僕と彼と彼女の間

その六

その後、授業は進んでいった。

一時限目と二時限目の休み時間には

山崎はいつものように、僕にたわいもない話を振ってきて、

僕等はいつも通りにふざけて軽口をたたき合っていた。

山崎は時々「な?石川」などと椎野に同意を求めたりしていた。

全くいつも通りで今まで通りの僕達。

僕の想像とは違い、何ら変わらないコトに小さな安堵を感じていた。

椎野もいつも通りに小さな笑みを僕達に振り撒いていた。

その僕にとっての小さな出来事は三時限目が終わった休み時間に起きた。

山崎は「トイレ!」と行って席を立った。

山崎の隣の女子の飯山も他の女子の所へお喋りに行って居なかった。

教室の中で何故か僕と椎野ちゃんの傍には誰もいなかった。

そのスキを見計らったかのように椎野は僕に話しかけてきたのだ。

「ねえ、井出君、井出君が応援しくれてるって聞いて、

私、山崎君と付き合うことにしたんだ。」

(え?)僕はとても意外なコトを言われ、ドキッとした。

そんな僕に椎野は続けて言った。

「私って自分からは何もできないし、私なんて取り柄ないし、

山崎君と思い出作りしてみよっかな・・・なんて思って。」

僕には椎野がこんな風に自分のコトを思っていることが驚きだった。

椎野は落ち着いていて、品のような物を持っていると僕は思う。

椎野は茶道部に入っているが、それもとても似合っていると思う。

(そうだな。おとなしいと言えば、あまり目立つ行動はしないし・・・・・

でも、椎野はとても素敵だと思う。)

でも、こんなコトは気恥ずかしくて面と向かってはとても言えない。

何と言っていいのか僕はしばらく考えて、

「石川、自分に自信持っていいと思う。な?」と椎野に声を掛けた。

椎野は「ありがとう!」とその日一番の笑顔を見せた。

僕はまたドキッとした。椎野の笑顔が眩しい。

椎野のその笑顔を不思議な気持ちで見つめるコトしか

僕にはできなかった。

そしてそのまま、時間はいつものように流れ、放課後になった。

漫研部の部室。

山崎とマンガを見て「スゲーなあ。」と言い合う。

そのマンガはきわどいシーンが所々にあって、

中二の僕達はそれを見て興奮するコトしかまだ知らない。

山崎とキャッキャ、キャッキャ騒いでいると、

それを見かねたミヤコが二人をたしなめた。

「そんなの学校に持ってこないで!

先生に知れたら部活つぶされちゃう!」と講義された。

僕と山崎はマンガは読む方専門である。

ミヤコは将来漫画家になりたいと夢見ているらしい。

僕と山崎等は時々ミヤコのトーン貼りを手伝わされる。

街で見知らぬ男女が、ふとしたきっかけで出会い恋に落ちる。

よくあるクサイ話。

サラサラ髪の大人の男と冴えないOL、そーーんなお話。

そんなミヤコに注意されて、僕等は仕方なくロボット戦闘物で盛り上がる。

こんな毎日が続いて、僕は真面目に女の子と付き合うなんて

考えたコトもなかった。

「じゃあな、井出。また明日。」

山崎は部室の前で僕に手を振る。

昨日までは昇降口まではいつも一緒だった僕等。

僕はまた何か落ち着かない気分になる。

(何か取り残された気分。

マンガの主人公だったら、こんな時何て思うんだろ?)

僕は校庭を横切り、門へ向かう。

歩きながらわざと砂を蹴り上げるように歩く。

その時、陸上部の練習姿が目の縁に飛び込んできた。

(やべ!!こんなことしてたら怒られちゃうな。)

僕はおとなしく伏し目がちにそそくさと門へと抜けた。

その日の帰り道は景色は流れて行くのに、やけに長く感じた。

家と学校の中間地点にある小さな公園。

僕は以前、椎野と帰り道偶然会い、方向が同じなので

一緒に喋りながら一度だけ二人で帰ったことを思い出していた。

(椎野ちゃんの家、この近くだよな。

山崎が送って、この公園まで一緒に来るのかしらん?)

僕はそんなコトを考えると、そそくさと家への道のりを急いだ。

その時の僕には深い思いなんて何も思い浮かばなかった。

 

 

その七

そんなどこか物足りなく心に隙間ができてしまったような日々が続いた。

僕は今までと変わらない日々を送っているのに。

どうして今までのように楽しめないんだろうか?

