明日の降雨を告げる傘を被った朧月が躍る深夜の静寂を、バイクのエンジン音と血の臭いが引き裂いていく。
人や車の通りも、繁華街の毒々しいネオンサインの点滅も疎らになった大都会の国道を満たす大量の排気ガスと大音量のホーンとエンジン音、そして無軌道な若者達の狂喜の声……。
それらの響きはごくありふれた大都会の国道を濛々と殺気立ち込める無法地帯へと変えていく。
混濁たる真白の夜霧にも似た濃密かつ冷徹なその殺気は、力無き人の体にはどんな劇物よりも強い致死性、そして即効性がある。
うっかり触れたり臭いを嗅いだりすれば、たちどころに強力な毒はその鋭い牙を剥き、気安く触れた哀れな犠牲者の全てを食い散らかす。
今日もまた、幾人か被害者が出たらしい……。殺気に混じって何よりもきつい、ひと舐めすれば不快な鉄の味が口腔に満ちる血の臭いが周囲に漂う。
無論それらの主は高濃度の排気ガスと爆音をあたりに振り撒きながら、我が物顔で冷たき国道を駆けて行く、人の姿をとった狂犬達だ。
僅かに街に残った人は須らく音と彼の者の影に怯え、命乞いの準備をせんとする…………その全てが無駄だという事は承知の上で。
一歩間違えば直ぐにでも野戦病院に、更に下手をすれば死体捨場になりかねないピリピリした空気に満ちた国道を幅一杯に埋め尽くす勢いを持って駆けて行くのは、この辺りでも札付きとして名高い暴走族連中、名を関東弩羅厳会という。
欲しいものがあれば奪い、気に入らないものはたちどころに殺し、まさに己の有り余る力と欲望の赴くままに騒音、恐怖、そして死を撒き散らす、その全てが非常に危険な奴等。
構成員の数は既に二百を超え、しかもそのひとりひとりがまさに手の付けられない狂人という、正真正銘の武闘派集団。
当然の如く、国道沿いの住民も警視庁の敏腕機動隊も皆彼等を、そして彼等の報復を恐れていた。
彼の者達は決して存在そのものを許されてはいけない、紛れもない街の害毒。
だが、力なき人にとって、その毒はあまりに強力すぎる。致死性の高い毒に立ち向かってそれを除去しようなどという勇気……いや蛮勇を、良識ある人はまず起こさない。それをするものはよっぽどの莫迦か極め付きの命知らずだと彼等は言う。
君子危うきに近寄らず。障らぬ神に祟りなし。かような者は相手にせず、無関心を決め込むのが一番の対処法……
それが現代に生きる人の常識、若しくは処世術であった。
…………少なくとも、今宵までは。