ホームレス少女

キョロキョロと大きな眼を左右に動かしたお菊さんはあごを小さく引くように頷いた。「そういわれれば、なんとなく不自然ですね。暴力団員って意外とこぎれいにしているように思えますよね。指に垢が溜まっているのは変ですね。内ポケットのない服を着ていたから、財布を入れるために内ポケットのあるジャケットに着せ替えたんじゃないかしら。あ、そうよ、運転免許証が発見されるように、あえて、細工したんじゃないかしら。身元がすぐに分かるように」お菊さんはひらめきをドヤ顔で話した。

 

コロンダ君は二度頷いた。「確かに、運転免許証からすぐに身元が割れたんだ。東京の暴力団員で、麻薬取締法違反の前科があった。つまり、警察に身元を教えたかったわけだよ。そして、加害者も暴力団員であることも。だけど、犯人が暴力団員であれば、犯人探しは難航するんだよ。捜査しても無駄だ、とでも犯人は言いたかったのだろうか?事実、まったく捜査は進展していないということだよ」コロンダ君の考えもまったく進展していなかった。

 

今回ばかりはお菊さんの妄想も難航していた。「爪の垢なんですけど、考えれば考えるほど不思議ですわね。坊ちゃん、爪に垢が溜まったことおありですか?」失礼とは思ったが、小さな声で訊ねた。「無いよ。子供のころ泥んこ遊びをやったときは、爪に泥が溜まったけどね。冗談でも、暴力団が泥んこ遊びをしていた、とも思えないしね」コロンダ君は両手の手のひらを上に向けた。

お菊さんは思い出したように両手をぽんと叩いた。「被害者が東京の暴力団ということは、東京から逃げてきたのかしら?ところが、彼は追ってきた暴力団に発見され射殺された。なぜ、東京から中洲まで逃げてきたのか?これが分かれば事件は見えてくるんじゃないかしら、坊ちゃん」お菊さんの妄想がさえてきた。コロンダ君もお菊さんの妄想に賛成した。

 

「僕もそうじゃないかと思っていたんだ。逃げてきたんだよ。そして、追ってきた暴力団に殺された。いったい、なぜ、逃げてきたのか?これは、永遠に謎かもしれないよ。警察も捜査が行き詰まっていて、お手上げ状態だから」お菊さんの眼は血走ってきた。妄想がフル回転し始めた。「ところで、扼殺されたホームレスの少女と射殺された暴力団員は関係があるんじゃないかしら。二人は一緒に東京から逃げてきたんじゃないかしらね。きっとそうよ、二人は追ってきた暴力団に殺されたに違いないわよ」お菊さんの妄想は真実味を帯びてきた。

 

警察はまったく別の事件として捜査しているが、お菊さんが言うように二つの事件は同一犯の仕業のように思えてきた。「ホームレスの少女と暴力団がどう結びつくのか?あ、分かった、一年半ほど前から、冷泉公園に二人のホームレスが住みついたらしいんだよ。この二人というのが射殺された暴力団員と扼殺された少女じゃないだろうか?お菊さん」お菊さんも眼を丸くして大きく頷いた。

「だとすれば、なぜ、服を着せ替えたのか?爪に黒い垢があるのか?二つの疑問が解けますね。射殺された暴力団員はホームレスだった。男と少女は何らかの理由があって、一年半前に東京から逃げてきた。身を隠すために二人はホームレスとなったが、とうとう、追ってきた暴力団員に見つかり男は射殺され、そして少女は扼殺された」お菊さんは事実を話すように落ち着いた声でゆっくりと話した。コロンダ君もこれが事実ではないかとふと思った。

 

「男と女が逃げるといえば、駆け落ちが浮かぶんだけど、暴力団員が逃げるとなれば、お金の持ち逃げじゃないですかね。だから、追ってきた暴力団は執拗に探し出して殺したんですよ」お菊さんは納得したように頷いた。「だけど、ちょっと気になることがあるんだ。男が射殺されたのが9月15日前後で、少女が扼殺されたのが9月25日なんだよ。なぜ、同時に殺さなかったんだろうね。拳銃で脅してお金のありかを白状させたならば、二人とも同時に殺すと思うんだが、お菊さん」コロンダ君は自分を納得させることができなかった。

 

「そうですね。事件を混乱させるためじゃないですか。でも、これも妄想ですからね。まったく事件の解決にはつながりませんよ。そう、男と少女はどんな関係ですかね?親子ですか?」お菊さんは少女に興味がわいてきた。「男は46歳で婚姻歴はないんだ。だからといって、親子で無いともいえないよな。ここだけの話だけど、この男、ちょっとは名の知れた大学の法学部を卒業していてね、卒業後、大手の不動産会社に3年ほど勤めていたんだ。何がきっかけで暴力団員になったんだろうね」コロンダ君は首をかしげた。

「暴力団にもエリートがいるんですね。でも、親は嘆いているでしょうに」お菊さんはあきれた顔でお茶をすすった。「妄想の話に戻るけど、持ち逃げしたお金は追ってきた犯人が持っていったんだろうか?射殺された男は白状したんだろうか?」コロンダ君はお金のことが気になった。

 

「白状していますよ、殺してしまえば、お金のありかが分からなくなるじゃないですか、坊ちゃん」あまりにも愚かな質問にあきれた顔で答えた。「そうだよな~、白状したから、殺されたんだよな。かわいそうだよな、扼殺された少女。男が持ち逃げしたお金は、きっと麻薬売買の汚いお金に決まっているよ、暴力団はこのお金でまた麻薬売買をやるんだろうな」コロンダ君は暴力団の争いに巻き込まれた少女が哀れに思えてきた。

 

ホームレスになり、しかも扼殺された少女のことを思うと人生の不条理にムカつきを感じた。一度、コロンダ君は少女の遺体が見つかった冷泉公園に弔いに行くことにした。

 

春日信彦
作家:春日信彦
ホームレス少女
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