ホームレス少女

最初にパン屋からあたることにした。コロンダ君はなんと言って訊ねればいいか迷ったが、とりあえずお店に入ることにした。硝子ドアを手前に引き開けると、香ばしい香りを漂わせたいろんなパンが陳列棚に並んでいた。セルフでトレイにできた手のパンを取り、入口右横のレジで会計するようになっていた。入口左の窓際には白い丸テーブルがあり、食事も取れるようになっていた。甘党のコロンダ君はシナモンドーナツをピンクのトレイに取り、レジでキリマンのコーヒーを注文し、547円の会計を済ませ、窓際の白い丸テーブルに腰かけた。

 

しばらくすると香ばしい香りのキリマンのコーヒーが運ばれてきた。中学生と思われる花柄のエプロンをかけたショートヘアの少女が、少し緊張した面持ちでゆっくりとコーヒーカップをトレイの上に置いた。少し笑顔を見せた彼女だったが、すぐに緊張した面持ちになり立ち去ろうとした。コロンダ君はこの子なら何でも話してくれそうな気になり声をかけた。「あの、ちょっと訊ねたいことがあるんですが」コロンダ君は少女を呼び止めた。

 

少女は振り向くと嬉しそうに笑顔を作り返事した。「何でしょうか?ここにはいろんな種類のパンがございます。すべて手作りで、日本一の味と自負しています。何か他にご賞味なされますか?」少女はここぞとばかりにパンの自慢をした。コロンダ君は気まずくなってピザパンを注文した。「ピザパンを頂きます、それと、ちょっとお聞きしたいんですが、時々、商店街にホームレスの親子がやってくるとうわさを聞いたのですが、本当ですか?」

 

少女は予想もしなかった質問にしばらく黙っていたが、笑顔を作って返事した。「はい、以前は時々やってきました。最近は姿が見えませんね。そう、八ちゃん食堂のご主人が残り物をよくあげていましたよ」コロンダ君は大きな手がかりをつかんだと心の中で喜んだ。

はやる気持ちを抑えて少女に訊ねた。「八ちゃん食堂に行きたいんですが、この商店街にありますか?」

 

 少女は明るい声で返事した。「はい、すぐそこです、案内します。同級生のお店です」少女は奥に引っ込むとしばらくして戻ってきた。コロンダ君はテイクアウトすることにして、包んでもらったピザパンを手提げ袋に入れてもらった。早速二人は表に出ると、少女は右方向に歩き出した。10件ほど通り過ぎると“八ちゃん食堂”の看板が左手に見えた。「ここです」少女は指差すとガラガラと開き戸を開けて中に入っていった。

 

 「いらっしゃい、みなみちゃん」明るい少女の声がした。「夕紀さん、お客さんよ、この方がホームレス親子についてお聞きしたいんだって」みなみはコロンダ君を紹介した。怪訝な顔をした夕紀はコロンダ君をテーブルに案内した。「どんなことでしょうか?あの親子は時々やってきましたが、最近は来なくなってしまいました。何かあったんですか?」夕紀はコロンダ君を刑事と思った。

 顔を赤くしたコロンダ君は気まずくなって頭を掻きながら話しはじめた。「いや、僕は刑事じゃありません。何か親子についてご存知だったらお聞きしたいと思って伺っただけです。ここのご主人が親しくされていたとか?」コロンダ君は主人に話を聞きたかった。「父は今いません、それに、父は認知症なので話を聞かれても参考にならないと思います」夕紀は期待にこたえられないことを伝えた。

 

 ガラガラと開き戸が開くと少年が入ってきた。「お帰りなさい」みなみは同級生の五郎に声をかけた。五郎の後に認知症の八郎が入ってきた。八郎は「いらっしゃい」と挨拶すると奥に入って行った。「五郎君、この方がホームレス親子のことを聞きたいんだって、何か知ってる?」みどりは五郎を引き止めるように声をかけた。「いや、あの親子とは口も聞いたことが無いよ」五郎はそっけなく答えた。

 

 夕紀はコロンダ君をじっと観察していた。「お客さんは本当に刑事じゃないんですね」夕紀はコロンダ君を見つめると念を押すように訊ねた。疑われていることに気づいたコロンダ君は背筋を伸ばし丁寧に答えた。「はい、刑事ではありません、信じてください」コロンダ君は極秘の話が聞けるような予感がした。夕紀はしばらく黙っていたが、信用して話すことにした。突っ立っているみなみと五郎に椅子に座るように声をかけると、夕紀はコロンダ君の正面に腰かけた。

「実は、あの少年は、少女なんです」夕紀はコロンダ君に打ち明けた。みなみと五郎はあっけに取られた顔で、みなみが疑うように言った。「え、マジ!女なの?」みなみは夕紀の顔を覗き込んだ。夕紀は頷くと話しはじめた。「であい橋で歌っていたとき、いつもは、少し離れた橋の袂で、一人で聞いているんだけど、あの時は親子で聞いていたの。そして、歌い終わると、ホームレスの少年が駆け足で近寄ってきて、お守りを包んだ千円のお祝儀をくれたの。ホームレスって匂うじゃない。でも、くさい匂いじゃなくて、女の匂いがしたの!びっくりしちゃった」夕紀は驚きを顔に表し、みなみに顔を向けた。

 

 「やはりそうでしたか。少女の遺体が発見されてからは、ホームレス親子の姿が見られなくなったと聞きました。ホームレスの少年は実は扼殺された少女だったのですね。いったい誰が、あんなむごいことをしたんだ。かわいそうに」コロンダ君は顔を両手で覆った。それを見た夕紀は小さな声で声をかけた。「お客さんは少女のことを知っていらっしゃるんですか?」夕紀は少女の身元を知りたかった。

 

 両手を顔から外すと誤解された自分に気づき即座に答えた。「いえ、知り合いではありません。少女が扼殺されたことに憤りを感じただけです。夕紀さんは少女について何かご存知なんですか?」コロンダ君は夕紀が何か隠しているように思えた。夕紀はしばらく黙っていた。夕紀は首にかけていたお守りを取り外し、テーブルの上に置き話しはじめた。「このお守りはホームレスの少女にもらった物です」夕紀は赤いお守りをじっと見つめた。五郎、みなみ、コロンダ君の三人もお守りに目を向けた。

 

春日信彦
作家:春日信彦
ホームレス少女
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