僕と彼と彼女の間

その二

きっかけは三ヶ月位前のことだった。

一学期の終わり前、七月の初めくらいのこと。

「なあ、井出。お前、好きな子とかっていないの?」

放課後の部室の前の廊下で山崎が聞いてきた。

(きたきた。こういう話振ってくるってコトは山崎好きな子いるんだぞ)

「僕はそういうのはまだ早いと思ってるから。」

僕は何食わぬ顔を装って山崎に言った。

「え~~。お前正常な男子?俺達って微妙な年齢だぜ。」

「信じらんねー。」と山崎は続けた。

僕はその手の話しをしたくなかった。

だって、僕には真面目に好きな子の話しなんてできそうになかったから。

「あ、お前あれかあ。年上タイプかあ。新井先生とか?」

「そんなことないよーーー。」僕はたまらず否定した。

僕は後悔した。

五月くらいに新井先生のことを妙にはしゃいで山崎と話していたコトを。

中二の男子はHな妄想なんて膨らむものだ。

「新井先生ってイケテルよなあ。」と山崎。

新井先生は三十台前半という妙齢の女性だ。

「うん、うん、僕しばかれてみたい。」

「お前ってMか?」

僕ははしゃいで「もっと叩いて。叩いて~~、先生。」とおどけて叫んだ。

隣の席の椎野がそれを見てプッと吹き出した。

僕は冗談だと思うといくらでも大胆なことを言えたが、

真面目な話しになると全く臆病でダメだった。

「お前、アホか!」と山崎はツッコミを入れた。

話している内に僕はエスカレートしてしまい、

「先生のスカートの中ってどうなってんの?」

「ムレムレだぜー。きっと。」と山崎も悪乗りしてきた。

僕らはキャッキャとはしゃいで笑った。

山崎の隣の女子の飯山が

「幻滅~~!井出と山崎のエッチ!」と叫んで

プイッと横を向いてしまった。

椎野の方を見ると顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。

そう、あれがいけなかったのだ。

「あんなの冗談じゃ~~ん。冗談なんて嘘じゃ~~ん。」

「山崎、真に受けるなよな。」と僕は続けた。

「そっか、俺ら悪ノリしてただけだよな。」と山崎。

「そうだよ~。」

「ねえ、そんなコトより山崎の好きな子の話、聞きたいなー。」

僕は明るく言った。

「俺かあ・・・・・」

「聞かせて。聞かせて。山崎君。」

僕は歌うように手拍子しながら彼を囃し立てた。

山崎が大きく息を吸い込むのがわかった。

「椎野ちゃんて可愛いと思わないか?」と山崎は言った。

僕は返事ができなかった。

何か胸の中心をストンと射抜かれた気がした。

山崎は続けた。

「なんか、あの子が近くで笑ってるとホッとしてさあ。」

「気がついたら、傍で笑って見ていてくれて。あの娘きっといい子だよ。

 ちょっとおとなしくて箱入り娘って感じ?

 でも、もっと彼女と喋ってみたいんだ。」

山崎はもう目の前の僕のことなんて目に入らないかのように喋っていた。

僕は自分の考えをまとめるのに必死だった。

 

 

その三

僕は思い出していた。

(僕の椎野ちゃん)

一年生の頃から誰にも言わず温めて、封じ込めていた僕の気持ち。

椎野に初めて会ったのは中一の四月。

僕は初めてと言っていいぐらいの環境の変化に

何かを探すようにキョロキョロしていた。

そんな時彼女と目が合った。

彼女はまだ知らない僕に向かってニコッと微笑んでくれた。

僕もつられて微笑んだ。

そして何だか僕は落ち着いた幸せな気持ちになったんだ。

それから彼女と言葉を交わすことは、ほとんど無かったが、

彼女はいつも僕の心の片隅に居た。

そんな彼女と二年になってから隣の席になれた。

僕は四月の頃のことを思いだしていた。

僕の隣に椎野ちゃん。

僕の後ろは山崎。

山崎と仲良くなれたのも山崎に消しゴムを貸してあげた

そんなたわいもないことがきっかけだった。

二年生になって初めてできた友達。

そんな連帯感が僕らを包んでいたように思う。

これから新しいコトが始まりそうでワクワクしていた。

でも隣に彼女がいるせいもあったかもしれない。

もちろん今でも充分楽しい毎日だが、

僕達男二人はたわいもない事でも夢中になって

楽しく話し合える。

椎野はそんな僕達の会話に笑顔で相槌を打ってくれる。

僕らも「な、石川。」などと、良く椎野に相槌を求めるのだった。

(椎野ちゃんとは口が裂けても呼べないけど・・・)

