サイレンス・オブ・マッドネス

第2章 闇に蠢くものたち


 粘液質の酸性雨が、イリュミネーションの反射でぼんやりオレンジ色に染まっている空から、まっすぐに落ちてくる。
 旧東京新宿。
 ネオ東京建設の影で、人々から放棄されたこの街は、倒壊した建物と、奇跡的に生き残った高層ビルが、戦時そのままの残酷な姿をさらしている。
 ——ゴースト・タウン。
 その名称が、これほどまでに似つかわしい街はない。
 過去の繁栄が怨念となり怨念が雨滴になって、街を呪縛の中に閉じ込めているのだ。
 12階建高層マンションの一室。
 部屋の中央にマホガニーの巨大な書き物机があり、南側の窓に面して4人用の応接セットがあるだけの閑散とした部屋だった。
 久鬼麗華は応接セットのふたり用ソファーに座り、雨に煙るネオ東京のイリュミネーション群を眺めていた。
 ローテーブルのガラス板の上に、ブランデーの壜と、氷の入ったアイスベールが置いてある。グラスは麗華の手の中だ。
 神秘的な顔立ちをした女だった。
 顔だけでは、年齢が分からない。十代の後半から三十代まで、いずれであっても納得のいく、あどけなさと老獪さが同居した顔だ。
 両肩を露わにした超ミニの真赤なワンピースに、蛇柄のストッキングを履いている。柔らかな茶色の巻き毛が、腰のあたりまで届いている。
「なに考えてるんだ?」
 いきなり背後から聞こえた男の声に、麗華は窓から視線を外しふりかえった。
 男はマホガニーの机にもたれかかり、麗華と2メートルくらい離れた位置に、もうずっと前からそこにたのだというふうに立っていた。
 身長は、190センチを越えている。
 黒レザーのベストに、ピースマークのロゴが入った白Tシャツ、ストレートの黒ジーンズという格好で、しなやかな筋肉が服越しに見てとれる。
 年齢は二十歳前後。美男子と、そう言っていい面貌をしている。いや、その言い方は充分ではない。いますぐにでも映画スターで通用しそうな図ば抜けた美形だ。しかしその奥に、妙に卑しいものが潜んでいる。
 麗華と視線が合って、男は笑みを見せた。たちまち、その顔の裏から、したたかで野卑な気配があふれだし、その美貌を相殺してしまう。
 強烈な個性を持った男だった。
「気配を感じなかったわ」
 狭い個室だ。侵入者があれば、自分ならすぐに気づくはずだった。麗華は、内心の動揺を押し隠して、静かに言った。
「一応、プロだからな」
 男は余裕の口振りで答えた。
「なるほどね。さすがは豪作様が、わざわざ海外から破格のギャラで呼んだだけのことはあるってわけね、〈崑崙〉?」
 グラスをローテーブルに置く。
「その渾名は好きじゃないな。俺は氷室葉介っていう名前が結構気に入ってるんだ」
 麗華の皮肉な視線と言葉に、男——氷室葉介は顔をしかめ、かぶりを振る。
「それに、俺はいまんとこ、何もさせてもらってないわけだしな。小娘誘拐して、監禁して、ヴィデオ撮って、脅迫状出して、すべてお前が手下使って済ませちまったんだから」
 肩をすくめる。
「あなたの仕事は殺しよ」
 麗華は無表情に、断定的な口調で言い切った。
「ふむ」
「あんなヴィデオは気休めにしかならないわ。藤堂もそろそろ動き出す頃よ。確かな情報があるの、そのときがあなたの出番よ、《掃除屋》さん」
 妖しげな微笑を浮かべ、氷室を見る。
 暗殺や破壊工作などの、裏の世界の厄介ごとを請け負う《掃除屋》の世界で、東の雄が〈サイレンス〉ケージであるとすれば、西日本で現在最も腕が立つといわれているのが、この氷室〈崑崙〉葉介であった。
 徹底的な破壊ぶりと、仕事の確実さ、そして年齢の若さが、ふたりに共通しているところだ。しかし、ケージがどちらかといえば昔気質の仕事の選り好みをするのに対し、葉介は金にさえなればどんな汚い仕事でも引き受けるタイプの《掃除屋》であった。少女誘拐の片棒を担ぐなど、ケージなら考えられない仕事だ。
「へえ、面白え」
 氷室は軽く言って、マホガニーから離れ、麗華のかたわらに歩み寄った。
「なに?」
 麗華の瞳から笑みが消える。
「そんな顔することないだろ? 〈蛇姫〉さん。何も取って食おうっていうわけじゃあるまいし」
 麗華の隣に座って、氷室はあくまで軽く答える。
「〈ヘビヒメ〉じゃないのよ、本当は〈ダッキ〉って言うの」
 麗華は冷たい表情のままで訂正する。
「〈ダッキ〉? あの中国の?」
 氷室が、こんなところでその単語を聞くとは思わなかった、という意外な顔をした。
「知ってるの?」
 麗華もまさか、腕が立つとはいえチンピラ同然の《掃除屋》が、そんな反応をするとは思いも寄らなかった。
「殷の紂王の寵妃だろう?」
 淫蕩、残忍を極め、のち武王に成敗された人物だ。転じて毒婦の意味がある。
 姐己と書く。
「魔性の美貌と、ナイフ一本でネオ東京最大のチンピラ・グループ〈D・D〉をまとめあげた、アンダーグラウンドの女王ってのは伊達じゃないってわけか」
 真面目な表情で言った。
 裏世界において、渾名というものは、意外に大きな意味を持つ。力だけが価値である世界で、少しでも名が売れたということは、その分だけ敵が多くなるということであり、名前負けする人間は、アッという間に淘汰されてしまうのだ。
 伝説の悪女の名前が冠されたということは、たんなるチンピラではないということだった。ちなみに氷室の渾名、〈崑崙〉とは、古語で南方系の肌の色の黒い人間、つまり『野蛮人』のことをさす。
「あなたこそ、ただの殺し屋じゃなかったみたいね」
 そういえば、大門豪作が氷室を雇い、自分のもとに連れてきてから、氷室の真面目な表情を見るのははじめてだ、と麗華は思った。豪作の母、大門絹子に命じられ、〈D・D〉の連中を使って大門美朋を誘拐・監禁している間中、氷室はニヤニヤ笑いをしながら我関せずを決め込んでいた。
 立ち居振る舞いから、氷室がかなりの凄腕であることは麗華にもわかっていたが、しかし性格的にはひどくだらしのない、いいかげんな男だろうとばかり思い込んでいたのだ。
「やっと誤解が解けたみたいだな」
 氷室はにこやかな顔になって、麗華のほっそりした腰に手をまわしささやいた。
「いーえ、危うく、今、誤解するとこだったわ」
 麗華も満面の笑みを浮かべて答えた。その右手には、常時太腿に、ゴムバンドでとめてあるナイフが握られている。切っ先が氷室の喉に、触れるか触れないかの距離で向けられていた。
「冗談はやめて欲しいな」
 ほんの数ミリ麗華が右手を動かせば、刃が頚動脈を切り裂く位置にあるというのに、氷室は笑顔を崩さない。
「わたしも冗談は嫌いよ。ついでに言えば図々しい男も好みじゃないの」
 圧倒的優位に立っているのに、麗華は言い知れぬプレッシャーを感じていた。
 氷室は殺しのプロだ。素人とプロが戦えば、どういう条件であろうともプロが勝つ。三流のプロであれば、一流の素人である麗華にもチャンスはあるだろう。
 しかし氷室は一流なのだ。
「そうだな、なんていうか、その、ありうべき誤解を解くためには、お互いのことをもっと知り合う必要があると、俺は思うわけだ」
 妙に分別臭い口調だった。
「わたしはボスの女よ」
 腰に回された手を払って、麗華は氷室を睨みつけた。
「だから?」
 氷室は平然としている。
「だから、わたしはあなたの雇主である、あの大門豪作の情婦なのよ、ヘタに手を出したらどうなるかわからないわよ」
 麗華の表情からは、もう余裕が消えている。
「大丈夫、俺のテクは絶品だぜ、天国に連れてってやるよ」
 氷室はふざけきっている。
「そういう問題じゃないわ」
 思わず引き込まれて、麗華は吹き出しそうになり、慌てて堅い表情で短く答えた。
 心臓の動悸が少しずつ早くなる。
「お前姐己なんだろ? 淫乱はあんたの個性だって、豪作もわかってるはずさ」
 氷室は麗華の隙をつき、無造作に人差し指と中指でナイフの刃をひょいと挟んだ。麗華がしっかりと握っているつもりになっていたにもかかわらず、あっさり奪ってソファーの後ろに投げ捨てる。
「ずいぶんな言い方ね」
「褒め言葉なんだけどな」
「あの小娘がいるわ、やりたきゃあっちを使って」
 麗華は隣室に通じるドアを指差した。大門美朋が監禁されている部屋だった。
「ああ? ありゃだめだ。大事な『商品』だし、それにお前の手下がボロボロにしてるからな、俺はこと女に関してだけは、力ずくってのがどうも好きになれん」
 氷室は苦笑してかぶりを振る。
 大門美朋を誘拐して脅迫用のヴィデオ・ディスクの撮影を済ませた後、連日連夜にわたって入れかわり立ちかわりの集団レイプが続いているのだった。
「それはしょうがないわね、あんな生粋のお嬢様を好きにできる機会なんて、うちのチンピラにそうそうあるもんじゃないんだし」
「まあ、それはいい。でもあんなに人が出入りするのを放っとくと、藤堂に隠れ家はここだって宣伝してるようなもんだぜ?」
「そのために、あなたがここにいるのよ」
「なるほど。だったら、もうちょっと待遇良くしてくれてもいいんじゃないかな」
「10億クレジットの報酬に、なにか不満でもあるって言うの?」
「ま、そりゃあダイモンの跡目争いなんだから、5千億は動くっていう話だが、俺の報酬も《掃除屋》としちゃあ相場の20倍はあるし、金については文句はないよ」
「じゃあ、なに?」
「女だよ、女。俺は一週間も女抱かないと禁断症状が出るんだ」
「わかったわ。女も用意しましょう」
「いやだめだ」
「え?」
 意外な言葉に、麗華は思わず氷室の顔を見た。
「いや、後で用意してくれるのはいいんだけど、とにかく先に、俺はお前を抱きたいんだ」
 物言いもストレートなら、氷室の表情も、まったく自身の欲望を隠さないスケベ面になっていた。もともとは端整な顔立ちなのに、すっかりだらしなくなっている。
「なあ、いいだろ? 絶対最高にしてやるからさ、頼む! 減るもんじゃないだろう? なんだったら一往復千クレジット払うぜ。この通りだ!」
 一気にまくしたて、氷室は両手を合わせて麗華を拝み、上目遣いで懇願する。
「あのね……」
 麗華は呆れた。これほどの力量の差があるにもかかわらず、本当にこの男は自分に乱暴するつもりがないらしい。
「わけのわかんない人ね」
 つぶやく麗華の警戒心が緩んだ表情を見て、氷室はすっと顔をあげ、不意を突いて接吻した。
「やっ、やめっ……」
 抵抗してもがく麗華を氷室はソファーの上に押し倒す。柔らかな口唇をひらき、固く食いしばった歯を舌で無理にこじあけて唾液を啜る。
「んっ……、ん……」
 ついにあきらめたのか、麗華は躯の力を抜いて、氷室と舌をからめはじめた。
(いやよいやよも好きのうちってね)
 氷室はひとりごち、背中に手を回してワニピースのファスナーをおろす。ノーブラだったので大ぶりの乳房がまろびでた。
 あおむけになっても、ぴん、と肌がはりつめていて型崩れしない。
 と、不意に麗華が差し込まれた氷室の舌を思い切り噛んだ。
「でえええっっ」
 油断していた氷室は、激痛に驚いて顔を離し呻いた。だらんと垂れた舌先がぱっくり割れて流血している。
「は、はひすんだお……」
 泣きそうな顔で麗華を見る。
「やめてって、言ってるでしょ?」
 口唇についた氷室の血を舐め、麗華は艶然と笑みを浮かべて答える。
「な、なんで?」
「さっき電話があってね、後二時間もすれば豪作様がいらっしゃることになってるの」
「ふむ」
「とぼけないで。あなたが大門美朋のことを、豪作様に教えたんでしょう?」
 麗華が険しい視線で氷室を見た。
「まあな。俺は豪作に雇われたわけで、お前や絹子の都合に合わせる義理はないさ」
 あおむけになった麗華の上に、四つん這いの姿勢でおおい被さったままで、氷室は答えた。
「おかげで豪作様には秘密にして美朋を始末する絹子様の計画は台無しよ」
「ま、しかたないな、お前だって、あんなヴィデオ作って豪作に知られんようにするなんて、無理だってわかってたんだろ?」
「まあね。でも、そういうわけで豪作様は、もうすぐ美朋を見にここに来るのよ。わかったらどいて」
 話を打ち切る口調で、麗華は冷たく言った。
「豪作がくるまでまだ二時間もあるぜ。大丈夫、一回くらいできる」
 しかし氷室はいけしゃあしゃあと答える。
「それに、お前も、ちょっとぐらいは、俺に興味あるんだろ?」
 いたずらっぽい笑みを見せる。
「そ、そんなことないわっ」
 麗華は狼狽して目を伏せた。
 本当は、少し、ほんの少しだけこの男に興味があった。
 《掃除屋》としての噂と、ルックスと、実際の言動のアンヴァランスさが、氷室に奇妙な魅力を与えていた。
「そうかあ?」
 ニヤニヤ笑い、氷室は麗華の頬にそっと顔を寄せる。
「そ、そうよ……」
 麗華は息苦しくなり、視線を逸らせ答えた。
「けど、俺が何にもしてないのに乳首立ってるんだけどな」
「そっ、そんな……」
 そんなことはない、と麗華は言いたかった。
 しかし、それはできなかった。
 なぜなら、氷室の言葉通り、麗華の豊かな双丘の中央のピンク色の突起が、抵抗しているあいだに、麗華の意思とはかかわりなく、ピン、と天に向かって突きあげていたからだ。そればかりではなく、股間の中心がすでに熱く疼きはじめてさえいた。
(なんで……?)
