大人のピアノ

大人のピアノ そのきゅうじゅうなな 黒幕入場

------------同時刻神奈川県武蔵小杉署捜査本部ドア------------


「ざっとこんな感じさ」

 寺村は脇田に対してどうやって藤井組の長男を追い込んで行ったのか、得々として語り終わった。

「なんといいますか…」

 脇田はあまりのえげつなさに戸惑い気味に言ったのだが、寺村にはそれが自分に対する賞賛のように聞こえた。

「すげえだろ。人が堕ちていくのを見る、しかも自分が仕掛けて堕としていくっていう快感はたまらねえよ」

 なおも自分に酔う寺村の目は爛々と狂気を帯びて輝いていた。

「そんなこと藤井組に知れたら寺村さん間違いなく殺されますよ」

「もうとっくに知られてるさ」

「え!どうして…」

「俺が藤井組の坊ちゃんに直接言ってやったからさ。本人は死んじまったが誰か組員に喋ってるかも知れねえな」

「直接言ったって、息子の私立中学に行ったり奥さんや自分の付き合いのあるところに有る事無い事言いに行ったことですか」

 脇田は自分の耳を疑った。もしそうなら…目の前の自分の上司は狂っているとしか思えなかった。

「ああ、そうさ。こっちは警察権力に守られてるんだ。俺には手も足も出ねえぜ。単なる一介の巡査長じゃねえんだよ、俺は。拳銃摘発裏組織と全国の警察組織の間に立つフィクサーってやつなんだ。俺のさじ加減一つでどの県警にどのくらい闇拳銃を流すか、藤井のところに話ができるのは俺しかいねえ。俺は警察の組織の中でも上が無視できないような力を持ってるんだ。その俺をヤクザごときがどうこうできるわけもねえんだよ」

 それで、わざと自分の力を誇示するために、本人に自分の暗躍を喋ったというのか…。脇田は寺村にこの瞬間完全に見切りをつけた。



「しかし、百歩譲ってそうだとしてですよ…寺村さんがそういう特殊な力を持ったのは、それもこれも藤井の坊ちゃんを追い込んだからでしょう。言ってみれば藤井あっての寺村さんなわけじゃないですか。結局坊ちゃんはホテルで偽装自殺。親分の藤井が切れたら寺村さん一巻の終わりですよ」

 なぜこんな単純な理屈に寺村は気がつかないのだろう。脇田は寺村の熱っぽい表情が空恐ろしくなってきた。

「だからよ…」

 寺村はまるでチンピラヤクザのように、脇田の肩に手を回して品のない笑い顔を浮かべた。

「だから、どさくさに紛れてこれから藤井組を壊滅しちまうんじゃねえか。お偉いさん達は拳銃密売のデータベースを破壊したい。俺は藤井組の組員が皆殺しになって欲しいというわけだ」

「そうまくいきますかね」

「SATが皆殺し作戦を上手くやってくれるのさ」

「誰の情報です」

「署長だ」

「まさか。寺村さんために?」

「いや、警察組織のためにさ。お前がなんとなく今回の捜査本部は雰囲気が違うと言ったのはそういう裏があるからだ。そういう陰謀のきな臭い硝煙のようなくすぶった匂いが今この捜査本部本部にはプンプンしてやがるのさ」




 寺村がそう言った時、捜査本部上手の出入り口から県警刑事部長、武蔵小杉署署長、合同捜査の千葉県警刑事部長、統括する関東管区警察局長が入室した。

 これから捜査方針が発表される。

 寺村が今言った警察の陰謀が狂人の妄想ではなく事実ならば、捜査方針は捜査というより特殊部隊によるヤクザ組織の制圧殲滅だ。捜査本部は警察というよりは自衛隊の作戦指揮本部となる。




 寺村が署長に向かって小さく手を挙げた。

 それは身分上あり得ない光景だったが、次の瞬間脇田はもっと驚愕の光景を見た。

 それと気づいていないものにはまったく分からないような小さい不気味な微笑を、キャリアの署長が一介の巡査長に返したのだった。




続く

大人のピアノ そのきゅうじゅうはち 藤井組の戦力

 寺村から視線を戻した東原署長が捜査本部のキャリア、管理官、責任者を紹介しはじめると、捜査本部会議室内の100名弱の捜査員はマイクの音量が絞られるように静かになった。

 関東管区警備局長の列席も異例ながら、本部内の刑事たちの視線は右端の小柄だが目の座った身体そのものがある種の武器のような雰囲気を醸し出している男に注がれていた。

 濃紺のアサルトスーツに予備弾倉や特殊小型無線機を携行したタクティカルベストを隙なく着用している。両手はごく自然に両脇に垂らしているのだが、その鍛え上げられた太い二の腕は、一瞬の挙動の不審にもすぐに反応可能な獰猛な蛇を思わせた。

