世界の終りのそのあとで。

樫原の秘密( 4 / 8 )

 あの夢から一夜明けて、目覚めた時にはなぜかちゃんと自宅のベットの上にいた。

 ここまでどうやって帰ってきたのか、記憶がぷつりと切れていて何も思い出せない。

 しかし、そんなことよりも瀬戸は別の事が気がかりだった。

 「あの夢に出てきた男の人は・・・」

 一つの推測。それを確かめなければならない。

 

 その日の放課後、瀬戸は再び旧校舎の科学室前にいた。

 『昨日のこと知りたいなら、放課後またあそこにおいで』

 昼休みに屋上に行くと扉にそう書かれたメモが張り付けてあった。相手はもちろん樫原からだ。

 

 俺ら以外使用しないからって不用心だな、と思いながらもそのメモの通り科学室に向かうことはすでに決まっていた。

 

 「樫原」

 「・・・ああ、来たんだね」

 午後七時。日はもうほとんど沈み、窓からわずかに光が差し込むだけの科学室に樫原はいた。

 その中で異様なしかし幻想的ともいえる光を放つ不思議な機械に樫原に搭乗して何か作業をしていたが、瀬戸に気がつくとその手を止めた。

 こっちに来ていいよと、樫原が声をかける。

 「今日は触ってもいいのか?」

 また触るな、と言われるかもしれないと思っていたので少しためらってしまう。

 そんな瀬戸の語気で気づいたのか樫原はくす、と困ったように笑って手招きする。

 「昨日は、まさか君だとは思わなかったんだよ。悪かった」

 樫原の柔らかい声に肩の力が抜けた。よかった、と安堵する。

 「これはいったいなんなんだ?」

 そ、とボディに指先が触れる。無機質で冷たいはずなのに蒼に淡く放つ光は温かく感じた。

 「そうだね、簡単に言うと情報集積とその解析を行う機械といえばいいかな」

 「・・・なんかよくわかんねーな」

 瀬戸は思わず眉根を寄せる。そもそもなんの情報を集めているのだろう。

 「実際に体験したほうがわかるかもね。瀬戸、こっち」

 何、という前に無理やり腕をひっぱられ気づくと瀬戸は樫原と同じ座席の上、つまり樫原の膝の上に座っていた。

 なんで、膝の上なんだよ・・・。と後ろを振り返る。樫原は何食わぬ顔でしょうがないよ、これ一人用だから。と言ってのけた。

 「簡単に言うとこれはね、この機械の操者の力を動力として動いているんだ。そしてこれはさまざまな場所、時間を超えて情報を集めている」

 瀬戸も観念したのか、会話に意識を向けていた。

 「・・・タイムマシン、のようなものか?」

 「そんな感じ」

 この機械の操者は樫原だ。操者の力を動力にっていったい何の力なのか。それにこの機械自体現代の技術では造れないはずだ。そんな某ネコ型ロボットのような世界の機械が現代にあったらニュースどころの騒ぎでおさまらないだろう。

 「お前、何者だよ・・・」

 もうなにがなんだか、というような感じだ。初めて会った時から不思議な奴だとは思ってはいたけれど。

 「宇宙人ではないよ、一応人間だ。しいていうなら未来人、かな」

 瀬戸には宇宙人も未来人も同じように思えた。樫原のいた世界はどれほど文明が発達していたのだろうか。

 「なんか、すげーな。で、お前が未来人ってのはわかったけどさ、何しにこの時代に来たんだよ」

 樫原は手元の青いパネルに触れて何か操作し始めた。瀬戸の質問には「まぁ、旅行ってやつかな」と簡潔に答える。

 「旅行・・・ね」

 訝しげに樫原を見遣る。背後の彼は瀬戸の視線を気にすることなく操作を続けていた。

 「さぁ、準備ができた。瀬戸、今から見せるのはこの機械で集めてきた情報の一部だよ」

 トクベツね。と言って樫原が笑った。

 

 

樫原の秘密( 5 / 8 )

 プラネタリウムなんてものじゃない。あまりにもリアルな映像。本当に触れてしまいそうなほどの宇宙が部屋全体に広がっていた。

 「すっげぇ・・・」

「これの特徴としてはただの立体映像じゃなくて、情報をそのまま切り取った状態で保存しているから、」

ぴっと音がして今度は宇宙から、一面見たこともないような色とりどりの花畑が現れる。

 「触ってごらん」

樫原に言われるまま、手を伸ばして花に触れようとした。

 「感触がある・・・。」

それだけではない。花が揺れると実際に吹いていたかのように風を感じられる。そして、ほのかに匂いもわかる。

 「僕は、いろいろな時代にとんでその場所の景色を切り取って情報をあつめる旅をしているんだ」

 「お前、本当に未来から来たんだな」

 本当に樫原は未来から来た人間だと、これを目にして確信に変わった。

 それからもたくさんの情報が映像として流れてくる。そのどれもが、新鮮で瀬戸は見入っていた。

 ぱっと、また景色が変わる。

 今度は森の中だった。空には流れ星がいくつも瀬戸の真上を横切っていく。

 「あれ・・・?」

 瀬戸は首をかしげる、どこかでこれを見たことがある。

 風が吹き木々を揺らす。どこまでもリアルに感じる。でも、なんでだろう、怖い。

 そう思っていると、掌に流れ星がふわりと落ちてきた。星は瀬戸の掌で輝き続けている。

 「あ・・・」

 そうだ、思い出した。これはあの夢の始まりだと。

 星が妖しく、誘うように光る。

 この星に触れてしまえば、またあの場所についてしまう。

 瀬戸はなぜか、星に触れることが怖くなっていた。あの夢を見ることも。

 「ッ樫原」

  後ろ振り返るがそこに樫原はいない。なぜ、さっきまでたしかにいたのに。

 背筋に嫌な汗が伝うのがわかった。やめろ、と脳がそう信号を送っているのに指先が自分の意志と関係なく動く。

 嫌だ!それに触れたくない、もうあの夢を見たくない―――

 そう思うのに、指先は無情にも星に触れてしまった。

樫原の秘密( 6 / 8 )