男二人の脇に彼女は華をそえてくれているそんな感じだ。

彼女は良く僕達の話に付き合ってくれる。


「おい、井出。お前話し聞いてんの?」

その声に僕はハッとして、

「ごめん、ごめん。僕、小学校の時の好きな子のこと思い出してた。」

と言い訳をした。それはとっさに出た嘘だ。

「そうか、なるほどな。」と言って山崎は腕組みをして考え込んでしまった。

「なあ、山崎。おまえ告白してみれば?」

僕の口を突いて出た言葉は自分でも意外な言葉だった。

「俺な、こんなの初めてなんだよ。どうしていいか自分でもわからないんだよ。」

「うじうじ考え込んでるなんて、お前らしくないよ。」僕は続けた。

(自分のことを棚に上げておいて、僕は何を言ってるんだ?)

そんな思いをはねのけるように僕は喋り続けた。

「よお、大将!当たって砕けろだよ。このこの、憎いねえ。」

僕はそう言いながら山崎をひじでこづき回していた。

こうなるともう意味不明で、僕は自分自身を止めるコトができなかった。

「お前がそう言うんなら、俺、そうしなきゃって思えるんだ。」

「弱気になるなよ。山崎。」

でも心の中で思っていた。

(椎野ちゃんが僕や山崎を好きになる訳がない)と。

彼女は優等生タイプだった。

(僕らのようにオチャラけた者を本気で好きになる訳はない)

と心の中で決めつけていた。

なのに山崎に告白をすすめる矛盾した僕。

(僕は山崎のように悪びれずに素直になることなんてできないよ。

 ごめん、山崎。)

こうなると僕はその場のノリで全てを決めてしまいたかった。

こんなにグルグルといろんなコトを考えてしまう自分がイヤだった。

「うん、お前が応援してくれるなら俺も勇気が出るよ。」

と山崎は言った。

「ああ、頑張れよ。」僕はスラッと言ってのけた。

(これは僕の本心だ。奴には頑張ってほしい)

矛盾した心に僕はこうやって踏ん切りをつけるしかなかった。

(答えを出すのは椎野ちゃんだ。僕が口を出すことじゃない。)

そんな強い思いがあった。

その四

その日の夜、僕は夕飯を食べ終えると自分の部屋に閉じこもっていた。

歴史の宿題をしていた。

だが、頭の中でグルグルと山崎と椎野ちゃんのコトが思いめぐって

中々はかどらない。

歴史の有名な言葉「ブルータス、おまえもか!」が思い浮かんでいた。

そんな時母さんが部屋のドアを開けた。

「浩、山崎君から電話よ。」母親の憲子が言った。

「あ、うん。」

山崎の電話の内容は察しがつく。

廊下に出て電話を取った。

「ああ、井出・・・・・」山崎は待ちきれない様子で一気に話し出した。

「なあ、これから石川のトコに電話するんだ。

 俺、緊張しちゃってよお。それでお前に電話したんだ。」

僕は自動的に明るい声を作って言った。

「なんだよお。頑張れよ。」

「ああ、連絡網の紙に石川の電話番号書いてあるからよお。」

「きっとうまく行くさ。」と僕。

僕は内心山崎が振られると思っているのに、何て意地悪なんだろう。

「そうだな。じゃあ、明日楽しみにしててくれよ。」

山崎ははやる気持ちを押さえきれないみたいに

あっという間に電話を切った。

それから僕は上の空で宿題をしていた。

(今頃、山崎と椎野ちゃんは喋っているのだろうか?)