「それでは敵戦力の現況を警視庁特殊部隊SAT郡司小隊長に報告してもらいます。」

 郡司と呼ばれた小隊長は軽く一例をし、アサルトブーツでリノリウムの床を踏みながら中央に歩みを進めた。

「今回の作戦の特徴は、まず第一に敵戦闘能力の脅威がほぼ正確に把握できているということであります」

 小隊長は自己紹介を省きさっそく本題に移った。右手を軽くあげて合図すると、部下と思われる同じような雰囲気を持った屈強な男が会議室入り口の照明を落とした。
 
「ご覧いただいておりますように、敵戦力は短銃や長距離ライフルをふんだんに所持してるのみならず、エリアウェポンを大量に所持しています」





 暗がりの中に郡司小隊長がOHPのスライドをセットした。

============藤井組戦力一覧===============


◇通常火器
◼︎リボルバー並びにオート短銃800丁
◼︎遠距離射撃用ボルトアクションライフル40丁

◇エリアウェポン
◼︎グレネードランチャー付き連射可能アサルトライフル20丁
◼︎フルオート射撃短機関銃60丁
◼︎ショットガン100丁
◼︎バズーカ砲14基
◼︎重対物狙撃銃6丁
◼︎ロケットランチャー8基
◼︎携行型迫撃砲12門

◇その他手榴弾、ダイナマイト多数、軍事用ヘリ2基

==========================================




「うわ、なんですかこれ」

 OHPを見た脇田が暗がりの中で呆れたようなため息をついた。

「おう。なんともすげえよな。おれは地下倉庫見学したことがあるから現物を見たことあるが、あらためてこうしてみると狂ってやがる」

 寺村も苦笑気味に囁いた。

「なんすか、あの重対物狙撃銃6丁って」

「ああ、あれがまたすげーんだよ。シモノフPTRSー1941とかいう、ルパン三世カリオストロの城で次元大介が戦車相手にぶっ放してた特殊ライフルだ」

「げぇ。戦車なんかライフルなんかで吹っ飛ばせるんですか」

「ああ。だから機動隊の装甲車なんてイチコロさ。ロケットランチャー8基、携行型迫撃砲12門なんてのは地対空ミサイルだから、上空からヘリで特殊部隊を降下させようとしてもヘリごと撃墜される恐れがある」

「じゃあ、どうするんですか」

「まあ、郡司ちゃんの作戦を聞いてみようぜ、軍事作戦責任者が郡司ちゃんか、おもしれえな」





 寺村はつまらない冗談を言って勝手に笑っていた。

 暗がりの中にOHPの灯りに郡司小隊長や東原署長たちのお歴々の顔が浮かんでいた。

 脇田はふと自分の身の上にも不吉なことが待ち構えているような恐怖感にとらわれ、そっと身震いした。





続く

大人のピアノ そのきゅうじゅうきゅう 警察官の鏡

「次に具体的な作戦方針に移ります」

 郡司隊長の声に合わせて室内の照明が再び点灯され、蛍光灯の青白い光線が会議室の男たちを照らしだした。どの刑事たちも、さっきまでOHPに映されていた現実離れした藤井組の武器戦力が頭から離れない様子だった。

「これだけの重火器を揃えているわけですが、この中にはショットガンや短銃のように比較的取り扱いが簡単なものもあれば、迫撃砲や軍事ヘリのように扱うための訓練が不可欠な兵器も存在します」

 捜査員から我が意を得たりというざわめきが漏れた。

 これだけの兵器を全て扱える者はは警官にもいない。しいて言えば全てではないにせよ部分的に扱えるのは全国の主だった県警に存在する特殊部隊だけということになる。

 しかしそれにしてもこれは治安を目的とした警察の装備というよりは戦争遂行の兵器であり、完全に取り扱えるのは自衛隊隊員のみではないか。脅しと恐喝のプロではあっても、所詮武器戦闘は素人集団のヤクザにこの銃器は扱えない。

