途絶えたメール

 「その、ほんの少しが危険なんです。万が一、的野家に障害児が生まれたらどうなさるおつもりですか。坊ちゃんは一生苦労なさることになるんですよ、そこのところをよ~く考えてみてください」コロンダ君は事の重大さがわかっていないとお菊は思った。「確かに、お菊さんの言うことはもっともです。万が一、障害児が生まれたならば、命をかけて我が子を育てるつもりです。笙子ともそのことは何度も話し合いました」笙子もそのことを心配し最初は結婚に反対であったが、次第にコロンダ君の熱意に負けて結婚する意志が固まっていった。

 

 「坊ちゃんは、子育てなんかまったく分かっていないのです。子育ては口で言うほど生半可なものではないのです。障害児が居ては、坊ちゃんの将来に響きます。きっと、ご主人様も反対なされるはずです。一刻も早く、笙子と別れるべきです」お菊は強い口調で説得した。コロンダ君はなんと言っていいか分からなくなった。すでに、笙子とは結婚の約束をしていた。いまさら、いとこ同士だから結婚はできないなどと口が裂けても言えなかった。

 

 「坊ちゃん、お分かりですか、笙子とは一刻も早く別れてくださいよ。ご主人様にはこのことは黙っています。まさかとは思いますが、エッチはなされてはないでしょうね」お菊はどの程度関係が深まっているか確認した。コロンダ君は一瞬固まった。頭の中が真っ白になってしまった。福岡に遊びに行くたびに笙子とエッチしていたからだ。「分かりました。覚悟を決めて、分かれることです。これは坊ちゃんのためであり、的野家のためです」お菊はエッチしていたと分かり、嫉妬の火山が爆発した。

 コロンダ君がぼんやりしていると、お菊がひじで横腹をつついた。「ヒデ、何考えているの、もう少しの辛抱よ」お菊は恋人が言うようにコロンダ君をヒデと呼んだ。二人は約2時間半の辛抱の末に神殿にたどり着いた。お賽銭を投げ込むと、コロンダ君は笙子と結婚できますようにとお願いし、お菊は二人が分かれますようにとお願いした。このとき、お菊は二人を別れさせる名案がひらめいた。

 

 いとこ婚で障害児が生まれるというのは、別れさせるための口実で、お菊の本心は嫉妬から結婚を反対していた。お菊は10年前に家政婦として的野家に入り、お世話をしているうちに、徐々にコロンダ君が好きになっていった。親子ほどの年の差はあっても、そのことは愛情にはまったく関係なかった。お菊は猪突猛進のところがあって、好きになると周りがまったく見えなくなる性格であった。

 

 お菊は京都出身で、老舗料亭の次女であった。19歳のとき結婚に反対され、東京に駆け落ちした。二十歳で男の子を出産したが、3ヵ月後に父親となった男は蒸発してしまった。やむなく、京都の実家に戻り子供を両親に預け、下京区にある会員制高級クラブで働き始めた。27歳のとき、当時弁護士をしていたコロンダ君の父親、秀雄と出会い付き合うようになった。それ以来、愛人として秀雄と逢瀬を重ねるようになった。

 コロンダ君が19歳のとき、母親が乳ガンでなくなった。それを機に、お菊は家政婦として的野家に入ってきた。コロンダ君はお菊が父親の愛人であったことは知らない。お菊は色白で、歌舞伎役者の女形のようなソフトな色っぽさを持った男が好きであった。秀雄は背が高く色白で甘いフェイスであったが、コロンダ君のほうがもっとお菊好みであった。欲情的なお菊は嫉妬心が強く、興奮するとこめかみに青筋が立つほどであった。

 

 「結のお守り」を手に入れた二人が自宅に到着すると、早速、お菊はコロンダ君の書斎にブルマンのコーヒーを運んでいった。それは、参拝のときにひらめいたことを話すためであった。「お疲れになられたでしょう、東京大神宮に参拝したからにはきっと結婚成就は間違いなしですわ。コーヒーの香りは心を和ませますわね。あ、そう、帰りしなに思ったんですけどね、坊ちゃん、野坂さんの事故死の件ですが、酔っ払って、転落したなんて、ちょっと腑に落ちませんね。坊ちゃんが言うように、他殺かもしれませんよ」お菊はコロンダ君に野坂の仇討ちをさせる名案を思いついた。

 

 コロンダ君はコーヒーを一口グイっと飲むと、顔を赤くして大きく頷いた。「お菊さんもそう思いますか。僕はずっと他殺と思っていたんですよ、誰かに、無理にお酒を飲まされて、川に突き落とされたに違いないんですよ。いったい、誰の仕業ですかね?」コロンダ君は刑事の心になっていた。「お菊が思うには、ヤクザでしょうね。誰かに依頼されてヤクザがやったに違いありませんよ。和歌子妃の秘密をこれ以上探らせないようにするために、始末したんじゃないですか?」お菊の妄想がわいてきた。

コロンダ君は大きく頷き、腕を組んだ。「なるほど、野坂を始末しなければならほどの和歌子妃の秘密があるってわけですね。和歌子妃がソープ嬢だったということを知っていただけで、野坂は殺されますかね?ちょっと、腑に落ちないな~」頭の中に大きな疑問がわいてきた。「お菊も同感ですわ。他に何か秘密があるんじゃないかしら。天皇家にとって重大な何かが。和歌子妃を詮索されると困るような何かが、きっとあるんですよ」お菊はコロンダ君の刑事心を煽り立てた。

 

コロンダ君は残りのコーヒーを一気に飲み干した。「そうですよ、殺人をしなければならないような、重大な秘密があるんですよ。でも、警察は転落事故として処理していますからね~、いまさら、警察に訴えても無理ですかね」解決策が分からなくなったコロンダ君は肩を落とした。「これは大事件かもしれませんよ、坊ちゃん。もしかすると、警察もグルかもしれません。天皇家を守るのが警察の役目ですからね。へたに警察にちょっかいを出すと、こっちまでやられるかもしれませんよ」お菊は警察を信用していなかった。

 

もはや、コロンダ君の頭の中は仇討ちのことでいっぱいになっていた。「一体、どうすりゃいいんだ。野坂は犬死と言うことか。可愛そうに、僕は何もして上げられないのか?」コロンダ君は両手で顔を覆い、涙を隠した。「坊ちゃん、こうなったら、二人で仇討ちをしましょう。例のソープ嬢は他に何か知っているはずです。まず、このソープ嬢を当たってみましょう、坊ちゃん」お菊は励ますようにコロンダ君の右肩に手を置いた。

春日信彦
作家:春日信彦
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