未来の価値

「AKB48はモーニング娘やおニャン子クラブを超えるエンターテイナーなんだよ、日本のSKE48,NMB48,HKT48、ほかにジャカルタや上海にもユニットを作っているんだ。今や、秋元プロデュースは世界を席巻しているんだよ。ドクターもAKB48のかわいい彼女たちを見れば、きっとファンになるよ」拓也は亜紀から聞いた話をドヤ顔でドクターに教えた。

 

 かつては芸能オンチだった拓也が亜紀の父親になって、急に芸能通になった。そのことに、ドクターは驚き眼をパチクリさせた。「へ~、先生が芸能通になったとは驚きだ。いったい、誰に教わったのですか?」ドクターは冗談を言った。「すべて、亜紀ちゃんに教えてもらったんだよ。亜紀ちゃんは芸能通で、物知りだよ、こっちが感心しちゃうよ」拓也は亜紀が思っていた以上に賢いことに驚いていた。

 

 ドクターは笑顔で頷き、亜紀の笑顔を見つめた。「亜紀ちゃんは、かわいいから、きっと、AKBになれるんじゃないかな」ドクターは適当に話を合わせた。「それと、かわいいドレスを着たお嫁さんにもなりたいな~」亜紀はアンナのウエディングドレスを見てあこがれていた。「なれるとも、かわいいいお嫁さんに、きっとなれるよ」ドクターはなぜか口が軽くなっていた。いつもは、冗談を言わないドクターが亜紀の前では朗らかになるのだ。

 

 「あ、それと、妹が欲しいな~」亜紀はアンナの方に顔を向けた。アンナはなんと言っていいか分からず、下を向いてコーヒーをすすった。「亜紀ちゃん、もう少し待っていたら、できるからね」さやかは亜紀に向かって返事した。アンナは急に顔を持ち上げるとさやかを睨みつけた。「ドクター、早く子供ができる方法がありますよね。拓也も早く子供ほしいでしょ。アンナも亜紀ちゃんも待っているのよ」さやかは人工授精をほのめかした。

 

 ドクターと拓也はしばらく黙っていた。二人は人工授精のことを暗示していることはすぐに察知した。拓也はここ最近自分の症状に諦めを感じていた。いっこうに良くならないからだ。拓也はいずれ人工授精の相談をしようと思っていた。まさか、この場でさやかに人工授精を仕掛けられるとは度肝を抜かれた。拓也は何か返事しないとアンナにとても悪いように思えて少し歯軋りをした。

 

 突然、亜紀が話しはじめた。「早くできる方法があるの?だったら、はやくほしい!ほしい、ほしい」亜紀が大きな声でみんなに叫んだ。さやかは拓也を見つめると即座に声を添えた。「ほら、亜紀ちゃんもこんなにほしがっているじゃない」さやかはドクターの顔色を窺っていた。ドクターが拓也の顔をちらっと見た。拓也は声の出ない口を少しあけたあと、元気のない声をだした。

 「そうだね、早く子供がほしいね、よし、決めた」拓也はアンナの顔を見つめ笑顔を作った。ドクターは怪訝な顔を見せたが、アンナはゆっくりと笑顔を作った。それを見たさやかは明るい声で叫んだ。「良かったわね、アンナ、亜紀ちゃん、もうすぐしたら、家族が一人増えるわね」さやかは亜紀の肩をポンと軽く叩いた。亜紀はスッと立ち上がるとバンザイしてジャンプした。

 

拓也はドクターに顔を向けると小さな声で話しはじめた。「ドクター、決めたよ、今後のことはよろしく。病院には必ず都合をつけて通うから、成功するよう、頼むよ」拓也は人工授精が成功することを心から願った。「分かりました、早速、病院のほうには連絡を取ります。必ず成功させますよ、安心してください、アンナさん」ドクターはアンナに向かって大きく頷いた。アンナはドクターに向かって軽く頭を下げた。

 

亜紀は突然立ち上がるとアンナに声をかけた。「紗枝ちゃんとこに遊びに行ってくる」亜紀は言い終えるとキッチンを飛び出して行った。さやかは玄関のドアが閉まる音を確認すると拓也に御礼をすることにした。「拓也、本当にありがとう。アンナに代わってお礼を言います。アンナ、本当に良かったわね」さやかはアンナの安心した笑顔を見て小さな涙が落ちた。アンナの目元も潤んでいた。

さやかはハンカチで涙を拭くと、もうひとつアンナに頼まれていた話をすることにした。「突然の話でごめんなさいね、すぐそこに平原公園があるでしょ、そこで思い立ったのが、小さなお店を出してはどうかしらとアンナが言っているの、拓也はどう思う?」拓也はよく意味が飲み込めずにアンナの方に顔を向けた。アンナは少し間をおいて笑顔で話しはじめた。

 

「何か仕事がしたいの。ここ一年何もやってないでしょ、ぜんざい、団子、タイヤキなどを出す甘党の店をやってみたいの、どう、やってもいい?」アンナは真剣な顔でお願いした。拓也は返事に困ったが、小さく頷いた。「かまわないけど、以前にやったことがあるのかい?」拓也はアンナに商売ができるとは思えなかった。「やったことはないけど、とにかくやってみたいの、いいでしょ」アンナは両手を合わせてお願いした。

 

拓也はどのようにやっていくのかは皆目見当がつかなかったが、了承した。「アンナさんがやってみたいというのなら、僕はかまわないけど、僕は役に立たないと思うよ、それでもいいかい」拓也は何も手伝いができないことをあらかじめ伝えた。アンナは笑顔を作ると両手をポンと叩いて立ち上がった。「拓也には迷惑はかけないわ。さやかと二人でうまくやって見せるから」アンナはテーブルを片付け始めた。さやかも立ち上がると、拓也とドクターはリビングに向かった。

 

春日信彦
作家:春日信彦
未来の価値
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