未来の価値

 「そうだね、早く子供がほしいね、よし、決めた」拓也はアンナの顔を見つめ笑顔を作った。ドクターは怪訝な顔を見せたが、アンナはゆっくりと笑顔を作った。それを見たさやかは明るい声で叫んだ。「良かったわね、アンナ、亜紀ちゃん、もうすぐしたら、家族が一人増えるわね」さやかは亜紀の肩をポンと軽く叩いた。亜紀はスッと立ち上がるとバンザイしてジャンプした。

 

拓也はドクターに顔を向けると小さな声で話しはじめた。「ドクター、決めたよ、今後のことはよろしく。病院には必ず都合をつけて通うから、成功するよう、頼むよ」拓也は人工授精が成功することを心から願った。「分かりました、早速、病院のほうには連絡を取ります。必ず成功させますよ、安心してください、アンナさん」ドクターはアンナに向かって大きく頷いた。アンナはドクターに向かって軽く頭を下げた。

 

亜紀は突然立ち上がるとアンナに声をかけた。「紗枝ちゃんとこに遊びに行ってくる」亜紀は言い終えるとキッチンを飛び出して行った。さやかは玄関のドアが閉まる音を確認すると拓也に御礼をすることにした。「拓也、本当にありがとう。アンナに代わってお礼を言います。アンナ、本当に良かったわね」さやかはアンナの安心した笑顔を見て小さな涙が落ちた。アンナの目元も潤んでいた。

さやかはハンカチで涙を拭くと、もうひとつアンナに頼まれていた話をすることにした。「突然の話でごめんなさいね、すぐそこに平原公園があるでしょ、そこで思い立ったのが、小さなお店を出してはどうかしらとアンナが言っているの、拓也はどう思う?」拓也はよく意味が飲み込めずにアンナの方に顔を向けた。アンナは少し間をおいて笑顔で話しはじめた。

 

「何か仕事がしたいの。ここ一年何もやってないでしょ、ぜんざい、団子、タイヤキなどを出す甘党の店をやってみたいの、どう、やってもいい?」アンナは真剣な顔でお願いした。拓也は返事に困ったが、小さく頷いた。「かまわないけど、以前にやったことがあるのかい?」拓也はアンナに商売ができるとは思えなかった。「やったことはないけど、とにかくやってみたいの、いいでしょ」アンナは両手を合わせてお願いした。

 

拓也はどのようにやっていくのかは皆目見当がつかなかったが、了承した。「アンナさんがやってみたいというのなら、僕はかまわないけど、僕は役に立たないと思うよ、それでもいいかい」拓也は何も手伝いができないことをあらかじめ伝えた。アンナは笑顔を作ると両手をポンと叩いて立ち上がった。「拓也には迷惑はかけないわ。さやかと二人でうまくやって見せるから」アンナはテーブルを片付け始めた。さやかも立ち上がると、拓也とドクターはリビングに向かった。

 

未来の仲間

 

 拓也とドクターはいつの間にか出かけてしまった。アンナとさやかは食事の片づけを終えるとリビングでくつろいでいた。人工授精を快諾してくれた拓也のことを思っているアンナは笑顔でのほほんと庭を眺めていた。さやかは思ったより簡単に拓也が承諾したことが腑に落ちなかったが、結果オーライになったことで肩の荷が降りた。「アンナ、良かったわね、拓也も子供がほしかったみたいね」さやかはここ最近にないアンナの明るい笑顔を見てほっとした。

 

 アンナの頭の中はもはや妊娠気分になっていた。「早く、妊娠したいわ。ドクターちゃんとやってくれるかしら、待ち遠しいわ」アンナは下腹部を何度もなでていた。「アンナ、きっとうまくいくわよ、われわれの仲間をどんどん増やしてよ、アンナ」さやかは地下組織の仲間が増えることを考えていた。「どんどんたって、まだ一人も産んでないのにせっかちね、でも、三人はほしいな~」アンナは三人の子供に囲まれている自分を頭に描いていた。

 

 「ところで、亜紀は本当にAKBのオーディションを受ける気かしらね」アンナは食事のときの亜紀の言葉を思い出していた。「亜紀はしっかり勉強してもらって、さやかの跡継ぎになってもらわないといけないわ。芸能人はあきらめてもらわないとね」さやかは一方的な理解に苦しむ発言をした。アンナはさやかを怪訝な顔で見つめると訊ねた。「亜紀を仲間にするって、いつ決めたのよ?」

 さやかは眼を細めてニコッと笑顔を作り答えた。「拓也に亜紀を預けたときからよ、われわれの仲間にするために亜紀を拓也に預けたってわけ」さやかは亜紀を拓也に預けた理由を始めて打ち明けた。あっけに取られたアンナは眼を大きくして驚いた声を上げた。「え!そうだったの、どうして亜紀を仲間にしようと思ったの?」正面のさやかに向かって身を乗り出した。

 

 さやかは腕組みをするとドヤ顔で話しはじめた。「それは直感よ。亜紀はかなり頭がいいと思ったの。きっと秀才になるに違いないと直感したのよ。間違いなかったわ。亜紀はすごく物覚えがいいでしょ。運動神経もいいし」さやかは自分の眼に狂いがなかったことを自信たっぷりに話した。二年ほど前のことだが、亜紀が入院している間にさやかは彼女の家系を調べた。そのとき、亜紀の祖父は高校の数学教師であったことを知った。そのとき、亜紀を仲間にする決心をした。アンナはさやかの意外な考えに驚くと同時に不安になった。「ま~、確かに亜紀は賢い子よ、でも、亜紀を仲間にしなくてもいいじゃない、亜紀は自分の好きな道に進めてあげたいわ」アンナはさやかの強引な考えに反対した。

 

 「アンナ、無理に仲間に入れようってわけじゃないのよ。亜紀が成長するにつれて、さやかが少しずつ洗脳しようと思っているの。きっと、立派なリーダーになれるはずよ」さやかは仲間に入れる計画を立てていた。「反対はしないけど、亜紀の気持ちも考えてあげてよ、さやか」アンナはさやかの考えが良く飲み込めなかった。「アンナの子供まで仲間にするってことはないでしょうね?」アンナは不安が膨らんだ。

春日信彦
作家:春日信彦
未来の価値
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