少女ふたり

翌日、俺は仁科と一緒に登校した。転校先に知り合ったばかりとは言え友達がいるのは心強い。俺は始業前に職員室に行き、担任に連れられてクラスメイトとなった30人と引き合わされたが、その中に仁科の顔を見てほっとした。
仁科は面倒見が良いらしく、昼休みには案内も兼ねて校内の食堂に連れて行ってくれた。寮の食堂と同じく食券を買う仕組みだ。その列に並びながら仁科に聞く。
「いつもは一人で食べてるのか?」
「いや?普段は購買で買って教室で皆と食ってるよ」
「じゃあ明日からはそっちに混ぜて貰おうかな」
「おう」
快く了承してくれる。いい奴だ。
食券を買ってトレーを持ち、注文した品物を待っていると後ろからつんつんとつつかれた。
「よう」
「灯、奇遇だな。寮長も」
振り返ると片手を上げた灯と寮長がいた。寮長はにっこり笑って会釈してくれる。学年が違うのに一緒にご飯を食べるとは、二人は本当に仲がいいらしい。
灯が片手を口に添えて近づいて来たので、身を屈めて耳を近づける。
「昨日は世話になったな」
ひそひそ、と灯が喋る。
「もうやるなよ」
「うーん、約束はできない」
「何、随分仲いいね」
割り込んで来たのは仁科だ。
「友達?」
「そう、同じクラスの……」
「仁科でっす。灯ちゃん、寮長、よろしくね」
紹介するまでもなく仁科が自分で名乗ってしまう。その顔には下心アリとでかでかと書かれている。彼女持ちなのにいいのか、と思うが口には出さない。
「なぁなぁ、一緒に食べようぜ」
灯の提案に仁科が飛び付いた。
「いいね、いいね」
「ご迷惑ではないですか?」
控え目な寮長に仁科が大仰に首を振る。
「全っ然!な!?」
「ああ」
俺が頷いたのを見て寮長は、ならご一緒します、と微笑んだ。
4人で食べているとなかなか賑やかだった。寮長はあまり喋らないが、軽い仁科と元気な灯が話題を途切れさせない。
調子に乗った仁科が言った。
「なぁ、良かったらこれからも一緒にご飯食べない?」
さっきの約束はどうした、と突っ込みたいが同じ男として気持ちは分かるので口には出さない。
「いーぜー。明日から食堂の入り口で待ち合わせな!」
気の早いことを言う灯の隣で寮長も笑っている。
どうやら毎日、昼食を一緒に食べることになりそうだ。
転校初日の放課後。
俺は校舎の中で迷っていた。
体育館に部活見学に行きたかっただけなのだが、体育館だと思った建物が室内プールで、そこから引き返している途中で迷ったようだ。
一体いくつあるんだと思う中庭を抜けていると、人の声がした。
「どうしてもダメ?」
「申し訳ありません」
「何がいけないわけ?」
「お話したこともありませんし……」
聞き覚えのある声だが、どうやらあまり人に聞かれたくなさそうな内容だ。急いで通り過ぎてしまおうとしたその時。
「そんなこと言うなって。仲良くやろうよ」
「やっ……止めて下さい!」
どう考えても嫌がっている声に、慌てて方角転換した。
校舎の角を曲がるとそこには、もみあう寮長と見知らぬ男がいた。
「何してるんだ!!」
「なっ!何だよお前!」
寮長の腕を掴んだまま男が怯む。運のいいことに俺の方が体格がいい。卑怯だがいざとなれば力にモノを言わせられるだろう。
「嫌がっているだろう、離すんだ」
寮長を背中にかばうようにして無理矢理割り込む。
「お前誰だよ!」
「寮長の友人だ。手を離せ」
男の腕を掴んでぐいとひねる。男は顔をしかめて手を離した。
「くっそ……お前みたいな堅っ苦しい女、一生誰とも付き合えないぞ!!」
見苦しく捨て台詞を残し、男は引き上げて言った。振り向くと寮長がうつむいて体を固くしている。
「寮長、もう大丈夫だ」
「は、はい……ありがとうございます」
力まかせに捕まれたのだろう、赤い手形がついた腕で、自分を守るように肩を抱いている。
「さっきのは知り合い?」
「いえ、今朝下駄箱にお手紙が入っていて、ここを指定されました」
冷静さを取り戻して来たらしく、声は小さいがはきはきと答える。体からも余分な力が抜けて来たようだ。
「手紙を無視しろとは言わないが、こんな人気がない所に一人で来るのは止めた方がいい」
差し出がましいかと思いながらの忠告に、寮長はこれからは気をつけます、と言って弱々しくだが笑った。
その後、ぽつぽつと話しながら寮長を人気の多い所まで送り届けた。仁科や灯がいる時のような盛り上がりはなかったが、落ち着いて話せるいい友人になれそうだ。
翌日も昼休みを一緒に過ごした。ラーメンをすすりながら仁科が笑って言う。
「こいつ、英語や世界史は結構できるのに数学ボロボロなんだよ。変な奴だよなー?」
余計なお世話だ。
「私も数学は苦手だなー。てか私の場合英語も世界史も苦手だけど」
灯が明るく笑いながら言う。
「もしかして前の学校と進度が違いますか?」
テーブル越しに俺の顔を覗き込むようにして寮長が問う。
「実はそうなんだ。恥ずかしいことに今やっている所はさっぱり理解できない」
今更隠しても仕方ないので正直に打ち明ける。
「あの、数学ならお力になれると思います。良ければお教えしましょうか?」
「えッ俺も寮長になら教えて貰いたい!」
はいはい、と仁科が手を挙げる。
「嬉しいけど、寮長の仕事とか忙しいんじゃないのか?」
仁科は無視して寮長に言うといいえ、と首を振る。
「門限以降なら大抵空いています。寮の食堂でどうですか?」
「助かる」
ありがとな、と俺が頭を下げると寮長はふふっと照れたように笑った。

