孤島の天才

 横山は、指揮者のように人差し指と親指で挟んだフライポテトを、左右にヒュヒュと振って、もっともらしく話した。「そうね、父親は、チェ・ゲバラかも」八神とゆう子は、初めて聞く言葉に顔をゆがめた。「チェ・ゲバラって?」八神は訊ねた。一瞬あきれた顔をした横山は答えた。「知らないの、医者で革命家のチェ・ゲバラ。キューバ革命のチェ・ゲバラじゃない。ホンと、二人ともバカなんだから。もうちょっと、勉強しなよ」二人は、馬鹿にされて、しょげてしまった。

 

 ゆう子は、いったいどういう意味か分からなかったが、恥をしのんで訊ねた。「その、革命家と鳥羽君のお父さんが知り合いってこと?」横山は、あきれて返事もできないほどだったが、バカに説明することにした。「チェ・ゲバラは、CIAに射殺されて、この世にはいないの。もしかしたら、鳥羽君のお父さんも、医者で革命家だったかも知れないって思ったのよ。そして、あるとき、CIAに暗殺されそうになったから、孤島の姫島に身を隠したんじゃないかしら。単なる、憶測だけど」横山は、どうしようもないバカに適当な話をした。

 

 真に受けた八神は、顔を真っ赤にして、大きな声で話し始めた。「そうよ、きっと、そうだよ。鳥羽のお父さんは、革命家で、CIAから逃れるために孤島にやって来たのよ。きっとそうだよ。ゆう子はどう思う?」ゆう子は、あまりにも根拠のない話についていけなかった。「ちょっと待ってよ、そんなの、単なる妄想じゃない。鳥羽君は、きっと勉強家なのよ。塾に行かなくっても、一人で頑張っていたのよ。お父さんのことは分からないけど」鳥羽は漁師の子で、ただ真面目な男子と思いたかった。

 八神の好奇心は、核爆発のきのこ雲のように、一気に天までつきあがった。「ゆう子、とにかく探るのよ。鳥羽は、只者じゃない。きっと、秘密があるに決まってる。横山の憶測は当たっているよ」八神の口から飛び出した唾は、ゆう子の顔に飛び掛っていた。いったん興奮すると八神は、押さえが聞かなかった。「八神、もうやめてよ。鳥羽とは、何の関係もないんだから。もう、この話はよそう」ゆう子は、横山に同意を求めて、目配せをした。

 

 横山も八神の猪突猛進には辟易していたが、鳥羽の秘密にも興味があった。「う~ん、におうわね。何かあると思う。あんな孤島に数学の天才がいるってのも、不思議な話よ。この際、ゆう子、探ってみなよ」ゆう子は、目を丸くして、何と言っていいか分からなくなった。まさか、横山までが、探偵ごっこに頭を突っ込むとは以外だった。「ちょっと、二人とも、たいがいにしてよ。探るって、どうすんのさ。根掘り葉掘り、家族のことを聞き出せって言うの?そんなのいやよ」ゆう子は、残りのジュースを一気に飲み干した。

 

 ムカついたゆう子に驚いた八神は、テーブルをポンと左手で叩いた。「まかして。姫島に行って、聞き込みをやってくる。きっと、なにかあるから」ドヤ顔の八神は、ゆっくりと二人に顔を振った。あまりにも、大胆な行動に出た八神が心配になり、横山が口を挟んだ。「八神、そう、ムキにならなくていいじゃない。さっきのは、単なる想像よ。鳥羽のお父さんの詮索は、もうよそう」横山は、冗談で話したつもりが、収拾がつかなくなってしまい、話さなければよかったと思った。

 

 ドヤ顔の八神は、腕組みをすると、立ち上がった。「諸君、心配なされるな」もはや、八神を制する手立てはなかった。ゆう子は、話を変えて、八神の頭を冷やす作戦に出た。「やがみ、分かったから、落ち着きなさいよ。そのことは、八神に任せるとして、一年の倉持から聞いた話なんだけど、鳥羽君、野球部から誘われてるんだって。中学のとき、野球部だったのかな~?」ゆう子は、とぼけた顔でフライドポテトを右手の指先でつまんだ。

 

 そのとき、玄関のドアが開く音がした。母親、陽子が出先から戻ってきた。「ただいま~」陽子は、キッチンを覗き込み笑顔で声をかけた。「みんな、元気そうじゃない。ほら、メロンにマンゴーにサクランボ、さあ、食べましょう」3人は立ち上がり、手分けしてデザートの準備に取り掛かった。陽子が、チラッと横山の体型を見てつぶやいた。「横山さん、ちょっと太ったみたいね。カロリーのとり過ぎじゃない。寮生活を満喫してるみたいね」横山は、体型のことを言われ、落ち込んだ。

 

 ゆう子が、即座に言葉を挟んだ。「ママ、部活のせいよ。ボーリングって、足腰が強くなるのよ。ね~横山」横山は、確かにそうだったが、太り気味な体型を気にしていた。「みんな、食べましょう。ホント、おいしそうだわ」陽子は、みんなに声をかけ、飛び乗るように腰掛けた。全員腰掛けると、陽子が、無神経な話を始めた。「八神焼肉飯店、儲かってしょうがないんじゃない、ついさっき、ベンツに乗ってるお父さん見かけたわよ。そう、ゆう子の誕生日、そちらでやろうかしら」

 

八神は、母親の毒舌がまた始まったかと思い、適当に返事した。「いらしてください。お母様のために、最高のお肉を用意しておきます。あら、お母様、肌が、輝いていらっしゃいますね。何か、いいことでも」八神は、商売と思い、お世辞を並べた。陽子は、褒められると、とたんに機嫌がよくなった。「ほら、ゆう子が、グラドルになったじゃない。ちょっと、鼻が高いのよね。私に似て、可愛いのよね」ゆう子は、穴があったら今すぐにでも飛び込みたい気持ちだった。「ママ、グラドルのこと、あちこちで話さないでよ。一時的なんだから」八神は、さらに、余計なお世辞を並べ始めた。

 

 「お母様も、若いころは、アイドルじゃありませんでしたか。お母様だったら、すぐにでも、グラドルになれますわ。トシマAKBってのが、あったような」八神は、ちょっと口が滑った。トシマと聞いてムカついた陽子は、愚痴を言い始めた。「ゆう子が、オリンピックをあきらめさえしなかったら、もう、夢はきれいさっぱり消えちゃったわ。八神さんは、歌手を目指してるんでしょ。どう」突然振られた八神は、メロンを食べてた口が止まった。

 

 「は~、レッスンには、いってるんですが、どうも、いまひとつ、パッとしないんです。でも、いつかきっと」八神は、自信を失いかけていたが、シンガーソングライターを止めるつもりはなかった。「横山さんは、前途有望ね。T大を卒業して、裁判官の道を歩むのね。うらやましいわ」陽子の愚痴は、ゆう子がオリンピックをあきらめたころからひどくなっていた。「お母さん、ゆう子は、立派な夢を追いかけているじゃないですか。子供たちに体操を教えると言う。すばらしいことだと思います」横山は、笑顔でゆう子を見つめた。

 

春日信彦
作家:春日信彦
孤島の天才
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