再婚

キョトンとした表情のアンナは質問した。「だから、いったい、アンナに何をしろって言うのよ。もっと、分かりやすく話してよ。アンナは物分りが悪いんだから」アンナは頬を膨らませた。さやかはドヤ顔になるとあたりを見渡してさらに小さな声で話しはじめた。   「閣僚はじめ多くの代議士が出入りしているゴールドパールって言うクラブが赤坂にあるの。この新党首もこの店の常連客なのよ。もう分かったでしょ。アンナがゴールドパールのホステスになるってこと。後は、アンナの色気で新党首をホテルに誘って、スーパー勃起薬を飲ませるの。間違いなく、天国に行ってくれるわ」

 

 アンナは顔を真っ赤にすると「それって、殺人じゃない。いやよ、あの時は拉致だったからさやかのためにやったけど、殺人はいやよ」アンナは大きく顔を何度も横に振った。「アンナ、それは誤解よ!精力剤を自ら飲んでもらうんだから、殺人じゃないのよ。精力剤を飲んだら、たまたま脳溢血で倒れたというだけのことなのよ。倒れても、死ぬとは限らないの。政治生命は終わるかもしれないけど。まったく、不慮の事故に過ぎないのよ。安心して、アンナ」さやかは冷静な顔でアンナを説き伏せようとした。

 

 アンナはあきれた顔をすると「飲むか、飲まないかは本人の意思だけど、これは未必の故意って言うのに当たるんじゃないの。新党首は高血圧なんでしょ、やっぱし、できないわ」アンナは眼を吊り上げてさやかを睨みつけた。「アンナ、この仕事はアンナにしかできないのよ。一流のホステスにさやかがなれると思う?もし、この新党首が総理になったら日本人はCIAの奴隷になってしまうの。そして、わけの分からないウイルスを日本中に撒き散らして、一人でも陽性反応が出ると家族全員が強制収容所にぶち込まれるの。それでもいいの」さやかは悲しそうな目でアンナに訴えた。

 

 「分かったわよ、とにかく、精力剤を勧めるだけだからね!無理には勧めないからね!飲む、飲まないは本人の意思だからアンナには何の関係も無いってことね。そういうことよね!」アンナはさやかの同意を求めた。さやかはニッコリすると「もちよ!アンナは何の罪も無いわ。本人が勝手に飲むだけだから。アンナは何にも知らない顔をしていればいいのよ」さやかは強い口調で言いくるめた。

 

 アンナが承諾した表情を見せると「アンナにはお願いばかりしてごめんね。今度は感謝を込めてのプレゼントがあるの。アンナが最もほしがっているものをあげられると思うの」さやかはあいまいなプレゼントの話をした。アンナは最もほしがっているものと聞いて頬が緩んだが、さやかが言っていることがピンと来なかった。「さやか、もっと分かりやすく言ってよ。何をくれるのよ」アンナはじれったくなってさやかの肩をゆすった。

 

 「まあ、話を聞いてよ。三日前に拓也から電話があったと言ったでしょ。拓也は亜紀の子育てでノイローゼ気味になっているの。すでに限界に来ているみたいね。拓也は、名案は無いかと言ってきたの。そこで名案があると、即座に答えてあげたのよ」アンナは拓也がノイローゼになったと聞いて顔色が青くなった。「拓也はそんなに落ち込んでいるの。まさか、自殺しないでしょうね」拓也は意外と気が小さいことを知っていた。

「自殺はしないと思うけど、亜紀を育てる自身がないと嘆いているのよ。再婚したくてもできなくなったし、さやかにも責任があるんじゃないかと怒っているのよ。拓也はパニックって錯乱しているみたいね。当然といえば当然なんだけど。拓也には気の毒だったけど、これはさやかの策略だったの。例の彼女と別れさせるための!」さやかはドヤ顔でアンナを見つめた。

 

 「え!例の彼女と・・・、亜紀がいたんでは結婚する気がしないわね。さやかもかなり性悪女ね!再婚できなくなったって、彼女との再婚のことね」アンナは大きく頷いた。「でも、拓也にとって決して悪いことじゃないのよ。いつまでも昔の彼女に未練を持っても、拓也はバカを見ることになるのよ。きっと、例の彼女は結婚する気は毛頭無かったと思うの。だから、亜紀を養子にしたことをきっかけに結婚を断ったのよ。思うに、彼女も悪女よ。さやかは拓也を救ってあげたのよ。アンナ、分かるでしょ」さやかは弁解がましかったが、アンナには分かってほしかった。

 

 「そういわれれば、拓也は不毛の片思いをしていたわけよね。そこで、さやかが拓也の眼を醒ましてあげたということね。納得!だけど、いったい、アンナはどんなプレゼントをもらえるの?」アンナはさやかの顔をまじまじと見つめた。「もう分かったでしょ、拓也は例の彼女と再婚できなくなったのよ。だったら、後は誰と再婚するか?決まっているじゃない」さやかはアンナの顔を指差した。

 アンナは自分の人差し指で自分の顔を指差すと「え!アンナ!アンナが拓也と結婚するの!本当にできるのね、本当に、さやか」アンナはジャンプするように立ち上がった。「きっとできるわ。拓也は絶対再婚したいのよ。一人で亜紀を育てることに、もはや耐えられないのよ。今がチャンス!今夜、決行するわよ」さやかはアンナのお尻をパチンと叩いた。天にも昇る思いのアンナはゆっくり腰かけると、さやかを抱きしめた。「やっと、夢がかなうのね、拓也のお嫁さんになれるのね、亜紀のお母さんになるのね」アンナは青空を眺めながら両手を組んで神に祈った。

 

 「アンナ、何、浮かれているのよ、これからが本番じゃない。今夜のために今から作戦を練るのよ。2月22日、今日は拓也の誕生日なのよ。夕食は亜紀が大好物のPIZZA COOCのピザにしよう。アンナは思いっきり亜紀のお母さんになりきって亜紀と拓也の世話をやくの。亜紀はアンナのことを気に入っているし、きっと亜紀も喜ぶわ。話題はAKB、SKE、みんな誰押しか言い合うの。アンナは麻里子様、さやかは優子、亜紀はくーみん、だったわね。拓也は誰押しだろうね?とにかく、今夜はわいわい騒ぐのよ」さやかは今度こそ拓也を攻略できると自信に満ちていた。

 

 次に最も重要な段取りを話しはじめた。「アンナ、今夜が勝負よ。アンナ、亜紀、さやかは川の字になって一階で寝るの。拓也は二階ね。亜紀がぐっすり眠りについたら、アンナはそっと抜け出して二階に上がるの。そして、拓也の布団の中にもぐりこみ、耳元でささやくの。亜紀のお母さんになりたい!これが決め台詞よ。今度はきっと気持ちが動くわ。拓也は藁をもつかむ思いなのよ、亜紀のために再婚したいのよ。分かった!」さやかは演技の指導をした。

春日信彦
作家:春日信彦
再婚
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