また新しい夢?いや、春日井正幸先生の言うように過去そのものなのか?
「退院おめでとう。と言っても病院に送り込んだ張本人がそういうのも変だけどな」
西村は病室で退院の荷造りをしている皆川君の耳にそっと耳打ちしてニヤッと笑った。皆川君はうるさそうにそれを手で追い払った。
皆川君のお母さんらしい人が先生や看護婦さんに頭を深く下げて廊下まで見送ったあと、病室のドアを閉めて部屋に入ってきた。西村にも頭を下げようとするのを皆川君が制した。お母さんはこの西村が息子を入院させた張本人だとは知らされていないらしかった。
「すみませんねえ。退院の日まで来ていただいて」
「いえ、とんでもありません。皆川君にはいつも陸上部でお世話になっていますから」
お母さんの声に西村はかぶりを振って応えた。実情を知っている僕はこの光景に吐き気を催したがお母さんはそれに気がつく様子もない。
「母さん、ちょっと西村先輩と話があるから悪いけど先に一階のロビーで待っててくれないかな」
お母さんは一瞬二人の顔の様子を見比べたようだったがすぐに頷いて、西村に軽く会釈すると病室を出て行った
二人きりになると西村は話し始めた。
「言っとくけど、春日井先生は皆川のいる世界には戻ってこないよ」
西村はこともなげにそう言った。
「何でお前にそんなことわかるんだ」
気色ばむ皆川君は西村を睨みつけて言った。
「顧問の木島と同棲しちゃってる佐藤さんのことお前事情知らなかったよな」
「ええ」
西村は勝ち誇ったように笑った。
「簡単にいうとこういうことさ。今回の競技会と同じように前回も神崎さんの記録を破らないようにすべく俺はいろんな根回しをしていた。皆川と同じように、その時も記録にこだわるアホがいたんだよ。それが当時佐藤さんと付き合っていた何某さんだ。何某さんは誰かさんのように真剣に悩んださ。そして付き合ってる佐藤さんにももちろん相談した。」
皆川君は少し顔を歪めながら黙って聞いていた。
「部のマネージャーだった佐藤さんはうちの学校の陸上部の特殊性、つまり理事長の息子の神崎さんの記録は誰も破っちゃいけないという不文律で行く上部がうまく回っていることは熟知していたからね。最後の最後に八百長をやれっていう俺の指示に賛成に回ることになったんだ」
「結局佐藤先輩と一緒に退学したと聞いてるけど、その先輩は…」皆川くんの表情にはすこし苛立ちが見えた。
「うん。ややこしい美人の保健室の先生というのがいてね」
「…」
「その先生といろんな相談をしているうちに、何某先輩は佐藤さんよりもその保健室の先生と仲良くなってね」
「…」
「結局神崎さんを抜く記録をたてそうになったんだけど…」
西村は皆川くんの表情を舐めるようにして観察しながら話を続けた。
「けど…?」
「保健室の美人先生と半同棲生活になっちゃってるところを学校にチクったやつがいてね。あえなく退学さ。佐藤さんは学校から勧告されたわけじゃないけど結局自主退学ってわけ」
そこまでやるのか、西村さん…。僕は怒りを覚えた。その思いは皆川君も同じようだった。
「おっと、睨まないでくれよ。チクったのは俺じゃない」
「誰が?」
「今佐藤さんと同棲している顧問の木島さ」
僕はタイムトラベルの中で姉さんと二人で見た、木島と暮らす佐藤先輩の様子を思い出した。