僕と彼と彼女の間

その四

その日の夜、僕は夕飯を食べ終えると自分の部屋に閉じこもっていた。

歴史の宿題をしていた。

だが、頭の中でグルグルと山崎と椎野ちゃんのコトが思いめぐって

中々はかどらない。

歴史の有名な言葉「ブルータス、おまえもか!」が思い浮かんでいた。

そんな時母さんが部屋のドアを開けた。

「浩、山崎君から電話よ。」母親の憲子が言った。

「あ、うん。」

山崎の電話の内容は察しがつく。

廊下に出て電話を取った。

「ああ、井出・・・・・」山崎は待ちきれない様子で一気に話し出した。

「なあ、これから石川のトコに電話するんだ。

 俺、緊張しちゃってよお。それでお前に電話したんだ。」

僕は自動的に明るい声を作って言った。

「なんだよお。頑張れよ。」

「ああ、連絡網の紙に石川の電話番号書いてあるからよお。」

「きっとうまく行くさ。」と僕。

僕は内心山崎が振られると思っているのに、何て意地悪なんだろう。

「そうだな。じゃあ、明日楽しみにしててくれよ。」

山崎ははやる気持ちを押さえきれないみたいに

あっという間に電話を切った。

それから僕は上の空で宿題をしていた。

(今頃、山崎と椎野ちゃんは喋っているのだろうか?)

(あーー、いかん、いかん)

僕は妄想を振り払うように宿題をした。

宿題を終えると、ふうとため息をついた。

そして、急に暇になった僕は山崎と出会ってからのことを振り返っていた。

山崎と会う前、僕はどんな毎日を過ごしていただろう。

クラスの中に二・三人、たわいも無い話をする友達が居たが、

僕はその誰のことも親友だと思ったことは無かった。

そして、毎日勉強と部活の陸上部の練習に明け暮れていた。

陸上部では朝錬があった。

朝早く練習して、放課後も練習して、一日はあっという間に過ぎていった。

いつの頃だったろう。そんな毎日に疑問を感じ始めたのは。

浩の得意の種目は400m走だった。

程々の力を残したまま、最後はラストスパートを要求される。

(去年の秋の大会で結果を残せなかったから?)

浩より遅い奴だって、もちろん居た。

だけど、張り詰めていた心に隙間のような物が生まれたのを感じていた。

四月に山崎と出会ってから、山崎にそのことをぼやくようになった。

山崎は今まで出会ったどんな友達よりも面白い奴だった。

笑ってしまうが、山崎は一年の頃は演劇部に居たらしい。

そう言えば文化祭で見た様な気がする。

「何か、思ったよりもつまんなくてよお。自分で何かやってみたくなったんだ。」

一年の終わり頃から山崎はメンバーを集め、最低枠の五人を集めていた。

諸先生方は漫画研究部なる物を中々認めたがらなかったが、

山崎の粘りでそれを受け入れた。

今年の四月のことだった。

練習に弱音を漏らしていた僕に山崎が

「そんなにキツイならやめちゃえよ。俺と漫研楽しくやろうぜ。」

と六月に僕を誘ったのだった。

僕は山崎といるのが楽しかったし、何だか新しい世界へ行けるみたいで、

すぐに乗り気になった。

そして陸上部の先輩にそれを告げた日。

いつも優しく親切にしてくれた先輩の千春が

「井出君、やめちゃうのお?」と寂しそうに僕を覗き込んだ顔を思い出した。

(あーー、もう、よめよう!こんなぐちゃぐちゃ考えるの!

 結局、僕はいつも山崎しだいなんだよ。

 いつもの僕に戻ろう!楽しく。楽しく)

その五

次の朝、教室に行くと山崎が居た。

山崎と僕は家が全く違う方向にある為、

通学途中で出会うことは無い。

僕は、山崎に合ったら、山崎の報告が良くても悪くても

明るく振舞おうと心に決めていた。

だが、教室に入って山崎の顔を見て、すぐに結果はわかった。

山崎は僕を待ちわびていたかのように、ニコニコと笑顔を見せた。

椎野はまだ来ていなかった。

「よお、井出。」僕と顔を合わせると、すぐに山崎は手を上げた。

「やあ、山崎どうだった?」僕は内心わかっていながら、

何食わぬ明るさと取り繕った声でそう聞いた。

山崎はもったいぶったように「ふふ。」と笑った。

そして少し遅れて微笑みながら指で小さくVサインを出した。

僕はそれを見て反射的に動いていた。

「やったなあ!この!」そう言って、大げさに山崎の肩に腕を回した。

それ以上は何も言わなかった。

クラスメイトの目が有るので、おおぴらに話すことはできない。

そして、二人で「イエーい!!」と言ってハイタッチした。

するとそこに椎野が登校してきた。

僕は自分のコトじゃないのに、ドキドキしていた。

ドキドキを押さえる為に、椎野から目を離し、

山崎の反応を待った。

山崎は椎野のことを見ると「おはよう!」と明るく彼女に声を掛けた。

椎野は恥ずかしかったのだろうか?