(あーー、いかん、いかん)

僕は妄想を振り払うように宿題をした。

宿題を終えると、ふうとため息をついた。

そして、急に暇になった僕は山崎と出会ってからのことを振り返っていた。

山崎と会う前、僕はどんな毎日を過ごしていただろう。

クラスの中に二・三人、たわいも無い話をする友達が居たが、

僕はその誰のことも親友だと思ったことは無かった。

そして、毎日勉強と部活の陸上部の練習に明け暮れていた。

陸上部では朝錬があった。

朝早く練習して、放課後も練習して、一日はあっという間に過ぎていった。

いつの頃だったろう。そんな毎日に疑問を感じ始めたのは。

浩の得意の種目は400m走だった。

程々の力を残したまま、最後はラストスパートを要求される。

(去年の秋の大会で結果を残せなかったから?)

浩より遅い奴だって、もちろん居た。

だけど、張り詰めていた心に隙間のような物が生まれたのを感じていた。

四月に山崎と出会ってから、山崎にそのことをぼやくようになった。

山崎は今まで出会ったどんな友達よりも面白い奴だった。

笑ってしまうが、山崎は一年の頃は演劇部に居たらしい。

そう言えば文化祭で見た様な気がする。

「何か、思ったよりもつまんなくてよお。自分で何かやってみたくなったんだ。」

一年の終わり頃から山崎はメンバーを集め、最低枠の五人を集めていた。

諸先生方は漫画研究部なる物を中々認めたがらなかったが、

山崎の粘りでそれを受け入れた。

今年の四月のことだった。

練習に弱音を漏らしていた僕に山崎が

「そんなにキツイならやめちゃえよ。俺と漫研楽しくやろうぜ。」

と六月に僕を誘ったのだった。

僕は山崎といるのが楽しかったし、何だか新しい世界へ行けるみたいで、

すぐに乗り気になった。

そして陸上部の先輩にそれを告げた日。

いつも優しく親切にしてくれた先輩の千春が

「井出君、やめちゃうのお?」と寂しそうに僕を覗き込んだ顔を思い出した。

(あーー、もう、よめよう!こんなぐちゃぐちゃ考えるの!

 結局、僕はいつも山崎しだいなんだよ。

 いつもの僕に戻ろう!楽しく。楽しく)

その五

次の朝、教室に行くと山崎が居た。

山崎と僕は家が全く違う方向にある為、

通学途中で出会うことは無い。

僕は、山崎に合ったら、山崎の報告が良くても悪くても

明るく振舞おうと心に決めていた。

だが、教室に入って山崎の顔を見て、すぐに結果はわかった。

山崎は僕を待ちわびていたかのように、ニコニコと笑顔を見せた。

椎野はまだ来ていなかった。

「よお、井出。」僕と顔を合わせると、すぐに山崎は手を上げた。

「やあ、山崎どうだった?」僕は内心わかっていながら、

何食わぬ明るさと取り繕った声でそう聞いた。

山崎はもったいぶったように「ふふ。」と笑った。

そして少し遅れて微笑みながら指で小さくVサインを出した。

僕はそれを見て反射的に動いていた。

「やったなあ!この!」そう言って、大げさに山崎の肩に腕を回した。

それ以上は何も言わなかった。

クラスメイトの目が有るので、おおぴらに話すことはできない。

そして、二人で「イエーい!!」と言ってハイタッチした。

するとそこに椎野が登校してきた。

僕は自分のコトじゃないのに、ドキドキしていた。

ドキドキを押さえる為に、椎野から目を離し、

山崎の反応を待った。

山崎は椎野のことを見ると「おはよう!」と明るく彼女に声を掛けた。

椎野は恥ずかしかったのだろうか?

「おはよう。」とくぐもった小さな声で呟いた。

僕は山崎に遠慮して、椎野に声を掛けるのを戸惑っていた。

昨日までの僕は「石川、おはよう!」と明るく声を掛けていたのに。

山崎と椎野の反応はまるで対照的だった。

椎野は本当に恥ずかしそうだった。

(本当に山崎と付き合うことを喜んでいるんだろうか?)

僕がそんな風に考えてしまう程だった。

椎野はかなりギリギリに登校してきた為、

すぐに、担任の伊藤先生が入ってきて、ホームルームが始まった。

(ああ、昨日までの椎野ちゃんじゃないし、僕もこんな気持ち・・・)

僕はとても複雑だったが、

山崎と椎野ちゃんが付き合うという事実を受け入れざる得なかった。

haru
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