ホームレス少女

「だとすれば、なぜ、服を着せ替えたのか?爪に黒い垢があるのか?二つの疑問が解けますね。射殺された暴力団員はホームレスだった。男と少女は何らかの理由があって、一年半前に東京から逃げてきた。身を隠すために二人はホームレスとなったが、とうとう、追ってきた暴力団員に見つかり男は射殺され、そして少女は扼殺された」お菊さんは事実を話すように落ち着いた声でゆっくりと話した。コロンダ君もこれが事実ではないかとふと思った。

 

「男と女が逃げるといえば、駆け落ちが浮かぶんだけど、暴力団員が逃げるとなれば、お金の持ち逃げじゃないですかね。だから、追ってきた暴力団は執拗に探し出して殺したんですよ」お菊さんは納得したように頷いた。「だけど、ちょっと気になることがあるんだ。男が射殺されたのが9月15日前後で、少女が扼殺されたのが9月25日なんだよ。なぜ、同時に殺さなかったんだろうね。拳銃で脅してお金のありかを白状させたならば、二人とも同時に殺すと思うんだが、お菊さん」コロンダ君は自分を納得させることができなかった。

 

「そうですね。事件を混乱させるためじゃないですか。でも、これも妄想ですからね。まったく事件の解決にはつながりませんよ。そう、男と少女はどんな関係ですかね?親子ですか?」お菊さんは少女に興味がわいてきた。「男は46歳で婚姻歴はないんだ。だからといって、親子で無いともいえないよな。ここだけの話だけど、この男、ちょっとは名の知れた大学の法学部を卒業していてね、卒業後、大手の不動産会社に3年ほど勤めていたんだ。何がきっかけで暴力団員になったんだろうね」コロンダ君は首をかしげた。

「暴力団にもエリートがいるんですね。でも、親は嘆いているでしょうに」お菊さんはあきれた顔でお茶をすすった。「妄想の話に戻るけど、持ち逃げしたお金は追ってきた犯人が持っていったんだろうか?射殺された男は白状したんだろうか?」コロンダ君はお金のことが気になった。

 

「白状していますよ、殺してしまえば、お金のありかが分からなくなるじゃないですか、坊ちゃん」あまりにも愚かな質問にあきれた顔で答えた。「そうだよな~、白状したから、殺されたんだよな。かわいそうだよな、扼殺された少女。男が持ち逃げしたお金は、きっと麻薬売買の汚いお金に決まっているよ、暴力団はこのお金でまた麻薬売買をやるんだろうな」コロンダ君は暴力団の争いに巻き込まれた少女が哀れに思えてきた。

 

ホームレスになり、しかも扼殺された少女のことを思うと人生の不条理にムカつきを感じた。一度、コロンダ君は少女の遺体が見つかった冷泉公園に弔いに行くことにした。

 

短くても幸せな人生

 

福岡市中洲にある“福博であい橋”では路上ライブをする若者たちがいる。その一人に志村夕紀という中洲高校定時制一年の女子高生がいた。彼女は中洲では有名な定食屋の“八ちゃん食堂”の看板娘だ。有名なのは定食が飛びっきりおいしいからではなく、亭主の志村八郎が認知症だからである。2年ほど前にアルツハイマー型認知症が発病し、それ以後、彼は、中洲、天神界隈を徘徊するようになった。交番のおまわりさんとはお友達になっている。

 

彼女は食堂の定休日の火曜日に、福博であい橋にやってきては、ギターを弾きながら歌っている。このであい橋で歌っているといろんな人が足を止めて耳を傾けてくれる。中には拍手をしてお祝儀までする人物もいる。あるとき、ホームレスの少年が千円札にお守りを包んで彼女に祝儀を渡した。だが、9月まではよく聞きに来てくれたホームレス少年の姿が、10月以降見られなくなった。彼女はお守りを首にかけ、一流のシンガーソングライターになるのを夢見て頑張っている。

 

11月11日()コロンダ君は扼殺された少女の弔いに福岡市中洲にやってきた。少女の遺体が発見された冷泉公園を訪れ、花束を捧げると、川端商店街で聞き込みを始めることにした。というのは、ホームレスの二人が商店街によく来て、食べ物をもらっていたという聞き込みを得たからだ。これはあくまでもコロンダ君の少女への弔いで、聞き込みをしたからといって事件の解決につながるとは思っていなかった。

最初にパン屋からあたることにした。コロンダ君はなんと言って訊ねればいいか迷ったが、とりあえずお店に入ることにした。硝子ドアを手前に引き開けると、香ばしい香りを漂わせたいろんなパンが陳列棚に並んでいた。セルフでトレイにできた手のパンを取り、入口右横のレジで会計するようになっていた。入口左の窓際には白い丸テーブルがあり、食事も取れるようになっていた。甘党のコロンダ君はシナモンドーナツをピンクのトレイに取り、レジでキリマンのコーヒーを注文し、547円の会計を済ませ、窓際の白い丸テーブルに腰かけた。

 

しばらくすると香ばしい香りのキリマンのコーヒーが運ばれてきた。中学生と思われる花柄のエプロンをかけたショートヘアの少女が、少し緊張した面持ちでゆっくりとコーヒーカップをトレイの上に置いた。少し笑顔を見せた彼女だったが、すぐに緊張した面持ちになり立ち去ろうとした。コロンダ君はこの子なら何でも話してくれそうな気になり声をかけた。「あの、ちょっと訊ねたいことがあるんですが」コロンダ君は少女を呼び止めた。

 

少女は振り向くと嬉しそうに笑顔を作り返事した。「何でしょうか?ここにはいろんな種類のパンがございます。すべて手作りで、日本一の味と自負しています。何か他にご賞味なされますか?」少女はここぞとばかりにパンの自慢をした。コロンダ君は気まずくなってピザパンを注文した。「ピザパンを頂きます、それと、ちょっとお聞きしたいんですが、時々、商店街にホームレスの親子がやってくるとうわさを聞いたのですが、本当ですか?」

 

春日信彦
作家:春日信彦
ホームレス少女
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