「じゃあ、一人で帰る?」
「……ううん。臆病と思われてもいい」
一緒に帰れるなら、周りの声は気にしない。
「まあ、男にはメンツってモンもあるからな。格好つけさせることも大事だ」
タラボーがヒゲを撫でながら言った。
――第二章――
桜の木の下に女の人が座っている。
手には盃。近くに瓢箪を持った猫がいる。
またこの夢だ。
保育園の頃から何度か見ている夢。
「こんにちは。美咲ちゃん」
「よう、美咲。久しぶり」
「こんにちは、ケヤさん。久しぶりね、タラボー」
最初は戸惑ったけれど、もう慣れた。
桜の下で一夜酒を飲む。
「ここって本当に夢の中なの?」
「そうよ。朝になると布団の中で目が覚めるでしょう?」
「そうだけど、何だか変なのよね」
「そう?」
「これ、一夜酒って甘酒の事でしょう?」
「ええ」
「桜は夢見草とも言うんでしょう?」
「ええ」
「私、そんなこと知らなかったの。何で知らないことが夢に出てくるの?」
「そういう夢もあるのよ」
「ケヤさんも不思議な人。ウサ耳付いてるし、しゃべる猫連れてるし」
「夢なんだから、何でもありよ」
「おいら猫又だぜ。しゃべるのは当たり前だ。満開の桜と酒があれば、他に気にすることなんてねえよ」
「そうね。たまにここに来ると、落ち着くわ」
私は湯飲みに視線を落として息を吐いた。
「翔太くんと喧嘩でもしたの?」
ケヤさんがさりげなく気遣ってくれる。
「そうじゃないの。翔太君が私立の中学校に推薦で入学するって。有名な進学校だから良い話なんだけど……
」
「翔太君と別々の中学に行くことになるのね」
「はい」
「家はお隣なんだから、時間を作って会えばいいでしょ?」
「私は会いたいんだけど……。私たち、付き合ってるわけじゃないから」
「そうなの? まあ、小学生ならそうかもね」
「付き合えば良いじゃねえか。中学に上がるんだろ。良い機会だ。告っちまえよ」
タラボーが口を挟んだ。
「翔太君は推薦で進学校へ行ったの。高校、大学と進めば、もっと差は開く。私となんか釣り合わないわ。き
っと、私になんか見向きもしなくなる」
「女は変わりながら大人になるけど、男はいつまでも変わらないわ。大人になっても、根っこは子供のまま」
「たしかに翔太君も子供っぽいところあるけど……」
「例えば、ある男女が互いを好きになり、付き合ったとしましょう。でも一年後、仲が悪くなって別れた。未
練たらしいのは男の方。女はすぐに割り切ってしまう」
「女性は薄情って言いたいの?」
「女の方が自分と思える期間が短いの。彼を好きになったのは一年前の私。今の私じゃない。そう思うわけ。
で、男の場合は……」
「彼女を好きになったのは一年前の俺だ。今の俺と同じ俺だ、と思うってことだ」
タラボーが芝居っけたっぷりに言った。
「女の体は一月の周期で色んな状態になる。それに合わせて気持ちも変化するわ。いつまでも同じ気持ちでは
いられないの。でも、だからこそ変化に強いの。違う環境にもすぐに慣れる。その点、男は不器用よ。変わろ
うと思ってもなかなか変われない」
「進学校へ行っても変わらないのかな、翔太君」
「変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。どちらにしても今、美咲ちゃんを不安にさせているのは
翔太君じゃない。美咲ちゃん自身の変わり方よ」
「私?」
「そう。自分だったら変わってしまう。そう思うから不安になる。付き合うか付き合わないかは二人で決める
こと。自分に置き換えた予想で相手を量るべきじゃないわ」
確かに、自分ひとりで悩んでいても正しい答は出ない。
気持ちを伝えよう。
私はそう決めた。
――第三章――
桜の下で一夜酒。