「おはよう。」とくぐもった小さな声で呟いた。

僕は山崎に遠慮して、椎野に声を掛けるのを戸惑っていた。

昨日までの僕は「石川、おはよう!」と明るく声を掛けていたのに。

山崎と椎野の反応はまるで対照的だった。

椎野は本当に恥ずかしそうだった。

(本当に山崎と付き合うことを喜んでいるんだろうか?)

僕がそんな風に考えてしまう程だった。

椎野はかなりギリギリに登校してきた為、

すぐに、担任の伊藤先生が入ってきて、ホームルームが始まった。

(ああ、昨日までの椎野ちゃんじゃないし、僕もこんな気持ち・・・)

僕はとても複雑だったが、

山崎と椎野ちゃんが付き合うという事実を受け入れざる得なかった。

その六

その後、授業は進んでいった。

一時限目と二時限目の休み時間には

山崎はいつものように、僕にたわいもない話を振ってきて、

僕等はいつも通りにふざけて軽口をたたき合っていた。

山崎は時々「な?石川」などと椎野に同意を求めたりしていた。

全くいつも通りで今まで通りの僕達。

僕の想像とは違い、何ら変わらないコトに小さな安堵を感じていた。

椎野もいつも通りに小さな笑みを僕達に振り撒いていた。

その僕にとっての小さな出来事は三時限目が終わった休み時間に起きた。

山崎は「トイレ!」と行って席を立った。

山崎の隣の女子の飯山も他の女子の所へお喋りに行って居なかった。

教室の中で何故か僕と椎野ちゃんの傍には誰もいなかった。

そのスキを見計らったかのように椎野は僕に話しかけてきたのだ。

「ねえ、井出君、井出君が応援しくれてるって聞いて、

私、山崎君と付き合うことにしたんだ。」

(え?)僕はとても意外なコトを言われ、ドキッとした。

そんな僕に椎野は続けて言った。

「私って自分からは何もできないし、私なんて取り柄ないし、

山崎君と思い出作りしてみよっかな・・・なんて思って。」

僕には椎野がこんな風に自分のコトを思っていることが驚きだった。

椎野は落ち着いていて、品のような物を持っていると僕は思う。

椎野は茶道部に入っているが、それもとても似合っていると思う。

(そうだな。おとなしいと言えば、あまり目立つ行動はしないし・・・・・

でも、椎野はとても素敵だと思う。)

でも、こんなコトは気恥ずかしくて面と向かってはとても言えない。

何と言っていいのか僕はしばらく考えて、

「石川、自分に自信持っていいと思う。な?」と椎野に声を掛けた。

椎野は「ありがとう!」とその日一番の笑顔を見せた。

僕はまたドキッとした。椎野の笑顔が眩しい。

椎野のその笑顔を不思議な気持ちで見つめるコトしか

僕にはできなかった。

そしてそのまま、時間はいつものように流れ、放課後になった。

漫研部の部室。

山崎とマンガを見て「スゲーなあ。」と言い合う。

そのマンガはきわどいシーンが所々にあって、

中二の僕達はそれを見て興奮するコトしかまだ知らない。

山崎とキャッキャ、キャッキャ騒いでいると、

それを見かねたミヤコが二人をたしなめた。

「そんなの学校に持ってこないで!

先生に知れたら部活つぶされちゃう!」と講義された。

僕と山崎はマンガは読む方専門である。

ミヤコは将来漫画家になりたいと夢見ているらしい。

僕と山崎等は時々ミヤコのトーン貼りを手伝わされる。

街で見知らぬ男女が、ふとしたきっかけで出会い恋に落ちる。

よくあるクサイ話。

サラサラ髪の大人の男と冴えないOL、そーーんなお話。

そんなミヤコに注意されて、僕等は仕方なくロボット戦闘物で盛り上がる。

こんな毎日が続いて、僕は真面目に女の子と付き合うなんて

考えたコトもなかった。

「じゃあな、井出。また明日。」

山崎は部室の前で僕に手を振る。

昨日までは昇降口まではいつも一緒だった僕等。

僕はまた何か落ち着かない気分になる。

(何か取り残された気分。

マンガの主人公だったら、こんな時何て思うんだろ?)