 麗華にはわからなかった。
 男は、いつでも麗華にとって道具にすぎなかった。《D・D》のチンピラはいうにおよばず、あの大門豪作でさえ、自分の肉体の蠱惑の前には子供同然であった。だから、氷室が自分に欲情しても、それは当然のことだと思っていた。必要があれば寝て、一流の《掃除屋》をいいなりにコントロールするのも悪くないと思っていた。
(それなのに……)
「乳揉んで欲しいんだろ?」
 氷室が言った。下品な言い方だった。
 コクン。
 麗華はあっさりとうなずいた自分に驚いた。そんな馬鹿な、と思う。ここはお預けを食らわせ、誘惑するのはもっと後の予定だったのだ。
 氷室が乳房に手を触れた。
「あっ……」
 途端にえもいわれぬ快感が、痺れとなって麗華の躯を駆け抜ける。
「はあーっ、いい感触だな」
 指の皮膚に吸いつく乳房の感触に、氷室は感に耐えぬ声を出す。
「……はっ、はあんっ」
 氷室の指が触れている皮膚から、全身を甘美感の電流が疾りぬけ、信じられない声が自分の口から漏れるのを、麗華は躯を捩らせて聞いた。真白な肌がほんのりと薄桃色に色づき、いっせいに噴き出した汗がしっとりした触感をてのひらに伝える。
 みるみる乳首の勃起が増していくのから、目を逸らすことができなかった。躯の奥にむず痒い感覚があふれだして、麗華の判断力を鈍らせていく。
「何だ、どうして欲しい?」
 もはや完全に主導権を握っている氷室が聞いた。
「ち、乳首を……」
 思わず麗華は口に出した。
「こうか?」
 氷室が親指で乳首を捏ねた。
「ああっ」
 敏感になり過ぎていた乳首は、ざらっとした指の感触に痛みを感じ、麗華はいやいやをした。
「どうしたんだ?」
「違うの」
 指で触れるのではなくて、口唇にふくんで、舐めてほしかった。いや、本当は躯の奥の疼きがどんどんひろがって、それ以上のことをもっとして欲しがっていた。
 しかしそれを口に出すのはためらわれた。
(信じられない……)
 まるで純情な処女みたいな自分の心理に、麗華は戸惑った。はしたないおねだりをするのが、恥ずかしくてどうしてもできないのだ。こんなことは今までになかったことだった。麗華にとって、男とは肉体をフルに使い利用するだけのものであったはずなのに、すでに全身の性感帯に火が点いて、氷室が欲しくてたまらないのに、何も言えないのだ。
「お願い……」
 やっとそれだけを言った。
「急に素直になったじゃないか」
「し、しょうがないからよ、そうよ、あなたがどうしてもやりたいみたいだから、やらせてあげるのよ、本当にそれだけよ」
 氷室の余裕のこもった口調に、自分の心の動きを見透かされた気がして、麗華は真赤になって強がった。
「ホントかー?」
「本当よ。あなたが仕事のやる気をなくしたら困るから、その気になっただけよ、うだうだ言ってないで、早く……」
 やるんだったらやれ、と言いかけて口をつぐむ。こういう言い方をして、氷室がシラけたら困る、というのと、もう我慢の限界で、それ以上無駄なお喋りをしたくなかったからだ。
「まあ、いいだろ」
 氷室が乳首を口にふくむ。
「はっ、はああんっっっ」
 麗華はすぐに弾けた声を出し、氷室の頭を抱え込んで腰を浮かした。アッという間にワンピースを脱がされた。黒のガードルとパンティー、それにストッキングだけの格好で両足をMの字にひろげ、ブリッジの姿勢で下腹を突きあげる。。
「何だ、もうびんびんじゃないか」
 パンティーに指を滑らせ、氷室がおかしそうに言う。スリットはすでにじゅうぶんすぎるほど潤んで、布地をぐっしょり濡らしていた。
「そ、そんなこと……」
 荒い息を吐いて言ったが、氷室の指が薄い布越しに触れるたびに、媚肉が熱を帯びて愛液を滴らせるのはわかっていた。
「そうかあ?」
 パンティーの股の部分から氷室が媚肉に中指を差し込み、ぐるぐるっ、と花弁をかきまわす。
「なっ、あっ、あああっっ」
 麗華は氷室の髪の毛をかきむしり、ひときわ高い声を出した。
「じゃ、これは何だ?」
 蜜壺から引き出した指を麗華の眼前に据えて、氷室が聞いた。
 中指は媚肉の分泌した愛液にまみれ、ぬらぬらと濡れて光っている。
「あ……」
 羞恥のために言葉をなくした麗華は、しかし差し出された中指から目を逸らすこともできずにうろたえた。
「咥えろよ」
 ためらわず中指に舌を差しだす。命令に従うのは、自分で考えなくて済むだけ楽だった。「ん、……んっ、んん……」
 丹念にしゃぶると、自分の愛液のものなのか、氷室の皮膚の味なのかわからないが、中指は酸っぱい味がする。
 ちゅぽんっ、と、氷室が麗華の口唇から、わざと音が立つように中指を引き抜いた。
「あんっ……」
 麗華は不満げな声を出した。
 欲情に蕩け切った表情をしている。
「可愛いな……」
 氷室が言った。女の子が快感に我を忘れ、羞恥や警戒心を捨て去る瞬間の表情ほど、氷室が好きなものはなかった。
「どうして欲しいんだ?」
 わかりきったことを聞く。
「………………」
 麗華は答えられない。
「ここに……」
 氷室がふたたびパンティーの中央に手を触れた。
「はあんっ」
 びくん、と麗華は躯をのけぞらせて反応する。
「入れて欲しいのか?」
 布越しにスリットを擦る。後から後からとめどなく愛液があふれだし、麗華は夢中で首を縦に振った。
「何を入れて欲しいんだ?」
 プチュッ、クチュ、と、指が往復するたびに淫猥な音が響き、連動して麗華の腰が機械的に円を描きはじめた。
「お、お願い……」
 泣き声になった。
「くくく……、いい眺めだ」
 氷室が、舌舐めずりして媚肉に顔を近づけて囁く。
 あからさまになった性器は、ぷっくりと花弁を開き、しとどに溢れる愛液にまみれてキラキラ光る。勃起したクリトリスが薄皮をめくって突き出していた。
「はっ、ああーっ」
 氷室の吐息が媚肉に触れ、麗華の喉からたまらない叫びが漏れる。
「やりまくってるくせに、かわいいオ○ンコしてるんだな」
 媚肉は、花弁がやや赤みがかっているだけで、全体にピンク色の、清楚な少女を思わせるつつましやかなものだった。とても何十本もの肉棒を咥えこんだものとは思われない。
(み、見られてる……)
 氷室がなにごとか言いうたびに、息が尻肉にかかり、麗華は視線が自分のもっとも恥ずかしい部分に向けられているのを意識して、膣口から愛液がだらだらと際限なく溢れ出すのを感じる。
(いったいどうしたっていうの……、ダメ、止まんない……)
 したたり出した分泌液が内股を伝ってソファーに落ち、淫らなシミを作る。
「は、早くう……」
 喘いだ。
「早く、何だ?」
 この期に及んで、氷室がのんびりした口調で聞く。
「あなたの、あなたのおちん○んを、ここに、ちょうだいっ」
 今度はためらうことなく、麗華は四文字言葉を口に出した。ここ、と言うところで股間に手を差し入れ、陰唇をひろげて尻を振る。
 カチャカチャとバックルの音を鳴らしてGパンを脱ぎ、すでに隆々とそそり立った肉棒をまろびだし、氷室は楽しそうに笑う。
「ま、正しくはあたしの陰唇を押しひろげて、膣口にめいいっぱいあなたの陰茎を挿入してください、と言って欲しいところなんだけど、まあいい、俺も我慢する」
 ギシッ……、と、ソファーのスプリングを軋ませ、肉棒の根元を持ち、亀頭をスリットにあてがう。
「はっ、はあううっ……」
 はちきれんばかりに敏感になった肉芽に鎌首の先が触れただけで、麗華は歯を食いしばって呻いた。躯の奥に得体の知れないケダモノがいて、肉棒が媚肉の表面を擦っていくたびにそいつが暴れ出し、咽喉から自分でも信じられない声を出させているみたいだった。
「じ、焦らさないで……」
 クチュクチュと淫らな音を立て、媚肉を掻き回す氷室の肉棒に指を添える。開いている股のあいだから手を差し入れているので、肉棒を追う動きをすると上体が崩れ、ソファーに顔を突っ伏す姿勢になった。不自然な格好のために真白な肌に黒のガードルが食い込み、しっとりと噴き出した汗が尻肉から背中に垂れるのがなんとも淫靡に見える。
「こ、ここよ……」
 肉棒は熱く煮えたぎっていた。麗華はうっとりしながら亀頭を膣口に押し当てる。
「ここまでできるんなら自分で入れてみろよ」
 氷室がふくみ笑いを漏らし、腕組みをして言う。
「そっ、そんな……」
 その言葉に、麗華は自分が欲望に負けて思わぬ行動を取っていたのに気づいた。自分から「入れて」と言っただけならともかく、男の陰茎をつかんで女陰にあてがうことまでしてしまったのだ。
 カーッ、と頭に血が上って、眩暈がするほど恥ずかしくなった。
「どうした?」
 氷室は涼しい声を出してじっとしている。膣口に浅く潜り込んだ亀頭が、小刻みにビクン、ビクン、と動く。その振動が麗華の理性を剥ぎ取っていく。
(もう、ダメ……)
 もはや何もかもどうなってもよかった。
 麗華は上体を起こして位置を定め、ゆっくり腰を回転させながら、氷室に尻肉を押しつけていった。
 固く張り出したカリが膣口をくぐりぬけ、蜜壺におびただしく分泌されていた愛液が、押しだされてあふれだす。。
「ああああ……」
 喉奥から低い声がもれた。
「ふっ、ふうう……」
 肉棒が根元まで埋め込まれたところで、声はためいきに変わる。
「……ふうああっ、熱い、熱いの、……いっぱいになってるのが、熱いの……」
 肩をぶるっと震わせ、目を閉じて夢見る口調でつぶやく。尻の合わせ目のピンク色の窄まりが、ひくっひくっ、と痙攣してめくるめく女体の悦びを訴えている。
(凄えな……)
 氷室も思わず舌を巻いた。
 肉棒を呑みこんだ麗華の膣襞は、氷室がこれまで知っていたどんな女の媚肉ともまったく違う感触がした。小さなひだひだが肉棒を包み、それぞれが微妙に蠢いて肉の凶器をいっせいに愛撫する。麗華は股をひろげ、両手を突っ張ったままの姿勢でじっとしているだけなのに、蜜壺の中で膣襞は絶妙のハーモニーを奏でている。
「いくぜ」
「!」
 麗華がその声を聞いて目を開けた瞬間に、氷室は麗華の尻たぶをつかみ、荒々しく勢いをつけて腰をグラインドさせはじめた。
 麗華の頭が真っ白になった。
「あっ、ああっ、あああっ」
 リズミカルな抽送に乗って、麗華は歓喜の声を上げた。肉棒が膣襞をこすり、愛液に空気が混じってブブッと音を立てる。何度も柔肉を貫く快感に、突っ張っていた両腕からあっさりと力が抜け、上気した美しい顔がソファーに擦りつけられた。
「ひあっ、はひっ、ひああっっ」
 全身がとてつもなく敏感になっていた。皮膚を破るほど強くつかまれた尻肉からも、ぐりゅうう、と秘裂を淫猥な音を響かせて押しひろげる肉棒が突き刺さるたびにソファーに擦りつけられる乳首からも、快楽のパルスが麗華の脳髄を直撃して、とめどなく愛液は溢れだし、あられもない声はしだいにケダモノじみていく。
「ダ、ダメ、壊れちゃうっ、ううっ」
 オルガスムスの波に息もたえだえになりながら、麗華は激しすぎる抽送から無意識に逃げようともがいた。
「いいよ、壊れちまいな」
 しかし氷室は冷たく言って、麗華の腰を持ち上げ、さらに強く自分のほうへと引き寄せた。肉棒がさらに深く膣襞をえぐり、密着度は倍加して股間と股間がぶつかる音が大きくなった。
「ああっ、そっ、そんなこと、したらっ、ダメッ、ほんとにおかしくなっちゃうっっ」
 もはや制御不能になったエクスタシーに、麗華の意識が断ち切られた。両手両足が脱力してぶらぶら揺れ、ただ尻肉だけが貪欲なケダモノの動きで肉棒をもっともっと深く呑みこみ、快楽を享受しようと激しく回転する。
「ひぐっ、ぐうううっっ」
 苦悶とも聞こえるオルガの声を上げてのたうつ麗華の腰を、氷室はやすやすと押さえ込んだ。念入りに膣襞の感触を味わい角度や場所を微妙にスライドさせ肉棒を秘裂に突き立てていく。
 休むことなく突き入れられる肉の凶器が、麗華の最初のエクスタシーが消える前に、次の爆発を引き起こした。
「ぐっ、ぐううっ、ううううっっ」
 真っ白になった脳裏に極彩色の亀裂が幾重にも重なって疾った。快楽が連鎖反応を起こし、全身のありとあらゆる部位がエクスタシーを炸裂させ、麗華は今まで味わったことのない怖いくらいのオルガスムスに突入していった。
「ひっ、しっ、しぐうううっっ」
 これ以上やられたら、死んでしまう。そんなことを思っている余裕さえ、麗華にはすでに残っていなかった。しかし、闇の世界に生きる女の自己保存本能が、麗華に『死』を口にさせた。よしんば死なないにせよ、精神に異常を来すのも無理はないほどの快楽に包まれ、麗華は無意識にソファーの影に隠してあったもう一本のナイフを抜き、後ろ手に氷室に向かって突き立てた。
「おうっ!?」
 ナイフは、氷室のしなやかな段のついている腹筋を、薄く切り裂いて宙に止まった。
「つくづく危ない女だな」
 軽口をたたく氷室が、ナイフを握った麗華の手首をつかんでいた。
「お仕置だな、殺してやるよ」
 こわい目をして麗華を睨み、つかんだ腕をひろがせ、女の躯を限界までねじった。上半身だけあおむけになり、かたちのいい乳房が、ぷるん、と揺れてあらわれる。
「ぐ、ぐあああああっっ」
 腰骨を無理やりねじられる強烈な激痛が疾り、手首を強くつかまれているので、はめ込まれた肉棒を支点にして下半身がぐるんと半回転し麗華はあおむけになった。隙間なく埋め込まれた肉棒が柔襞をえぐり、激痛がアッという間に快楽の渦に呑みこまれる。
「がっ!!」
 そのとき、麗華の中で何かが切れた。
 ぽかんと開けた口唇から、ピンク色の舌をそよがせ、小さな泡を散らした涎れをだらだら垂れ流して、もはや人のものとは思われない叫び声をほとばしらせた。
「ああああああああああああああああ!!」
「うっ」
 歓喜のBGMを聞きながら、氷室もしたたかに精を放つ。子宮にたたきつけられる精液の感触に、麗華の下腹がひきつけをおこして応える。震えは全身にひろがり、瞼の裏から涙がひとしずくこぼれ落ちた。
「死んだか?」
 無邪気な笑みを浮かべて、氷室が麗華に聞いた。
「うん……」
 ためいきまじりに麗華はうなずく。
 麗華は自分の敗けを完全に悟っていた。躯を使って操るどころか、さんざんにもて遊ばれてしまったのだ。
(操られるのはあたしのほうね……)
 悔しいが、認めざるをえない。
「な?」
 目を伏せている麗華に向かって、氷室は明るい声で言った。
「え?」
「もう一発しようぜ?」
 まったく屈託のない口調だった。そういえば、大量の射精を済ませたばかりであるにもかかわらず、荒ぶる肉棒はいささかも衰えを知らず、膣腔に収まったままなのだ。
「ほら」
 氷室が自分の声に合わせて、勃起を、ビクン、と一回跳ね上げた。
「はあんっ」
 たちまち膣襞に快感がよみがえってくる。
「大丈夫、豪作がくるまでまだ一時間は余裕はある。もう一回くらいできるって」