 ほとんどんの捜査員がそう思った矢先だった。



「今回突入する藤井組の幹部には、元陸上自衛隊機甲科士長がいます」

 再び捜査本部がざわめいたが、今度のざわめきのトーンは暗澹たるものだった。



「え!?そうなんですか寺村さん」

 脇田がすかさず横にいる寺村に訊いた。

「ああ。そうだよ。三浦っていう藤井組のナンバーツーが陸上自衛隊出身だ」

「ええっ、まずいじゃないですか。三浦の元で組員たちが地下室使ってある程度の訓練を積んでいたら完全な戦争ですよ」

「まあ、そーだよな」寺村は人ごとのように事もなげに言い放った。





「質問があります」

 捜査本部の後ろの席から四十代の刑事が挙手をした。

「どうぞ」郡司が発言を許可する。

「千葉県警捜査一課警部補の坂下といいます。自衛隊機甲科というのは具体的にはどういう任務を遂行する部隊なのでしょうか」

「機甲科には戦車部隊と偵察部隊があり、主に戦車の火力機動力及び装甲防護力により、敵を殲滅するとともに前線の情報収集を行います」

 郡司隊長がとりあえず型通りの説明をした。

「そうしますと、銃器の扱いはもちろん対戦車ミサイルや迫撃砲などの扱いも可能だということになるでしょうか」

「彼らは先ほどのOHPにありましたエリアウェポンのプロフェッショナルです」

 会議室にざわめきは起こらず、かわりに水を打ったような不気味な静寂が部屋を支配した。



「よって今回の作戦は、警察側にも犠牲者が出ることが考えられます。近接陸戦における戦力を測る基本的な計算式は、所持している武器にそれを取り扱い可能な人員を掛け算したものとなります。極端な話、銃器だけがあっても拳銃の扱いすら不可能な一般市民を掛け算で乗じた場合、戦力計算の結果はゼロになるわけです。今回は敵陣で指揮を取る人間が一般的な警官よりも武器の取り扱い能力に優れています。そのため戦力の掛け算もかなり多めに見積もる必要があります」

 郡司隊長はここで言葉を切ったが、追加質問をするものはいなかった。


「そのため被害を最小限にするためにも躊躇なく敵重火器に対抗できる戦力を投入する必要があります」

 ここで再び会議室の照明が落とされて、暗闇の中に作戦概要のOHPシートが浮かび上がった。




====================================



ロケットミサイルおよび迫撃砲発射による広範囲な被害を想定し、海神町藤井組から半径二キロ県内の住民に強制避難勧告(千葉県警警察官担当)


深夜における、低空侵攻能力を持つ戦略ヘリコプターでの上空圏域制圧。ならびに空域制圧作戦成功時に特殊作戦用輸送機によるパラシュート部隊の投入(警視庁、千葉県警、神奈川県警各SAT担当)


陸上からの装甲車、および人海戦術による空挺作戦支援(千葉県警、神奈川県警各警察官担当)


空、陸特殊部隊一斉突入(警察庁、千葉県警、神奈川県警各SIT担当)


人質の身柄確保(千葉県警、神奈川県警各警察官担当)

====================================




 ものものしい突入作戦を目にするのが初めてである一般警察官はしんと静まり返った。

「質問よろしいでしょうか」

 先ほどの千葉県警の警部補だった。先ほどよりも顔が青ざめているのが遠目にも見て取れるほどだった。

「どうぞ」

「今回の作戦、捜査方針立案において特徴的なのは、事前に把握できている情報が極めて正確性の高いものであると推察される点です。逆に言えば、敵の物的なあるいは人的な戦力が事前情報と万が一違っていた場合、作戦の遂行に重大な齟齬が生じると推察されます」

「その通りです。先ほどの近接戦闘力測定の掛け算の結果が変わります」

「今回の情報源はここで明らかにすることは可能でしょうか」



 郡司隊長は幹部席の方に視線を投げた。

「私がお答えいたします」

 武蔵小杉署署長の東原が口を開いた。

「今回の作戦においては、第一の功労者はこの武蔵小杉署捜査一課巡査長の長年に渡る危険な潜入捜査の賜物だと言えます。巡査長はその危険な任務にもかかわらず、市民の安全と警察の威信を守るため、献身的に重大な任務を粛々とこなしてきました。まさに警察官の鏡と言って良いこの巡査長がこの捜査本部会議室にも列席しているので、ここでご紹介いたします」

 東原署長が厳粛な面持ちで寺村の方を向いた。


「え!?警察官の鏡って寺村さんのことですか?」

 裏を全て知っている脇田はこのキャリアを巻き込んだ茶番劇に寒気すら覚えた。

「寺村巡査長、一言こちらから自己紹介をしたまえ」

 手招きをされた寺村は脇田に小さく似合わないウインクをして、捜査本部の幹部が居並ぶ雛壇に進んだ。




 全国警察の英雄が足を進めるごとに割れんばかりの拍手が捜査本部を包んだ。

 関東管区警備局長、千葉県警刑事部長、神奈川県警刑事部長、特殊部隊幹部、そして東原武蔵小杉署署長は立ち上がって寺村を迎えた。

 脇田は一人呆然と拍手をすることも忘れて寺村を見つめていた。





続く

大人のピアノ その百 朝子からの電話

 警察の陰謀は意外なところから関係者の知るところとなった。

 斎藤家では客間で武志の父と南方組のナンバーツー石橋が、武志の安否を気遣いながらも和やかに談笑していた。
 武志の姉のなつみは、こうした非日常的な時間の中で飛び出した母親の幼い頃の思い出話に聞き入っていた。ドア



