途絶えたメール

 「お酒は怖いもので、人格破壊をするんです。酔うと、裸になったり、暴力を振るったり、といつもはおとなしい人でも、人格が変わってしまうんですよ。きっと、野坂さんも、お酒を飲むと人格が変わるタイプだったんじゃないですかね」お菊はクラブのママをやっているころを思い出し、事故を主張した。コロンダ君は頷きながらじっと話を聞いていたが、心の底のわだかまりを話しはじめた。

 

 「確かに、事故の可能性のほうが強いと僕も思うんです。ただ、ひとつ気にかかることがあるんですよ。ほら、お菊さんと11月末に嵐山でデートしたとき、偶然、野坂と彼女に出会ったのを憶えているでしょう。あの時、お菊さんと彼女をおいて、僕と野坂はしばらく立ち話をしていたでしょう。そのときの話を手短に言うと、野坂が中州のソープで遊んだときに、和歌子妃がソープ嬢をやっていたという話を聞いたらしいんだ。これはおもしろいから、その話を編集長にするつもりだ、と野坂は言っていたんです」コロンダ君は皇太子妃の件が野坂の死とかかわっているんではないかと心の底で思っていた。

 

 お菊さんは少しマジな顔になったが、笑顔を作るとゆっくりと話しはじめた。「坊ちゃん、考えすぎですよ。きっと、ソープ嬢が冗談を言ったに過ぎませんよ。巷では、こんな冗談はよくありますよ。野坂さんが亡くなられた事はとてもお気の毒ですが、これを教訓に坊ちゃんこそお酒に飲まれないようにお気をつけくださいよ」お菊はコロンダ君の疑問を打ち消した。コロンダ君はしばらく目を閉じていたが、クローゼットの紺のジャケットから手帳を取り出した。

 手帳をめくり11月24日のページを開いた。「僕も冗談だとは思うんだが、やはり、ちょっと気になるんだよ。話をしたソープ嬢は和歌子妃と親友らしくて、一緒に働いていたときは毎日のように、皇太子と結婚した後でも最低でも一週間に一度は、メールのやり取りをしていたらしいんだ。ところが、10月5日を最後に、突然メールが途絶えたらしいんだ。毎日、彼女はこのことが気になっていて、つい、野坂に和歌子妃のことを話したらしいんだよ。お菊さんはどう思う?」コロンダ君は手帳を見ながら話した。

 

 お菊さんは左手を頬に当てびっくりした表情で話しはじめた。「あら、冗談にしては、深刻な話ですね。このソープ嬢、かなり口上手じゃない。坊ちゃん、この話はもうよしましょう。単なる冗談ですよ。和歌子妃がソープ嬢をやっていたという物的証拠はないんだから。それよか、早く、着替えてくださいな」お菊はデートをしたくてうずうずしていた。コロンダ君は目をギョロッとさせるとお菊に顔を近づけ話し始めた。

 

 「実際に見たわけじゃないから、信用はできないんだけど、そのソープ譲と和歌子妃が一緒に写った写真を野坂は見せてもらったらしんだよ。和歌子妃がソープ嬢であったという物的証拠にはならないけど、そのソープ嬢と和歌子妃が親友であったという証拠にはならないかい」コロンダ君は野坂の話を信じていた。お菊は急に深刻な顔になった。「一緒に写った写真ですか。なるほど、もし、野坂さんの話が本当であれば、和歌子妃と親友だったことは間違いないわね。でも、親友だからといって、本当のことを言っているとは限らないわよ」お菊さんは女のねたみを考えた。

 「そうだな」コロンダ君は一言言うとスッと立ち上がり、紋付袴に着替え始めた。「お菊さん、デートに出かけますか、野坂の事故は運命だと思いますよ。気分を切り替えて新年を祝いましょう」野坂の事故のことを忘れようと作り笑いをした。二人はタクシーを拾うと飯田橋駅近くで降りた。そこから歩いて東京大神宮へ向かった。門前からは参拝客の列が延々と続いていた。

 

いとこ婚

 

 東京大神宮は縁結びの神で有名になり、若い女性たちが結婚成就を願って全国から参拝にやってくる。列に並んで最低でも約2時間は辛抱しなければならない。コロンダ君はお菊さんと一緒に東京大神宮に参拝に行きたくなかった。行くのであれば笙子と行きたかった。だが、お菊さんの言葉に誘われてとうとう来てしまった。「笙子と結婚したいのであれば、東京大神宮に参拝なさいませ。お菊も一緒に祈願してあげますから」とコロンダ君を誘ったのである。

 

 列は少しずつ前進するが、2時間以上もお菊と一緒にいると思うと気がめいってきた。もし、お菊でなく笙子であれば5時間でも10時間でもかまわないと思ったが、どういうわけか、横に居るのはお菊であった。お菊は今年で49歳になるが、化粧をすると35、6歳に見え、容貌は古手川祐子に似ていて、色気ムンムンの美女である。お菊は年上の恋人と思われることに喜びを感じている。お菊はコロンダ君の左腕としっかり腕を組み、あたかも恋人であるかのように周りの若い女性に笑顔を振りまいていた。

 

 ここ1年前から、特に恋人のように振舞うようになった。きっかけとなったのが、笙子との結婚話であった。父親に話す前に密かにお菊に相談したのが、不運の始まりになってしまった。笙子とはいとこにあたり、いとこは4親等であるから、法律上は結婚できる。ところが、お菊は大反対した。いとことの結婚は障害児が生まれるというのだ。確かに、障害児が生まれる確率は高くなるが、ほんの少し高くなるだけで、心配するほどの確率ではない。日本中にはいとこ同士で結婚した人たちがたくさんいる事を何度も説明したが、頑としてお菊は聞き入れなかった。

 

お菊と一緒に立っていると、お菊に結婚話を打ち明けた時のことが思い出されてきた。「お菊さん、ちょっと相談があるんだけど、聞いてもらえるかな」コロンダ君はお菊が後押ししてくれるものと期待して相談した。「あら、改まって、どんなお話ですか?」お菊はまた奇妙な事件の話と思った。コロンダ君は一呼吸するとゆっくり話しはじめた。「ぼく、結婚しようと思っているんだ。いとこの笙子さんと」コロンダ君は思い切って打ち明けた。

 

「坊ちゃん、正気ですか?笙子はいとこですよ。いとこと結婚すると障害児が生まれるんですよ、ご存知じゃないんですか?お菊は反対です!」お菊は眼を丸くして大きな声で結婚に反対した。「お菊さん、そう興奮しないでください。いとこ婚で障害児が生まれる確率が高くなることは知っています。でも、それはわずかなもので、まったく心配ないんです。だから、法律で結婚が認められているのです」お菊が血相を変えて反対するとは夢にも思っていなかった。

春日信彦
作家:春日信彦
途絶えたメール
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