 抵抗できるわけはなかった。もうすでに、快楽の余韻が期待に変化して、秘肉を濡らしはじめているのだ。
 麗華は、何も言わずに黙って腰を揺らしはじめた。

第3章 架空庭園の女主人


『I love you I love you I love you(ひとりよりふたり、ひとりよりふたり、ひとりよりふたり)……』
 と、気忙しいくせに単調なドラムン・ベースに乗って、甘ったるい女性コーラスがもう16回も繰り返している。とはいえ、イヤピース・タイプのヘッドフォンから流れるその音声を、男はろくに聞いていない。
 ピチャ、チュポッ……。
 男の注意が向いているのは、むしろ股間にしなだれかかった女の口唇が立てる音のほうだった。女はナヴィゲーター・シートから痛々しげに躯を捻り、ドライヴァー・シートに大股をひろげて座っている男の腰を抱え込み、股間に顔を埋めている。無理な姿勢が苦しいのだろう、荒い息を吐き、ときおり髪の毛を掻きあげて男の顔を見る。
 10代の真ん中、まだ少女と言っていい顔立ちをしていた。
 ついさっき、男が階上の200平方メートルの大ディスコフロアが売り物のクラブ〈ディジール〉でナンパした少女だった。
 少女は〈軽い〉ことでは地球上で最も柔軟な性モラルの持ち主、ネオ東京の女子高校生であった。
 人待ち顔でテキーラを傾けているところを、男が声を掛けた。
 後はものの十分もかからなかった。
 立体駐車場の男の車に一緒に乗り込み、ひと言ふた言お喋りをしただけで、少女は甘ったれた声を出し誘う目をしてみせた。「ダメよ、ダメ」などと口では言いながら、男のフレンチ・キスをあっさり受け入れた。
「な、頼むよ」
 男が優しくささやいただけで、少女は男の下半身をむき出しにして、丹念に口辱奉仕をはじめたのだった。
 幼げな外見には似合わない、抜群のテクニックだった。
 まず玉袋の皮をひきのばして舐め、睾丸を口にふくんで舌のうえで踊らせる。右手で肉棒をしごきつつ、左手の中指でアヌスをいらう。たっぷりと唾液を垂らし、アヌスの皺のあいだに舌を差し入れて擦る。前立腺を刺激され、みるみる屹立をはじめた肉棒に少女は甘い息を吐きかけ、亀頭溝を舌先でほじくり、ゆっくりと舌をからめ頬張っていく。
(すごい……)
 桜色に紅潮した顔を男に向けた少女の瞳がそう語っていた。
 おちょぼ口に窄められた口唇に咥えられた浅黒い肉棒が、少女の舌戯によってどんどん怒張を増していくことに感嘆しているのだ。太さは普通なのだけれど、桁外れに長い。20センチは軽くあった。喉奥に当たり、少女の頭を押しあげていく。
 男が少女を見つめかえして、ニカッと笑った。無邪気な笑顔だった。浅黒い褐色の肌をしていた。日本人のものではない。年齢は20歳をちょっと過ぎたかどうかに見える。
 少女がボディ・コンシャスなスーツを、年齢不相応な化粧で飾り立てて着込んでいるのに対し、男のほうは洗いざらしの綿リンネルのTシャツにブルージーンズのベストとGパンという、そこらへんのチンピラふうの格好だ。しかし、その男はエイリアン・ストリートでは有名人であった。
 インドネシアだとかイランだとか、とにかく中東とか東南アジアとかの出身だと噂されてはいたものの、詳細は誰も知らない。ここ1、2年前からネオ東京に出没するようになった、けばけばしいイルミネーションでごたごたに飾りつけた個人タクシーの運転手。〈お喋り〉ナムというのが、男の通り名だった。もちろん、ナムというのが本名かどうかは怪しい。渾名の由来は、ナムのもうひとつの仕事からきている。
 それは《情報屋》だった。
 21世紀の都市生活者にとって、『情報』は時に何よりも強い武器だった。誰がどういう人物で、どういう人脈を持っており、現在どこにいるか、ある物の価値がいまどこではどうで、どこにもっていけばさらに価値が上がるのか、そういったことを、ナムは驚くほど正確に把握しているのだ。
 いつしかナムはその『商品』の上質さによって、いかがわしい出自にもかかわらず、エイリアン・ストリートになくてはならない人物として認知されるようになっていた。
「んあっ」
 少女が短い声を出し、肉棒から口唇を離す。
 ナムがスカートをめくり、尻肉の合わせ目からショーツの中に指を差し入れたのだ。亀頭と半開きになった少女の口唇からのぞくピンク色の舌先に、透明な唾液が糸をひく。
「あっ、あんっ、あんっ、ああんっ」
 ショーツの中で妖しく指が動くたびに、少女はうわずった喘ぎをもらした。
「き、気持ちいい……」
 躯を起こしてナムにすがりつき、口唇をむさぼった。媚態と混ぜこぜになった羞恥が、しだいに陶酔へと変わっていく。
「ふむ、はむ、むふう……」
 舌を絡め合い、荒い息と唾液が立てる音が、フル・スモークのウインドーを締め切ったタクシーの車内にこもって響く。
 ナムが荒々しくショーツをはぎとり、少女は無意識のうちに自分から協力して腰を浮かせ、その小さな白い布切れが右足首にひっ掛かったままでナムの上にまたがった。右手で男の怒張をしっかり握り、すでにしとどに濡れているみずからの花弁を押しひろげて亀頭の先をあてがう。
「そら」
 ナムが腰を大きくクラインドさせて下から思い切り突きあげた。
「ひいっ、ひああああっっ……」
 ゆっくりゆっくり膣襞を押しひろげながら肉棒が挿入されていくのを、少女は結合部に指を滑らせ確認し、躯を弓なりに反らして愉悦の声をあげた。ひくっ、ひくっ、と断続的に痙攣してナムの両肩にしなだれかかる。
「ひあっ、……ああああっっ」
 ナムは両手で少女の尻肉をつかみ、ぐるんぐるん回転させながら肉棒を蜜壺に擦りつけた。
「お、おかしくなっちゃう……」
 つぎつぎに押し寄せる快楽の波に、耐え切れなくなって少女は言った。
「まだまだこれからだぜ」
 ナムが少女の小さな顎の下を人差し指で押し、欲情に火照りきった少女の顔をあおむかせる。少女の顔は涙と涎でくしゃくしゃになっていた。可愛いくってたまらない表情だ。
 ガン!!
 そのとき、タクシーの車体、ドライヴァー・シート側のドアを誰かが思い切り蹴った。
「な、なんだァッ……」
 衝撃と音にびっくりして、ナムは思わず頓狂な声を出す。
 その声に応えて、間髪入れずドンドンドン……とフル・スモークのウインドーがぶっ叩かれる。強化ガラスを打ち割ろうかという勢いの、遠慮会釈のない拳による打擲だ。
「な、何だってんだこのクソ野郎……」
 相手の確認もせず悪態をついてウインドーを開けると、10センチばかり開いたところでいきなり腕が入りこんできてナムの首根っこをつかみ、そのまま頸を締めあげて上半身を窓から引っ張り出した。
「ぐっ、ぐえええええええっっ……」
「あっ、な、何これっっ」
 ナムの呻き声に、少女の嬌声が重なった。ナムの身体が無理矢理引っ張りあげられたことで肉棒がより深く蜜壺に差し込まれ、少女の微妙な快楽のスポットを刺激したのだ。
「てめえ、ナムよ、携帯OFFにしてこんなところで女とちちくりあってていいと思ってんのか? 探したぜえ……」
 首を締めているのはケージだった。
「ケッ、ケッ、ケッ……」
 にこやかな笑顔で、それほど力を込められているわけではないのに、ケージの両腕はしっかり急所を押さえており、ナムは白眼を剥き悶絶しながら呻いた。
「調べてほしいことがある。お楽しみを中断してやってくれるか?」
 そのままの姿勢でケージがいうと、ナムはコクコクと小刻みに首を揺らした。冗談じみた滑稽なしぐさだったが、本人としては大真面目にうなずいているつもりなのだ。
「よし」
 ケージが両腕を離す。
「げほっ、げほっ、げっ、げほっっ」
 途端にナムは両手で首をさすり、激しく噎せた。
「ひ、人に物を頼む態度じゃねえよなァ、ったく」
 そしてぶつぶつ文句を言う。
「なんか言ったか?」
 キラン、とケージの瞳が光った。
「いやいや、べつになにも言ってねえよ」
 ナムはあわてて首を横に振る。
「ど、どうしたの?」
 そのとき、少女がぼんやりと視線を漂わせてケージとナムを見た。蜜壺はナムの肉棒をしっかり咥えこんだままだ。蕩けた表情で、まだ事態がよく呑みこめていない顔をしている。さっきの衝撃で、さっさとオルガスムスに達してしまい、話をまったく聞いていなかったのだ。脇腹にまでたくしあげられたスカートの下の、汗でしっとりと濡れた尻肉にえくぼが浮かび、膣襞の状態を想像させる淫らな蠢きを続けている。
 少女にとってはケージは不意の邪魔者に違いなかった。
「で、仕事って?」
 しかしナムは少女の様子にまったく関心を寄せずにケージに聞いた。
「久鬼麗華って知ってるか?」
 ケージも少女のことは無視して話を進める。
「ああ、〈D・D〉のボスだろ」
 藤堂との会見の後、別室に控えていた梶に渡された資料に、大門豪作の愛人である久鬼麗華が大門美朋の誘拐事件発生のちょうど1週間前から渡米しているとの記録があった。一応観光旅行と記されてはいたものの、宿泊先なども曖昧で、いかにも怪しい。
「殺し好きのヤバい女らしいな」
「連中の溜まり場とかわかるか?」
「ああ、確か新宿のほうだったと思うぜ、旧副都心のゴースト・ビルのどっかだよ」
 あっさりした答えに、ケージはいつものことながら感心した。
 ネオ東京のチンピラ・グループはもともと戦災孤児の集団だったこともあり、異様なまでに家族的な結束が強く、外部の人間にはその正確な人数や居場所を決してもらさないものだった。したがってナムが〈D・D〉の連中の居場所を知っているということは、直接誰かからその場所を聞いたわけではなく、いくつかの断片的な情報を組み合わせて推論した、いわば任意の動物の巣がどこにあるかを判断するハンターの知恵に等しいのだ。
 突然の質問に数秒もかからずに回答できるナムの情報に関する判断力はケタはずれのものだった。
「やつら女子高校生を誘拐してどっかに隠れてるはずなんだ。細かい場所を探ってくれ」
 しかしその判断が正しいかどうかは、確認しなければならない。
「ええーっ、俺旧市街タクシーで走んの嫌なんだよなァ、物騒じゃん? あそこ」
 ナムが本当に嫌そうな声を出した。
「じゃあ歩いていってくりゃいいよ」
 にっこり微笑んでケージは答えた。両手の指を重ねて、ポキポキと関節を鳴らす。
「わ、分かったよ。やるよ」
 さっきケージに締められたのがよほどこたえたのだろう、ナムは両手で自分の首を押さえ、真っ青になってうなずいた。
「あ、それともうひとつ」
「何だまだあんのかよ」
 今度は何を言うのか? と怯えた表情を見せる。
「貴和美の居場所、分かるか?」
「ああ……」
 ケージの質問に、ナムは人差し指を一本、ぴん、と立てて上を差して見せた。
「?」
「〈ガーデン〉だよ、ちょうどさっきからこの上にいるところさ」
 首をすくめて言った。
「ねえ……、あたし、どうしたらいいの?」
 そのとき、ずっと無視され続けてきた少女が不満げな声を挟んだ。やっと少し正気に戻ったのか、スカートの裾を合わせて男らの視線から股間を隠している。
 恥ずかしそうにもじもじしているが、ナムの肉棒とつながったままの蜜壺の蠢きが、少女がもっとして欲しがっているのを明らかに代弁していた。
「悪い悪い、もう用事は済んだよ。じゃ、とにかく調べといてくれよ」
 ケージは明るい口調で少女とナムにそれぞれ言った。
「あれ、絵梨香に逢ってかないのか?」
 そのまま立ち去ろうとするケージに、ナムが意外そうに声を掛ける。
「ああん? べつに用事もないしな」
 ケージの応答は素っ気ない。
 本当は嘘だった。夕方のときはうまくごまかしたけれど、きっとケージの態度を怒っているに違いない。
(君子、危うきに近寄らず)
 それがケージの本音だった。
「いいのか? なんか絵梨香のやつ、えらく荒れてたぜ」
 紫城絵梨香は〈ディジール〉の専属のダンサーで、抜群の人気を誇っているアイドルであり、いまケージとナムの話している立体駐車場の階下のダンスフロアで踊っている最中だった。絵梨香の話題は大抵いつもケージのことばかりだ。先ほど立ち寄った折りにもナムはさんざん絵梨香に愚痴をこぼされたのだった。
「いいんだよ、恋の駆け引きってのは焦らせたほうが勝ちなのさ」
 ケージが嫣然とした微笑みを見せて言い、そのあまりにも艶っぽいしくざにナムはドギマギして、
「な、なるほどな……」
 と吃って答えた。
「じや、ごゆっくり」
 皮肉っぽい笑みを浮かべてケージは言い、少女は真っ赤になって目を逸らす。
「〈ガーデン〉にはアクセスしといてやるよ」
「サンキュ」
 短い会話を交わし、ケージがあっさり去った後で、ナムはやっと少女に向かい、
「さあて、待たせちまったな」
 と二枚目の顔を作って言った。
「いいの?」
 少女は不安げ面持ちでナムの顔を見る。
 ナムの仕事のことは少女も知っている。自分は中途半端なままで放り出されるのではないかと思っていたのだ。
「馬鹿だな、女の子を天国に送り届けることより大切な仕事なんてないよ」
 ナムは『飛びっきり』の笑みを見せ、少女の頬に顔を寄せてささやいた。そして肉棒に力を込めてブルンッと一回動かす。
「はあんっ」
 ブランクを感じさせずに屹立を続けていた肉棒が蜜壺の柔襞を抉り、少女は甘い声を漏らした。そして約束通り少女を天国に送り届けるために、ナムはゆっくりと身体を起こした。


         *


〈ガーデン〉は紫城貴和美の移動式架空住居だった。全長50メートルのコンテナ型の建物で、原子力推進の前世紀的な危険な代物だ。
 大空を飛びまわり、ひとつところにじっとしていることはめったにない。アクセスをとるには、〈ディジール〉のダンサーで貴和美の実妹でもある紫城絵梨香か、《情報屋》の〈お喋り〉ナムに頼むしかなかった。
 ケージが屋上に出ると、ナムからの連絡を受けたらしい不格好な長方体の〈ガーデン〉が、だだっぴろいコンクリートのフロア中央で、ハッチを開けて待っていた。
 地上五階のビルの屋上は、海の上の人工島だけあって風がきつい。
 微かに油のにおいが混じった潮のにおいに煽られながら、ケージはタラップをのぼり、〈ガーデン〉に足を踏み入れた。自動的にハッチが閉まり、漆黒に宝石をちりばめた夜のネオ東京のイリュミネーションが視界から消える。
 見掛けの無骨さからは想像しにくいが、〈ガーデン〉の内部はまるで高級マンションを思わせる造りになっていた。ピットふうの無機質な入り口をぬけて、金属製の分厚いドアを開けると、廊下には真紅のビロードの絨毯が敷きつめてあり、壁にはセイレーンの彫刻があしらった銀の燭台が取りつけてある。
 人間の体温に反応して、清楚な微笑をたたえた半人半魚の美女たちの捧げ持った聖杯に光球が点り間接照明で廊下を照らす。相変わらずの凝った仕掛けだ。
