ホームレス少女

短くても幸せな人生

 

福岡市中洲にある“福博であい橋”では路上ライブをする若者たちがいる。その一人に志村夕紀という中洲高校定時制一年の女子高生がいた。彼女は中洲では有名な定食屋の“八ちゃん食堂”の看板娘だ。有名なのは定食が飛びっきりおいしいからではなく、亭主の志村八郎が認知症だからである。2年ほど前にアルツハイマー型認知症が発病し、それ以後、彼は、中洲、天神界隈を徘徊するようになった。交番のおまわりさんとはお友達になっている。

 

彼女は食堂の定休日の火曜日に、福博であい橋にやってきては、ギターを弾きながら歌っている。このであい橋で歌っているといろんな人が足を止めて耳を傾けてくれる。中には拍手をしてお祝儀までする人物もいる。あるとき、ホームレスの少年が千円札にお守りを包んで彼女に祝儀を渡した。だが、9月まではよく聞きに来てくれたホームレス少年の姿が、10月以降見られなくなった。彼女はお守りを首にかけ、一流のシンガーソングライターになるのを夢見て頑張っている。

 

11月11日()コロンダ君は扼殺された少女の弔いに福岡市中洲にやってきた。少女の遺体が発見された冷泉公園を訪れ、花束を捧げると、川端商店街で聞き込みを始めることにした。というのは、ホームレスの二人が商店街によく来て、食べ物をもらっていたという聞き込みを得たからだ。これはあくまでもコロンダ君の少女への弔いで、聞き込みをしたからといって事件の解決につながるとは思っていなかった。

最初にパン屋からあたることにした。コロンダ君はなんと言って訊ねればいいか迷ったが、とりあえずお店に入ることにした。硝子ドアを手前に引き開けると、香ばしい香りを漂わせたいろんなパンが陳列棚に並んでいた。セルフでトレイにできた手のパンを取り、入口右横のレジで会計するようになっていた。入口左の窓際には白い丸テーブルがあり、食事も取れるようになっていた。甘党のコロンダ君はシナモンドーナツをピンクのトレイに取り、レジでキリマンのコーヒーを注文し、547円の会計を済ませ、窓際の白い丸テーブルに腰かけた。

 

しばらくすると香ばしい香りのキリマンのコーヒーが運ばれてきた。中学生と思われる花柄のエプロンをかけたショートヘアの少女が、少し緊張した面持ちでゆっくりとコーヒーカップをトレイの上に置いた。少し笑顔を見せた彼女だったが、すぐに緊張した面持ちになり立ち去ろうとした。コロンダ君はこの子なら何でも話してくれそうな気になり声をかけた。「あの、ちょっと訊ねたいことがあるんですが」コロンダ君は少女を呼び止めた。

 

少女は振り向くと嬉しそうに笑顔を作り返事した。「何でしょうか?ここにはいろんな種類のパンがございます。すべて手作りで、日本一の味と自負しています。何か他にご賞味なされますか?」少女はここぞとばかりにパンの自慢をした。コロンダ君は気まずくなってピザパンを注文した。「ピザパンを頂きます、それと、ちょっとお聞きしたいんですが、時々、商店街にホームレスの親子がやってくるとうわさを聞いたのですが、本当ですか?」

 

少女は予想もしなかった質問にしばらく黙っていたが、笑顔を作って返事した。「はい、以前は時々やってきました。最近は姿が見えませんね。そう、八ちゃん食堂のご主人が残り物をよくあげていましたよ」コロンダ君は大きな手がかりをつかんだと心の中で喜んだ。

はやる気持ちを抑えて少女に訊ねた。「八ちゃん食堂に行きたいんですが、この商店街にありますか?」

 

 少女は明るい声で返事した。「はい、すぐそこです、案内します。同級生のお店です」少女は奥に引っ込むとしばらくして戻ってきた。コロンダ君はテイクアウトすることにして、包んでもらったピザパンを手提げ袋に入れてもらった。早速二人は表に出ると、少女は右方向に歩き出した。10件ほど通り過ぎると“八ちゃん食堂”の看板が左手に見えた。「ここです」少女は指差すとガラガラと開き戸を開けて中に入っていった。

 

 「いらっしゃい、みなみちゃん」明るい少女の声がした。「夕紀さん、お客さんよ、この方がホームレス親子についてお聞きしたいんだって」みなみはコロンダ君を紹介した。怪訝な顔をした夕紀はコロンダ君をテーブルに案内した。「どんなことでしょうか?あの親子は時々やってきましたが、最近は来なくなってしまいました。何かあったんですか?」夕紀はコロンダ君を刑事と思った。

 顔を赤くしたコロンダ君は気まずくなって頭を掻きながら話しはじめた。「いや、僕は刑事じゃありません。何か親子についてご存知だったらお聞きしたいと思って伺っただけです。ここのご主人が親しくされていたとか?」コロンダ君は主人に話を聞きたかった。「父は今いません、それに、父は認知症なので話を聞かれても参考にならないと思います」夕紀は期待にこたえられないことを伝えた。

 

 ガラガラと開き戸が開くと少年が入ってきた。「お帰りなさい」みなみは同級生の五郎に声をかけた。五郎の後に認知症の八郎が入ってきた。八郎は「いらっしゃい」と挨拶すると奥に入って行った。「五郎君、この方がホームレス親子のことを聞きたいんだって、何か知ってる?」みどりは五郎を引き止めるように声をかけた。「いや、あの親子とは口も聞いたことが無いよ」五郎はそっけなく答えた。

 

 夕紀はコロンダ君をじっと観察していた。「お客さんは本当に刑事じゃないんですね」夕紀はコロンダ君を見つめると念を押すように訊ねた。疑われていることに気づいたコロンダ君は背筋を伸ばし丁寧に答えた。「はい、刑事ではありません、信じてください」コロンダ君は極秘の話が聞けるような予感がした。夕紀はしばらく黙っていたが、信用して話すことにした。突っ立っているみなみと五郎に椅子に座るように声をかけると、夕紀はコロンダ君の正面に腰かけた。

春日信彦
作家:春日信彦
ホームレス少女
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