気がつくと、放課後になっていた。
ぼくは逃げこむように図書室に向かっていた。司書の先生の姿も見えない。珍しく、誰もいないようだった。
静けさに満たされた図書室で、何をしたらいいかわからないまま、かばんから、あの白い封筒を取り出す。よく見ると、封筒の封は一度剥がされていたようだった。誰かが中を見たのだろうか。
もし、中に入っているポストカードが、誰かにイタズラされていたら……そう考えると、いてもたってもいられなくなった。ぼくは急いで封筒の封を開け、ポストカードを取り出した。
表に印刷されたカモミールは、あいかわらず白と黄色の対比が鮮やかだった。ずっと封筒に閉まったままだったからか、本屋で見かけたときと同じくらいきれいなままだ。
今度は、ひっくり返して裏を見る。そこには、丸っこいけどどこかしっかりした文字で、「ありがとう」とだけ書かれていた。
これがどういう意味なのか、ぼくにはわからない。
ぼくが、櫻木さんにしてあげたことといえば、9月のあの日に、園芸委員になったと教えてあげたことくらいだ。それくらいだった。
むしろこれは、ぼくが櫻木さんに言わなきゃいけない言葉のような気がした。お茶をもらったときに反射的に言った「ありがとう」以外にも、いっぱい言いたいことが、ぼくにはあったのに。
「……」
ポストカードを見つめたまま、唇を開く。だけどやっぱり、ぼくの頭にぐるぐると渦巻くものは、言葉になって喉から出てくることはなかった。
図書室の窓から見下ろす学級菜園には、あちこちに、それぞれのクラスの園芸委員たちが散らばっていた。文句を言いながら、でもにぎやかに「強制労働」に取り組んでいた。
だけどそこに、週に一度の朝、いつもぼくが見ていた櫻木さんの姿は、ない。