この「お対」の良いところは、もちろん温度調節が利くところですが、羽織をまとうことで一種の風格がでてくるのが見逃せないです。特に、40代以上の男性の方には、「きものと羽織とで完結する」と考えていただきたいくらいです。
20から30代の方なら、きものだけで(着流し、という)さまになりますが、中年以上の方ですと着流しは粋と言うよりは「着忘れた」感じに見えます。ここはケチらずに、ぜひぜひ、お対をあつらえていただきたい。しかし、その前に実は、揃えておきたいものがあるのです。
その3:最初の買い物は、これです
きものより前に「きもの用ハンガー」を3つ、ぜひお持ちください。《女性編》でも書きましたが、きものを着て脱いだら、これにかけて湿気をとるのです。3つとは、きものと長襦袢と羽織をかけなければならないからです。洋服用のハンガーは、変なところにシワがつくから使えません。
↑きもの用ハンガーにかけたわたくしのきもの。
そして腰紐が1本いります。素材はメリンスがよろしいでしょう。帯を締める前に、きものがずれないように止めるのに必須です。
足袋と履き物もきものの前に揃えましょう。足袋は、白と紺色と2足あれば、きものが何色でもあいますでしょう。
女性はほとんど白足袋で通用するのですが、男性のきものは、紺色かグレーが多いので、白足袋だと足だけめだちます。その点、紺色の足袋だと、きものに程よく馴染みます。あつらえの足袋というのも憧れですが、「福助」の足袋でも大丈夫です。サイズは靴のサイズよりも5ミリ小さいのがお決まりです。
履き物は、草履と雪駄(せった)(註2)がありますが、雪駄だと礼装に使えないので、草履をお買いになるほうが賢明です。
草履は、鼻緒がご自分の足にフィットしているかをよく確かめて選びましょう。
大切なのは、前坪(足の指と指の間の紐)が堅すぎないか、足の指が痛くならないかどうか、です。ここが擦れて痛くなると苦痛なので、適度に柔らかく、そして堅牢にすげられているのを選びましょう。大抵の場合、買ったままの状態ではあわないので、草履やさんに足に合うように鼻緒をすげてもらう方が多いとか。
男性の草履は、ネットで調べたところ、「福島履物店」というところが、通信販売をやっており、ここでお買い上げになった履き物は無料で修理してくださるとのこと。こういうところで買ってみるのもよいかもしれません。
履き物と足袋と、腰紐とハンガー。一見おかしい組み合わせですが、これらのものは、代替用品がないという意味で必需品なのです。これらを入手しましたら心置きなくきものが選べます。
《女性編》でも書きましたが、きものと帯は、一緒にお求めになるほうが賢いです。男性の帯は、基本的には角帯(かくおび)がよろしいかと思います。
兵児帯(へこおび)もありますが、角帯の締め方を覚えないと、袴がつけられません。それに、角帯のあの、適度な堅さは、背筋が伸びて大変気持ちのよいものです。きもの愛好者のかたで、「腰をきっちりと正しい位置に戻してくれるので、腰痛がなくなった」という方は結構います。
角帯は、ネット等ではびっくりするほど安いものもありますが、お店でしたら、ほぼ10000円からお求めになれます。わたくしが高島屋で観てきた結果ですが(笑)
↑わたくしの所持する袋帯です。
その4:良いお店を選ぶことが極めて大事です
わたくしは、これを書くにあたって文献を探しました。見つけたのが「ビジュアル版 男のきもの大全」早坂伊織著 草思社刊 でした。著者の早坂伊織さんは、もう30年もきもの生活をされている方で、「男のきもの大全」というウェブサイトも主宰されている、「きもの伝承家」でございます。
結論を言うと、名著です。きものを着たい男性にとって、有用な情報が全部網羅されている。「きものとは日本人にとって何か」という本質の考察から、きものの種類の説明から、着付けから、手入れの仕方、そして、なんと親切なことに、「袴をはいたときにトイレはどうするか」まで全て教えてくれています。また、イラスト、画像も多く、この画像の多さで2200円(税別)は安い部類だとさえ思います。
この本をお読みになれば、拙文はほとんど不必要と言っても過言ではないです。(苦笑)にもかかわらず、わたくしがこうして《男性編》を書いているのは、「こんな文献があります」というご案内にも、いささかの有用性があるかも、と思っているからです。