今まで感じたことのない疑問を胸に抱いていた。

そんな日々が続いたまま夏休みを迎えようとしていた。

今日は終業式。先生の夏休みの注意もどこか上の空で聞いていた。

僕は夏休みに山崎を誘っていいものか、ぼんやりと考えていた。

山崎はあれ以来椎野のことを特に口に出すでもなく過ごしていたが、

帰る時は当然のように椎野と一緒だった。

(はぁー、裕ちゃんでも誘ってみるかなー)

裕ちゃんは浩より一つ下のご近所の幼友達である。

僕のことを浩君と呼んで僕にいつもまとわりついてきて、

小学校の頃はよく一緒に遊んだものだ。

(中学に入ってからは、さっぱり遊んでないなー。)

僕は先生の話を聞きながら隣の椎野を眺めた。

(とても遠くに行ってしまったような気がするよ)僕はため息をついた。

椎野は僕のため息が聞こえたのか、僕を振り返って微笑んだ。

(あー、山崎と充実してるのかなぁ)

僕のため息はますます深くなった。

椎野の隣の席でいられるのは今日で最後だ。

(僕達はどこに行ってしまうんだろう?)

その日、午前中学校が終わると、山崎が耳打ちしてきた。

街のデパートに椎野とこの後出掛けるそうだ。

二人でお昼を食べて、屋上のゲームセンターででも遊んでくるのだろう。

僕はやはり山崎を誘えない。

やることを奪われた気持ちになっていた。

僕はとぼとぼと家路を急いだ。何も考えないよう、考えないように。

僕は母の作ったご飯を真っ白な頭で食べた。

今日は皆開放されたような気分になって、街に出掛ける連中も多いだろうな。

(裕ちゃんいるかな?電話してみよう)

早速電話してみると裕ちゃんはすぐ電話に出た。

「あ、浩君、久しぶり。ねえ、暇なの?久しぶりだから、いろいろ話したいなー。」

僕は同じような同類がいたのにホっとしていた。

例の公園で待ち合わせることにした。

同じ学校に居ながら、めったに顔を合わせることは無かった。

裕ちゃんはバスケ部に所属している。

「浩君。」裕ちゃんは手を振って犬のように駆けてきた。

裕ちゃんは身長178Cm位あるのだろうか?僕は170も無い。

小学生の頃は僕の方が一回り大きかったのに、

この一年位であっという間に追い越されていた。

僕は呆然と裕ちゃんを見つめた。

「でかくなったなぁ。裕ちゃん。」

これじゃ僕の方が後輩みたいだ。

久しぶりに話す裕ちゃんの話題はバスケの話が中心で、

もう少しで今度のスタメンに入れそうとか、

○○先輩はスゴイとか、そんな話を熱につかれたように僕に一生懸命話した。

僕は「うん、うん、頑張れよ。」等と声を掛けながら、

(僕には一生懸命頑張ってることってあるだろうか・・・)

と心が白んでいくのを感じていた。

「そういえば、浩君、陸上部やめて、今、漫研だって?」

「ああ、うん、そうだよ。気楽でいいぞー。」と言ってみせた。

「うん、楽しそうだね。」と裕ちゃんは屈託なく笑ったが、

僕は「うふふ。」とおどけて笑うしかなかった。

裕ちゃんは久々にデパートに遊びにいこうと僕を誘った。

「練習ばっかりじゃな~~。」裕ちゃんは言う。

バスケ部は夏休みでも毎日練習があるのだという。

(デパートに行ったら山崎達と鉢合わすかもな。でもいいや。)

僕はなんとなく、なすがまま、少し怖いものみたさな気持ちもあって、

裕ちゃんと行くことにした。

 

その八

僕と裕ちゃんは連れ立って駅への道を辿った。

デパートは駅のすぐ近くだ。

いつもは通勤時と会社、学校の終わる時間帯しか人の行列はできない

決して立派とは言えない地方都市の端くれ・・・

公園から駅までは十五分位で着く。

サラリーマンの親父もこの駅から通勤している。

サラリーマンには盆休みしかないから大変だ。

浩の家から駅までは近いが、山崎の家からだと駅まで三十分はかかるだろう。

中学生の僕達には活動範囲は限られているが、

でも、僕達の家は駅から近いから恵まれている方だろう。

裕ちゃんはデパートが近づくと懐かしそうに話した。

「浩君、よくこの商店街でいたずらして、叱られたね。」

「ああ、懐かしいな。」僕は裕ちゃんの話にあいずちをうった。

「もう、あんなことできないな。問題起こしたら試合に出れないよ。」

裕ちゃんはまるで大人のような口調で言う。

僕は決してガキ大将ではなかったけれど、小さないたずらはしょっちゅうだった。

小学校の通信簿には落ち着きが無いと書かれたものだった。

(そう言えば好きな女の子もころころ変わってたな~~

小学生の女子ってまだ子供だよなーー)

