産婦人科医の悲劇

「坊ちゃんは、夢子みたいな、感情で行動するような今風な女性がお好きなんですか?できれば、着物が似合う古風で家柄のいいお嬢さんを早くお探しいただきたいものですわ。お菊の眼にかなう素敵な彼女はいないんですか?」お菊は話を替えた。「お菊さんは何かというと、彼女の話を持ち出すんだから。僕は女性にはもてないんだよ。当分、結婚は無理だよ。お袋にそう言っといてくれよ」コロンダ君は立ち上がると机の椅子に腰掛けた。

 

 「ところで、夢子の本当の両親は誰でしょうね?」お菊は話を戻しコロンダ君の機嫌をとった。「それは、わからないんだな。横山夫妻のみぞ知る、と言うことだよ。だけど、今となっては・・・もしかしたら、この秘密を永遠に謎とするために自殺したのかもしれないね、お菊さん、どう思う?」眼を輝かせたコロンダ君はテーブルに戻った。

 

 「それは言えますね、養子が関係ないどころか、本当の両親がわかれば、殺意が解明するんじゃないですか?」お菊さんも眼が輝いてきた。「だけど、これだけはどうすることもできないんだよ。私立探偵に頼んでも無理だろうな。19年前に自殺した八神夫人と何か関係があるんだろうか?」コロンダ君は自殺と言う言葉が気にかかっていた。

 

「こういうのはどうです、坊ちゃん、ふとしたきっかけから、元彼と八神夫人は不倫をした。夫人は妊娠しないように細心の注意を払って密会したが、突然の生理不順で妊娠してしまった。婦人はお腹の子を堕胎しようかと思ったが、それができなかった。夫には悪いとは思ったが、そ知らぬ顔して横山産婦人科で出産した。その子が夢子。ところが、八神夫妻は共にB型、生まれてきた子はA型だった。問い詰められた夫人は不倫を自白した。

 

結局、不倫の子である夢子を手放さなくてはならなくなった。このとき、八神夫人は密かに横山先生に相談したところ、子供がいなかった横山夫妻は夢子を養子にほしいと申し出た。夢子を養子にした横山夫妻は夢子を実の子供として出生届を出すために、すぐに福岡に引っ越した。夢子を涙して手放した夫人であったが、自分の罪に気がおかしくなって1年後自殺した」お菊は大きな眼でドヤ顔になった。

 

 「なるほど、いい妄想だね。八神教授は実の母親を自殺に追いやった男と言うことになるから考えられなくもないけれど、自殺の原因を作ったのは不倫をした実の母親だからね。憎しみを抱く相手が違うんじゃないかな。実の母親は離婚してでも、もしできなかったとしても、夢子を連れて家を飛び出し、一人で育てるべきだったんじゃないかな。むしろ、不倫相手の実の父親のほうが無責任じゃないだろうか。殺意を抱くんだったら、不倫相手の実の父親だろう。それこそ、八神教授は逆恨みされた惨めな被害者ということになる

それと、横山夫妻の自殺とはどんな関係があるんだい。夢子が刺傷事件を犯したからといって自殺して責任を取らなければならないのだろうか?そうだ、夢子は自分が不倫の子ということをどうやって知ったんだい。僕は知りえないと思うんだが」コロンダ君は夢子の殺意にはもっと深刻な理由があるような気がした。

 

「そういわれてみると、たとえ偶然、養子とわかっても不倫の子とまではわかりませんよね。しかも、自殺した八神夫人が実の母親だとは」お菊さんは自分の妄想に自信があったが、無理があることに気づいた。コロンダ君には夢子の自白にどうしても納得いかないものがあった。誰でも衝動的に暴力行為に走る可能性はあるが、殺意を抱き、それを行動に移すということは、個人的に、とても根深い憎しみがなければ起こりえないのではないかと思った。

 

 「僕は夢子の自白が嘘のように思えるんだよ。お菊さん、笙ちゃんからもっと具体的な話を聞いて、何か手がかりを掴んでくれないだろうか?女性同士だとガールズトークができて、話が弾むと思うんだが。おいしいものを食べさせると、きっといろんなことを思い出してくれると思うよ。福岡観光の旅費はたんまりあげるから、どうだろう?お菊さん」コロンダ君は最も夢子のことを知っている笙子が何か手がかりを握っているように思えて、お菊さんに情報収集を依頼した。

「まあ、夢子に彼氏がいたかどうかだとか、男では聞きにくい話も聞けますしね。観光旅行とあれば行かなくもないですが、たんまりお小遣いいただけるんでしょうね。久しぶりに笙ちゃんに会えることだし、お願いを聞いてあげますかね」お菊は観光旅行にいけるとあって心では嬉しくてたまらなかったが、あえて、恩を着せるようにもったいぶった返事をした。

 

 「ありがとう、恩に着るよ、いくらでもあげるから、しっかり情報を取ってきてくださいね。すぐにでも、暇を取って、福岡に飛んでください」コロンダ君はきっと新しい手がかりがつかめる予感がした。メールでお菊さんは笙子と日程を打ち合わせると飛行機で福岡に飛んだ。午前10時に到着したお菊さんはタクシーでキャナルシティーに向かった。そこで笙子と落ち合うと、黄色のスイフトスポーツに乗った二人は、202号線バイパスで糸島へと突っ走った。

 

 「笙ちゃん、迎えに来てくれてありがとう。早速、おいしいものでも頂きましょう。お小遣いはたんまりあるから遠慮はいらないわよ。糸島は何がおいしい?そう、お蕎麦がおいしいところはある?笙ちゃんも、お蕎麦、大好きだったわね」早速、お菊は笙子の機嫌をとる作戦に出た。笙子は蕎麦と聞いて笑顔を隠しきれなかった。

 

春日信彦
作家:春日信彦
産婦人科医の悲劇
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