警察の陰謀は意外なところから関係者の知るところとなった。
斎藤家では客間で武志の父と南方組のナンバーツー石橋が、武志の安否を気遣いながらも和やかに談笑していた。
武志の姉のなつみは、
こうした非日常的な時間の中で飛び出した母親の幼い頃の思い出話に聞き入っていた。 時刻は午後11時半過ぎ。
長かった一日が終わろうとしている。誰もがその非日常的な一日が武志の帰宅とともに集結すると考えていたその時、なつみのスマートフォンが着信した。
「あ、お母様、いっくんのお話の続きちょっとだけ待って。せっかく
お母様の初恋の人の下の名前が"伊佐男"っていうところまで出てきたけど、篠崎さんのところの朝子さからよ」
朝子と今回の件で知り合ったのはほんの数日前だが、二人は篠崎家でなんとなく話をするうち、お互いまるで姉妹のように気心が通じ合うことを確認していた。
武志の姉と恋人。そしてその弟武志をめぐる大騒が二人の心を急速に近づけた。なつみはスマホのディスプレイに浮かんだ「篠崎朝子」という文字に顔をほころばせた。
「もしもし」
朝子の声は自分の上ずった声を無理に抑えようとしたような息苦しさを感じさせた。
「朝子ちゃん、どうした?武志はまだだけど、こっちに来てくれた石橋さんと父との話だとそんなに心配する必要もないということだったみたいだけど…」
「テレビつけてください」
なつみの話が耳に入っていない様子の朝子は思いつめたように短くそう言った。
「え?テレビ。何チャンネル?」
「何チャンネルでも同じのやってます。武志さんのことも出てきてます」
「武志がテレビに!?」
電話の声になつみの母親が顔を向けた。
スマホを片手にリモコンを探そうとすると、母親がいち早くテーブルの上にあったリモコンを見つけて電源を入れた。
==============[拉致監禁されている斎藤武志さん(20)]========== いきなり武志のフルネームと年齢と一緒に武志の写真が大きくテレビ画面に映った。
「え?どういうことこれ」
なつみはスマホを耳に当てたまま思わず叫んでしまった後、それが朝子への非難のように聞こえてしまったかと慌てた。
「あ、ごめんなさい朝子ちゃん。ちょっと動転してしまって。今の朝子ちゃんにいったんじゃないのよ」
「いえ、違います。こうなったの全部あたしのせいなんです。あたしが勝手に警察に武志さんのこと喋ってしまって、それでこんな恐ろしいことになってしまったんです」
そこまで言い終わると、朝子は抑えていた堰が決壊したかのように大声で泣きじゃくった。
「どういうことなの、落ち着いて話して。あたしは何があっても朝子ちゃんの味方だから」
朝子をなだめようとするばかりでなく、なつみは心底そう思った。何か自分の意図しないところでとんでもないことが引き起こされてしまい、朝子はパニック状態に陥っている。できれば今すぐ会って顔を見ながら朝子の心を鎮めながら話をしたい。
「お母様、朝子ちゃんパニック状態みたいでまだ要領を得ないんだけど、とりあえずお父様と石橋さんにこのことを…」
言いかけてなつみは、母親もまた平常心を失い、能面のように真っ白な顔でテレビを食い入るように見つめているのに気がついた。
「お母様…?」
テレビのテロップは事件の実行犯の顔を次々と写真入りで紹介していた。
=====[広域指定暴力団藤井組組長 藤井清蔵(67)]==========[元自衛隊員同藤井組筆頭若頭 三浦元久(34)]===== 母親は顔面蒼白のまま画面を見ていた。
=====[広域指定暴力団 蜷川会若頭南方組組長 南方伊佐男(53)]===== その名前を見たとき母親の顔が引きつった。
「いっくん…」
なつみの頭が何かの核心に思い至りそうになり、しかし寸前のところでそれをつかみ損ねた。
「いっくん、って何言ってるのお母様」
なつみはそう言って再び母親が凝視しているテレビ画面を見た。
「伊佐男…?まさか」
「おいどうした」
その時、慌ただしい様子の部屋を心配した父親がドアを開けた。
斎藤氏はテレビを見てすぐに自体を把握した。
「なつみは母さんを頼む。向こうの部屋のテレビを確認しながら石橋さんと善後策を話してくる」
なつみの耳には、まだスマホ越しに朝子の絶望的に泣きじゃくる声がこだましていた。
続く