「貴和美、奥か?」
 ケージが声をかけた途端、あかあかと点いた照明が消滅し、廊下が真っ暗闇になった。
 気配が動いた。
 出し抜けに闇の中からケージに向かってあからさまな殺気が投げつけられる。
(後ろだ)
 思うよりも速く反射的に銃——コルト社製オートマティック——を抜いて殺気を追った。
 カッ
 銃の先に何か堅いものがあたる衝撃があった。小さな爆弾が破裂したような衝撃。
「ちっ」
 舌打ちしてためらわずに銃を捨てた。銃口に何か異物が差し込まれたのだ。銃を捨てたケージの右脇腹を狙って蹴りがくる。その足をつかむと、襲撃者はくるっと身を翻してもう一方の足でケージの頬を払う。
 スウェーバックで避け、身体が離れる。間髪入れずに襲撃者が右の拳をケージの顔面に向けて打つ。
 軽くかわすつもりが予想外に拳が伸び頬の皮膚を裂いた。
 血が飛沫いた。
 ケージの鼻孔に錆びついた金属質のにおいがひろがる。全身の筋肉に緊張が走り、
「ヒュッ」
 と鋭く息を吐いて規則正しく繰り出される襲撃者のワン・ツー攻撃をかわし、数瞬タイミングを計って右手首をつかまえ逆間節を決めて転がす。
 ゴロン、と鈍い音がして床に10センチくらいの鉄の塊が転げ落ちた。
 隠剣、通称暗器ともいわれる武具だった。拳の中に隠し持って、敵に素手だと思わせておき使う隠し道具だ。小型だが自由に扱えるようになればかなりの効果が期待できる。実際ケージは間合いを見損なって傷を受けたのだった。
「ちゃんと鍛練はしてるみたいね?」
 組み伏せられた襲撃者が、のんびりした声を出した。関節を決められているのに、一向に痛がる様子もない。ケージが手加減しているわけでもなかった。
「これも教育のつづきなわけ?」
 ケージはあきれた声を返す。
 ポッ、と照明が点いて廊下がふたたび明るくなる。
「ま、ひさしぶりだからね」
 襲撃者は女だった。空いているほうの手で決められた間節をポンポンとたたき、ケージが手を離すと、コキコキと間節をくねらせ、立ちあがって答えた。
 妖艶、という言葉がこれほど似つかわしい容姿の女はいない。腰まで垂れた潤いのある黒髪、冴えざえとした真白な肌からは麝香の芳香が立ちのぼり、切れ長の瞳と赤い口唇にすべてを知りぬいた女の微笑が浮かんでいる。
 全身から色気が雫になってしたたっている美女。
 紫城貴和美であった。
 黒無地の長袖Tシャツに、リーバイスのブルージーンズを履いている。
 普段はドレスしか着ないのだが、どうやら自分が訪ねてくるのを知って、襲撃するためにわざわざ着替えたらしい。しかしそれでも貴和美の妖艶な美しさは、いささかも損なわれていない。
「貴和美、仕事の話なんだ」
 ケージは眩しそうに苦笑して女に向き直り、改めて言った。床に落ちている拳銃を拾い、パーカーの内側のホルスターに収める。
 銃口には万年筆が突っ込まれていた。点穴針という、使い慣れて自分の『気』がなじんだ道具を、超高度の強度を持った武器に変ずる技を使ったものであり、ひっこ抜くのに時間が掛かる。
「あんたが仕事以外の話で、あたしに会いにきたことがあったかしら?」
 貴和美がいたずらっぽい笑みをかえす。
「ま、いいわ。お入んなさい、ホッペタの手当てもしてあげるから」
 ひらひらと手招きし、廊下の突き当たりのドアを開けた。
 とてつもなく豪華な内装の部屋だった。
 毛足の長いビロードの絨毯は紫で、渋茶の4人用ソファーの向こうに、壁にぴったりとくっつけて中世イスラム王候ふうの天蓋つき寝台があり、その脇にシャンパンのボトルとヴェネチアグラスの載った銀盆がある。寝台の枕のある反対側の壁は一面がスクリーンになっていて、いまは夜空の闇を映しだしている。
 ソファーの後方にあるちいさな食器棚はヴィクトリア様式の年代物で、ガラスの奥にならんでいる食器類も、ウェッジウッドだのの超高級品に違いない。
 寝台の枕のある側の横には巨大な書棚があり、主にフランス語の表記が背表紙に読み取れる典雅な皮で装丁された稀観本の類いが、部屋の主人にだけわかる微妙な配列で収められている。
 移動式住居の中とは思えない、やけに高い天井からはシヤンデリア。五色の光を浴びて壁と寝台にショールが掛かっている。
 たしかに豪華だし、調度は全部本物の年代物、高級品に違いないのだが、全体の印象としては何となくちぐはぐな、適当により集めてきたキッチュな印象がある。だからといってまったく統一性がないわけではなく、どこか常軌を外れた主人の趣味を感じさせる異常さがあるのだ。
「また物が増えたな」
 ケージが食器棚の上に鎮座している木彫りの熊の置物を手にとって言った。
「ああそれね、こないだ絵梨香が長野に行ったときのおみやげよ」
 どこからか救急箱を持ってきた貴和美が答える。ソファーに座り、手際良くシールを貼り手当てを済ませる。
「美少年が台無しね」
 ころころと笑った。たしかもう30の半ばを越えてるはずだったが、まるで年齢を感じさせないあどけない笑顔にケージは戸惑ってしまう。
「あなたがやったんだろ」
 心臓の鼓動が高鳴るのを、ためいきをついてごまかした。
「あらあ、親心よ、親心。あんたの腕がなまってないかって確かめてあげたのよ」
 貴和美は動じるふうもなく答え、寝台の上に優雅な動作で座り直した。
「で、仕事って?」
 そして聞く。
 紫城貴和美は伝説の《掃除屋》であった。まだ乳飲み子だった妹の絵梨香を抱えながら、徹底した仕事ぶりは現在のケージよりも恐るべきものであったという。すでに引退して久しいが、現在も裏世界では隠然たるコネクションと実力を有している。しかしケージにとってはそれ以上に、彼女に頭が上がらない理由があった。
 紫城貴和美は、ケージの『育ての親』だったのだ。
 今から13年前、場所は香港。ケージがまだ物心つくかつかない幼児の頃のことだ。チャイルド・ポルノを収入源にするマフィア・グループを《掃除》する仕事を請け負ったときに、まさにこれから毒牙にかかろうとしているところを貴和美が救ったのだった。
 冷酷非情な《掃除屋》をその気にさせたのは、すでにその頃から常軌を逸して輝きを放っていたケージの美貌だった。
 紫城貴和美は『美』をこよなく愛する人間であった。
 宝石のごとく美しい子供を、貴和美はまさに磨くように育て、ついには自分をもしのぐ恐るべき技量を有した《掃除屋》として仕事を引き継がせた。兄妹同前に成長したケージと絵梨香が濃い仲になったのは自然の成り行きだった。
 貴和美は引退し、《武器屋》になった。戦後体制の続くネオ東京では、銃火器等の規制が厳しく、政府とのコネクションもしっかりと押さえてある貴和美は治外法権を手に入れており、〈ガーデン〉にはほかのどこへいっても手に入らないブツが、よりどりみどりで揃っていた。
 ケージは短く大門美朋の事件を説明し、誘拐団襲撃のための武器を購入したいのだと来訪の真意を告げた。
「なるほどね。いいわ、倉庫から勝手に見つくろって持っていきな。ツケとくから、報酬があったらまたおいでよ」
 ふんふん、とつまらなそうに聞いていた貴和美はあっさり答えた。5億クレジットという法外な報酬金額にも眉ひとつ動かさない。クライアントの言い値なんて実際に手にするまでは信用するな、とよく忠告されたのをケージは思い出した。
「そういえば、氷室ってやつ知ってる?」
 ふと何かを思い出した口調で貴和美が聞いた。
「〈崑崙〉?」
 ケージは当然世評高い同業者、氷室葉介を知っている。
「どうもネオ東京にいるらしいわよ。その事件に関わってるんじゃない?」
「かまわないよ、べつに」
 余裕の笑みを浮かべて、ケージは答えた。
「もったいないわねえ」
 言葉とは裏腹に、貴和美も楽しくってたまらないという表情で言う。一流の《掃除屋》同士がぶつかればかならず片ほうは死ぬ。貴和美はそういう意味で『もったいない』と言っているのだ。
「とにかく、ブツを見せてもらうぜ」
 フン、と鼻を鳴らし、ケージはソファーから立ちあがった。
「ちょっと待って」
「なんだよ」
 手招きするので寝台まで近より、ケージは聞いた。
「ひさしぶりじゃない、いいでしょ?」
 貴和美が鼻にかかって甘えた声を出した。
「ね?」
 腰をあげてケージの首根っこを両手で抱え込み、寝台に躯をはべらかす。
「お、おい」
 ケージは貴和美にまたがるかたちになって困った顔をした。
(まずいな……)
 鼻孔を包む麝香のにおいに煽られてひとりごちる。旧式のスプリングが軋む音が警報に聞こえた。
「ち、ちょっと待てよ」
 思わず声が震えた。てのひらをひろげたくらいの距離に、貴和美の顔がある。
「なあに?」
 その顔が愛くるしく微笑んだ。
 条件反射で、一度は収まった胸の高鳴りが、急スピードでよみがえる。
「あんたは俺の親代わりのはずだぜ」
 震える声で言った。
「何いまさら言ってんの?」
 清らかな天使の微笑が、一瞬で魔性の笑みに変貌する。
 美しい物をこよなく愛する貴和美は、ケージに《掃除屋》の仕事ばかりでなく性愛の技術もたっぷり教え込んだ過去があった。
「だ、だから、こんなこと、不自然だろう? 絵梨香にバレたらどうすんだよ」
 無駄だと知りつつ、ケージはそれでも抵抗した。もしかすれば、妹思いの貴和美には通用するかもしれない。
「大丈夫よ、絵梨香には内緒にしといてあげるから」
 はかない希望を打ち砕くあっさりした返答だった。
 基本的に冷酷な独身主義者である貴和美には、嫉妬心とか独占心とかいうものがまったくなかった。貴和美にとって、ケージは自己の欲望を対象化する、お気に入りの『モノ』でしかないのだ。
「でも……」
「しのごのいわないの」
 なおも渋るケージに、貴和美はピシャリと言い切った。そのまま上半身を起こし、ケージの口唇を、伸ばした舌でそっと舐める。口唇を口唇で咥えたりして、口蓋に舌を差し入れて歯腔を舐めまわす。甘い吐息と唾液が混ざり合って音を立てる。
(まあ、しかたないか……)
 その音を聞いているうちに、ケージはなんとなくどうでもよくなってしまった。とにかく、いつも蠱惑的な貴和美の舌づかいに魅せられてしまうのだ。
 力を抜くと、貴和美は口唇を離し、にっこり微笑んでケージを見つめる。
「やっとその気になったみたいね」
「しょううがないだろ」
 いつまでたっても子供あつかいされるのに照れて拗ねた口調になった。パーカーを脱いで肩から吊しているホルスターも外し、いつでも手に取れるようにベッドランプのシェードにひっかけておく。Tシャツも脱ごうとして、
「待って、あたしがやってあげる」
 と貴和美がそれを制し、ケージの頭を胸に抱え込んでごろんと転がり、大の字に寝かせた上に、四つん這いに覆いかぶさる格好になる。
「うふふ……」
 いたずらっぽい笑みを見せ、服を脱いで下着姿になる。バンザイさせてTシャツを脱がせ、カーペンターパンツと下着とジャングルブーツ、それにソックスを次々と床に投げ捨てていく。
「ケージの身体って、いつも熱いわ。それだけで感じちゃう」
 熱い息を吹きかけて真白な肌に頬擦りし、ゆっくりと鎌首をもたげて大きくなりつつある陰茎を、そっと握りながら言う。
「貴和美の躯は冷たいのにな」
「あら、肌の冷たい人間は心が温かいっていうのよ」
「それって手の話じゃなかったっけ?」
 くっきりと段のついた腹筋に口唇を滑らす貴和美の言葉に、ケージも軽口で受ける。急所を知りつくした繊細な舌の動きに、官能は否が応にも嵩まっていった。
「ちょっと待っててね」
 亀頭に軽くチュッとキスしてから貴和美はブラジャーをはずし、ケージの両足をMの字に開いて内太腿を舐めまわす。
 ゆっくりと右足を抱え込み、膝裏からふくらはぎと舌を移動させ、露わになった乳房で足を挟み込んで擦りつけた。たっぷりした重量感のある乳房は、ぴん、と肌が張りつめて、シュッ、シュッと鋭い音を立て、鈍感な脚の皮膚に鳥肌の立つ快感がひろがった。続けざまに踵から足の裏をべろんと舐め、足の指を一本ずつ口にふくみ丹念にしゃぶる。
「ふん、んぐ、ふむ」
 目を閉じて陶酔した表情を見せ、肉棒に添えた手に少しずつ力を込めて、ゆっくりしごきはじめる。
「んっ」
 腰の奥に鈍痛に近い快感が疾り、ケージは短い声を出した。
「ぷはあっ」
 大きな声を出して貴和美が足の指から口唇を離した。右足も離すとNの字に変形していたケージの脚はふたたびMの字に戻り、その後を追ってふたたび股間に戻る。アヌスから陰嚢の縫い目を尖らせた舌先でチロチロと舐めあげていき、横笛を吹くかたちで肉棒の砲身を軽く咥え、亀頭に近づいていく。
「フフッ、ここは正直よね」
 表情だけはなんとか平静を保っているケージを上目遣いで見上げ、先走りの透明な汁を分泌し、吐息がかかるだけで、ピクッ、ピクッ、と反応する勃起した肉棒を見つめて貴和美が言った。そして歯を口唇でくるみゆっくりと肉棒を呑みこんでいく。舌を使いながら根元まで咥え込む。チュバ、チュバ、と音を立ててしごき、頭が上下に揺れるのにつれてサラサラの長い髪の先がケージの内股に当たった。
 肉棒を包む生温かい口蓋の感触と、くすぐったい髪の質感がべつべつにケージの官能を刺激する。
「ああ……」
 ケージの喉から、思わずためいきに似た声が漏れた。
(まずい……)
 このままでいいようにされてたまるかと思った。いつもいつも貴和美のペースで進んでしまう。たまにはこちらの思う通りにして、イカせまくってやるのだ。
「き、貴和美ちょっとこっち」
 上半身を起こして貴和美の腰を自分に寄せ、シックスナインの姿勢を取った。
「あん」
 貴和美が甘い声を出す。
 まだ何もしていないのに、パンティーの中央にはすでに楕円形の淫らなシミが出来ている。くねくねと揺れる腰を押さえ、白い布切れをはぎとる。
 ぷっくりとふくらんだ花弁がひらき、勃起したクリトリスが内側から包皮を剥いてのぞく。どぎつい朱色に染まった膣口が、ぽっかり口を開けてひくついている。とめどなくあふれ出す分泌液が、秘裂のそこかしこにまとわりついてきらきらと輝く。
「んんっっ」
 ケージは尻肉を捏ねて押しひろげ、貴和美が肉棒を咥えたままでくぐもった声を出すのを、嗜虐的な悦びをもって聞いた。
「ふっ、ふうううっっ」
 クリトリスから膣口をべろん、と舐めあげてやる。桃尻の全体がブルブルッと震える。
「んっ、ふっ、……ふうううっっ」
 舌先を尖らせて肛門をほじくり、唾液をたっぷりなじませてから中指を挿入した。
「いや、そんな、……汚いわ」
 いやいやをして貴和美が腰をくねらせる。尻肉にえくぼが浮かび、柔肌からしっとりと汗が滲みだす。抵抗する言葉とは裏腹に、媚肉の反応は敏感極まりないものだった。
「ふうんっ、んぐ、ふっ、ううっ」
 苦しげに声を漏らすたびに、肉棒を呑みこんだ喉奥が収縮して亀頭を締めつける。
