「生き方を変えるため。」
卯がヒッチハイカーになった理由らしい。
それで僕は卯を僕の部屋に泊めてやることにした。
玄関を入ると、卯は首を傾げるようにして部屋のなかを見回した。
「ずいぶん、長方形だね。」
狭い長方形のワンルームマンション。
ソファベッドと長机。
丸い座布団をさしだすと、卯はそのちょうどまんなかに、そっと座った。
「漫画よむ?」
適当なのをさしだすと、卯は若干そわそわして、すこし俯いている。それから、
「てれび、つけてもいい?」と、上目使いで。
リモコンの電源ボタンを押そうとしたら、
「あっ!」と、弾かれたように声をあげた。
思わずリモコンを落としてしまう。
その拍子に蓋がとれて、ゴロゴロと電池が床を転がった。
僕は電池をはめながら、卯の様子をうかがう。
卯は申し訳なさそうに、ごめんね、とちいさく言い、テレビの前までいくと、そこに ちょこんと座り、テレビ画面に頬を寄せた。
触れそうで触れない距離。
「点けて。」
ぽち、と電源ボタンを押す。
ヴん、パチパチッ。
静電気。
卯の頬で静電気がパチパチ言ったのだ。
だいじょうぶ?と聞くまでもなく、卯は満足そうだった。
座布団のうえに戻り、ありがとう、といって、ぽち、とテレビを消した。
それが卯の趣味なのか。あるいは縁起かつぎなのかもしれない。
客用布団を出そうとしたら、卯は
「この丸い座布団のうえで寝てもいい?」ときいた。
「いいよ。」
そう答えながらも、このちっちゃい座布団のうえでどうやって寝る気だろう?
すると、卯は座布団をぽんぽんとやってから、見事にからだを丸め、ちいさい丸座布団のうえに程よく収まった。
僕が感心するよりはやく寝息を立てはじめる。
生き方を変えると決心して、見知らぬ町を転々とし、いま丸い座布団のうえで丸くなって眠っている。
卯の規則正しい寝息を聞きながら、僕は長方形の部屋をぐるーっと見回した。
ほとんど、なにもない。
ちょうどいい長方形。
ひとりには十分なこの部屋を、出ようと思ったことは一度もない。
ということは、僕はじぶんの生き方を見つめたことがなかったのかも。
たんたんとある、一日。
毎日として連なっているけれど、それを一日という単位でしか捉えていなかった。
僕は、はじめてそのことに気づいた。
この部屋で過ごしてきた一日の、その膨大な数を思ってみる。
なんだか、おそろしくなってきた。
焦りをおぼえる。
そして、あ、と思った。
「そのとき。」
そのとき。が、来たのだ。
翌朝、目覚めた卯に行き先の見当をたずねた。
案の定ないと言うので、「うん。」と答える。
僕のちいさなトランクが玄関に置いてあるのをみても、卯は驚かない。
外に出ると、もう雪は降っていなかったが、積もった雪はまだ溶ける様子がない。
ドアの鍵を回す。
その機械的な音に、細心の注意を払う。
さいごのおと。
卯も僕の指先に視線を注いでいたけれど、おなじ思いかどうかはわかったものじゃない。
こうして僕は、予想外に新たな人生の門出をむかえた。
いざ。