ホームレス少女

中洲の怪事件

  

 9月23日(日)午前11時15分、福岡市中洲にある西大橋の西側土手で、黄土色の麻袋に包まれたグレイのジャケットを着た男の死体が発見された。ボタンで閉じられた左内ポケットには牛本皮の黒い財布が入っていた。財布には運転免許証、明治神宮のお守りが1つ、VISAクレジット&キャッシュカード1枚、一万円札2枚、千円札4枚、百円玉2枚、十円玉5枚、一円玉7枚、が入っていた。運転免許証の記載から、氏名は佐藤秀雄、住所は東京都練馬区下石神井5丁目7-3JGAマンション707、生年月日は昭和41年9月5日、年齢46歳と判明。

 

検死の結果、左後背から突入した銃弾は心臓を貫通し、肋骨二本を粉砕していた。死体は一週間前後経過したものと推断された。身長は169センチ、髪は肩まで伸びており、顔は強度の打撲により形状は不明瞭。服装は汚れた半袖の下着、LLサイズのグレイのジャケット、綿生地の青いトランクスパンツ、ウエスト96センチの紺色のゴルフズボン、穴の開いた黒の靴下を着用。その他、身体上において、手足の爪が伸びており、黒い垢がすべての指の爪に見られた。

 

 第一発見者は川端商店街で定食屋を営む志村八郎、41歳。彼は認知症である。水上公園で橋のふもとを眺めている彼を中洲交番の坂上巡査が発見し、声をかけたところ、彼は麻袋を指差し「あれは何だろう?」と巡査に尋ねた。そこで、巡査は不審に思い中洲交番に連絡し、同僚の萩本巡査と共に麻袋を引き上げ、その中を確認した。志村八郎は徘徊の途中、午前11時ころ水上公園を訪れ発見したものと思われる。

死因は背後からの銃弾によるものであるが、銃弾は体内に残っていなかった。至近距離からの射殺と判断されたが、下着シャツの左背部には弾丸が貫通したと見られる穴の弾痕が見られたが、ジャケットの左背部にはその弾痕が見られなかった。したがって、ジャケットは拳銃による射殺後に何者かによって着せられたものと推察された。殺害されたと見られる佐藤秀雄は暴力団の組員で、12年前に麻薬取締法違反で検挙されていた。

 

9月26日()午後6時10分、福岡市川端町にある冷泉公園のブルーシートテント内で18歳前後と思われる女性の扼殺死体が発見された。第一発見者はこの公園に住む川村幸平、58歳男性。調書によると被害者は、身長は156センチ、頭は坊主に近いスポーツ刈り、服装は長袖の紺のポロシャツ、破れたチャコールグレイのウィンドブレーカー、破れたネイビーの靴下、下着は男性用長袖シャツ、綿のダークグレイのトランクスを着用、靴は薄汚れたスニーカーを履いていた。

 

彼女はホームレスと見られ身元はまったく判明しなかった。この公園に住む三人のホームレスは、昨日、25日()の夕方、そのテントに二人の男がいたのを目撃したと証言した。彼らは死亡した女性を男性と思っていたと考えられる。二人の人物は昨年の5月ころからこの公園に現れ、住みつくようになったと付け加えた。一方の所在の分からない男性は50歳前後の年配ということで、二人は親子ではないかと三人はうわさしていたとのことだ。ここ最近、親子喧嘩する声が夜中に聞こえたとさらに付け加えた。

前者の射殺の加害者は暴力団の組員で、後者の扼殺の加害者は同居のホームレス男と、それぞれの加害者は別人と考え、福岡県警の捜査は進められた。だが、捜査はまったく進展していない。前者においては被害者が東京の暴力団の組員であること、後者においては被害者の身元を割り出す手がかりがまったく無いこと、さらに、同居していたホームレス男を特定する材料がまったく無いことであった。三人のホームレスは同居していた男の顔をはっきりと思い出すことができなかった。似顔絵を書くこともできなかった。

 

逃げてきた男と少女

 

 コロンダ君は書斎の机で頬杖を着き笑顔を作っていた。警視庁勤務の後輩から入手した中洲の怪事件をぼんやりと考えていた。この事件を小説の材料としてドラマのイメージを膨らませていた。そこにいつものようにお菊さんがお茶を運んで書斎に入ってきた。鶴が描かれた輪島塗のお盆を丸テーブルにおくと「坊ちゃん!」と声をかけた。にやけた顔を見たお菊さんはコロンダ君の心を読んでいた。

 

 「ダメですよ、坊ちゃん。小説のことばかり考えていては。考えるんだったら、麻薬マフィアを叩きのめす、いい方法でも考えてくださいな」お菊さんは坊ちゃんの横顔をじっと見つめた。振り向いたコロンダ君はスッと立ち上がり、テーブルに腰かけると眼を丸くして話し始めた。「お菊さん、今度の話はチョーおもしろいよ。小説になること間違いなしだよ」コロンダ君は話し終わるとお茶をすすった。

 お菊さんはいつものように奇妙な話を聞かされると思い少し興奮した。心ではコロンダ君の話を楽しみにしていた。身を乗り出したお菊さんはコロンダ君のドヤ顔を見つめた。「今度はどんな話です。早く話してくださいよ。創価学会の殺人事件ですか?それとも、総理大臣の不倫騒動ですか?」お菊さんは眼を輝かせてコロンダ君をせかした。一呼吸置いたコロンダ君は腕を組んで話しはじめた。

 

 「殺人事件だけどね、これが奇妙なんだよ。福岡市中洲で起きた殺人事件だけど、ひとつは暴力団員の射殺で、もうひとつはホームレス少女の扼殺なんだよ。まず、暴力団員の射殺だけど、特に理解できない点が二つあるんだ。一つは、弾丸は胸を貫通しているのにジャケットに弾痕が無いこと、もうひとつは、すべての指に黒い垢があったこと、なんだ」コロンダ君はまず暴力団員の射殺の疑問点を話した。

 

眼を輝かせて聞いていたお菊さんは目じりを下げて興奮が冷めた表情をした。「詰まんない話ですね、何が不思議ですか?ピストルで撃った後にジャケットを着せたんでしょ、黒い垢は無精者だったんでしょうよ」期待していたほどの話ではないことにがっかりした。「いや、不思議じゃないか。いったい、何のために、ジャケットに着せ替えたんだろう?そのジャケットの内ポケットには運転免許証が入った財布が入っていたんだ。いくら無精でも、すべての爪に黒い垢が溜まるだろうか?」コロンダ君はそのことをここ数日考えていた。

春日信彦
作家:春日信彦
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