また、おこがましいのですが、「男のきもの大全」では余り触れられていない事柄を書く必要がある、とも思ったのです。それは、きもの店のなかには残念ながら、あまりきものについての知識がなく、さらにお客様のことも考えていないとんでもないお店が存在する、ということです。
わたくしはそういうお店にあたったことはありません。何しろ、きものそのものを買ったことがないからです。小物なら、お買い物しますけどね。チェーン店の「きもののさが美」です。ああいうところは便利ですね。
わたくしは実のところ、Facebook できもの業界の方とお友達になっているので、業界の内実を少し知っております。といっても、書けないことのほうが多いですがね。今年の9月に倒産した、銀座の某有名きもの店が、どうも危ないらしいというのも聞いておりました。
多くの雑誌にも取り上げられ、一見繁盛していたそのお店が、なぜ倒産したか。
お友達によると、お客様(女性)に対して、さほど質のよくない紬を、「作家ものだから1枚持つと後悔しませんよ」というスピーチで丸め込み、買わせる。しかし、お客様もそう馬鹿ではないので、徐々に「失敗した」と気がつく訳です。まして紬と言うのは、正式な場所などにはやはり着てゆきにくいものなので、お客様は「このきものは買うのではなかった」と思い、二度とそのお店には行かない。リピーターが来ないのです。
↑これは男物の羽織の裏です。
きものは、なければ生活に困ると言うものではありません。だから、リピーターさんが来るような商売をしなければ、先細りになるに決まっているのに、目先の欲に釣られてしまう。わたくしのお友達の京都のきものプロデューサーさんは「最低の商い」とおっしゃっていました。
きもののガイド本なのにこのようなことを書きましたのは、女性男性問わず、お買いになったきものを観て「買うんじゃなかった。二度と観たくない」と苦々しい思いを持つ方が出ないように、また、良いものを適正な値段でお客様にお
届けしようと思っている、真面目でちゃんとしたきもの店が、閑古鳥が鳴くことがないようにと強く願っているからです。では、「ちゃんとしたきもの店」を見分ける方法があるのか? あります。やっと本題にたどり着きました。
簡単なポイントの1つは、店員の方がきものを着ているかどうか、です。考えてみれば当然のことです。欧米の高級ブランド店の店員は、全員そのブランドのお洋服と小物をまとっていますよね。それと同じことです。
ポイントその2は、お品物の過大な値引きセールをするかどうか、です。
これも結構大事です。1割くらいならまだしも、5割とか6割などのお値引きをするというのは、そのお品物の原価がよほど安いとしか考えられません。おおかた「中国製」なのでしょう。
そうでないならば、破綻寸前でなりふり構っていられないのかとも疑います。
その点、六本木にお店のある「awai」さんの方針は明確です。あそこは値引きをいたしませんが、それは、買った人、製品の作り手、製品を売る人、の三方が得をする値段を慎重に決めているからです。原価を考えると、適正な値段はこれしかない、そういう正しい商売をしないと、お客様からの信用を失い、見向きもされなくなると、理解しておられるのです。
ポイントその3は、店員さんがきもの、織物、自分の店のお品物についての知識をしっかりとお持ちかどうかを確認することでしょう。
たとえば、結城紬を売っている店が、「地機(じはた)」と「高機(たかはた)」(註3)の違いが分からないようでは問題があるでしょう。
昨今では、産地紬については、ネットでかなり詳しい情報を得ることができます。逆に言えば勉強するのは簡単ですので、そういう最低限の知識さえ持っていない店員さん、織物の製作工程を聞かれても、首を傾げるような店員さんを置いているお店は、ちょっとお客様をなめていると言われても仕方ないのではないかと。
良いお店を見分けるポイントは、ほぼこの3点につきます。つまり、買う側も本を読んだり、サイトを読んだりのお勉強がいるわけです。
手前味噌ですが、わたくしの小説も、きものについて言及しているものがござ