途絶えたメール

顔から両手を外すと涙目で訊ねた。「いったい、どうやってソープ嬢から話を聞きだすんだい?」コロンダ君はソープに行ったことがなかった。「それは、坊ちゃんがソープに行って例のソープ嬢から聞き出すんですよ。仇討ちのためです、やってください」お菊は強い口調でハッパをかけた。「ぼくが行くんですか?一度もソープには行ったことがないんですよ。不安だな~」話は聞いたことはあっても行ったことはなかった。

 

「坊ちゃん、当たって砕けろ、です。まさか、お菊が行くわけにはいかないでしょ。資金はお菊が出しますから、勇気を出して、行って下さいな」お菊は作戦がうまくいき始めたことが嬉しくなってきた。「ソープ嬢から話を聞かない限り、解決の糸口はつかめないよな。よし、お菊さん、ソープに乗り込みますよ、何か、手がかりがつかめるはずですから」コロンダ君は仇討ちをする決意を固めた。

 

仇討ち

 

 コロンダ君は手帳の11月24日のページを開いた。KURAYAのアヤを確認すると、ネットで場所と出勤を確認した。場所はワシントンホテルのすぐ近くで、アヤさんは1月13日が出勤と分かり、ソープの予約を取った。次に、ワシントンホテルは12日と13日を予約した。コロンダ君は12日に羽田を出立すると福岡へと飛んだ。ワシントンホテルはキャナルの内部にあり、ホテルのすぐ近くにソープ街があった。

KURAYAはホテルから歩いて約10分のところにあり、午後9時予約のため午後8時半にホテルを出た。橋を渡ると橋の袂の左手にあり、すぐに分かった。受付を済ませ9時ちょうどに入室した。一流ソープとあって部屋はホテル以上に豪華であった。コロンダ君にとって一番心配だったことは、目の前に居る女性が果たして例の女性であるかどうかであった。服を脱ぐと浴槽があるバスルームに案内された。

 

 裸の女性を見ていると緊張が高まってきたが、まず、確認をすることにした。「ぶしつけで、失礼なんですが、11月中旬ころ、ぼくと同じくらいの男性に和歌子妃のことを話されましたでしょうか?ぼくは彼の紹介でやってきました」コロンダ君は単刀直入に訊ねた。彼女はしばらく黙って怪訝そうな顔をしたが、きれいな声で返事をした。「はい、それが何か?」彼女はコロンダ君を刑事ではないかと警戒した。

 

 「心配なさらないでください、ぼくは刑事ではありません。彼の親友で、小説家の端くれです。申し訳ないんですが、和歌子妃の話をぼくにもしていただけませんか?決して、ご迷惑になるようなことはいたしません」コロンダ君は安心させるために刑事ではないことを告げた。小説家の端くれと聞いて少しは安心したのか、笑顔を見せて頷いた。彼女はコロンダ君の後ろに回り背中を洗い始めた。

 「和歌子は20歳のころ半年ほどここで働いていました。和歌子とは親友で在職中も退職後もメールのやり取りをしていたんです。でも、昨年の10月5日を最後に、突然メールが途絶えてしまったんです。和歌子の性格からして、まったく理解できないんです。和歌子が病気じゃないかと心配なんです」彼女は背中を洗い終えると正面にやってきた。スポンジに十分泡を含ませると右腕をゆっくり洗い始めた。

 

 コロンダ君は野坂の話が本当であったことを確信した。「メールが突然途絶えるということは本当に奇妙な話ですね。でも、新年祝賀の儀ではお元気そうでしたね」コロンダ君はテレビ中継をお思い出していた。「そうなんです、私も和歌子の元気な笑顔を見ました。和歌子は、皇太子妃になったから私のことを忘れようとしているのかしら。でも、メールで私に相談していたのに、どうしてかしら」彼女は意味がはっきりしないことをつぶやいた。

 

 「え、相談ですか?いったい何を相談なされていたんですか?聞かせてくれませんか?」コロンダ君は糸口がつかめそうで、はやる心を抑えて訊ねた。「和歌子は離婚したいって何度もメールしてきたんです。皇太子妃になんかなるんじゃなかった、離婚できないんだったら、自殺するって。監視され、束縛されたうえ、下女扱いされて、こんな生活は耐えられない。こんなことを何度もメールしてきたんです」彼女はメールの内容をかいつまんで話した。

 コロンダ君の目は輝き始めた。「他に何か気づいたことはありませんでしたか?」彼女はコロンダ君の右足を持ち上げるとスポンジでゆっくりと洗い始めた。「あ、ちょっと気になったことがあるんです。新年祝賀の儀のとき和歌子は黒真珠のネックレスをしていたんです。びっくりしました。和歌子は黒真珠のネックレスは絶対しないと言っていたんです。というのも、和歌子のお母さんが黒真珠のネックレスをした日に交通事故でなくなったそうです。だから、絶対に、しないと言っていたのに、それなのに」彼女は和歌子への不信を口にした。

 

 コロンダ君は左手を顎に当てるとしばらく考え込んだ。突然、メールが途絶えた。離婚できなければ自殺する。絶対しないと言っていた黒真珠のネックレスをしていた。新年祝賀の儀では元気な姿を見せていた。「お風呂にどうぞ」コロンダ君は湯船に案内された。風呂から上がり、真っ赤なソファーに案内されると横に彼女が腰掛けた。「お飲み物は何になされますか?冷蔵庫にはソフトドリンクもございます」テーブルにはブランディーがあった。

 

 ブランディーを注文した。彼女はグラスにブランディーを注ぎ、グラスを手渡した。おつまみが入った竹で編んだかごをコロンダ君の右手に置くと、彼女はプチチョコレートを口にそっと押し込んだ。「ご気分はいかがですか、和歌子の話は参考になりましたか?これを題材に小説を書かれるんですか?」彼女はいったいなぜ和歌子のことを根掘り葉掘り聞きだしたのか不思議に思っていた。

春日信彦
作家:春日信彦
途絶えたメール
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