土道( 1 / 1 )
卯との道中も、一ヶ月を過ぎた。
卯と同じくヒッチハイカーとなった僕。
この毎日も悪くないような、そろそろ落ち着きたいような、じぶんでもはっきりしない。
卯は道を歩くのがすきだ。
それも土の道。
けれども土道は田舎でもずいぶん少なくなっている。
そのため、卯は土道に出会うと小股になった。
じっくり味わいながら歩くのだ。
ときどき、ふいにしゃがみこんだかとおもうと、人差し指で土に穴をあけている。
第二関節ほど。
それからその穴をみて、にんやりとわらうのだった。
ときにはそこに水筒の水をためることもある。
歩きだしても、うれしそうに振りかえり振りかえりするので、つい僕もつられて振りかえり振りかえり歩いてしまう。
畑帰りのおじじやおばあが、なんかあったか、という顔をしてすれ違っていく。
彼らの様子を気にかけるふうもなく、卯はひょこんと頭を下げる。
あるとき、ひとりのおばあが、「にぎんめしゃあいらんか」と言った。
ことばがわからず無反応な僕のかたわらで、卯がこくんこくんと二度うなずいた。
おばあから包みを受けとると、そのまま道ばたに座る。
おばあはすこし先で、卯の土穴(水いり)を眺めてから、空を仰いだ。
それからまた、よいせよいせと歩きはじめる。
僕もつられて空をみた。
いい天気。
卯が僕のほうを見あげたので、隣に座る。
小石でちょっとおしりが痛い。
包みをひらくと、粗くにぎったおにぎり。
たくあんもついている。
具のない塩おにぎりだった。
たくあんは食後派の僕とちがい、卯はまずたくあんをすこしかじり、おにぎりを一口。
すこしのたくあんと一口のおにぎりを一緒に食べる、というのを繰り返して食べた。
さいごの締めに水筒の水を一口飲んで、おいしかったね、と幸せそうにわらう。
その土道のさきで、道ばたに座りこんでいる男と会った。
男はもうずいぶん、そこに座っているらしかった。
卯は彼の正面に立って、やんわりと首をかしげる。
その姿勢のまま、しばらく男をみていたとおもうと、すとんとその横に座った。
人差し指で土に穴をあける。
水筒の水を注ごうとした卯の手を、男が遮った。
目で空を示す。
卯は合点した様子で水筒のキャップを閉めると、土穴をみつめた。
ふいに、頬に冷たいものをかんじて、僕はひゃっとなった。
雨だ。
土の道にぽつぽつと水玉模様がつきはじめる。
卯の土穴にも雨粒が落ちた。
ふたりはおなじ目線でそれを眺めている。
僕は別れのことばなく、そこで卯と別れた。
この土道の道中で、ひとつ、みつけたものがあった。
打ち師( 1 / 1 )
「まりもを買ってくる。」といって、帰らなかった父。
その父の母親である祖母から、僕は「打ち」を仕込まれた。
麺打ち。
うどんと蕎麦。
幼少から仕込まれただけあって、いまや僕の唯一の才能だ。
うどん粉と蕎麦粉を打たせれば、だれにも負けない。
それで僕は夕飯やをはじめた。
店を構えてやるやつじゃない。
家庭にうどんか蕎麦を打ちに行く。
完全予約制。
にちようび。
お客の家でうどんを打っていると、卯があらわれた。
僕の「打ち」を、楽しそうにみている。
道端の男はどうしたんだろうと思いながら、味見をさせてやった。
おいしいおいしいといって、おあずけをくらった犬の目をするので、一食分やることにした。
また、あらたに打てばいい。
しかし、うどんを啜る姿を見ているうちに、どうやらこいつは卯じゃないらしいと気づいた。
卯にそっくりな卯じゃない卯。
食べおわって、ふたたび、僕の「打ち」を眺める。
ふと、僕はここが個人宅だということを思いだした。
するとこの卯じゃない卯は、この家の住人なのだ。
だったら、あらたに打つ必要はなかった。
なかったが、打ちはじめたものは作るしかない。
卯じゃない卯は、僕の「打ち」がおわるのを見届けて、すーっと、おおきな深呼吸をした。
それから、ふいに立ちあがると、トイレにでも行くのかと思いきや、玄関から出ていってしまった。
「あれが空き食かぁ。」
留守宅にあがりこんで冷蔵庫の残り物を食べる、空き食という犯罪が、ここのところ増えている とテレビでやっていたのだ。
ぼんやりと感慨に耽っていると、お客が帰ってきたので、打ちたてのうどんを出す。
洗い物がおわったところで報酬をうけとった。
外にでると、もうすっかり月。
雲が多い。
回り灯篭のように月を過ぎる雲。
何枚か写真を撮った。
卯はどうしているだろう。
卯じゃない空き食は?
まりもを買いに行った父。
なぜまりも?
あの日以来ずっと、抱いている疑問はまりも。