記憶の森 第二部

3・踊り子

踊り子達は三人いた。
彼女達は胸当てをし、体が透ける薄いヴェールの様な
ふんわりとした衣をまとっていて、
頭からもヴェールが垂れていた。
彼女達はシャンシャンと両手に持った小さな楽器で、
拍子を取って滑らかに腰をくねらせながら踊り始めた。
それに合わせて笛の音が響く。
彼女達の動きははとてもしなやかで優美だ。
手の動き、腰の動き、足さばき、どれを取っても滑らかだ。
動きにつれてヴェールと衣が揺れ、
風に揺れる花びらを連想させた。

バクウは見とれていた。
酒を啜りながら踊り子達の動きを目で追う。
つい先刻まで砂の中で格闘していた彼にとって、
それは夢のような光景だった。

彼女達の踊りは時として繊細で、
時には躍動的に続いた。
踊り子達は三人でくるくると輪を描いて回ったかと思うと、
また隊列を組み替えて
両脇の二人がクロスするようにジャンプした。
ヴェールがふわふわと宙に舞い、
とても美しく幻想的だ。

観客達から、わ~っと魅了されたようなどよめきが起こる。
どこからか女性の声で「素敵~。」と囁く声も聞こえた。
バクウはまるで時間が止まったかのように眺めていた。
彼はいやらしい目で踊り子達を眺めて居た訳ではない。
女性らしい滑らかなラインを感嘆の目で見る事はあったが・・・
彼女達の無駄が無く滑らかで優美な動きに
心を奪われていたのだった。
隣の当主に酒を勧められ、
バクウはハッとして杯を差し出した。
そして当主と目を合わせて微笑んだ。
「素晴らしい!・・・。」とバクウは褒め称えた。
「そうでしょう。よくよく練習しておるのでしょう。」
と当主は返した。
そして、また二人は食い入るように踊り子達を眺め始めた。

踊り子達は踊りながら器用に小さな楽器を打ち鳴らした。
それは途絶えることなくリズムを刻み、
聞く者に心地よさを与えていた。
それに笛の音が絡み、華を添えていた。

踊り子達は三人とも美しい容姿をしていたが、
中央の女性はとりわけ美しい姿をしていた。
豊かな茶色い髪を揺らして、
白い整った顔に、星のように輝く目をしていた。

その頃部屋の隅で様子を見守っていたルシファーは、
慌ててバクウの傍に駆け寄った。興奮していた。
(バクウ!あの女の人だよ!あの実の女の人だよ!)

バクウは何故か惹き込まれるように中央の女性を見ていた。
彼女と一瞬目があった気がした。
(とても美しい人だ・・・)



4・魅惑のミラ

それからバクウは中央の女性ばかりに目が集中してしまい、
その動きを目で追っていた。
彼女の頬はうっすらと上気して薔薇色に染まっていた。
バクウはそんな自分が意外だった。
いつも母の事を考え、仕事を自分の中心に動いていた。
出会う女性は大方お得意さんの奥様であり、
そんなに女性に心惹かれることも無かったからだ。

踊り子達の舞は三十分位は続いただろうか、
中央に胸を寄せるように集まった踊り子達は、
柔らかく胸を仰け反らせてポーズを決めた。
それを受けて観客達は盛大な拍手を彼女等に送った。
ピュ-ピューと囃し立てる口笛も響いた。

踊り子達三人は胸に右手を当て、深深とお辞儀をしていた。
中央の女性が代表して挨拶をした。
「今晩は私達の踊りを楽しんで頂けましたでしょうか?
 皆様に楽しんで頂けましたならば、私達の汗が報われます。
 どうかこの後もごゆるりと楽しんでくださいませ。
 今宵はどうも有難うございました。」
涼やかに透き通る声で彼女は言った。
もう一度、惜しみない拍手が踊り子達に寄せられた。
彼女達は部屋の隅に引っ込んでいったが、
みな一様に彼女等の舞について興奮気味に語り合っていた。

ルシファーはバクウの耳元で囁いた。
(バクウ、あの女性と話さなくては駄目だ!
 あの女(ひと)は君の捜していた人なんだよ。
 だって、君はマサヒコなんだろう!?)
ルシファーはバクウの肩を揺さぶりたい程だったが、
それは無理な事だった。