 チュボッ、と大きな音を立て、貴和美が肉棒を口唇から引き抜いた。
「ね、お願い、いっぺん口の中で出して……、それから、それからそっちでしよ?」
 欲情に蕩けきった顔でふりかえる。
「その癖相変わらずなんだな」
 だらだらと白っぽい液体を垂れ流しつづける膣口から口唇を離してケージは答えた。
 7年前にはじめて関係をもって以来、貴和美はかならずケージの精液を飲み干すことからセックスをはじめるのだった。もう何リットルのザーメンが貴和美の胃袋に収まったのかケージには想像もつかないが、いまや貴和美の血と肉の何パーセントかはケージの射精したタンパク質によって出来ているとすら思えた。
「好きなのよ、あたし精液の味っていうか、舌触りとにおいがね」
 貴和美は少し恥ずかしそうに答えた。激しく肉棒をしごき立てたために、ルージュがところどころ剥げ、口唇のまわりが涎れに混じってピンク色に染まっている。ほつれた前髪が汗で額にべっとりはりつき、とても浅ましい表情をしているはずなのに、まるで汚れを知らない少女が何かスポーツでも一生懸命やっている最中の表情に見える。
「いいよ、でも俺もこのところご無沙汰だからかなりの量が出るぜ」
 わざと冷淡に言った。
「嬉しい」
 そんなケージの態度にはまったく頓着せず、貴和美は瞳を輝かせて言う。嬉しそうに頬擦りしてから肉棒を咥え直した。てのひらで睾丸を転がし、アヌスに指を滑らせながら一心にしゃぶる。口の中に唾液を溜め、微妙な舌づかいでことさら淫猥な音が立つように工夫しながら頭を振った。
 腰の奥に溜まった快感の塊が、血液になってどんどん肉の凶器に流れ込んでいき、行き場を求めて暴れはじめた。
 もう限界だ。
「い、いくぜ」
 ケージが短く宣言する。
「ふん、……ふん、う」
 貴和美は肉棒を咥えたままでうなずく。
 その瞬間、貴和美の口中で亀頭がぶわっと膨脹する感触があって、ビュッビュッと精液が喉奥に向かって放出された。次から次にあふれ出す液体を舌で受け止め、大量の精液をこぼさないように口唇を窄めてじっとしていた。
 長い長い射精が終り、貴和美はゆっくり喉越しの感触を楽しみ一滴残らず飲みくだした。亀頭溝を舌先でほじって強く吸い、肉棒に残った精液まで絞り出して啜る。
「うっ」
 ごくごく、という嚥下音まで聞こえる強烈な吸引に、ケージもぶるっと身体を震わせて短い息を吐いた。
 しかし怒張はまったく衰えず、さらなる刺激を求めて屹立している。
「いくわよ」
 肉棒から口唇を離して貴和美が言い、ケージには背中を向けた姿勢でまたがり直し亀頭を膣口にあてがった。そのまま躊躇なく腰を降ろす。
 肉棒はさしたる抵抗もなく膣口を押しひろげながら埋め込まれていく。あいかわらず入り口は締めつけがきついが、内部はぬるま湯の中みたいにとらえどころがない。陰茎に押し出された愛液が膣口からあふれだし、ケージの下腹から陰嚢、肛門から尻に伝ってシーツを濡らした。
「はっ、あ、あ、あああ〜ん」
 長く尾をひく喜悦の声を上げ、貴和美は躯を弓なりに反らしのたうって悶えた。真っ白な背中の上で長い黒髪が悩ましげに揺れる。生温かい膣襞が痙攣して蠢き、肉棒をどこまでもどこまでも吸い込んでいく。
「はっ、はっ、あんっ、ああんっ」
 根元まできっちり咥えこんだのを確認して、貴和美は断続的に短い声を出し、自分から腰を大きくグラインドさせはじめた。
「くっ」
 ケージは上半身を起こし、背中から貴和美を抱きかかえる姿勢を取った。裸の胸と背中のあいだで踊る髪の感触が心地好い。両脇から手を差し入れ、ぼってりとふくらんだ乳房を揉みしだいた。
「ああっ、くっ、いいっっ」
 つん、と尖った乳首をケージが指の腹で転がすと、貴和美は躯をよじらせ感極まって叫ぶ。
「はぐ、うむ、ふっ」
 首をひねってケージの口唇にむさぼりついた。もどかしそうな貴和美の舌の動きが、平常ではない官能の嵩ぶりをあらわしている。同時にみずから股間に手を伸ばし、クリトリスをいじくりはじめた。
 ジュブジュブと白っぽい分泌液が泡だって淫猥な音を立てる。
「気持ちいい……、気持ちいいよう……」
 目を閉じて一心に快楽を訴える。
「あんまりひとりで勝手にイクなよ、俺のほうもちょっとは楽しませてもらうぜ」
 完全にこっちのペースだな、と得心してケージは言った。桃尻を抱えて身体を起こし、その拍子に膣口から肉棒が抜けた。
「ああんっ、いやっ、早く入れてっ」
 犬の姿勢で四つん這いになり、貴和美は腰を揺すってはしたない懇願をする。
 ケージは有頂天になった。自分の育ての親にして、仕事上の『師匠』、そして『はじめての女』でもある高慢ちきな紫城貴和美が、はいつくばって腰をあげ、やって欲しいと懇願しているのだ。尻肉をひろげ、だらだらと垂れる白っぽい分泌液にまみれた秘肉はぽっかりと口を開き、ひくつく肛門まであからさまにケージの視線にさらしていた。
「これが欲しいの?」
 わざとのんびりした調子で聞き、ちょん、と亀頭の先で秘肉に触れる。
「そうよ、それっ、早く入れて、お願い」
 それだけの軽い刺激で、貴和美は腰をがくがく震わせて叫んだ。
「分かったよ」
 ケージは楽しそうに言い、肉棒の根元を握って軌道を定め、バックから一気に挿入した。
 ブブブブブブ……、と、膣口から空気が漏れる間抜けな音が響く。
「はっ、はああああ……」
 がくんがくん、と貴和美は髪を振り乱し頭を上下させた。
「ダメ、ダメ、イッちゃう、またイッちゃうう……」
 両手が躯を支え切れなくなり、シーツに顔を擦りつけて呻く。ケージは背後から覆いかぶさって貴和美の耳殻を口にふくみ、耳の穴に舌を差し入れて舐め、指をつながっている股間に伸ばしてクリトリスを捏ねた。
「いやっ、あああっ、あああおうっっ」
 連続して突き入れられる肉棒の動きと、秘芯をひねりつぶすほどの指責めに、貴和美の理性はふっとんだ。
「俺もそろそろイクぜ」
 空いているほうのてのひらで乳房を揉みしだき耳元でささやく。
 それが合図になった。
「ひゃああああああああ……」
「ううっ」
 ひときわ高い声を出す貴和美の、痙攣する膣襞の奥にケージはたっぷりと精を放った。
「ああああああああっっ……」
 子宮口に白濁液がたたきつけられて、貴和美はもう一段上のオルガスムスに垂直に落ち込んでいく。ズルッと糸をひいて肉棒が引き抜かれ、たちまち膣口から精液がだらだらしたたり落ち内腿を濡らす。
「あああん……」
 貴和美は力なくシーツの上に崩れ落ち、満ち足りた声を出して寝そべった。
「最高だったわ……」
 薄目をあけて微笑む。いつもの妖艶な微笑だった。
「これも教育の賜物だよ」
 肩をすくめてケージは言った。本当ならためいきのひとつもつきたいところだ。結局、貴和美のいいように操られていただけだったことを、その微笑を見れば理解せずにいられなかった。
「じゃ、教育ついでにもうひとつ忠告しておくわ」
 そんなケージの内心にはお構いなく貴和美は言う。
「なんだよ?」
「あんたこのところ銃に頼り過ぎてるよ。もっと慎重に動いたほうがいいわね」
「ちぇっ」
 ケージは思わず鼻を鳴らした。どれだけ肉体を重ね、さんざん自分のペニスでめくりかえしても、この女にはかないっこない。
「ね?」
 貴和美が弾んだ声を出した。
「わかったよ、気をつける」
「そうじゃなくって、どうせナムに探らせてるんでしょ? こっちに連絡いれるようにいってあるからさ、もう1回しよ?」
 ぴん、と人差し指を立て、小首を傾げたコケティッシュな上目遣いで見つめる。
「やれやれ……」
 いうまでもなく、ケージは貴和美には逆らえないのであった。

第4章 切り裂かれたウェディングドレス


 大門美朋は目を閉じている。
 眠っていた。
 純白のウェディグドレスを着せられ、きれいに揃えた脚の上に両手を置いて、美朋は、ソファーの背もたれにしどけなく躯を預け、こんこんと眠り続けていた。
 6面の白い壁が間接証明に照らし出されているだけのその部屋には、ソファー以外の調度品の類いはひとつもない。
 ケージが観せられた、ヴィデオ・ディスクに映っていた部屋だ。
 ここに連れてこられてから、美朋を襲った運命は、あまりにも過酷なものだった。
 ヴィデオ・カメラの前で二人の男に凌辱され、破瓜の傷が癒えるまもなく、次から次に男たちに抱かれ続けた。
 男たちは、ひとりのことも、ふたり、それ以上の集団レイプの時もあった。
 躯の穴という穴に、男たちは屹立した肉の兇器を突き入れ、腰を揺すって精液を吐き出した。
 いつ果てるとも知らぬ凌辱の時間は、美朋の肉体にダメージを与えるより、むしろ精神をズタズタに引き裂いた。抵抗する気力もなく、思考力も薄れ、美朋は、いつしか自分が何者であるのかもわからず、なぜここにいるのか、いつからこうしているのかさえも、朦朧とした意識の外側に放り出してしまい、ただ、のしかかってくる男たちを無抵抗に受け入れるだけの、生ける人形となっていた。
 つい数時間ほど前、男たちは不意に凌辱を中止し、美朋を風呂に入れ、傷の手当てをし、真新しい衣装に着替えさせた。湯船に漬かっているあいだに、美朋は加えられる苦痛が和らいだために気が緩み、もう何日ぶりであるかわからない眠りの中になだれこんでいった。眠りつづけていた美朋は、今自分が純白のウェディング・ドレスを身に着けているのだということを知らなかった。
 美朋のほかに、部屋にはふたりの人間がいる。
「美しい……」
 そのうちのひとり、大門豪作が、ソファーに座る美朋を眺めおろし、興奮を無理に押し殺す低い声を出した。
 実際その言葉は決してオーヴァーなものではなかった。
 綺麗に磨きあげられた美朋の柔肌はうっすらとピンク色に染まり、連日の凌辱の影はまったくその痕跡をとどめていない。それどころかむしろ、男たちの欲望を吸収した少女の肉体は急速に成熟し、生まれ持った清楚な美貌に輝きが増している。
「お気に召したかしら?」
 部屋にいる3人の最後のひとり、久鬼麗華が、豪作の背後から声を掛けた。
「急な連絡だったから、湯浴みさせて、あなた好みの衣装を用意することしかできなかったけれど、喜んで頂けたのなら嬉しいわ」
「じゅうぶんだ」
 豪作はうなずき、麗華に振り向く。
 豪作の顔は、今まで麗華が見たことのない歓喜の表情に満ちあふれていた。
 身長190センチ、体重100キロを越える豪作の体躯は、しなやかな猫科の獣を思わせる氷室とは違い、どっしりとした重量感がある。学生時代には柔道でインターハイに出場し、幼少から大門家の帝王学を修め、海外で経営学のマスター・コースを取得した俊才でもあった。
 獅子鼻に、太い眉、唇も太い。
 鍛え抜かれた精悍な肉体に、29歳という年齢に相応しからぬ落ち着いた雰囲気があった。そのクールな顔をピクリとも動かさず、何十人もの命を奪う指令を下す場面を、麗華はこれまで何度も目にしていた。
 それだけに、ふりかえった豪作の、いつもと違う内心を露わにした歓喜の表情に、麗華は、大門家の美朋をめぐる暗闘の根の深さを見た気がする。
「?」
 しかし麗華は表情を変えず、小首をかしげて次の言葉を促した。
 自分たちが踏み込むべきではない領域があるのを、麗華は自覚していた。そういう『自覚』が、裏社会で長生きする秘訣だ。
「これから兄妹水入らずの話がある。お前は席を外してくれ」
 豪作が短く言った。こころなしか普段よりも声が堅い。
「はい、ごゆっくりお楽しみ下さい」
 麗華は思わせぶりな微笑を浮かべ、あっさり答えて部屋を出た。
 ガチャン、と扉が閉まる音を聞き、豪作はそっと美朋のとなりに腰を下ろした。
 豪作の巨体にソファーのスプリングがギシギシ短い悲鳴をあげ、振動で美朋の髪がほつれ、額に一房落ちかかる。まったく目を覚ます気配はなく、スー、スーと規則正しい呼吸音が、静かな部屋に響いている。
「美しい……」
 ふたたび、豪作が同じ言葉を口にした。
 大門豪作は妾腹の生まれだった。
 父・雄一郎は家庭内でも絶対的権力者で、なかなか子供の出来なかった正妻・晴美公認の愛人が3人おり、そのうちで最初に妊娠した絹子は、生まれたのが男子だったこともありとくに優遇され、美朋が誕生する前から大門家に住まっていた。
 豪作にとって、晴美は幼いときからの憧憬の的であった。
 卑しい出自で単に美貌と男を喜ばせる技量に長けていただけの母・絹子と違い、晴美は家柄の良い清楚な気品の貴さを感じさせ、子供心に胸をときめかせていたものだ。
 美朋が生まれたのは、豪作が11歳のときだった。正妻の子供が女の子だったことで、母・絹子がどれだけ喜んだか知れない。その上、もともと身体の弱かった晴美が死亡して、後妻として正式に認められることになったのだ。
 ネオ東京随一、というよりも世界でも有数の資産を持つダイモン・コンツェルンの後継者の椅子は、まだ小学生だった豪作にとって大した魅力を持っていたわけではない。しかし兄妹同然に同じ家に暮らし、一緒に育つ『妹』が、自分には決して手の届かないあこがれの女性に日一日と似てくるにしたがって、自分が大門家の『正当な』後継者ではないというコンプレックスが、しだいに豪作の頭を占めることになった。
 そしていつしか、美朋を手に入れることが、ダイモン・コンツェルンを手に入れることと、豪作自身の中で重ね合わさるようになっていった。
『許しませんよ』と、母・絹子は言った。
 絹子は生前の晴美より、どうしても周囲から女として、また人間としても評価されなかったことを恨み、その憎しみを美朋に向けていた。そのために、豪作の欲望を知りながら、決して息子に美朋を与えることをしないで、豪作の愛人・久鬼麗華を使いチンピラに凌辱させたのだ。
『あの娘は、苦しめるだけ苦しめて、殺すのです』
 絹子は断言した。実力的には誰に遅れをとるものではないが、対外的にはまだ29歳の若造でしかない豪作にとって、雄一郎亡き後のダイモン・コンツェルンの後継者となるためには、まだまだ絹子の協力が必要であり、ここは母のいうことを聞くしかない。
「しかたがないな……」
 実母・絹子のとりつくしまもない口調を思い返して、豪作は誰にともなくつぶやいた。 と、不意に美朋が顔をしかめ、一、二度軽くイヤイヤをして、ぼんやりと瞼を開けた。
「お、……お兄様……」
 焦点の合っていない瞳で豪作を見て、弱々しい声を出す。
「助け……」
 助けてくれ、といおうとしたのか、それとも助けにきてくれたの? と聞こうとしたのか、美朋自身にもわからなかった。声を出した瞬間に、もしかするとこれまで起こった出来事はすべて悪い夢ではなかったのか? と思い、言葉を切ったのだ。自分はずっと自宅のベッドの中にいて、柔らかなシーツにくるまっていただけで、本当は何も起こってなどいないのではないか? 
