《男性編》
その1:男性のほうが着付けは圧倒的に簡単です
最初の章立てを何にするべきかを迷いましたが、結局このフレーズにいたしました。きものを着ようかな、どうしようかな、なんだか難しそうだしお金もかかりそうだな、と思っていらっしゃる方には、「そんなの迷ってる暇があったらお召しになってください!」と、笑顔で申し上げたいです。
実際、簡単ですからね。女性の着付け教室は全国に掃いて捨てるほどありますが、「男性の着付け教室」がほとんどないのは、需要がないのもさることながら「そんなのは教えずとも着られる」ためです。でもここで言い募るよりも、具体的に書くべきでしょうね。
女性の着付けが難しいのは、①襟を最適なカタチに抜いて②おはしょりを最適なカタチに整形して③自分で見えないにもかかわらず、帯のお太鼓を整形する
この三重苦があるからです。しかしながら、男性はどうか?
襟:抜く必要がない。
おはしょり:ない。身丈で着る。
帯:お太鼓なし。前で結んでくるりと背中に回しても構わない。
お読みになってくださっている男性の読者さんの中には、ゆかたをお召しになった方もいらっしゃると思いますが、どうでしたでしょうか?
全然難しくなかったですよね。足さばきが悪かった、などの困ったことはあったかもしれませんが、着付け自体は単に、前で合わせて帯を締めるだけ……最大の問題は、自分に似合った色柄を選ぶ、それがいつの時代も、楽しくもあり、難しくもある主題です。
ともあれ、きものは本当に日本人にしっくりと似合い、爽やかに、優雅に見せてくれるありがたい衣裳であります。着ているあいだ、その着心地にじわじわと幸福感を感じるでしょう。一度袖を通してみれば、わたくしの申し上げるこ
とがお分かり頂けると思います。
その2:どういう場に着てゆくか、から考えましょう
この章立てにしたのは、きものには「礼装」と「外出着」と「日常着」とがあるからです。(ウケ狙いで「寝間着」も書こうかと思いましたがやめました)
要するにフォーマルか、カジュアルか、であります。
フォーマルな場所にきものをお召しになりたいのであれば、きものは、染めのきもので、「紋付羽織袴」になるでしょう。いわゆる、結婚式の新郎ですね。
そういうおきものをお求めになりたくて、わたくしのこの拙文をお読みになっている方は、果たしておられるのでしょうか?? あまりそうは思えないのですが、もしも、おられるのならば申し上げられることはただ一つです。「すぐにきもの専門店に行って、あつらえてください!」
今、この拙文を書いている12月上旬で、これから予定される公式な場というと、やはり卒業式か入学式か、もしかすると入社式ということになるのでしょう。すぐにきもののお店に行って注文すれば、3月には、ほぼ間に合うはずです。しかし、1月にきもの店にお願いするのでは、かなりぎりぎりです。「紋付羽織袴」は、ただのきものより時間がかかるということを、くれぐれもお忘れにならないようにとお願いしたいです。
このように、きものとは、手間のかかる衣裳なのですが、そこが楽しいのですよ。
難しいのは「外出着」としてのきものをお考えの場合です。外出と言っても、千差万別ですが、ここでは「少し格好を付けたいシーン」ということにいたします。(例:友人以上恋人未満の女性とランチ)
その女の方が、おもわず見とれてしまうように仕向けたいのでしたら、御召(おめし)(註1)または紬のきものと羽織をお勧めします。
きものと羽織を同じ織物でつくった組み合わせを「お対(つい)」と呼びます。これは女性のきものでも同様です。年配のご婦人のなかには、お持ちの方もいらっしゃると推察いたします。
この「お対」の良いところは、もちろん温度調節が利くところですが、羽織をまとうことで一種の風格がでてくるのが見逃せないです。特に、40代以上の男性の方には、「きものと羽織とで完結する」と考えていただきたいくらいです。
20から30代の方なら、きものだけで(着流し、という)さまになりますが、中年以上の方ですと着流しは粋と言うよりは「着忘れた」感じに見えます。ここはケチらずに、ぜひぜひ、お対をあつらえていただきたい。しかし、その前に実は、揃えておきたいものがあるのです。
その3:最初の買い物は、これです
きものより前に「きもの用ハンガー」を3つ、ぜひお持ちください。《女性編》でも書きましたが、きものを着て脱いだら、これにかけて湿気をとるのです。3つとは、きものと長襦袢と羽織をかけなければならないからです。洋服用のハンガーは、変なところにシワがつくから使えません。
↑きもの用ハンガーにかけたわたくしのきもの。
そして腰紐が1本いります。素材はメリンスがよろしいでしょう。帯を締める前に、きものがずれないように止めるのに必須です。
足袋と履き物もきものの前に揃えましょう。足袋は、白と紺色と2足あれば、きものが何色でもあいますでしょう。
女性はほとんど白足袋で通用するのですが、男性のきものは、紺色かグレーが多いので、白足袋だと足だけめだちます。その点、紺色の足袋だと、きものに程よく馴染みます。あつらえの足袋というのも憧れですが、「福助」の足袋でも大丈夫です。サイズは靴のサイズよりも5ミリ小さいのがお決まりです。
履き物は、草履と雪駄(せった)(註2)がありますが、雪駄だと礼装に使えないので、草履をお買いになるほうが賢明です。
草履は、鼻緒がご自分の足にフィットしているかをよく確かめて選びましょう。
大切なのは、前坪(足の指と指の間の紐)が堅すぎないか、足の指が痛くならないかどうか、です。ここが擦れて痛くなると苦痛なので、適度に柔らかく、そして堅牢にすげられているのを選びましょう。大抵の場合、買ったままの状態ではあわないので、草履やさんに足に合うように鼻緒をすげてもらう方が多いとか。
男性の草履は、ネットで調べたところ、「福島履物店」というところが、通信販売をやっており、ここでお買い上げになった履き物は無料で修理してくださるとのこと。こういうところで買ってみるのもよいかもしれません。
履き物と足袋と、腰紐とハンガー。一見おかしい組み合わせですが、これらのものは、代替用品がないという意味で必需品なのです。これらを入手しましたら心置きなくきものが選べます。
《女性編》でも書きましたが、きものと帯は、一緒にお求めになるほうが賢いです。男性の帯は、基本的には角帯(かくおび)がよろしいかと思います。
兵児帯(へこおび)もありますが、角帯の締め方を覚えないと、袴がつけられません。それに、角帯のあの、適度な堅さは、背筋が伸びて大変気持ちのよいものです。きもの愛好者のかたで、「腰をきっちりと正しい位置に戻してくれるので、腰痛がなくなった」という方は結構います。
角帯は、ネット等ではびっくりするほど安いものもありますが、お店でしたら、ほぼ10000円からお求めになれます。わたくしが高島屋で観てきた結果ですが(笑)
↑わたくしの所持する袋帯です。
その4:良いお店を選ぶことが極めて大事です
わたくしは、これを書くにあたって文献を探しました。見つけたのが「ビジュアル版 男のきもの大全」早坂伊織著 草思社刊 でした。著者の早坂伊織さんは、もう30年もきもの生活をされている方で、「男のきもの大全」というウェブサイトも主宰されている、「きもの伝承家」でございます。
結論を言うと、名著です。きものを着たい男性にとって、有用な情報が全部網羅されている。「きものとは日本人にとって何か」という本質の考察から、きものの種類の説明から、着付けから、手入れの仕方、そして、なんと親切なことに、「袴をはいたときにトイレはどうするか」まで全て教えてくれています。また、イラスト、画像も多く、この画像の多さで2200円(税別)は安い部類だとさえ思います。