再婚

子育て

 

 糸島市の自然環境は拓也に新鮮な心をもたらしたが、亜紀の子育ては苛酷な試練を与えていた。早く起きての食事の支度は特に過酷であった。自炊したことが無い拓也は料理の材料を宅配会社の旬工房に依頼した。セットされた材料を調理すれば出来上がりなのだが、拓也にとっては簡単な、煮たり焼いたりの調理もひと苦労であった。亜紀に好きな料理メニューを選ばせて一週間の献立を作るのだが、一ヶ月でギブアップしてしまった。

 

 とうとう疲労困憊した拓也は二ヶ月目から、朝食はパン、コーンフレーク、牛乳、ヨーグルト、ヤクルトを亜紀のために食卓にそろえた。ブルーベリースフレ、キャラメルメロンパン、粒あんデニッシュ、シュガーチーズパイ、甘いクロワッサン、コアラパン、チーズタルト、ロールハム野菜サンドなどは大好物であった。

 

夕食は調理済みのおかずセットを注文するようになった。亜紀の好きなおかずは、カボチャコロッケ、ポテトサラダ、マーボー春雨、すき昆布と豚肉煮、キンピラゴボウ、酢豚などであった。ご飯だけは、かろうじて自動炊飯器で三合炊いた。亜紀は新米のご飯が好きで「福岡県産元気つくし」が特に気にいたようで、笑顔でパクパクよく食べた。

亜紀がほしがる牛乳、ヤクルト、ヨーグルト、林檎ジュース、抹茶ロールケーキ、シュークリーム、焼ドーナツ、マンゴープリン、メロン、桃、バナナ、パイナップルなど、当初は休みの日にイオン伊都店で亜紀と一緒に買い物していたが、これらの品々も旬工房に依頼するようになってしまった。亜紀の大好物はPIZZA COOCのピザの「北海道じゃが&バターコーン」とお好み焼きの「ごちそう焼」。亜紀がなんとなくブルーになったときはPIZZA COOCに電話すると、とたんに元気になった。

 

さやかのアドバイスで、衣服はネットで購入した。ベルメゾンとセシールは分かりやすく、亜紀が自ら検索して衣服、小物、玩具、家具など選び、拓也がクレジット払いで注文した。亜紀はハローキティー、シュガーバニーズ、ディズニー、ワンピース、ポケモンなどのキャラクターが好きで、リビングに華やかなキャラクターグッズが色とりどりと並べられた。特に、プーさん、ミッキー、ミニーなどのぬいぐるみが好きで、ソファーに並べて遊んだ。

 

 亜紀が幼稚園に通えるかどうか不安だったが、心配をよそに前原中央にある桂女学園大学付属糸島幼稚園に通うことができた。この幼稚園に入園すると大学まで進学できる。しかも、大学までの授業料を2割引で前納することができる。この幼稚園を拓也が選んだ理由は、彼の身に万が一のことがあった場合でも亜紀に大学を卒業させたかったからだ。拓也は毎朝、5時半には起床した。二人分の朝食を準備し、7時には亜紀を起こし朝食をとらせた。幼稚園バスは自宅近くの幹線道路に8時10分に到着した。

 

 幼稚園の年間行事には可能な限り出席した。4月の春の遠足、5月の保護者参観、6月のじゃがいも掘り、7月の七夕まつり、10月の運動会、12月の発表会、2月の演奏会、3月のお別れパーティーなど亜紀が淋しがらないように必死になって出席した。今年4月から小学校に入学するが、小学校は小中一貫校となっており大濠公園駅から徒歩で10分ほどのところにある。また、高校と大学が一貫校となっている。

 

 4月からの小学校通学で悩みが起きた。と言うのも、登校時は亜紀を前原駅まで車で送ればいいのだが、帰りが問題となった。前原駅から徒歩で曽根の自宅まで帰れないからだ。ところが、幸運なことに、さやかとアンナは大濠公園駅近くのスカイビュー大濠というマンションに居を構えていた。そこで、下校時は、亜紀はいったんさやかのマンションに帰り、仕事がひけると拓也がさやかたちのマンションに亜紀を迎えに行くという段取りを二人にお願いした。二人は笑顔で快く承諾した。

 

 拓也の帰宅は早くて4時、遅くて7時ぐらいになる。3時半ごろ帰宅する亜紀は拓也が帰宅するまで一人で留守番をする。いつも、絵本を読んだり、ぬいぐるみとお話したり、電子ピアノでお得意の「ねこふんじゃった」を弾いたり、テレビの録画を見ている。亜紀は一人で居ることに耐えるだけの精神力を持っていた。保護されるまで過酷な状況に耐えて生活をしていたからに違いない。拓也は帰宅するとすぐに夕食の準備をした。テーブルには旬工房に宅配してもらったおかずを並べた。食事が終わると、お風呂に二人で入り亜紀の身体を洗ってやった。就寝は9時と決めていた。亜紀が寝床に入るとご褒美に20分ほど絵本を読んであげた。

 育児放棄をされた亜紀であったが、2歳のころまでは母親がよく絵本を読んであげていたらしい。亜紀はそのことをよく憶えていていた。糸島市には「パピルス号」と言う移動図書館がある。亜紀はこのパピルス号がお気に入りで、いつも一度に絵本を10冊以上借りた。休みの日には必ず読んであげた。いないないばあ、じゃあじゃあびりびり、はらぺこあおむし、うさこちゃんとうみ、たべたのだあれ、でんしゃ、ぐりとぐら、わたしのワンピース、どろんこハリー、はじめてのおつかい、からすのパンやさん、キャベツくん、わたしとあそんで、じごくのそうべえ、おへそのあな、とにかく亜紀のために声がかれても頑張って読んであげた。

 

 休みの日には二人でドライブに出かけた。亜紀は車が好きで車に乗っているだけで笑顔が出た。拓也も糸島周辺の観光地に興味があり、とにかく手当たり次第カーナビを頼りに走りまくった。糸島市の白糸の滝、千寿院の滝、芥屋の大門、二見が浦、加也山、笹山公園、姫島、幣の浜、姉子の浜、唐津市の七つ釜、呼子、鏡山、唐津城、佐賀市のどんぐり村、有田陶器市、有田ポーセリングパーク、福岡市のもーもーランド、大濠公園、西公園、舞鶴公園、黒田城、ヤフードーム、亜紀の好奇心に操られて時間が許す限り足を運んだ。

 

 拓也にとってもっとも苦手なことは亜紀との会話であった。5,6歳の女の子といったいどんな話をすればいいか、まったく検討もつかなかった。とりあえず、亜紀の話を頷きながら無心に聞いてあげた。幼稚園の先生の話、友達と遊んだ話、習い事の話、絵本の話、歌手の話、服装の話、ぬいぐるみの話、亜紀の口から出る言葉を一言も逃さないように聞き耳を立てた。二人で暮らし始めて、一ヶ月ぐらいまでは拓也に遠慮がちであったが、次第に打ち解けてきたのか、口数が多くなってきた。拓也はほんの少しほっとした。

春日信彦
作家:春日信彦
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