「目が覚めたか……」
 豪作が優しい声で言った。
 兄の笑顔は、美朋にとっては見慣れたものだったが、そのまなざしに邪悪な光が宿っているのに、傷ついた少女の本能が敏感に気づいた。
「お兄様?」
 おずおずと豪作の様子をうかがう。そして、がっちりした肩のうしろに見える白い壁と天井が、思い出すのも身の毛のよだつ、あの凌辱がはじまった部屋と同一であることを美朋は発見した。
 夢ではなかったのだ。
「なに、これ!?」
 思わず自分の躯を抱きしめて、花嫁衣装を着せられているのに気づき、美朋はかん高い声を出した。
「俺が用意させたんだ」
 美朋の狼狽ぶりを楽しげに見て、豪作は優しい声音のままで言った。
「え?」
「これからほんの少しの間だけ、お前は俺の花嫁になるんだ」
 美朋の顎の下に手を差し延べ、上目遣いの瞳を覗きこむ。熱い息が少女の頬をなぶり、美朋は息苦しくなりながら、それでも豪作の強い眼光から目を逸らすことができない。
「ずっと、長い間この時を待っていたんだ。お前は気づいていなかったかもしれんが、俺はずっとお前が欲しかったんだよ」
「なっ……」
 絶句し、美朋は目を丸くして豪作の顔を見つめた。
「ほら、もっと近くにおいで」
 顎に触れた指を頬に移し、産毛を撫であげ豪作は言った。指の腹のゴワゴワした感触が、美朋の全身を総毛立たせる。
「いやっ」
 反射的に美朋は豪作の手を払い、追い詰められた声を出した。
「お、お父様が、そんなのこと……」
 お許しにならないわ、と言いかけて、美朋は言葉を失った。豪作の冷静なまなざしに変化はない。その不気味なほどの静かな表情に、ただならぬ気配を察知したのだ。
「お、お兄様……?」
 恐るおそる、兄の顔を見上げる。
 いくらお嬢様育ちであるとはいえ、自分がどういう家に生まれたのかぐらいは、美朋だって知っている。逆らうもののない『力』を、父・大門雄一郎はもっていた。少なくとも、ネオ東京全域で、ダイモン・コンツェルンに敵対して普通の生活はできないというのは、いわば『常識』であった。それゆえ、みずからの幸福と安全を脅かす事件など、起きるはずがないと思い込んでいたのだ。しかし、現に自分は拉致・監禁され、そしてさんざんに蹂躙されたのだ。
 もしや——父に何かあったのではないか? 美朋は一瞬で最悪の想像をした。
「その通りだ」
 豪作が意味ありげな表情でうなずく。
「お父様は、もう、何もおっしゃられない」
 興奮を押し殺した声で、わざと回りくどく言葉を継いだ。
「何を……、したの?」
 美朋には、自分の声が、どこか遠くのほうで鳴っている、意味のないただの物音に聞こえる。
「身体の具合が悪いとおこぼしになられていたのでね、薬を飲んで、楽になっていただいたんだ」
 クックックッ、と喉奥に笑いを含んだ声で、豪作は答えた。
「ああっ……!!」
 絶望に、美朋の目の前が真っ暗になる。肺腑を抉られるような声が、薄桃色の口唇から絞り出された。暴漢に凌辱されたことだけなら、事故とでも思って忘れることもできるかもしれない。しかし、あの優しい、いついかなる時であろうとも自分を保護してくれていた父、大門雄一郎が、もうこの世にいないのだ。
 子供のときから一緒に暮らしてきたに人間として、豪作がそれがおよそどんな事柄であっても、口に出したからにはかならず実行する男であることを、美朋はよく知っている。
 間違いなく、父は死んだのだ。
 兄に殺されたのだ。
 そして、今や自分の命運も、この、邪悪な目を持つ男の手中にあるのだった。
「ああ……、あああ……、あ……」
 ひと粒、またひと粒と、黒目勝ちの瞳から涙がこぼれ落ち、美朋は両手で顔を覆った。
「心配するな」
 嗜虐欲を刺激され、高ぶる声をなだめすかして、豪作はさらに残酷な言葉を続ける。
「お前もすぐにお父様のところへ送ってやろう、寂しくないようにな」
 シュルシュル、とシルクの衣擦れの音をさせ、ゆっくりとネクタイをはずす。
「その前に、俺の積年の夢をかなえさせてくれ」
 上着を脱ぎ、ワイシャツの前を開ける。下着を着けない習慣なので、筋肉質の胸板が生で現れた。その内部の心臓が、ドクン、ドクン、と激しい音を立て、期待に踊っているのを、豪作は歓喜をもって感じている。
「ああああ……」
 美朋は何も見てはいなかった。
「どうして……?」
 ただかぼそい声を出した。美朋には豪作の行動の真意が理解できなかった。腹違いとはいえ、実力主義者であった雄一郎は、妾腹の豪作を差別することはまったくなく、それどころかその能力を高く評価していた。美朋に会社に対する野心はなかったし、父もいずれは豪作にダイモン・コンツェルンを継がせると広言してはばからなかった。
 その父を葬らなければならない理由が、どうしてもわからない。
「すべてが欲しいんだ、俺はな。それに、あの親父のことだ、そうそう簡単に引退してはくれんだろう。あれこれ指図されるのはうんざりなんだよ」
 豪作は静かに語り、美朋の手首をつかんだ。
「ひっ……」
 その刹那、美朋の頭の中は何もかもが目茶苦茶になった。
「いやっ、……ああっ、ダメッ、いやっ、嫌いっ……」
 両手をブンブン振りまわし、意味のないとぎれとぎれの言葉を吐いて、がむしゃらに暴れはじめた。
「クククククククク……」
 しかし豪作には、そのすべてが愛しくてたまらない。つかんだ手首のしっとりした肌触りや、かん高い声、紅潮した頬が、昏い官能の炎に油を注ぐ。
「かわいいぞ……」
 苦もなく美朋をねじ伏せ、ソファーに押し倒した。柔道の有段者である豪作にとって、17歳のお嬢様を組み伏せることなど造作もないことだった。
「いやっ……、いやっ……」
 必死の抵抗を試みる美朋の先手を取って、豪作は巧みにウェディング・ドレスを脱がしていく。すべて躯からはぎとってしまうのではない。うつぶせになったところで背中のジッパーを下げ、ブラのホックをはずし、そのままで抱きあげスカートをまくり下着を着けていないのを確認する。
 純白のウェディング・ドレスを着たままの『妹』との性交。その倒錯的な喜びに、豪作は有頂天になっていた。
 すべらかな尻肉を撫であげる。
 ぞっとする感覚が、美朋の尾蹄骨から背筋を駆け抜けた。
「いやっ、……あああ……、やめてぇ、お願い……」
 涙でぐしゃぐしゃになった顔を無理に逸らして呻く。
「いくら泣き叫んでも、無駄だ」
 後ろから華奢なうなじに接吻し、ことさら強いはっきりした口調で、豪作は断言した。びくん、びくん、と美朋の躯が痙攣するのが唇に伝わり、豪作の脳裏に、10年間憧れ続けた清楚な笑顔の映像が浮かぶ。
「いやっ……いやっ……」
 美朋は、ただ同じ言葉を繰り返して泣きじゃくっていた。
「綺麗な躯だ……」
 豪作の腹の底から、感に耐えない声が漏れた。美朋の露わになった背中に浮かび上がり蠢く肩甲骨に唇を移動させ、舌なめずりしながら右手のてのひらをウェディング・ドレスの胸元に滑りこませる。
「やめ……て……」
 美朋の懇願は空しかった。数日のあいだ男たちに凌辱され尽くした少女の肉体は、外見こそ以前と変わりない清楚さをたたえてはいたものの、内部から、すでに男の愛撫をたやすくうけいれる従順なメスの器に変容を遂げていたのだった。
「はっ、……くっ」
 柔らかく張った乳房を揉みしだかれ、美朋の喉奥から、苦しげな声が吐き出された。皮膚の内側の脂肪が溶け出して、柔らかな肌をしっとりと濡らし、薄桃色に染め上げていく。関節が外れてしまったかのように、全身の力が抜けていくのをどうしようもなかった。
「いい乳だ」
 豪作はわざと下品な言い方をした。てのひらに吸いつく乳房の感触が堪らなく心地好い。球面の中央の突起に触れると、たちまち硬く勃起し、美朋は弱々しくかぶりを振った。
「ああ……」
 絶望的な声を漏らす。心は冷えきっているのに、躯だけが敏感に男の欲望に反応して、従順に快感を分泌していくのだ。
「大人しくなったじゃないか」
 豪作はそう言い、美朋の躯を後ろから抱えたまま、ソファーから腰を上げてスラックスと下着を脱いだ。肉の凶器が隆々と猛り狂っている。ウェディング・ドレスのプリーツの大量の布地が、美朋の背中と豪作の下腹の間にくしゃくしゃになって塊り、ぴったりと身体を重ね合わせることができないので、亀頭の先が桃尻の皮膚を軽く撫で、そのたびに臀部が、びくん、びくん、と痙攣する。
「邪魔だな」
 こそばゆい感触を楽しみつつ、豪作は乳房から手を離し、サテン地のスカートを一気に引き裂いた。
「ああっ………」
 絶望に美朋はきつく目を閉じた。宙に浮かんだ腰がくねくねと蠢き、本人の心理状態とはかかわりなく、凌辱者にはたまらなく扇情的な眺めだ。
「ふん、やっぱり大門の血だな」
 揺れる桃尻を両手でしっかりつかみ、肉たぶを押しひだげて豪作は言った。
「すっかり準備は整っているじゃないか、美朋」
「……………………」
 美朋は口唇を噛んだ。嘲りの言葉通り、小ぶりラビアは充血してしどけなく開き、媚肉が潤いを帯びてピンク色の中身をさらしているのだ。膣口がぽっかりと口をあけ、早くその隙間を埋めてもらいたいと待ち望んでいる。秘肉の奥に怪しく燃える快感の炎が、絶望にゆがんだ美朋の意識をチラチラと焦がしはじめる。ちょっと前なら信じられないことだが、凌辱の時間が、美朋に女の肉体の機能について、嫌というほど教えてくれたのだ。
「腹違いとはいえ実の兄に尻を剥かれてだらだら涎を垂れ流すなんて、お前は立派な淫乱だ。メス犬以下だ!」
 豪作は喜悦にヒステリックとすら聞こえる大声を出した。
 すべてが手に入るのだ。もっと激しく抵抗するかと思っていたが、絹子の謀略によって、麗華たちがさんざんにはずかしめを加えた結果、美朋には完全に奴隷根性がたたき込まれていたのだ。あきらめきって股を濡らし、豪作に刺し貫かれるのをおとなしく待っているだけだった。
「ほうらお待ち兼ねだ」
 完全勃起した肉棒を秘孔にあてがう。
「……………………」
 美朋は何も考えられなかった。抵抗するのは無駄だ。殺して、と懇願してみたところで、豪作はすでに父親を殺害し、自分も「同じところ」へ送ってやると宣告している。とめどなく流れ続けていた涙さえ、もう枯れてしまった。せめて思考を停止するよりほか、なすすべがなかった。
「クククククククク……」
 はりだしたカリ首が秘園に潜りこみ、愛蜜をゆっくりかきまわした。
「くっ、……んっ……」
 スリットに肉棒がこすりつけられるたびに、躯が、ビクッ、ビクッ、と反応し、美朋はきつく眉間に皺を寄せ、唇を噛んで声を押し殺した。しかし、腰から下の尻肉が、くねくねと自分から肉棒を求め蠢くのを止めようがない。
「フフフ……、いま入れてやる……」
 一気に肉の凶器が媚肉に埋めこまれていった。
「ぐっっ」
 少女に似つかわしくない、くぐもった低い声が美朋の喉奥で鳴った。躯の芯で快楽の火花が爆ぜ、肉襞をめくり返す強烈な刺激が美朋の脳髄を直撃する。
「ああ……、いい気持ちだ」
 ブルブルッと震える尻肉を抱え、豪作はうっとりした表情で言った。集団レイプの後だとはいえ、まだ17歳の少女の秘肉は、しっとりして狭く、繊細な肉の襞が肉棒にからみついてたまらなく心地好い。
 ズリュッ、ズリュッ。
 淫猥な結合音がことさら耳につくように角度を調節して、じっくり挿送を繰り返す。
「んっ、……ふぐっ、ぐっ……」
 口唇をちぎれるほどに噛みしめ、美朋は苦悶の呻きを漏らした。それは耐え切れない嫌悪感に、出処のわからない昏い官能のエキスが混じり出していることに対する、せめてもの抵抗だった。
「我慢することはない」
 かたくなな美朋の様子を観察し、豪作は冷静な声で言った。しなやかな腰の筋肉を縦横に使って後ろから貫いたまま両脚を抱え、小児におしっこをさせる姿勢に持ち上げる。
「くはあっ」
 無理に躯を折り畳む体勢になって、たまらなくなり美朋は口を開け大量の息を吐き出した。
「はあっ、あああっっ、かはあっ」
 いったん声を出すと、苦痛に混じる快感のパーセンテージが急激に高まり、とめどなく肺腑から喘ぎがもれた。
「フフフ……、いいものを見せてやろう」
 ユッサユッサと揺すりあげ、豪作はニヤニヤ笑いを浮かべて美朋の耳もとに唇を寄せ、耳殻を舐めまわす。
「いやっ」
 朦朧とした意識の中で、美朋は躯を捩らせて逃げた。肉棒に刺し貫かれることよりも、豪作の唇と舌に触れられることのほうが、美朋には汚らわしい、耐えられないことに思われた。
「麗華! 麗華!」
 不意に豪作が大声を出した。美朋には何のことか、それが誰の名前なのかわからない。しかし、ほんの2、30秒の時をおいて部屋のドアを開けあらわれたのは、美朋が忘れているはずなどない、自分を言葉巧みに誘いだし、男たちに思うままに凌辱させたあの謎の女の姿だった。
「はい?」
 謎の女——久鬼麗華は、まるでビジネスライクな愛想のよい声で応えた。美朋を一顧だにしない。
「鏡を持ってきてくれ。この様子がじっくり観賞したい。『妹』にも見せてやりたいから、大きな姿見がいい」
 豪作も平生そのものといった口調で、美朋には信じられないような注文を出した。
「はい」
 麗華は真っ青になる美朋の表情を一瞥し、
「でもそういうリクエストもあるかとは思いまして、ちゃんと用意してありましたの。無駄にならなくてよかったですわ」
 肩を聳やかし、満面の笑みを浮かべた。そしてドアの影から畳くらいの大きさの、木の枠に縁取られた巨大な鏡をひっぱりだし、ゴロゴロとキャスターの音を響かせ、豪作と美朋が正面に映る位置に固定して置いた。
「さすがだな」
「豪作様の御趣味は、よく理解させていただいていますもの……」
 にっこり微笑みを交わす。
「ああ……、いや、やめてぇ……」
 美朋だけが、痛ましい声を出した。
 実の兄に貫かれている、その姿を他人に見られていることだけでも恥辱に全身が灼けてしまいそうなのに、その上、鏡で交合する自分自身の姿を見なくてはならないのだ。必死になって顔を逸らした。
「豪作様のお言いつけですから」
 しかし無情にも麗華は言い、その言葉とは裏腹にいかにも楽しげに美朋の頭を押さえ、無理やり瞼を開かせて鏡面を見せつける。
「どうだ、感想は?」
 豪作があっけらかんとした口調で尋ねる。
「ああああ……」
 美朋は、自分がどうして発狂しないのかわからなかった。
 鏡の中には、年頃の女の子なら誰でもがあこがれる純白のウェディング・ドレスを着た自分がいる。しかし片ほうの胸ははだけられ剥き出しになり、後ろから引き裂かれたプリーツの布地は腹の上に塊になって睡蓮のように水平にひろがり、大股開きをした股間の中心には、若草の陰りと充血した花弁を押しひろげて、実の兄の陰茎が埋め込まれているのだ。
 豪作の舌が首筋を這う。そのたびに堪え難い嫌悪感が全身の皮膚に伝達される。しかしその嫌悪感には、ほんの微量だが、淫蕩な快楽のエキスが混じっているのだった。そのエキスはつながっている媚肉の中心部から、しだいにひろがってくる快感の波に合流し脳髄を襲う。
 美朋は、兄に犯されていることよりも、その場面を麗華に見られていることよりも、自分の精神とまったく相反する、女の肉体のシステムに意識を引き裂かれ、目も眩む苦痛を感じていた。
 何故わたしはいっそのこと気が狂ってしまわないのだろうか?
