夢見草と一夜酒

 つぶやいてみる。
「そうよ。美咲ちゃん」
 桜の下に女の人がいる。
「桜は夢見草とも言うのよ。夢で見るには丁度いいでしょ」
「前に相談した人だ。翔太君が引っ越してきたとき」
「3年ぶりね。どう? お隣の翔太君とは仲良く慣れた?」
「うん。やっぱり人見知りだったみたい。毎日少しずつ話したら仲良くなれた」
「そう。良かったわね」
 そう言って女の人は盃からお酒を飲んだ。
「はい。おば……いえ、お姉さんが相談に乗ってくれたからです」
「今、おばさんって言おうとしなかった?」
「い、言ってないです……」
 私はあわてて目をそらした。
「怖い顔すんなよ。気を使わせてるじゃねえか。呼び方が分からないんだからしょうがないだろ」
 そう言ったのは猫。
「呼び方? ……そうね、言ってなかったわね。私はケヤ。そっちは……」
「猫又のタラボーだ。よろしくな」
「吉野美咲です。よろしく」
「今日も何か悩みがあるのね?」
 ケヤさんには私の気持ちが分かるみたい。
「はい。実は……」
 言いかけたところをタラボーが止める。
「ちょっと待ちな。まずは一杯いけよ」
「あ、そうね。はい、これ」
 ケヤさんが湯飲みを差し出す。
「だめ。前は知らずに飲んじゃったけど、お酒は子供は飲んじゃいけないって」
「大丈夫よ。これは一夜酒。大人が飲むお酒とは違うのよ」
「そうだぞ。それにどうせ夢なんだから気にすんなよ」
 タラボーが瓢箪から湯飲みに一夜酒を注ぐ。
 私は湯飲みを受け取ってケヤさんの横に座った。
 一夜酒を一口飲む。
 甘さが体に染み渡って、気持ちが落ち着く。
「で、どんな悩み?」
 ケヤさんが話をうながす。
「今年から小学校に行ってるんだけど、翔太君が一緒に帰ってくれないの」

「他の友達と帰るの?」
「違うの。帰る方向が同じなのは私だけだし、待ってても黙って帰っちゃう」
「普段もそんな感じ?」
「学校ではあんまり話しない。でも家の近くで会うと翔太君の方から話し掛けてくる」
 ケヤさんは思い当たったように、深くうなづいた。
「女の子と仲良いのを見られるのが恥ずかしい時期なのね」
「そうなのかな。しつこくして嫌われるのも嫌だし、どうすればいいか分からないの」
「一人で帰るのは危ないのよ。事件や事故に巻き込まれやすいから」
 ケヤさんはなぜか楽しそうに言う、
「うん。家が遠くの人は大勢で帰るように言われてる。でも私の家は学校に近いし、通学路は商店街だから、

何かあってもすぐに人が呼べるし……」
「いいのよ。本当は危なくなくても。近所だと向こうから話し掛けてくるってことは、嫌われているわけじゃ

ないってことよ。だったら、言い訳があればいいの」
「言い訳?」
「そう。一緒に帰る言い訳。一人で帰るの怖いからって言えばいいの」
「それでいいの?」
「ええ。友達に言い訳できるでしょ? 美咲が怖がるから一緒に帰ってるんだって」
「なんか、私が臆病みたい」

「じゃあ、一人で帰る?」
「……ううん。臆病と思われてもいい」
 一緒に帰れるなら、周りの声は気にしない。
「まあ、男にはメンツってモンもあるからな。格好つけさせることも大事だ」
 タラボーがヒゲを撫でながら言った。

 

  ――第二章――

 

 桜の木の下に女の人が座っている。
 手には盃。近くに瓢箪を持った猫がいる。
 またこの夢だ。
 保育園の頃から何度か見ている夢。
「こんにちは。美咲ちゃん」
「よう、美咲。久しぶり」
「こんにちは、ケヤさん。久しぶりね、タラボー」
 最初は戸惑ったけれど、もう慣れた。
 桜の下で一夜酒を飲む。
「ここって本当に夢の中なの?」

戸間
作家:戸間
夢見草と一夜酒
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