犬の夢

 英語の授業は、いたって好評だった。バーバラ先生が受け持つ授業の成績は、群を抜いて好成績だった。その秘訣は、生徒の性的興奮と英語をリンクさせることだった。当然、教頭は猛反対であったが、教頭の指示にはまったくお構いなしに好き放題に授業を進めていた。教室に近づいてくるバーバラ先生の足音を聞くだけで、2年A組の生徒たちは興奮し、目を輝かせて、ドアを開けるや、生徒たちは拍手で迎えた。茶色の柴犬は、バーバラ先生が教室のドアを閉めるのを見届けて、そっと、ドアの前にお座りすると、小さな耳をそばだてた。

 

 「Everyone」いつものようにバーバラ先生は、色っぽく明るい声でみんなに声をかけた。「英語は楽しいかな~、今日も元気よく、英語を話しましょう。Let’s enjoy speaking English. それでは、質問から始めようか。質問がある人。Any questions?」呼びかけに答えて、木村君が手を挙げ、即座に質問を始めた。「初体験は、いつですか?」木村君は、いつもバーバラ先生の私生活に関する質問ばかりをしていた。

 

 バーバラ先生は、恋愛とセックスの話が大好きだった。「ダイレクトな質問ね。そうね、14歳だったかな。相手は、高校1年生」バーバラ先生は、くねらした腰に左手を当て答えた。生徒たちは、納得したように頷き、即座にノートにメモした。「他には?If you have any questions, please raise your hand.」笑顔で質問を促した。中村君が手を挙げ、質問した。「今、彼氏いますか?」

 

 バーバラ先生は、笑顔で答えた。「います。彼は、28歳で、黒人です。5年間付き合っています」生徒たちは、あっけに取られていたようだったが、全員即座にメモをした。中村君は、メモし終えると、即座に立ち上がり質問を追加した。「遠距離恋愛ですか?」中村君は、彼氏はアメリカにいると思った。「いいえ、彼は、福岡に住んでいます。だから、いつでもデートできます。先生、ドンドン、裸にされちゃうわね。ハハハ」バーバラ先生は、笑い声を上げた。

 

 「宿題をチェックしましょう。みんな、want toの例文を書いてきたかな。それでは、順番に発表してもらうことにします。今日は窓側から行きますか。浅田さんからね」浅田さんは、ノートを手に取り立ち上がった。「I want to live abroad. どこでもいいので、外国で暮らしてみたいです。できれば、ニュージーランドで羊を飼ってみたいです」先生は、頷き、「将来、夢がかなうといいですね」言い終えると後ろの吉田君に眼を向けた。

 

 「I want to have a dog. 犬を飼いたいです。でも、マンションでは犬を飼ってはいけないことになっています。大人になったら、一戸建ての家に住んで、たくさん犬を飼いたいです」先生は、少し気の毒そうに返事した。「今は、我慢する以外ないね。先生のところには、犬、猫がいます。とっても可愛いです。遊びに来てもいいですよ」吉田君は、頷き、笑顔を作った。

 英語が得意な田中さんは、すっと立ち上がり、ノートを見ずに話し始めた。「I want to a good diplomat and be a bridge between Japan and foreign countries. 私は外交官になって、日本が戦争しなくていいように、各国と話し合いたいと思います。なぜ、戦争をするのか分かりません。戦争のない世界にしたいです」田中さんは、小学校のころから英語の塾に通っていて、すでに英検準2級を持っていた。田中さんの流暢な発音に感心した先生は、笑顔で褒めた。「I’m sure your English will improve. Your future is bright.

 

 いつもエッチな質問をする木村君が、にやけた顔で立ち上がった。「僕には、たくさんwant to があります。I want to be a professional baseball player. I want to go to karaoke with my friends. I want to see AKB48 live concerts. I want to have a girlfriend. I want to kiss. I want to sex.」木村君は、発表し終えると、ドヤ顔で腰掛けた。最後に響かせたセックスの発音には、みんな度肝を抜かれた。先生も予想はしていたが、さすがに顔が引きつった。 

 

  「Your English is good. Good job! たくさんできましたね。英語の上達は、気持ちとイメージです」セックスに冷や汗を流しながら、一応褒めちぎった。次に、のそっと肥満の高橋さんが立ち上がった。「I don’t want to study English. なぜ、英語を勉強しなければならなのですか?英語を使う仕事をしないと思うし、アメリカ人と結婚したいとも思いません。義務教育から英語を無くしたほうがいいと思います」話し終えた高橋さんは、ドスンと腰を落とした。

 「必要性の質問は、必ず出てきます。高校、大学の受験科目に英語がありますね。だから、英語の勉強は必要なのです。なぜ、受験科目に英語があるのかは、分かりません。日本人は、中学、高校と受験のために英語を勉強しています。でも、ほとんどの人は、話せないし、ちょっとしたメールも書くことができません。とても、不思議です。だからと言って、英語の勉強が無駄といえるでしょうか?おそらく、勉強のやり方がよくないのだと先生は思っています。

 

先生は、使える英語をみんなに学んで欲しいと思っています。英語は、勉強じゃなくて遊びと思ってみてはどうかな。これからも楽しくやっていきたいと思っています」話し終えると即座に水崎君が手を挙げた。「でも、受験のためにたくさんの単語を覚えなければならないじゃないですか。結局、遊びと思っても、つらいばっかりで、面白くないと思います。受験科目から英語を無くせばいいんだ」ふくれっつらの水崎君は、みんなの同意を得ようと周りを見渡した。

 

尾崎君が声を張り上げた。「そうだ。英語なんて要らない。日本人は、日本語をもっと勉強すべきだ。日本人は、アメリカ人にならなくてもいいんだ」数人から、賛同の声が上がった。「そうだ、そうだ。英語はいらね~」寺山さんがすっと立ち上がった。「私も英語は嫌いです。でも、遊びの英語だったら、いいと思います。父も母も受験のために英語を勉強したはずなのに、まったく話せません。中学校程度の英語も忘れています。受験英語は、無駄と思います」

春日信彦
作家:春日信彦
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