「お前が大門家の人間だからだ」
 豪作は断言した。
「淫蕩な人でなしの血が、大門の血なんだよ。恐れることはない、このままお前は堕ちていくんだ」
 その口調には、荘厳とさえいえる響きがこもっていた。
「ああ……、お、兄様……」
 甘ったれた声が出た。もう限界だった。どうしても狂えないのなら、もはやすべてを受け入れるしかなかった。両手をひろげて豪作の頭を抱え、躯を弓なりに反らして唇をまさぐった。
「それでいい……」
 舌と舌を絡め、唾液を啜り、兄妹は立ったままで躯を揺すった。美朋の頭の中で、快感がブレーキをはずされて嫌悪をはじき飛ばし、堰を切ってあふれ出す。
「ふあっ、……んぐっ、ああああっっ」
 真白な下腹が蠢き、のたうつスリットからとめどなく愛液が零れて床に滴り、楕円のシミを作りはじめた。
「かわいいぞ、美朋……」
 豪作は優しく言った。ついに、ついに本当に美朋を手中にしたのだ。あの取り澄ました、生まれながらに清楚な気品を有していた我が天使、実の妹でありながら、自分に身分の違いを感じさせ、永遠に高嶺の花であった大門美朋を、ついに自分の性奴隷におとしめてやることに成功したのだ。見ろ、こいつは自分から腰を使い、麗華が側にいることも構わずあられもない声を上げ、股からだらだら涎を垂れ流して悶え狂っている。こいつはもうただのメス犬だ。
 豪作は麗華を振り返った。双眸には血走った狂喜があった。
「席を外しましょうか?」
 度はずれな歓喜の表情にやや気押され、麗華の声が震えた。
「いいや、もう少し見ていろ。もう終りだ。それに美朋はすぐにここから移動させる」
「どうなさると?」
 もしかすると豪作はこのまま美朋を連れてどこかへ行ってしまうのではないか。麗華は不安なまなざしを豪作に向けた。
「心配するな、母上様も承知のことだ。美朋を〈母胎〉に使うことになった」
 豪作はニヤリと笑う。
「ああ……、例の実験ね。かわいそうに。で、じゃああたしたちも富士に行くことになるのかしら?」
 ホッとして口調が和やかなものになる。かわいそうに、と言いながら、麗華が美朋を見る視線はまるっきり家畜か道具を見る目つきだ。
「ふっ、ふおおおっっ」
 しかし美朋には外部の様子はまったく視野に入っていない。ひたすら豪作にとりすがり、新たな快楽の摂取にいそしんでいる。
「いや、ここには早晩お客さんがくる」
 美朋が必死に抱きついてくるので、豪作は尻肉を抱えていた左手をはずし、柔らかな髪を撫で麗華に言う。
「なるほど」
 麗華の瞳が怪しく光る。
「そのための、〈御土産〉だったわけね」
「そうだ。一度実戦で使ってみてくれ」
 それはその夜豪作がこの隠れ家に搬入した、特殊ガラスを使用したカプセル・ケースのことだった。
「わかったわ。〈崑崙〉に伝えておけばいいのね?」
「そうだ、ううっ、いくぞ」
 最後の言葉は麗華に向けたものではなかった。息も絶えだえになりつつ、いまではもうすっかり快楽に身を任せ切っている美朋に言ったのだった。
「くう……ううんっ」
 美朋は髪を撫でる豪作の左手の指先を口唇にふくみ、丁寧にしゃぶり目を閉じてうなずいた。いったん受け入れてしまった後の快楽には凄まじいものがあった。豪作の身体と接触している肌のあちこちから快感のパルスが華奢な躯を疾り、腰骨の奥に溜まって一気に脳天まで駆け抜けていく。何度も気絶しかけ、そのたびに豪作に揺すり上げられ、柔襞の隙間に肉棒がきつく擦りつけられて新たな快感のウェーヴのために痙攣し、硬直し、連続的に爆発するオルガスムスの中にすべてを見失っていった。
「んっっ」
 媚肉の中の肉の凶器がひときわ嵩を増したと感じた瞬間、奔った精液が子宮口にたたきつけられる。
「んはああああああああ………」
 美朋は全身を振るわせ兄の子種を受け止めた。ビクン、ビクン、と躯のあちこちが、てんでバラバラな方向へ勝手に動いていた。
「あああおおおおおお……」
 長く長く続く官能の叫びが濃密な艶を帯びて尾を引き、無意識の動作は妖艶な舞踏を思わせる。
 ズルッと媚肉から肉の凶器が引き抜かれ、途端にぽっかりと口を開けたままの秘孔からドロリと白濁液が零れ出し、尻肉を伝った。一瞬の間をおいて、ピュッピュッとグチョグチョになった秘裂から潮が噴いて放物線の軌道を描き床に落ちた。
「ああんっ」
 美朋がふたたび甘えた声を出した。恥辱すらが今では快楽の絶好の栄養となり、昏い炎をますます燃えあがらせていた。もっとして欲しかった。傲慢で冷徹な豪作の眼光のもとで、もっと蔑まれ性器を弄ばれる期待に胸をときめかせていた。そんな自分の心理をもはや怪しむことすらなかった。
 豪作が美朋の躯をゆっくりと床におろした。
「——え?」
 美朋は意外そうに豪作の顔を見上げる。目の前に、まだ余裕を持って屹立した陽根があった。
「わかるな?」
 豪作が言った。
 完全に『主人』の口調だった。
「はい……」
 美朋は奴隷の口調でうなずき、羞恥と、そして期待——あるいは官能の火照りのために頬を紅潮させ、おずおずと、精液と愛液でまだらにぬめり、てらてら光る肉棒に舌を差し出した。
「ふん、ぐ……」
 愛らしい小さな口腔に亀頭のすべてを咥え、ゆっくり喉奥まで肉棒を呑みこんでいく。鼻を衝く精液の匂いも、父を殺した兄の性器に奉仕していることも、美朋にはすべてがどうでも良くなっていた。自分は、淫蕩の血に生まれた薄汚いメス犬なのだ。こうして男の欲棒を咥え、いそがしく舌をからませているのが、本来の自分に相応しい姿なのだ。
 その陶酔が、自分がさっきまであれほど望んだ狂気に一番近い場所にあることに、美朋は自分では気づいていない。

第5章 黒い罠


 雨上がりの夜空に、レモン・イエローの巨大な月が、冷たい光を放っている。
 深夜二時。
 太陽からかすめとった青白い炎に燻られて、博物館の恐竜の化石を思わせる巨大な前世紀の遺物——旧東京新宿の高層ビル群が、しん、とした静寂の中で林立している。
 不気味な街だ。
 恐竜の額——高層マンションの屋上に設置されたヘリポートに立ったケージは、夜に沈む街を眺めやってひとりごちた。
 遠くには不夜城ネオ東京のイルミネーションが見える。きらびやかな猥雑さにあふれたエイリアン・ストリートを根城にしているケージからすれば、新宿はいかにも薄汚れた廃墟だった。高層ビルディングは戦前の技術の粋を凝らしたオブジェであり、タイムマシンで20世紀に迷い込んだ気分に、どうかすると落ち込んでしまいそうになる。
 ケージは頭を1回強く振り、事態を冷静に把握し直した。
 《情報屋》ナムは約二時間で〈D・D〉の隠れ家が旧東京の新宿であるとつき止めた。このヘリポートの下、12階建のマンションの804号室に、大門美朋は監禁されているはずだった。ナムの話によると、ここ十日ばかりで、〈D・D〉に関係するチンピラが大量にこのマンションに出入りしているのだという。持ち込まれた荷物の中には、若い女性用の生活用品なども含まれていた。
 ケージはチンピラのひとりをつかまえ、あっさり口を割らせて事実を確認し、部屋の位置まで割り出した(用済みのチンピラの処理は梶に任せた)。
 部屋は4DKで、窓際の2室の片ほうに常時久鬼麗華と氷室葉介が待機しており、何やら密談を繰り返しているという(もう片ほうはコンピュータ・ルーム)。麗華と氷室の常在している部屋の奥に、大門美朋は監禁されているらしい。
 すべての準備は整っていた。
 ケージは1メートル20センチくらいのトランクをかかえ、身体にぴっちり合ったレオタードスタイルの耐ショック材を使用したコンバット・スーツに身を固めている。38口径の旧モデル程度なら直撃しても青痣ができる程度ですむスグレモノだ。
 屋上の鉄柵を乗り越え、ポールのひとつに肩から下げたケーブルをひっ掛ける。硬度10のスチール繊維のワイヤーをたどり直し、腰にしっかりと固定されているのを確認する。背中には必要なときにはすぐ剥がれるようにガムテープで貼りつけたサブ・マシンガン、左脇のホルスターには使い慣れたコルト社製オートマティック、右足首にデリンジャー、ひとつひとつ銃火器の位置を手探りで確認する。
《掃除屋》ケージの完全武装だ。
 無言でトランクを開ける。米クライス社の対戦車用ミサイル・ランチャーが、夜の冷気の中にメタリックな外貌をあらわした。大人の握り拳くらいの弾丸が二基。
 あと二分ほどで、ナムが階下に騒ぎを起こす手筈になっていた。注意をいったん下に向けさせ、ミサイルを撃ち込むと同時にケージは部屋に侵入、動揺する隙に乗じて大門美朋を奪回し、あとは〈D・D〉の連中を皆殺し。——実にシンプル極まりない作戦だ。
 慣れた手つきでランチャーを組み立て、ミサイルを装填して腕時計を眺めた。
 ジャスト2時14分。
 シューティング・グラスをかけた瞬間に、銃声が聞こえた。
(1分早い)
「ちっ」
 舌打ちしてランチャーを起動させ、ケージは地上120メートルの屋上から星の瞬く夜の街へ向かってダイブした。
 街の明りが、流線を描きケージの頭の上をよぎっていく。
 光条を縫って、ミサイルがまず一基804号室の窓カラスに向かって飛び込んだ。
 ドゴオオオオオン!!
 ホルスターから抜いたコルトを両手でしっかり握りしめ、轟音とともに砕け散るガラスの破片から顔をかばい部屋に侵入する。ワイヤーが窓枠にひっ掛かった瞬間、30メートルを一気に下降した衝撃が伝わる前にケーブルの固定を外し、同時に床に転がって様子を見る。45秒後にミサイルの第二弾がくるようにオート・セットしてあった。動くのはそれからだ。しかし、
(おかしい)
 とケージは思った。
 室内に人の気配がない。硝煙の匂いと白煙に視界はすこぶる悪くなってはいたものの、《掃除屋》ケージはプロであり、ちょっとでも動く気配を見せればシューティングする技量はあった。ましてや真夜中の奇襲なのだ。何の反応もないとはおかしすぎる。
(もぬけのカラ!?) 
 その考えを、ケージは一瞬で否定した。
 なぜなら、もし誰もいないのなら、さっきの銃声の説明がつかないからだ。
「ずいぶん派手にやってくれたわね」
 ドン!
 女の声がしたのと、ケージがその声のするほうへ銃口を向けてトリガーを絞ったのはほとんど同時だった。
「……凄い反応速度ね、〈サイレンス〉ケージ?」
 ほんの少し息を止め、女は感嘆の口調で言葉を継いだ。
 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!
 ケージは無言でトリガーを引きつづける。ほんの少しずつ照準をずらし、窓からテラスへ身体を移動させ、跳弾の音に耳を澄ます。
「あの子はここにはいないわよ」
 女——久鬼麗華の言葉を聞くまでもなく、大門美朋がこのマンションから移動させられたことはケージもすでに気づいていた。
 奇襲のはずが、乗り込んでみれば部屋はもぬけのカラで、冷静な麗華の声で出迎えがあったわけなのだから、ハメられたのは一目瞭然の事態だった。ケージが撃ったコルトの弾丸はどこかに吸い込まれたかのように手応えもなく、跳弾の音も聞こえなかった。4DKの部屋割りは調べあげてはいたものの、待ち伏せされていたとするなら、敵も何らかの対策を練り、部屋に仕掛けをしていてもおかしくはない。
 10発の弾丸を頭の中の部屋の地図と照らし合わせながら放ち、ケージはとりあえず自分が侵入した窓際の13畳のリヴィングと、チンピラからの情報によれば大門美朋が監禁されていたという8畳の部屋の間のドアの部分に仕掛けがあるらしく銃弾が吸い込まれ、他の部所はコンクリートの壁を砕く音が聞こえるのを確認した。
(うし)
 頭の中で計っていた時間ぴったりだった。
 二発目のミサイルがケージの頭をかすめて部屋に飛び込む。コルトの最後の銃弾を、破裂する前のミサイルに照準を合わせトリガーを絞る。
 バババババアアアアアアアン!!
 銀色の横っ腹を引き裂かれ、ミサイルは部屋の中央で破裂した。特殊鋼のコアが四方八方に飛散し、壁をズタズタに打ち砕く。
 ケージは床に伏せ、背中のガムテープをはがしてサブ・マシンガンを空いている左手に持って麗華の出方をうかがう。
「こっちだ」
 爆撃で吹き抜けになった13畳の隣室から、緊張感のない声が聞こえた。
「噂には聞いてたが、派手な男だな」
 氷室葉介だ。
 右手にS&W社の77口径リボルバーを、軽く握ってだらりと腕を垂れ、Tシャツにジーンズという軽装で、ふらりとつっ立っている。
「俺も噂は聞いてるよ〈崑崙〉」
 ケージは言った。その瞬間には音も立てずに部屋の中に滑り込んでいる。同時にコルトのマガジンを入れ替える。
 ドン!
 氷室のリボルバーが火を吹き、さっきまでケージのいたテラスの空間を貫いていった。 まったく予備動作のないシューティングだった。照準は正確だ。
「こいよ。遊ぼうぜ」
 どこか楽しげな口調と同様、氷室はぼんやりとつっ立ったままで、ケージから身を隠す素振りも見せない。
「あたしも忘れないでね」
 麗華の声はナイフの一閃とともにケージを襲った。あからさまな殺気があったのでケージは難なく刃をかわす。爆撃のため部屋に明りはない。おそらく敵は赤外線スコープをしているのだろう。
(余裕を持って遊んでやがる)
 ケージはほくそえんだ。計略が図に当たったことで、敵が調子に乗りケージを侮ってくれるのなら、油断をついて逆転することもまだ可能だった。
 部屋のコンクリート壁をミサイルによって破壊し《掃除》したことで、リヴィング・ルームには電磁シールドが施されているのがケージにはわかっていた。氷室があそこまで自分の姿を見せて余裕でいられるのは、可視情報が電磁波によって攪乱させられているためなのだ。きっと、音声情報も映像とシンクロさせられているに違いない。麗華も氷室も、ケージに与えられている五感情報とはべつのところで高みの見物をしているのだ。
「ナイフはまずかったな」
 言うなり、ケージは麗華を撃った。
 ドン!
「なっ!?」
 弾丸は麗華の首筋を掠め後方の壁を貫く。
 姿を見せた氷室は銃声とシンクロした映像によって位置の特定が難しかったが、ナイフならいくら早いといってもどこから投げられたものか、ケージくらいのプロになれば簡単に推定できる。しかも『殺気』——つまり気配だけは電磁シールドも歪めることはできない。
「動くなよ」
 ケージは優しい声で言った。
 デタラメに見えたケージのシューティングはほぼ正確に麗華を捕らえている。しかしケージの狙いは麗華ではない。本来なら声など掛けずに撃つところをわざと助けたのだ。
「ちっ」
 舌打ちの音が聞こえ、氷室の気配が動いた。
(待ってました!)
 撃ち合いで声を出すのは素人の流儀だ。それをあえてしてみせたのは氷室がさらにケージの《掃除屋》としての腕を侮り気配を見せて麗華を助けさせるためだった。
 振り向きざまに撃つ。
 ドン!
