未来の価値

 「そうよね、もう待てないよ。拓也に頼んでみようか?そう、明日、ドクターが遊びに来るって拓也からメールがあったのよ。ドクターにも相談しようかしら」アンナの表情がパッと明るくなった。「アンナから言いにくかったら、さやかが頼んであげようか?」さやかは助け舟を差し出した。「そうね、こういうことはさやかのほうがうまくいくような気もするわね。さやか、お願い!拓也をうまく丸め込んでちょうだい。一生、恩にきるわ」アンナは顔の前で両手を合わせた。

 

 翌日、ドクターは中洲のワシントンホテルからタクシーで11時半頃やってきた。ドクターはドアのインターホンを軽く押した。ピンポンと鳴ると亜紀が飛んで迎えに出た。亜紀は久しぶりにドクターを見て少し恥ずかしそうにしていた。ドクターは笑顔を見せると腰をかがめて挨拶をした。「亜紀ちゃん、こんにちは!とても元気そうで良かった。はい、お土産!」ドクターはキャナルで買ったシュークリームとバームクーヘンが入った袋を手渡した。

 

 亜紀は左手に袋を下げ、右手でドクターの左手を掴んで嬉しそうにリビングまで引っ張ってきた。ドクターが入ってくると、拓也、さやか、アンナが笑顔でドクターを歓迎した。「いらっしゃい、ドクター!待ってたわ」アンナは元気よく挨拶した。「お土産、もらった」亜紀はアンナに手提げ袋を手渡した。アンナはお礼を言うとキッチンにみんなを案内した。

 テーブルにみんなが着くとアンナとさやかは前菜とコーンスープを運んできた。スープを飲み終えるとメインディッシュの伊万里牛のステーキを運んできた。亜紀が大きな声で叫んだ。「やったー、おいしそう!」亜紀は家族のムードメーカーになっていた。「ドクターも亜紀の笑顔に応えて大きな声で叫んだ。「ワオ!ワンダフル!」ドクターはめったに見せないおどけた表情を見せた。ドクターは独身で女性は苦手であったが、亜紀を見るとなぜか心が和んだ。

 

 食事を終えるとアンナはドクターが持参したシュークリームを小皿に取りみんなに運んだ。「亜紀、シュークリーム大好き!先生、ありがとう、頂きま~す」亜紀はお礼を言うと大きく口をあけてかぶりついた。シュークリームは拓也も大好物であった。「ドクター、このシュークリーム、バリウマ」拓也は子供のように口をもぐもぐさせていた。「亜紀はホットカルピス、みんなはコーヒーでいいかしら」アンナは飲み物の準備を始めた。

 

 ドクターは元気に育っている亜紀を見てほっとした。「亜紀ちゃんは今度二年生になるんだね。大きくなったら何になりたいのかな?」ドクターは亜紀とお話したくなった。「亜紀は~、AKBになりたい」亜紀はAKB48の大ファンになっていた。「え!AKBってなんだい?」ドクターはAKBを知らなかった。女性に弱いドクターは、アイドル関係はまったく知らなかった。「ドクター、AKB知らないのか、もう少し、世間を勉強しなくっちゃな、ね、亜紀」拓也は亜紀にAKBについて教えてもらっていた。

「AKB48はモーニング娘やおニャン子クラブを超えるエンターテイナーなんだよ、日本のSKE48,NMB48,HKT48、ほかにジャカルタや上海にもユニットを作っているんだ。今や、秋元プロデュースは世界を席巻しているんだよ。ドクターもAKB48のかわいい彼女たちを見れば、きっとファンになるよ」拓也は亜紀から聞いた話をドヤ顔でドクターに教えた。

 

 かつては芸能オンチだった拓也が亜紀の父親になって、急に芸能通になった。そのことに、ドクターは驚き眼をパチクリさせた。「へ~、先生が芸能通になったとは驚きだ。いったい、誰に教わったのですか?」ドクターは冗談を言った。「すべて、亜紀ちゃんに教えてもらったんだよ。亜紀ちゃんは芸能通で、物知りだよ、こっちが感心しちゃうよ」拓也は亜紀が思っていた以上に賢いことに驚いていた。

 

 ドクターは笑顔で頷き、亜紀の笑顔を見つめた。「亜紀ちゃんは、かわいいから、きっと、AKBになれるんじゃないかな」ドクターは適当に話を合わせた。「それと、かわいいドレスを着たお嫁さんにもなりたいな~」亜紀はアンナのウエディングドレスを見てあこがれていた。「なれるとも、かわいいいお嫁さんに、きっとなれるよ」ドクターはなぜか口が軽くなっていた。いつもは、冗談を言わないドクターが亜紀の前では朗らかになるのだ。

 

 「あ、それと、妹が欲しいな~」亜紀はアンナの方に顔を向けた。アンナはなんと言っていいか分からず、下を向いてコーヒーをすすった。「亜紀ちゃん、もう少し待っていたら、できるからね」さやかは亜紀に向かって返事した。アンナは急に顔を持ち上げるとさやかを睨みつけた。「ドクター、早く子供ができる方法がありますよね。拓也も早く子供ほしいでしょ。アンナも亜紀ちゃんも待っているのよ」さやかは人工授精をほのめかした。

 

 ドクターと拓也はしばらく黙っていた。二人は人工授精のことを暗示していることはすぐに察知した。拓也はここ最近自分の症状に諦めを感じていた。いっこうに良くならないからだ。拓也はいずれ人工授精の相談をしようと思っていた。まさか、この場でさやかに人工授精を仕掛けられるとは度肝を抜かれた。拓也は何か返事しないとアンナにとても悪いように思えて少し歯軋りをした。

 

 突然、亜紀が話しはじめた。「早くできる方法があるの?だったら、はやくほしい!ほしい、ほしい」亜紀が大きな声でみんなに叫んだ。さやかは拓也を見つめると即座に声を添えた。「ほら、亜紀ちゃんもこんなにほしがっているじゃない」さやかはドクターの顔色を窺っていた。ドクターが拓也の顔をちらっと見た。拓也は声の出ない口を少しあけたあと、元気のない声をだした。

春日信彦
作家:春日信彦
未来の価値
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