途絶えたメール

 コロンダ君が19歳のとき、母親が乳ガンでなくなった。それを機に、お菊は家政婦として的野家に入ってきた。コロンダ君はお菊が父親の愛人であったことは知らない。お菊は色白で、歌舞伎役者の女形のようなソフトな色っぽさを持った男が好きであった。秀雄は背が高く色白で甘いフェイスであったが、コロンダ君のほうがもっとお菊好みであった。欲情的なお菊は嫉妬心が強く、興奮するとこめかみに青筋が立つほどであった。

 

 「結のお守り」を手に入れた二人が自宅に到着すると、早速、お菊はコロンダ君の書斎にブルマンのコーヒーを運んでいった。それは、参拝のときにひらめいたことを話すためであった。「お疲れになられたでしょう、東京大神宮に参拝したからにはきっと結婚成就は間違いなしですわ。コーヒーの香りは心を和ませますわね。あ、そう、帰りしなに思ったんですけどね、坊ちゃん、野坂さんの事故死の件ですが、酔っ払って、転落したなんて、ちょっと腑に落ちませんね。坊ちゃんが言うように、他殺かもしれませんよ」お菊はコロンダ君に野坂の仇討ちをさせる名案を思いついた。

 

 コロンダ君はコーヒーを一口グイっと飲むと、顔を赤くして大きく頷いた。「お菊さんもそう思いますか。僕はずっと他殺と思っていたんですよ、誰かに、無理にお酒を飲まされて、川に突き落とされたに違いないんですよ。いったい、誰の仕業ですかね?」コロンダ君は刑事の心になっていた。「お菊が思うには、ヤクザでしょうね。誰かに依頼されてヤクザがやったに違いありませんよ。和歌子妃の秘密をこれ以上探らせないようにするために、始末したんじゃないですか?」お菊の妄想がわいてきた。

コロンダ君は大きく頷き、腕を組んだ。「なるほど、野坂を始末しなければならほどの和歌子妃の秘密があるってわけですね。和歌子妃がソープ嬢だったということを知っていただけで、野坂は殺されますかね?ちょっと、腑に落ちないな~」頭の中に大きな疑問がわいてきた。「お菊も同感ですわ。他に何か秘密があるんじゃないかしら。天皇家にとって重大な何かが。和歌子妃を詮索されると困るような何かが、きっとあるんですよ」お菊はコロンダ君の刑事心を煽り立てた。

 

コロンダ君は残りのコーヒーを一気に飲み干した。「そうですよ、殺人をしなければならないような、重大な秘密があるんですよ。でも、警察は転落事故として処理していますからね~、いまさら、警察に訴えても無理ですかね」解決策が分からなくなったコロンダ君は肩を落とした。「これは大事件かもしれませんよ、坊ちゃん。もしかすると、警察もグルかもしれません。天皇家を守るのが警察の役目ですからね。へたに警察にちょっかいを出すと、こっちまでやられるかもしれませんよ」お菊は警察を信用していなかった。

 

もはや、コロンダ君の頭の中は仇討ちのことでいっぱいになっていた。「一体、どうすりゃいいんだ。野坂は犬死と言うことか。可愛そうに、僕は何もして上げられないのか?」コロンダ君は両手で顔を覆い、涙を隠した。「坊ちゃん、こうなったら、二人で仇討ちをしましょう。例のソープ嬢は他に何か知っているはずです。まず、このソープ嬢を当たってみましょう、坊ちゃん」お菊は励ますようにコロンダ君の右肩に手を置いた。

顔から両手を外すと涙目で訊ねた。「いったい、どうやってソープ嬢から話を聞きだすんだい?」コロンダ君はソープに行ったことがなかった。「それは、坊ちゃんがソープに行って例のソープ嬢から聞き出すんですよ。仇討ちのためです、やってください」お菊は強い口調でハッパをかけた。「ぼくが行くんですか?一度もソープには行ったことがないんですよ。不安だな~」話は聞いたことはあっても行ったことはなかった。

 

「坊ちゃん、当たって砕けろ、です。まさか、お菊が行くわけにはいかないでしょ。資金はお菊が出しますから、勇気を出して、行って下さいな」お菊は作戦がうまくいき始めたことが嬉しくなってきた。「ソープ嬢から話を聞かない限り、解決の糸口はつかめないよな。よし、お菊さん、ソープに乗り込みますよ、何か、手がかりがつかめるはずですから」コロンダ君は仇討ちをする決意を固めた。

 

仇討ち

 

 コロンダ君は手帳の11月24日のページを開いた。KURAYAのアヤを確認すると、ネットで場所と出勤を確認した。場所はワシントンホテルのすぐ近くで、アヤさんは1月13日が出勤と分かり、ソープの予約を取った。次に、ワシントンホテルは12日と13日を予約した。コロンダ君は12日に羽田を出立すると福岡へと飛んだ。ワシントンホテルはキャナルの内部にあり、ホテルのすぐ近くにソープ街があった。

KURAYAはホテルから歩いて約10分のところにあり、午後9時予約のため午後8時半にホテルを出た。橋を渡ると橋の袂の左手にあり、すぐに分かった。受付を済ませ9時ちょうどに入室した。一流ソープとあって部屋はホテル以上に豪華であった。コロンダ君にとって一番心配だったことは、目の前に居る女性が果たして例の女性であるかどうかであった。服を脱ぐと浴槽があるバスルームに案内された。

 

 裸の女性を見ていると緊張が高まってきたが、まず、確認をすることにした。「ぶしつけで、失礼なんですが、11月中旬ころ、ぼくと同じくらいの男性に和歌子妃のことを話されましたでしょうか?ぼくは彼の紹介でやってきました」コロンダ君は単刀直入に訊ねた。彼女はしばらく黙って怪訝そうな顔をしたが、きれいな声で返事をした。「はい、それが何か?」彼女はコロンダ君を刑事ではないかと警戒した。

 

 「心配なさらないでください、ぼくは刑事ではありません。彼の親友で、小説家の端くれです。申し訳ないんですが、和歌子妃の話をぼくにもしていただけませんか?決して、ご迷惑になるようなことはいたしません」コロンダ君は安心させるために刑事ではないことを告げた。小説家の端くれと聞いて少しは安心したのか、笑顔を見せて頷いた。彼女はコロンダ君の後ろに回り背中を洗い始めた。

春日信彦
作家:春日信彦
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