたことに感謝していた。「鳥羽君ね、姫島中学の出身なの。あんな孤島でどうやって勉強してたんだろうね。不思議よね」ゆう子は、塾もない孤島での学校生活が想像できなかった。

 横山も頷き、怪訝な顔で話し始めた。「確かに、ゆう子の言う通り。K高校もN高校も中高一貫で、超名門じゃない。しかも、数学オリンピックの常連校でしょ。それと比べ、鳥羽君、塾もない、寂しい孤島で、どうやって勉強してたんだろ~」横山も、不思議でならなかった。八神は、身を乗り出すと、場違いなドヤ顔で、話し始めた。「きっと、四角い顔には、秘密めいたものがあると思うな。探れば、何か出てくるぞ」ゆう子と横山は、顔を見合わせた。

 

 横山は、大きく頷いた。「なるほど。確かに、何かあるわね。あんな孤島に数学の天才がいるわけがない。きっと、お父さんは、漁師じゃなく、数学者か医者じゃないかしら。ある事件で、東京から誰にも分からない孤島に逃げてきたんじゃないかしら。もしかしたら、革命家かも?」ゆう子は、マジになって聞きいっていた。話し終えた横山を見つめ、大きく頷いた。八神は、ますます、調子に乗ってきた。

 

 「そうよ、横山の言う通り。何か秘密があるな。ゆう子、その四角い顔、探りなよ。面白くなってきたじゃない」八神は、詮索好きで、中学校のときには、教頭と新任教師の逢瀬を暴いたことがあった。だが、そのとき、真夜中に張り込みをやったために、あわや、警察に補導されそうになった。「また始まった。探偵ごっこは、もうこりごりよ。あのときのこと、憶えてるでしょ」ゆう子は、ジュースをチュ~と吸い込んだ。

 

春日信彦
作家:春日信彦
孤島の天才
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