 

 激しい閃光で一瞬、視界が真っ白に染まった。

 「-・・・っ」

 ゆっくりと目を開ける。

 瀬戸は、やはりあの場所に立っていた。誰もいない街の中に。

 気味が悪いほど誰もいない、がらんどうの街並み。正面には異常なほど大きい赤い月。

 その先に立つ、一人の男と、その男に近づこうとする―『以前の自分』がいた。

 そう思っても、以前と同じように映像は流れて、瀬戸はただそれを見るしかなかった。

 『なぁ!ここはどこなんだ、あんたは一体―――』

 昨日の俺が、叫んでいる。昨日瀬戸が見た夢はここまでだった。

 ここからが夢の続き。男がゆっくりと振り返る。その男に感情はいっさい読み取れない。どこまでも深くて冷たい眼。

それはあの時屋上で出会ったときに見た眼と同じだった。

 あぁ、と瀬戸は言葉をこぼす。

 本当は、こころの隅で『あの人』だれか、あの日あいつと出会った瞬間からわかりかけていたのかもしれない、と瀬戸は男を見て思った。

 男がたっている場所は、誰もいない、暗闇の世界。それはまるで世界の終りのようだった。

 お前、そんなさみしい世界からきたのかよ、

「・・・樫原」

 擦れて声になっているか分からないほどの声で名前を呼ぶ。その男は、声にも瀬戸にも気づくことはなくただ、その向こうを空虚な眼でみつめるばかり。

 つう、と瀬戸の頬を何かが伝うの感じてそのままゆっくり目を閉じた。

 


 

 「・・・と、瀬戸!」

 目を開けると、樫原が顔を覗き込んで呼びかけていた。

 ・・・戻ってきたのか。

 どうやら樫原の膝の上に乗っかったまま気を失ったらしい。

 「瀬戸、君が突然意識を失ったから、心配したよ。大丈夫か?」

 瀬戸は樫原の眼を見た。あの夢の樫原と同一人物とは思えないくらいだ。今の樫原の眼には感情が見える。

 す、と樫原の頬に手を添える。そして、瀬戸は口を開く。

 「樫原は、あんな暗い所でずっと一人でいたのか・・・?」

 樫原の表情がみるみるうちに険しくなっていく。

 「・・・何かみたのか?」

 けれどその声はずっと優しいものだった。

 「・・・気を失った時夢を見た。」

 瀬戸はその夢の一部始終を話した。誰もいない街に樫原がいたことを。

樫原はただ黙ってそれを聞いていた。

 すべて話し終えて、瀬戸は樫原の反応を待った。

 「そうか・・・」

 これがただの夢なら笑い飛ばせたんだけどね、と樫原が自嘲じみた笑いをこぼす。

 「瀬戸が夢で見たその男は確かに僕だ。そしてその世界―未来から、僕はここに来た」

 

 

 

 

 

樫原の秘密( 7 / 8 )

 そして、今度は樫原が自分のいた未来の世界について話し始めた。

 人間はいつしか神の領域とよばれるその一歩手前まで文明が発展していたこと。

 しかし力を持ちすぎたために、人はみな己しか信じなくなり、いつしかそれは肥大し、世界中で戦争が起こったこと。

 そして樫原は、軍人であったこと。

 「じゃあ、あの場所は」

「・・・あそこはもう何年も前から人がいなかった。人だけじゃない、生き物すらいないんだ」

 これが僕の住んでいる世界だ。と樫原は言った。

 「旅行に来たのは、嘘なんだろ」

「うん。でも調査は本当だ」

  ずっと昔の世界はこんなにも美しいものだったんだと、忘れないために調査しているんだ。

 ・・・それも半分は嘘なんだろうな。

 その柔らかな表情に、樫原が今にでも未来に帰ってしまいそうな気がしてならなかった。

 「お前さ、こっちに来てから変ったよな」

 この何十日間、一緒に過ごしてきて思ったことだった。あの夢の樫原と同一人物とは思えないくらい、今の彼は表情豊かだった。

 「・・・そうだね、でもそうなれたのは瀬戸がいてくれたからだよ」

樫原は瀬戸の両手を握って言った。

 「こっちにきて、本当に楽しかった。自分の元いた世界が霞むくらい」

「止めろよ、お前まるでもうこの世界からいなくなるみたいなこと、」

瀬戸、聞いてと樫原が握る手に力を込めてくる。

 「僕は、明日元いた世界に帰る」

 まっすぐに見つめてくるその眼に迷いはなかった。

 それが無性に腹立たしくて、苦しかった。

 「・・・むかつく」

 なんだよ、と強く言い放ったはずなのに、声は擦れ、視界がぶれてくる。鼻の奥がつん、として痛い。

 けれどここで泣きたくはなかった。

 だから、瀬戸は自分の顔を隠すため、樫原の肩に額をうずめた。

 「・・・また来いよ」

 「うん。必ず」

 それは、果されるかもわからない儚い約束だった。

 

 

渋矢 亜季
作家:草津秋
世界の終りのそのあとで。
0
  • 0円
  • ダウンロード

9 / 18