孤島の天才

 「あれ、ってなによ?」ゆう子は、マジに訊ねた。横山は、プッと噴出し、下を向いた。「横山、なによ。どういうこと?」あきれた八神は、前かがみになってささやいた。「オナニー」ゆう子は、真っ赤になった。横山は、大きな声で笑い出した。「いいじゃない。世界中の男子に愛されて」横山と八神は、そろってハハハと笑い声を上げた。真っ赤になったゆう子は、俯いてしまった。学校でも、こんなことが話題になっているかと思うと、いたたまれなくなった。

 

 横山は、ゆう子を傷つけてしまったのではないかと思い、四角い顔の話をすることにした。「ゆう子、鳥羽君って、数学の天才らしいわよ。うちの数学の先生が、糸島のド田舎に天才がいるって、騒いでいるの。知ってる?5月にあった全国共通模試の数学で満点取ったのは、全国で3人。東京のK高校、兵庫のN高校、福岡の糸島高校。今回の問題の一つに数学オリンピックの問題があったんだって。だから、まさに、天才ってこと」横山は、鳥羽を褒め、優秀な男子に好かれていることを強調し、ゆう子の機嫌をとった。

 

 八神は、信じられない顔で、冗談を言った。「ストーカーが数学の天才。こりゃ~すげ~ジャン」八神は、チキンを口に押し込んだ。ゆう子は、鳥羽の話題は避けたかったが、心の底では、彼のおかげでグラドルになれたことに感謝していた。「鳥羽君ね、姫島中学の出身なの。あんな孤島でどうやって勉強してたんだろうね。不思議よね」ゆう子は、塾もない孤島での学校生活が想像できなかった。

 横山も頷き、怪訝な顔で話し始めた。「確かに、ゆう子の言う通り。K高校もN高校も中高一貫で、超名門じゃない。しかも、数学オリンピックの常連校でしょ。それと比べ、鳥羽君、塾もない、寂しい孤島で、どうやって勉強してたんだろ~」横山も、不思議でならなかった。八神は、身を乗り出すと、場違いなドヤ顔で、話し始めた。「きっと、四角い顔には、秘密めいたものがあると思うな。探れば、何か出てくるぞ」ゆう子と横山は、顔を見合わせた。

 

 横山は、大きく頷いた。「なるほど。確かに、何かあるわね。あんな孤島に数学の天才がいるわけがない。きっと、お父さんは、漁師じゃなく、数学者か医者じゃないかしら。ある事件で、東京から誰にも分からない孤島に逃げてきたんじゃないかしら。もしかしたら、革命家かも?」ゆう子は、マジになって聞きいっていた。話し終えた横山を見つめ、大きく頷いた。八神は、ますます、調子に乗ってきた。

 

 「そうよ、横山の言う通り。何か秘密があるな。ゆう子、その四角い顔、探りなよ。面白くなってきたじゃない」八神は、詮索好きで、中学校のときには、教頭と新任教師の逢瀬を暴いたことがあった。だが、そのとき、真夜中に張り込みをやったために、あわや、警察に補導されそうになった。「また始まった。探偵ごっこは、もうこりごりよ。あのときのこと、憶えてるでしょ」ゆう子は、ジュースをチュ~と吸い込んだ。

 

 横山は、指揮者のように人差し指と親指で挟んだフライポテトを、左右にヒュヒュと振って、もっともらしく話した。「そうね、父親は、チェ・ゲバラかも」八神とゆう子は、初めて聞く言葉に顔をゆがめた。「チェ・ゲバラって?」八神は訊ねた。一瞬あきれた顔をした横山は答えた。「知らないの、医者で革命家のチェ・ゲバラ。キューバ革命のチェ・ゲバラじゃない。ホンと、二人ともバカなんだから。もうちょっと、勉強しなよ」二人は、馬鹿にされて、しょげてしまった。

 

 ゆう子は、いったいどういう意味か分からなかったが、恥をしのんで訊ねた。「その、革命家と鳥羽君のお父さんが知り合いってこと?」横山は、あきれて返事もできないほどだったが、バカに説明することにした。「チェ・ゲバラは、CIAに射殺されて、この世にはいないの。もしかしたら、鳥羽君のお父さんも、医者で革命家だったかも知れないって思ったのよ。そして、あるとき、CIAに暗殺されそうになったから、孤島の姫島に身を隠したんじゃないかしら。単なる、憶測だけど」横山は、どうしようもないバカに適当な話をした。

 

 真に受けた八神は、顔を真っ赤にして、大きな声で話し始めた。「そうよ、きっと、そうだよ。鳥羽のお父さんは、革命家で、CIAから逃れるために孤島にやって来たのよ。きっとそうだよ。ゆう子はどう思う?」ゆう子は、あまりにも根拠のない話についていけなかった。「ちょっと待ってよ、そんなの、単なる妄想じゃない。鳥羽君は、きっと勉強家なのよ。塾に行かなくっても、一人で頑張っていたのよ。お父さんのことは分からないけど」鳥羽は漁師の子で、ただ真面目な男子と思いたかった。

 八神の好奇心は、核爆発のきのこ雲のように、一気に天までつきあがった。「ゆう子、とにかく探るのよ。鳥羽は、只者じゃない。きっと、秘密があるに決まってる。横山の憶測は当たっているよ」八神の口から飛び出した唾は、ゆう子の顔に飛び掛っていた。いったん興奮すると八神は、押さえが聞かなかった。「八神、もうやめてよ。鳥羽とは、何の関係もないんだから。もう、この話はよそう」ゆう子は、横山に同意を求めて、目配せをした。

 

 横山も八神の猪突猛進には辟易していたが、鳥羽の秘密にも興味があった。「う~ん、におうわね。何かあると思う。あんな孤島に数学の天才がいるってのも、不思議な話よ。この際、ゆう子、探ってみなよ」ゆう子は、目を丸くして、何と言っていいか分からなくなった。まさか、横山までが、探偵ごっこに頭を突っ込むとは以外だった。「ちょっと、二人とも、たいがいにしてよ。探るって、どうすんのさ。根掘り葉掘り、家族のことを聞き出せって言うの?そんなのいやよ」ゆう子は、残りのジュースを一気に飲み干した。

 

 ムカついたゆう子に驚いた八神は、テーブルをポンと左手で叩いた。「まかして。姫島に行って、聞き込みをやってくる。きっと、なにかあるから」ドヤ顔の八神は、ゆっくりと二人に顔を振った。あまりにも、大胆な行動に出た八神が心配になり、横山が口を挟んだ。「八神、そう、ムキにならなくていいじゃない。さっきのは、単なる想像よ。鳥羽のお父さんの詮索は、もうよそう」横山は、冗談で話したつもりが、収拾がつかなくなってしまい、話さなければよかったと思った。

 

春日信彦
作家:春日信彦
孤島の天才
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