バクウは当主と話していた。
「こんな素晴らしい舞は初めて拝見させて頂きました。
 今日は素晴らしい時間になりました。有難う御座います。」
当主は自慢気に語った。
「何か催し事がある度に彼女等を呼んでいるんです。
 素晴らしいでしょう?」
「ええ、とても・・・・・。」
「彼女等は砂漠の民なのですか?」バクウは聞いた。
「ああ、ルルドのオアシスに彼らの宿舎があると
 聞いている。」
ルルド、それはバクウの住んでいるオアシスから程近かった。

「是非、彼女とお話しをしてみたいのですが・・・。」
バクウは自分でもこんなにあっさりと大胆に、
こんな話しを切り出すことが不思議だった。
「そうか。君はどの女性と話してみたいのだね?
 君がそんな風に言うのは、ちょっと意外だがねえ。」
初老の当主に言われて、バクウは少し気恥ずかしかったが、
「中央で踊っていた女性です。」と答えた。
「ああ、彼女とは何度も会っているよ。
 確か名前はミラといった。
 ・・・いいだろう。私が彼女らの頭に話してあげよう。」
当主はそういってくれた。
バクウはホッとして、
「お願いします。こんな事を頼んですみません。」と答えた。
「バクウ君、商いの話しは明日で構わないから。
 ゆっくり彼女と楽しんでくるといい。」
当主はバクウに気遣いしてそんなことまで言ってくれた。
バクウはますます気恥ずかしくなってきた。
だけど、彼には自分を偽って後悔したくないという
気持ちが産まれていた。それは自分でも不思議な感情だった。

(ミラ・・・・)彼女の名を心の中で口ずさんでいた。
 


 

5・二人の境遇

それから、バクウは当主に客間で待っているように伝えられた。
その客間はこじんまりしていたが、調度品など落ち着きがあり、
バクウは自分には過ぎた部屋だと思った。
その部屋で彼はそわそわした気持ちで待っていた。
(三十分位、経ったろうか?)

ドアがノックされた。「はい。」
バクウがドアを開けるとミラが様子を伺う様に
そこに立っていた。
彼女は先程までとうって変わって
清楚な白いワンピースを着ていた。
真近で見る彼女は先程よりも、もっと美しかった。
バクウは「こんばんわ。」と言うのがやっとだった。
なかなか言葉が出てこない。
彼女は「こんばんわ。バクウさん。ミラと申します。」
と深くお辞儀をした。
「今日は呼んで下さって、有難う御座います。」と続けた。

「さあ、中へどうぞ。」バクウは遠慮気味に言った。
彼女は「お邪魔します。」と促されるまま部屋に入った。
バクウは急に緊張してきた。
彼女が美しすぎるからだ。
「どうぞ、そちらのスツールに掛けて下さい。」
バクウはそう言って、自分はベッドに腰掛けた。

「何をお話しすればよろしくて?」
彼女は腰掛けるとすぐに笑顔でそう言った。
「なに、たわいもない世間話でいいんです。
 あなた達の舞が素晴らしくて、
 ついお話しをしてみたくなったんですよ。」
バクウも精一杯の笑顔でそう言った。
小机の上のランタンが彼女の顔の輪郭を
くっきりと照らし出していた。
そしてその目の輝き・・・
バクウは照れくさくなってフッと目をそらしてしまった。
彼女は「褒めて頂いて、ありがとう。」とバクウに伝えた。

「どちらからおいでになったの?」とミラは聞いた。
「私はシエラの村に住んでいます。しがない行商人です。
 ミラさんはルルドに住んでいるとお聞きしました。」
「まあ、シエラ!私達隣のオアシスに住んでいるのね。
 でも、巡業の旅をしているから、余り帰らないけれど・・・。」
「まあ、僕も似たようなものです。
 母が家にいるので、もっと家にいてあげたいのだけど、
 何日も家を空けて・・・。
 荷物をラクダに積んで旅また旅です。」

それから二人の話は各地のオアシスの名物、
イベリアの首都ルアドの話、
出会った人達の話題になり、それは尽きることがなかった。
そして二人はすっかり打ち解けた。

「ミラさんは何故踊り子の仕事をするようになったのですか?」
バクウは聞いてみた。
「私・・・三年前に父を亡くして。それがきっかけでした。」
ミラは多くを語りたがらなかった。
バクウにはその理由に見当が付いた。
バクウも三年前に父を亡くしたからだ。
「そうですか。奇遇ですね。
 私も三年前に父を亡くしましてね。
 その後、この仕事をするようになりましたよ。」
「あなたも?・・・そう・・・・・あの、あの暴動で?」
ミラの肩は小刻みに震えているようだった。
「ええ、そうです。」
バクウは答え、二人に重い沈黙が流れた。
三年、それは身内の生々しい死の記憶を忘れ去るには、
まだ短すぎる時間だった。