僕は校庭を横切り、門へ向かう。

歩きながらわざと砂を蹴り上げるように歩く。

その時、陸上部の練習姿が目の縁に飛び込んできた。

(やべ!!こんなことしてたら怒られちゃうな。)

僕はおとなしく伏し目がちにそそくさと門へと抜けた。

その日の帰り道は景色は流れて行くのに、やけに長く感じた。

家と学校の中間地点にある小さな公園。

僕は以前、椎野と帰り道偶然会い、方向が同じなので

一緒に喋りながら一度だけ二人で帰ったことを思い出していた。

(椎野ちゃんの家、この近くだよな。

山崎が送って、この公園まで一緒に来るのかしらん?)

僕はそんなコトを考えると、そそくさと家への道のりを急いだ。

その時の僕には深い思いなんて何も思い浮かばなかった。

 

 

その七

そんなどこか物足りなく心に隙間ができてしまったような日々が続いた。

僕は今までと変わらない日々を送っているのに。

どうして今までのように楽しめないんだろうか?

今まで感じたことのない疑問を胸に抱いていた。

そんな日々が続いたまま夏休みを迎えようとしていた。

今日は終業式。先生の夏休みの注意もどこか上の空で聞いていた。

僕は夏休みに山崎を誘っていいものか、ぼんやりと考えていた。

山崎はあれ以来椎野のことを特に口に出すでもなく過ごしていたが、

帰る時は当然のように椎野と一緒だった。

(はぁー、裕ちゃんでも誘ってみるかなー)

裕ちゃんは浩より一つ下のご近所の幼友達である。

僕のことを浩君と呼んで僕にいつもまとわりついてきて、

小学校の頃はよく一緒に遊んだものだ。

(中学に入ってからは、さっぱり遊んでないなー。)

僕は先生の話を聞きながら隣の椎野を眺めた。

(とても遠くに行ってしまったような気がするよ)僕はため息をついた。

椎野は僕のため息が聞こえたのか、僕を振り返って微笑んだ。

(あー、山崎と充実してるのかなぁ)

僕のため息はますます深くなった。

椎野の隣の席でいられるのは今日で最後だ。

(僕達はどこに行ってしまうんだろう?)

その日、午前中学校が終わると、山崎が耳打ちしてきた。

街のデパートに椎野とこの後出掛けるそうだ。

二人でお昼を食べて、屋上のゲームセンターででも遊んでくるのだろう。

僕はやはり山崎を誘えない。

やることを奪われた気持ちになっていた。

僕はとぼとぼと家路を急いだ。何も考えないよう、考えないように。

僕は母の作ったご飯を真っ白な頭で食べた。

今日は皆開放されたような気分になって、街に出掛ける連中も多いだろうな。

(裕ちゃんいるかな?電話してみよう)

早速電話してみると裕ちゃんはすぐ電話に出た。

「あ、浩君、久しぶり。ねえ、暇なの?久しぶりだから、いろいろ話したいなー。」

僕は同じような同類がいたのにホっとしていた。

例の公園で待ち合わせることにした。

同じ学校に居ながら、めったに顔を合わせることは無かった。

裕ちゃんはバスケ部に所属している。

「浩君。」裕ちゃんは手を振って犬のように駆けてきた。

裕ちゃんは身長178Cm位あるのだろうか?僕は170も無い。

小学生の頃は僕の方が一回り大きかったのに、

この一年位であっという間に追い越されていた。

僕は呆然と裕ちゃんを見つめた。

「でかくなったなぁ。裕ちゃん。」

これじゃ僕の方が後輩みたいだ。

久しぶりに話す裕ちゃんの話題はバスケの話が中心で、

もう少しで今度のスタメンに入れそうとか、

○○先輩はスゴイとか、そんな話を熱につかれたように僕に一生懸命話した。

僕は「うん、うん、頑張れよ。」等と声を掛けながら、

(僕には一生懸命頑張ってることってあるだろうか・・・)

と心が白んでいくのを感じていた。

「そういえば、浩君、陸上部やめて、今、漫研だって?」

「ああ、うん、そうだよ。気楽でいいぞー。」と言ってみせた。

「うん、楽しそうだね。」と裕ちゃんは屈託なく笑ったが、

僕は「うふふ。」とおどけて笑うしかなかった。

裕ちゃんは久々にデパートに遊びにいこうと僕を誘った。

「練習ばっかりじゃな~~。」裕ちゃんは言う。

バスケ部は夏休みでも毎日練習があるのだという。

(デパートに行ったら山崎達と鉢合わすかもな。でもいいや。)

僕はなんとなく、なすがまま、少し怖いものみたさな気持ちもあって、

裕ちゃんと行くことにした。

 

haru
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