 時刻は午後11時半過ぎ。

 長かった一日が終わろうとしている。誰もがその非日常的な一日が武志の帰宅とともに集結すると考えていたその時、なつみのスマートフォンが着信した。

「あ、お母様、いっくんのお話の続きちょっとだけ待って。せっかくお母様の初恋の人の下の名前が"伊佐男"っていうところまで出てきたドアけど、篠崎さんのところの朝子さからよ」

 朝子と今回の件で知り合ったのはほんの数日前だが、二人は篠崎家でなんとなく話をするうち、お互いまるで姉妹のように気心が通じ合うことを確認していた。

 武志の姉と恋人。そしてその弟武志をめぐる大騒が二人の心を急速に近づけた。なつみはスマホのディスプレイに浮かんだ「篠崎朝子」という文字に顔をほころばせた。



「もしもし」

 朝子の声は自分の上ずった声を無理に抑えようとしたような息苦しさを感じさせた。

「朝子ちゃん、どうした?武志はまだだけど、こっちに来てくれた石橋さんと父との話だとそんなに心配する必要もないということだったみたいだけど…」

「テレビつけてください」

 なつみの話が耳に入っていない様子の朝子は思いつめたように短くそう言った。

「え?テレビ。何チャンネル?」

「何チャンネルでも同じのやってます。武志さんのことも出てきてます」

「武志がテレビに!?」




 電話の声になつみの母親が顔を向けた。

 スマホを片手にリモコンを探そうとすると、母親がいち早くテーブルの上にあったリモコンを見つけて電源を入れた。




==============[拉致監禁されている斎藤武志さん(20)]==========


 いきなり武志のフルネームと年齢と一緒に武志の写真が大きくテレビ画面に映った。




「え?どういうことこれ」




 なつみはスマホを耳に当てたまま思わず叫んでしまった後、それが朝子への非難のように聞こえてしまったかと慌てた。

「あ、ごめんなさい朝子ちゃん。ちょっと動転してしまって。今の朝子ちゃんにいったんじゃないのよ」

「いえ、違います。こうなったの全部あたしのせいなんです。あたしが勝手に警察に武志さんのこと喋ってしまって、それでこんな恐ろしいことになってしまったんです」

 そこまで言い終わると、朝子は抑えていた堰が決壊したかのように大声で泣きじゃくった。

「どういうことなの、落ち着いて話して。あたしは何があっても朝子ちゃんの味方だから」

 朝子をなだめようとするばかりでなく、なつみは心底そう思った。何か自分の意図しないところでとんでもないことが引き起こされてしまい、朝子はパニック状態に陥っている。できれば今すぐ会って顔を見ながら朝子の心を鎮めながら話をしたい。




「お母様、朝子ちゃんパニック状態みたいでまだ要領を得ないんだけど、とりあえずお父様と石橋さんにこのことを…」

 言いかけてなつみは、母親もまた平常心を失い、能面のように真っ白な顔でテレビを食い入るように見つめているのに気がついた。

「お母様…?」



 テレビのテロップは事件の実行犯の顔を次々と写真入りで紹介していた。

=====[広域指定暴力団藤井組組長 藤井清蔵(67)]=====


=====[元自衛隊員同藤井組筆頭若頭 三浦元久(34)]=====


 


 母親は顔面蒼白のまま画面を見ていた。

=====[広域指定暴力団 蜷川会若頭南方組組長 南方伊佐男(53)]=====





 その名前を見たとき母親の顔が引きつった。

「いっくん…」

 なつみの頭が何かの核心に思い至りそうになり、しかし寸前のところでそれをつかみ損ねた。

「いっくん、って何言ってるのお母様」

 なつみはそう言って再び母親が凝視しているテレビ画面を見た。

「伊佐男…?まさか」



「おいどうした」

 その時、慌ただしい様子の部屋を心配した父親がドアを開けた。

 斎藤氏はテレビを見てすぐに自体を把握した。

「なつみは母さんを頼む。向こうの部屋のテレビを確認しながら石橋さんと善後策を話してくる」




 なつみの耳には、まだスマホ越しに朝子の絶望的に泣きじゃくる声がこだましていた。

 




続く



 
ゆっきー
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