孤島の天才

 ドヤ顔の八神は、腕組みをすると、立ち上がった。「諸君、心配なされるな」もはや、八神を制する手立てはなかった。ゆう子は、話を変えて、八神の頭を冷やす作戦に出た。「やがみ、分かったから、落ち着きなさいよ。そのことは、八神に任せるとして、一年の倉持から聞いた話なんだけど、鳥羽君、野球部から誘われてるんだって。中学のとき、野球部だったのかな~?」ゆう子は、とぼけた顔でフライドポテトを右手の指先でつまんだ。

 

 そのとき、玄関のドアが開く音がした。母親、陽子が出先から戻ってきた。「ただいま~」陽子は、キッチンを覗き込み笑顔で声をかけた。「みんな、元気そうじゃない。ほら、メロンにマンゴーにサクランボ、さあ、食べましょう」3人は立ち上がり、手分けしてデザートの準備に取り掛かった。陽子が、チラッと横山の体型を見てつぶやいた。「横山さん、ちょっと太ったみたいね。カロリーのとり過ぎじゃない。寮生活を満喫してるみたいね」横山は、体型のことを言われ、落ち込んだ。

 

 ゆう子が、即座に言葉を挟んだ。「ママ、部活のせいよ。ボーリングって、足腰が強くなるのよ。ね~横山」横山は、確かにそうだったが、太り気味な体型を気にしていた。「みんな、食べましょう。ホント、おいしそうだわ」陽子は、みんなに声をかけ、飛び乗るように腰掛けた。全員腰掛けると、陽子が、無神経な話を始めた。「八神焼肉飯店、儲かってしょうがないんじゃない、ついさっき、ベンツに乗ってるお父さん見かけたわよ。そう、ゆう子の誕生日、そちらでやろうかしら」

 

八神は、母親の毒舌がまた始まったかと思い、適当に返事した。「いらしてください。お母様のために、最高のお肉を用意しておきます。あら、お母様、肌が、輝いていらっしゃいますね。何か、いいことでも」八神は、商売と思い、お世辞を並べた。陽子は、褒められると、とたんに機嫌がよくなった。「ほら、ゆう子が、グラドルになったじゃない。ちょっと、鼻が高いのよね。私に似て、可愛いのよね」ゆう子は、穴があったら今すぐにでも飛び込みたい気持ちだった。「ママ、グラドルのこと、あちこちで話さないでよ。一時的なんだから」八神は、さらに、余計なお世辞を並べ始めた。

 

 「お母様も、若いころは、アイドルじゃありませんでしたか。お母様だったら、すぐにでも、グラドルになれますわ。トシマAKBってのが、あったような」八神は、ちょっと口が滑った。トシマと聞いてムカついた陽子は、愚痴を言い始めた。「ゆう子が、オリンピックをあきらめさえしなかったら、もう、夢はきれいさっぱり消えちゃったわ。八神さんは、歌手を目指してるんでしょ。どう」突然振られた八神は、メロンを食べてた口が止まった。

 

 「は~、レッスンには、いってるんですが、どうも、いまひとつ、パッとしないんです。でも、いつかきっと」八神は、自信を失いかけていたが、シンガーソングライターを止めるつもりはなかった。「横山さんは、前途有望ね。T大を卒業して、裁判官の道を歩むのね。うらやましいわ」陽子の愚痴は、ゆう子がオリンピックをあきらめたころからひどくなっていた。「お母さん、ゆう子は、立派な夢を追いかけているじゃないですか。子供たちに体操を教えると言う。すばらしいことだと思います」横山は、笑顔でゆう子を見つめた。

 

 ゆう子の心は、曇り空だった。勇樹がいなくなった今、自分の夢が見えなくなっていたからだ。もう一度、オリンピックを目指すべきか、最近悩むようになっていた。ゆう子は、うつむいてマンゴーをかじっていた。横目でチラッとゆう子を見た陽子は、ポンと両手を合わせると、二階にかけていった。しばらくして、ゆう子のために去年から飼いはじめたチワワを抱えて下りて来た。「ほら、可愛いでしょ。ファイトって言うの」みんなは、ファイトに駆け寄っていった。

 

争奪戦

 

 コーチは、出会うたびに何度か勇樹に声をかけたが、勇樹は、顔を立てには振らなかった。最近では、ちょっとでもコーチの姿が見えると、勇樹は即座に踝を返し、逃げ去っていた。中村監督は、コーチの執拗さにあきれていた。なぜ、そこまで勇樹を必要とするのか意味が分からなかった。たとえ、ボールにスピードがあっても、野球をやったことがないものが、一年やそこらで、ストライクが取れるようになるとは到底信じられなかったからだ。

 

 練習試合が始まると、コーチはいつものように監督にぼやき始めた。「監督、どうとかならんもんですか。とにかく、もったいない。勇樹は、ものになる。私の目には狂いはありません。ウ~」監督は、またかと苦虫をかんだような顔で返事した。「コーチ、気持ちは分かりますが、ボールが速いだけじゃ、使えない。ストライクが取れるようになるには、一年やそこらではむりじゃないですか。しかも、野球をまともにやったこともないド素人じゃ」いつものように、否定的意見を述べた。

 コーチは、いつものように反論した。「確かに、一般論はそうでしょう。でも、勇樹は、天才じゃないでしょうか?数学の天才は、野球の天才でもあるかもしれません。彼の、筋力は、日本人離れしてます。彼は、ハーフじゃないですかね~。とにかく、筋肉が違いますよ。手足も長いし、指も長い。何と言っても、性格が強そうじゃないですか。きっと、プッレシャーに強いと思います。監督は、どう思います?」コーチは、勇樹を天才扱いした。

 

 監督は、腕組みをして、コントロールの悪い2年生の山本に大きな声で罵声を浴びせた。「バカヤロー、そんなんじゃ、初戦、敗退だぞ。気合入れてやれ」コーチも今のままでは、初戦敗退と予測していた。あまりにもピッチャーが悪すぎた。それかと言って、一年生にこれと言った素質のあるピッチャーはいなかった。コーチは、少なくとも県大会には出場したかった。

 

 球団からは、モンスターだけ育てるよう指示を受けていたが、コーチをやっていると、どうしても甲子園に行きたくなってしまった。「勇樹が投げてくれれば、甲子園も夢じゃないんだが。勇樹のやつ」監督は、大声で笑った。「コーチ、甲子園より、初戦突破だよ。勇樹のことは、さっさと忘れて、今のチームを鍛えなければ。モンスターの一発が、ここ一番で出るといいのだが」監督は、モンスターのホームランに期待していた。

春日信彦
作家:春日信彦
孤島の天才
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