その日の夜、早速教えて貰いに行った。何故か灯も一緒に勉強することにしたらしく、宿題を抱えて来ている。やる気満々だった仁科は彼女に引っ張られて裏庭に行ってしまった。
「よろしくお願いします」
「はい、頑張って追い付きましょう」
「固い!固いよ二人とも!」
灯がびしっと寮長と俺を交互に指差す。
「うるさいな、人を指差すな」
「だって二人とも真面目なんだもん。もっと和やかにいこうよ~」
「勉強は真面目にするのが普通だろ。灯も真剣にやれよ」
「うーわ、真剣に勉強とか凄い苦手」
げんなりという顔をしながらも灯がのろのろノートを開く。俺も教科書を開いた。
「寮長、さっそくなんだけどここからができないんだ」
「え?あ、はい、分かりました」
珍しくぼうっとしていた寮長が我に返って教科書を覗き込んだ。

時々灯に混ぜっ返されながらも2時間程勉強し、解散した。寮長の教え方は分かりやすく、なかなかはかどった。
風呂に入る前に明日の用意をしようとして、荷物に見慣れないノートが混ざっているのに気がついた。開いてみると丁寧な文字が並んでいる。参考にと寮長が見せてくれたノートを持ってきてしまったようだ。
寮 長は女子の区域に戻ったはずなので、直接渡しに行くことはできない。寮監さんに頼んで寮内放送で呼び出すことも考えたが、入寮日に寮長の電話番号を書いた プリントを貰ったことを思い出した。早速かけるとすぐに寮長が出た。名乗るとやっぱりかかってきた、と嬉しそうな声が返ってくる。
「何で分かったんだ?」
「ノートが1冊無くなっていたので」
ふふ、と含むように笑って言う。
「今から渡しに行っていいか?」
「はい、では玄関ロビーでいかがでしょう」
「分かった」
手短に電話を済ませ、ノートを手にロビーへ向かった。俺が着いてすぐに寮長もやって来た。
「悪かったな、ノート持ってきてしまって」
ロビーで立ったままノートを渡すと、寮長は受け取りながら上目遣いに俺を見て、いいえ、と首を振った。
「わざとなんです」
「わざと?」
「二人きりでお目にかかりたくて、わざとノートを紛れ込ませました」
え、と呆気に取られた俺の腕に、寮長はそっと手を添えて言った。
「せっかくですから、裏庭にご一緒しませんか」
俺はまだ状況を上手く咀嚼しきれないながらも寮長に連れられて裏庭に出た。寮長に導かれるままに空いているベンチに座らされる。周りは植え込みに囲われていて、歩いて来た道がわずかに隙間を作っている状態だ。
「寮長、こんなところで何をするんだ?」
いたたまれずに隣に座る寮長を見ると、予想外に強い視線が返ってきた。
「渚、です」
「は?」
「私の名前は寮長ではありません」
「でもみんな寮長って呼んでるじゃ……」
「灯ちゃんのことは呼び捨てにするのに私のことは寮長としか呼べないんですか?」
俺の言葉を遮って、一息に寮長は言った。
「じ、じゃあ……渚、って呼ぶよ」
気圧されながらも俺が頷くと、寮長……じゃない、渚はにっこりといつもの笑みを浮かべた。
「はい、お願いします」
何を考えているのかは分からないけれど、取りあえずは機嫌を直してくれたようだ。
その後、他愛ない話をして、俺たちは別れた。
高谷実里
作家:高谷実里
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