産婦人科医の悲劇

 コロンダ君は夢子のことを考えるたびに胃がムカムカして、お茶を飲む気も起きなかった。「お菊さん、夢子の殺意についてどう思う?」夢子の殺意は原発と関係があるのかコロンダ君は疑問に思っていた。「本人が言うように原発が憎かったんじゃないですか、だから、カッとなって、ぶすりとやったんでしょう」お菊も夢子の自白を真に受けている。「ところが、そうとも言えないようなんだよ。事件があって、3日後にいとこの笙ちゃんから電話があってね、まったく信じられないって言っているんだよ」コロンダ君は笙子の話を聞いてから夢子への謎が深まった。

 

 「笙ちゃんの電話って?聞かせてくださいな、もったいぶらずに」詮索好きのお菊の好奇心が頭をもたげた。「いやね、笙ちゃんは夢子と高校時代の同級生で彼女のことをよく知っているんだ。笙ちゃんはギター、夢子はバイオリンをやっていて、二人で一緒に練習もやっていたそうだよ。夢子は音楽の話はよくしたが、社会問題、特に原発について、一度も口にしたことは無かったそうだよ。もし、原発に反感を持っていたなら、笙ちゃんの意見を聞いていたんじゃないかと、思うんだが」笙子から聞いた話のポイントを厚化粧のお菊の顔を見つめて話した。

 

 「へ~、なんだか、変な話ですね、夢子は法学部でしたね、だったら、原発に関心があったはずじゃないですか?女はファッション、芸能人、グルメ、クラスメートの悪口とか、くだらない話はよくだべるけど、社会問題について友達とは話さないものですよ、坊ちゃん」お菊は女性にめっぽう弱いコロンダ君にガールズトークを教えた。

「なるほど、そうですか。それと、高2の秋頃から夢子は猛烈に受験勉強をするようになったそうだよ。どうしても、T大に行かなければならないと言って、バイオリンの練習も一緒にしなくなったそうなんだ。今まで、バイオリニストになる夢を話していた夢子が、急にT大合格に夢を変更したんだ。行かなければならないって、どういうことだろう?」コロンダ君はさらなる疑問をお菊にぶつけた。

 

 「ご両親に発破をかけられたんじゃないですか?坊ちゃん、こちらにお越しくださいな。お茶が冷えますよ」お菊はお茶に眼をやった。「ところがね、笙ちゃんは夢子のご両親とも何度か話をしたことがあって、夢子には音楽の道に進んでほしい、とご両親は言っておられたそうだよ。むしろ、ヨーロッパの音楽大学に留学してほしいようなことを言っておられたそうだよ」コロンダ君はテーブルに着くと一切れのようかんを口に押し込んだ。

 

 「それは、奇妙ですね、若い子の考えることは年寄りにはわかりませんよ。本人が言っていることが正しいんだから、坊ちゃんが悩むような事件じゃありませんよ」お菊もようかんを口に押し込んだ。「ここだけの話だけど、いつもの新聞記者から情報を買ったんだけどね、20年前に、ご両親は台東区から福岡の中央区に移っているんだ。つまり、20年前、台東区で産婦人科医院を開業していたということだよ。なんと、八神教授も当時台東区に住んでいたんだよ。

 

特に、これは極秘だよ、八神夫人は30歳のとき子宮ガンで子宮を摘出したらしいんだ。ところがだよ、現在、夫人は53歳だから、夢子の年齢から逆算すると、33歳の時に夢子を産んだことになる。驚くことに、夫人は子宮が無いのに子供を産んだことになる。まあ、こんなことは無いから、夢子は養子と言うことだよ。このことは警察も知らないと思うよ」コロンダ君はドヤ顔になってきた。

 

 「養子と刺傷事件とは関係ないと思いますけどね?」大きな眼をギョロッとさせてお茶を流し込んだ。「八神教授のことだけどね、19年前に夫人をなくしておられるんだ。それも、自殺と言うことらしい。自殺した横山夫妻、養子の夢子、19年前に自殺した八神夫人、被害者の八神光三、なんだか、頭が痛くなってきたよ」コロンダ君は横山家、夢子、八神家に何か隠された秘密があるようにぼんやりと思えた。

 

 「坊ちゃんは夢子の秘密に興味がおありみたいですが、殺意は本人が自白したわけでしょ、どうにもならないんじゃないですか?普通だったら、殺意があっても、自分から殺意があったとは言わないものですよ。カッとなって刺しました、とか、殺す気はありませんでした、とか、私だったら言いますけどね。学業は秀才であっても、かなり、お馬鹿な女ってことですよ」お菊はあきれた顔でコロンダ君を見つめた。「そうだよ!その通りなんだ、なぜ、秀才の彼女がそんな馬鹿なことを自白したかだよ。なんだか、夢子のことを考えると眠れないんだよ」コロンダ君は沈んだ眼でお茶をすすった。

 

「坊ちゃんは、夢子みたいな、感情で行動するような今風な女性がお好きなんですか?できれば、着物が似合う古風で家柄のいいお嬢さんを早くお探しいただきたいものですわ。お菊の眼にかなう素敵な彼女はいないんですか?」お菊は話を替えた。「お菊さんは何かというと、彼女の話を持ち出すんだから。僕は女性にはもてないんだよ。当分、結婚は無理だよ。お袋にそう言っといてくれよ」コロンダ君は立ち上がると机の椅子に腰掛けた。

 

 「ところで、夢子の本当の両親は誰でしょうね?」お菊は話を戻しコロンダ君の機嫌をとった。「それは、わからないんだな。横山夫妻のみぞ知る、と言うことだよ。だけど、今となっては・・・もしかしたら、この秘密を永遠に謎とするために自殺したのかもしれないね、お菊さん、どう思う?」眼を輝かせたコロンダ君はテーブルに戻った。

 

 「それは言えますね、養子が関係ないどころか、本当の両親がわかれば、殺意が解明するんじゃないですか?」お菊さんも眼が輝いてきた。「だけど、これだけはどうすることもできないんだよ。私立探偵に頼んでも無理だろうな。19年前に自殺した八神夫人と何か関係があるんだろうか?」コロンダ君は自殺と言う言葉が気にかかっていた。

 

春日信彦
作家:春日信彦
産婦人科医の悲劇
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