6・嗚咽と抱擁

それからミラは何か思い出を見出すように、
彼女の目は宙を彷徨っていた。
バクウはそんな彼女にこう言った。
「僕はまだ父が農場から帰ってくるような気がしてしまうんです。
 あの事件は本当に痛ましい事でした。
 僕は未だにゾッとするんです。」

ミラは重い口を開いた。
「私の父はカースの牧師をしていました。
 昼は私と一緒に農場で働き、夜は集会所でみんなに
 教えを伝えたりしている父でした。
 母は私が十二の時に病気で亡くなって、
 私と父、二人で暮らしていました。
 その時、あんな事件が起きて、父は教本だけは持ち出そうと
 燃える火の中集会所に飛び込んで・・・
 教本は持ち出せたけれど、父はひどい火傷を負って、
 煙も吸って、倒れこんで、そのまま意識が無くなって、
 そのまま逝ってしまいました。」
彼女は自分の中から吐き出すように一気に話した。

「あなたは、さぞかし辛かったでしょう。」バクウは言った。

「私それから自分の心がバラバラになった気がしていたわ。
 どこに行っても父を思い出してしまうの。
 それが辛くて、逃げ出したくて、
 農場も父との思い出があったから、仕事にも行けなくなって、
 家でボーっとしていたわ。
 心配してくれた今の親方さんの誘いで踊り子を始めたのよ。」

「そう。君も大変だったんだね。」
バクウはそう言いながら、月並みな事しか言えない自分が
もどかしかった。

「私、それから必死で!
 父のことが大好きだったのに!必死で父を忘れようとして・・・
 私は天涯孤独になってしまったと思ったの。
 ケルトの国に遠い遠い親戚が居ると昔母に聞いたけれど・・・。
 私はいつも自分の気持ちばかりで!、私って・・・私って!!。」
ミラはそう言って激しく肩を震わせながら泣いた。

バクウは彼女を見ていられなくなり、
彼女の手をとると引き寄せてそっと細い肩を抱きしめた。
彼女はバクウの胸の中で手を顔に押し当て、嗚咽していた。
バクウは彼女にそっと言った。
「君は自分をそんな風に責めちゃいけない!
 君は悲しい事件を必死で乗り越えて来ただけなんだよ。」
彼女に言い聞かせるように言った。
彼女は何も言わず泣き続けていた。
バクウは黙って子供をあやす様に彼女の髪を撫でていた。

「それにあんな素晴らしい舞を僕に見せてくれたじゃないか!
 君はただ一生懸命生きてきただけだろう?」
バクウがそう言うと、彼女は少し落ち着いてきたようだった。
「僕の父も暴動で亡くなってね。父も熱心なカースの信者だった。
 僕達家族もシエラの農場で働いていてね。幸せだった。
 父は暴動を鎮圧しようとした王兵に腹を刺されたんだ。
 父は、さらしを巻いて休んでいれば治ると、
 気丈に振舞っていたんだ。すごい大怪我だったのに。
 それから、父は食欲も無くし、ずっと寝ていた。
 怪我をしてるのに、集会所はどうした?と僕に聞いてね。
 焼かれてしまったことを告げると、ガックリとしていた。
 それから高熱が出て・・・最初からちゃんと
 僕と母さんで医者に連れていけば良かったんだ。
 慌てて隣の村から医者を呼んだ時にはもう手遅れだったんだ。」

ミラはハッと顔を上げた。
「あなたこそ、自分を責めてはいけないわ!」
その顔に涙が二本の筋を残していた。
バクウは自分の袖口をつまんで彼女の頬を拭った。
「そうだな。僕も自分のことをどこかで責めてるんだ。
 これでは駄目だな。」彼はそっと言うと、
遠い記憶を噛み締めるようにフッと笑って、
それから右手の人差し指と中指を瞼の上に当て、
涙がこぼれ落ちないように強く押さえてじっと動かなかった。



haru
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