浩はぼんやりとそんなことを考えていた。

「裕ちゃん、もてるだろ?」

気が付いたらそんな言葉を裕ちゃんに向かって呟いていた。

裕ちゃんの返事は・・・

「なんかさ、バスケやったり、背が伸びたりで、女子の僕を見る目が変わってさー。

皆、見た目で態度変えてさー・・・

小学校の頃なんて猿扱いだったのに、皆単純だよぉ。」

「裕ちゃん変わったもんな。大人になったよ。

僕なんて陸上挫折しちゃって取り柄ないもんな。」僕は呟く。

「いいよぉ。浩君は自由で・・・

僕だってメンバーに選ばれなかったら挫折するかも・・・」

「お前は頑張れよ!」僕は裕ちゃんだけは負けないで欲しいと心から思った。

僕達は夏休みに入った開放感と久しぶりに会った嬉しさで、

商店街を話しながらぶらぶらとしていた。

気になっていたデパートは後で寄ることとしよう。

「あ、浩君!肉屋さんのコロッケ食べよう!」

「ああ、いいね。」僕達は少し欲張ってコロッケを二つずつ買った。

アーケードのベンチへと腰掛けコロッケを頬張る。

ポテトとお肉の絶妙なハーモニー。出来立ての熱々だった。

アーケードは七夕のお祭りも終わり今度はお盆に向けて姿を変えているようだ。

普段は学校とは別の方角にある為、あまり来ない商店街に懐かしさを感じていた。

僕と裕ちゃんはおもちゃ屋さんに入って小学生のようにはしゃいだ。

今はやっている戦闘ロボに盛り上がり、

小学生の頃やっていたゲームを見つけては懐かしがったりした。

(うーーん、僕達って大人でも子供でも無いよな・・・

でも、世間から見れば子供・・・かな)浩はまた取り止めもなく考えた。

また椎野のことを思い出していた。

 

 

その九

僕と裕ちゃんは気が付くと商店街で二時間位は時間を潰していたのだろう。

デパートに行くが、ほとんどお目当ては屋上コーナーである。

中学の男子二人はそんなに買い物できる訳も無く、

雑貨屋さんコーナーには小中高の女子が群がっていたが、素通りした。

裕ちゃんがスポーツ用品のコーナーが見たいというので付き合った。

新しいシューズに裕ちゃんの目は釘付けになった。

「いいなーー。これ。ね?浩君。」裕ちゃんは目を輝かせた。

「ああ、かっこいいな。」

それは有名ブランドのスニーカーで値段は中学生の僕らには

信じられない位高かった。

その後、今度は僕が裕ちゃんに付き合って貰って、

本屋さんのコーナーを見に行った。

新刊の漫画本コーナーをチェックする。(いいの無いかなーー)

ふと、山崎も本屋を見にくるんじゃないだろうかと思い、

僕は急に周りが気になり、キョロキョロと辺りを見回した。

「浩君、どうかしたの?」

僕の様子に裕ちゃんが聞いてきた。

「あ、うん。友達来てるような気がして・・・

今日、デパートに寄るって言ってたんだ。」

裕ちゃんは「そう・・・」と言って、

「一緒に行かない?って誘わなかったの?」と不思議な顔をした。

「あ、うん。だってそいつデートだし。」僕はさらっと言った。

「ああ、そっかーー。」裕ちゃんはなるほど~という顔をした。

山崎達の姿は無かった。本屋にはちらほらと学生の姿は見えたが・・・

僕は前から欲しかった新刊の漫画本を買うと裕ちゃんと屋上へと向かった。

ゲームコーナーには沢山の子供達があふれていた。

ゲーム機がちかちかしていて僕らの気をはやらせているようだ。

ふと奥から女子の集団が入り口のこちらに向かって歩いてきた。

僕はその顔を確認するとドキッとした。

(伊勢崎 勝代!)僕はさり気無く目立たない脇へとふらっと行こうとした。

そんな僕達を目ざとく見つけて伊勢崎勝代は大きな声で呼び止めた。

「あー!ひろっちの友達の井出じゃん!」見つかってしまった。

僕はこの女が苦手である。我が中学の女ボス。そして山崎のいとこである。

浩と山崎とこの勝代は同じ中学の同期である。

「よお。」と浩はなにくわぬ顔で挨拶するしか無い。

「そー言えば、あんたもひろっちだったよね。あいつ見なかった?」

勝代は浩の様子などまるで気にする様子も無く話しかけてきた。

今勝代に彼らはデートしていますなどと言ったら大変なことになるだろう。

「ああ、うん。今日は別行動。」浩は無難な返事をした。

「ふーーん、あんた達いつも一緒なのに珍しいじゃん。」と勝代。

勝代は「じゃ、うちら帰るとこだから。」と他の女子達を引き連れて行ってしまった。

浩はホッと胸を撫で下ろした。

勝代は名前の通り勝気な女子でバレー部に所属している。

椎野とは全く対照的な性格であろう。

椎野と浩は一年の時勝代と同じクラスで、浩はそれを目の当たりにしてきた。

何でも自分が中心でないと気がすまない女で、

浩は勝代と波風立たないようのらりくらりと交わしていたものだ。

(同じ班じゃなくて良かった)浩は勝代のことをそんな風に思っていた。

(そういえば、椎野ちゃん勝代と同じ班で大変そうだったっけ)

「ねえ、ひろっちって言ってたの、デートしてるって言った浩君の友達?」

裕ちゃんが聞いてきた。

「うん、そうだけど・・・でも、このこと内緒な。」

裕ちゃんに念を押しながらその顔を覗き込んだ。

「あ、うん。」裕ちゃんは何度も首を縦にふった。

 

 

haru
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