 ドン!
 弾道が交叉する。リボルバーから放たれた弾丸はケージの頬を掠め後方の壁を撃ち砕いた。
「〈崑崙〉!」
 久鬼麗華の切迫した声が響く。
 手応えはあった。氷室は気配を消し、声も出さないが、かなりのダメージを与えていることは確実だ。
 すぐには動けないと見越して、ケージはふたたび麗華に銃を向けた。氷室が撃たれたことで、麗華は尋常ではないくらい動揺しているらしく、気配が丸見えだった。
 RRRUUUUAAAAIIII………
 今度は一発で仕留めるつもりでトリガーを絞ろうとした瞬間、暗闇を貫いて、ケージの心臓を鷲掴みにする音が聞こえた。
「!?」
 本能的な恐怖に照準をはずし、音の出処に注意を向ける。
 RRRUUUUAAAAIIII………
(何だ!?)と、ケージは思った。
 いまだかつて聞いたことのない音だった。
 低い朗々とした響きと、金属質の甲高い響きが混成した、どこかオリエント地方の楽器が醸す音に似ている。しかし抑揚にいい知れぬ恫喝が込められていた。皮膚と脂肪の繊維が恐怖のために一枚ずつめくり返される感触があった。
 RRRUUUUAAAAIIII………
 このまま聞き続けていると発狂するのではないかと思える魔性の音だ。
 そいつはケージの眼前にいた。
 まったく出し抜けに、闇の中からヌッと現れた。
「な……」
 何だこれは!? という言葉を、ケージは途中で呑みこんだ。声を出さないという戦闘のセオリーのためではない、恐怖と驚愕のために、全身が凍りついたのだ。
 RRRUUUUAAAAIIII………
 またあの音が聞こえた。
 2メートルは優に越える巨大な肉の塊だった。形態は人間か、あるいは熊に似ている。全身を長い毛に覆われ、らんらんと光る双眸が、ケージを見下ろしていた。ひとかけらの理性も感じさせない野獣の眼だ。
「ダイモン・コンツェルンが開発した生物兵器よ。……復刻した、といったほうが正しいかもね」
 一転して余裕の口振りになった久鬼麗華の声が聞こえた。
「……そうか」
 先の戦争で、遺伝子工学で人体を驚異的に改造し、爆発的な戦闘力を持った通称〈魔獣兵器〉が開発され、実戦で使われる前に戦局そのものがカタストロフィーに至ったという話はケージも聞いたことはあった。
「そう……、かの伝説の〈魔獣兵器〉がこいつさ、ダイモンの騒動は単なる跡目争いだけじゃなかったということだな」
 氷室の声も聞こえた。気配を隠してはおらず、声の調子も荒い。やはり弾丸が命中していたらしい。
 しかしケージには身動きすらままならなかった。
 RRRUUUUAAAAIIII………
 月明りの中で、魔獣が大きく口を開けているのが見えた。あの音はこいつの声だったのだと、やっと脳が理解した。
 そのとき、ケージの中で何かが切れた。
 ドドドドドドドドドド…………。
 小脇に抱えたサブ・マシンガンのトリガーを絞り、毎秒40発の9ミリ弾を、ケージは魔獣に向けて雨あられと撃ち込んだ。
 恐怖に耐え切れなくなった生存本能が、眼前の魔獣に抵抗する無意識の攻撃となったのは、《掃除屋》の最後の矜持といって良かった。並の人間なら、その場にへたりこんで心神喪失するところだ。
 AIIIIIIIIIIIII………
 しかし魔獣は何千発弾丸をぶち込まれても平然と《掃除屋》を見下ろし、低くたなびく咆哮の尾を引いている。
(あんた、最近銃に頼り過ぎてるよ)
 ケージの脳裏に、紫城貴和美の別れ際の言葉が蘇った。皮肉っぽい余裕たっぷりの貴和美の瞳。
「なぎ払え!!」
 GAAHHH!!
 久鬼麗華の声に呼応して獣声が1オクターブ跳ね上がったと思う間もなく、魔獣がとてつもない速度で動いた。
 ガン!
 右腕の一閃がケージをベランダにふっとばす。あまりにも常軌を逸したスピードとパワーによる魔獣の一撃は、ケージの五感を越えていた。
「ぐっ……はっっ」
 テラスに両手を突く不様な姿勢で、呻き声もあげられず、塊になった息を吐いた。しなやかな身体の中で骨格が軋み筋肉がバラバラになってしまいそうだ。
 AAAAIIIIII…………
 不気味に咆哮をあげつつ、魔獣が今度はことさらゆっくり歩み寄ってくる。
(やられる!)
 ケージはパニックに陥りそうな自分を押しとどめ、必死になってベランダを見渡した。
 何か使えるものはないか!?
 魔獣の一撃でグチャグチャになったサブ・マシンガン。ミサイルでふっとんだコンクリートの破片、カーテンの切れ端。いつのまにか手から離れたコルト・オートマティック。 役に立ちそうなものは何もなかった。
「やっておしまい」
 麗華の冷たい声が、部屋の奥の闇の中から聞こえた。
 その時、ケージの視界の隅に、さっき自分が使ったワイヤーの端が映った。
 RRRUUUUAAAAIIII……
 ザスッ、と鈍い足音が聞こえる。
 考える時間はなかった。
 GAHHH!!
 魔獣がふたたび襲いかかるのと、ケージがそれより一瞬早くワイヤーの先端をつかむのがほぼ同時だった。魔獣の指の先がケージの膝を払い、それだけでケージはワイヤーをつかんだまま真夜中の宙空に放り出された。
 まわりで夜の街と空がメチャクチャにひっくりかえる。身体中が限界を越えたGに悲鳴をあげ、すうっと気が遠くなったかと思うと、ケージは何かとても堅いものに叩きつけられた。
 グワアアアアアアアアン!!
 すさまじい音がした。
「ぐおっっ」
 受け身を取れたのは奇跡だった。失神しなかったのは激痛のためだ。しかしケージがすぐに半身を起こし、周囲をうかがって何がどうなったのかを確認しようとしたのは、天性の《掃除屋》としての本能だった。
 一瞬、夜の街に浮いているのかと思った。実際、両足は宙に浮いている状態だった。8階のベランダからはじき飛ばされ、空中でワイヤーから手を離したケージはビルの隣のゴルフ練習場の網に叩きつけられ、偶然侵入するときにワイヤーを固定していたケーブル鉤が網にひっかかったのだった。ケージが耳にしたすさまじい音は、身体が網に叩きつけられたときの衝撃でゴルフ練習場跡の外壁パネルが破損した音だった。
 とにかく、何とか危機は脱したのだ。
 ケージは、気が緩むのと同時に失神しそうになるおのれを奮い立たせ、ケーブル鉤の固定をはずして網を降りた。50メートル以上を落下したのだろう、わりとすぐに地面にたどり着くことができた。
 下で待機しているはずの〈お喋り〉ナムは何処にもいなかった。しかし麗華と氷室が追っ手を差し向けているかもしれない——それはほぼ確実だ——ので、探さずに夜目を盗んでネオ東京を目指した。
 一時退却。しかたがなかった。


        *


 深夜4時を過ぎても、クラブ〈ディジール〉は客でいっぱいだ。
 左利きのDJ・コー・イェンリンのスクラッチに乗って、16基のボーズ・スピーカーが七色の照明をひっかきまわし、200平方メートルの大ダンスフロアにネオ東京中の欲望が渦巻いている。
 フロア中央の、6個の三角形を組み合わせて作った六角形の〈ステージ〉が、紫城絵梨香の《仕事場》だった。
 深夜1時と2時が絵梨香の出演するショータイムで、普通、観客としてではなく、自分たちが踊るためにクラブに来るはずの客たちが、絵梨香が〈ステージ〉にあらわれる瞬間にいっせいに静かになり、それから興奮のるつぼと化して〈ディジール〉は異世界に変容する。
 黒のスリップ・ワンピース(膝上15センチの超ミニ)と20センチのハイヒールという、危なげな舞台衣装をまったく感じさせない着実なステップで、ところせましと駆けまわる。コケティッシュなルックスと、抜群のテクニックで人を魅了する絵梨香がクラブ〈ディジール〉のメイン・ダンサーになってから、客足は衰えることを知らない。
 夢の30分を演じ、
「愛してるよ!」
 満面の笑みを輝かせた絵梨香は、空キッスを観客に投げ、〈ステージ〉を飛び下りる。
 そのままダッシュしてフロアをつっきり、店の裏、控え室に続く廊下に出た。
 ぽん、と背中を壁につけて立ち止まる。
「素晴らしいよ、絵梨香」
 ふう、と緊張が解け長いためいきをつく絵梨香に、ひとりの男が声を掛けた。
 クラブ〈ディジール〉店長の三枝だった。
「ありがと」
 絵梨香の返事はそっけない。
 緊張しているのだ。5年前にふらりとエイリアン・ストリートにあらわれ、クラブ〈ディジール〉の営業をはじめて、アッという間にネオ東京一のスポットを作り上げた三枝は、まだ30代の青年実業家だが、どこか得体の知れないところがあった。
 まだ学生だった絵梨香の才能を見出だし、優しげな言葉を掛けてスカウトしてきたときには、絵梨香はそれほどスターになりたかったというわけでもなかった。ほんの軽い気持ちでこの世界に入ったズブの素人に、三枝は約一年の本格的レッスンを受けさせ、ブロードウェイクラスの実力の持ち主に変貌させたのだった。
 そのときの三枝の鬼気迫る厳しさを、忘れることはできなかった。
「……で?」
 真剣な表情で、三枝を見る。
 三枝は〈ディジール〉の看板スター紫城絵梨香のショータイムを、レギュラーでは一晩1回に設定している。しかし、毎晩同じ時間の〈ステージ〉は客を安心させ、それは『飽き』につながる、との考えから、不定期にシークレット・ギグを行うことにしていたのだった。レギュラーのショウとは異なる、ハードなプログラムのものだ。
 絵梨香が言葉の語尾を上げたのは、今日はどうするのか? という意味だ。
「おつかれさん」
 三枝がにっこり笑って言った。今日は終りということだった。
「ふぅーっ」
 はじめて絵梨香は表情を緩め、長い息を吐いて膝を崩した。
 言うことだけを言ってしまうと、三枝はにこやかな表情のままで、何も言う暇を与えずくるりと踵を返しその場を立ち去った。そういう態度はいつものことだった。気にせず立ちあがって、控え室に向かって廊下を歩きだす。
 絵梨香は三枝から店の奥に専用のプライヴェート・ルームをもらっていた。深夜の仕事だし、人気商売なので、変質的なファンの対策として店の中で生活できるスペースを提供されていたのだ。最初のうちこそ監視されているみたいで嫌な感じがしたものの、五つ星ホテル並に設備の整った部屋の快適さから、いまでは、週のうちの大半をそのプライヴェート・ルームで過ごすようになっていた。
 指紋照合のカード・キーを開け、自室に足を踏み入れると、部屋には明りが点ったままで、カーペットに泥が付着しているのに気がついた。
(誰かいる!?)
 一瞬、今朝ダイモン・コンツェルンの連中に襲われた時の記憶がよみがえる。
「ひっ……」
 叫び声を上げそうになった瞬間、廊下の先、リヴィングルームとの仕切りになっているガラス戸に倒れたケージに気がついた。
「ケ、ケージ!?」
「よ、よお……」
 全身ズダボロのひどい格好で、ケージがお気楽に応えた。
「ど、どうしたの!? よお、じゃないでしょ? どうしてこんなことに……」
 絵梨香は矢継ぎ早に質問し、慌ててケージの側に行く。よほど酷い目にあったに違いない。ケージのコンバット・スーツは、まるで紙同然に引き裂かれて、内出血した青黒い肌が露出している。埃と泥にまみれ、土気色の顔には生気がない。
「ダイモンの連中ね? だから言ったじゃない、いかないでって、もう、バカッ」
 脇の下に頭を入れてケージを抱え上げ、リヴィングのソファーまで運び、服を脱がせて傷を診ながら、絵梨香はヒステリックに涙さえ浮かべて言った。
 動揺しているくせに、適格な処置をテキパキとこなしていくのは、さすがに紫城《武器屋》貴和美の妹だといえた。ルックスはいかにもお嬢さん育ちに見えたが、物心つくずっと前から、アウトローの世界で生きてきたのだ。
 ケージを素っ裸にひんむいて、大事に至る傷のないことを確認する。とくに必要はないのだけれど、習慣から常備してある簡易医療ボックスを使って、あおむけにソファーに寝たケージの身体を丹念にケアしていく。
「ち、……がう、よ。ダイモンにしてやられた、わけじゃない。俺のミスさ。単なる跡目争いだと思ってナメてかかった、ま、……バカには違いないけど、な」
 めずらしくケージが饒舌になっていた。これまで、ケージが絵梨香に《仕事》の内容を、例えそのほんの一部分でも漏らしたりしたことはない。待ち伏せされたことが、というよりもむしろ襲撃が空振りし、あろうことか返り討ちに遭って、いかに相手が〈魔獣兵器〉だったとはいえ、まったく問題にされずなぎ払われたことが、ケージの精神に与えたショックは計り知れないものがあったのだ。
「大丈夫なの?」
 不安気な瞳で、絵梨香はケージをじっと見つめた。ケージの傷はいま見た通り内出血と筋肉の裂傷が主なもので、痛みはあっても骨折や内臓に影響するような深刻なものではない。絵梨香の表情は普段と違うケージの様子に感染しているのだ。
「ああ、すまん」
 潤んだ瞳を見た瞬間に、ケージは自分の動揺がまさに鏡に映っているのを感じ、一度目を閉じた。
「もう大丈夫だ」
 それから瞼を開け、ニヤッといつも通りの不敵な笑みを作り、きっぱりと言った。
「本当に?」
「俺が今までお前に嘘を言ったことあるか?」
 ソファーに仰向けになって寝ているケージは、そのかたわらに膝を屈し、恋人の顔を不安そうに覗き込む絵梨香の髪を撫であげ、柔和な微笑みを見せる。
 それはいつも通りの《掃除屋》の顔だった。
「いっつも嘘ばっかりついてるくせに」
 絵梨香は顔中をくしゃくしゃにして泣きだし、ケージの胸に顔を埋める。髪の毛先から甘い感覚が伝わってきて、陶然となる。
「絵梨香……」
 優しい声がケージの口から漏れた。
「うっ、痛つつ……」
 しかし肋骨にガタがきているので、絵梨香の口唇がこするたびに、声には苦悶の色が混ざる。
「ケージ……」
 顔をしかめ、それでも微笑んでみせるケージの顔を見て、絵梨香の胸にたまらない愛しさがこみあげてくる。傷つきズタボロになっていながら、なお自分を気遣ってくれる恋人に、なんでもしてあげたい気分になってくるのだ。
「こいよ……」
 その気持ちを察したのか、ケージが絵梨香の顎に手を差し延べ、ほんの少しあおむかせると、自然に突き出すかたちになる口唇にキスをした。
「ダ、ダメよ……」
 絵梨香は頬を紅潮させて言った。そんなことをしてる場合じゃない、と言いたかった。「いま〈ステージ〉上がったばかりだから、……汗が……」
 しかしケージのキスが口唇から顎、首筋へと移動していくに連れて、脳髄が甘く痺れていき、出てくる言葉がすっかり快感に彩られていくのを、止めようがなかった。
「大丈夫、いい香りだ」
 スリップ・ワンピースのストラップを外し、ぽろんと零れ出た型崩れのしない乳房に顔を埋めてケージが言う。乳暈がピンクに色づき、中央の突起が息が触れるたびにボリュームを増す。
「ふっ、……はああっ、ダメッ」
 固くしこった舌先が乳首の割れ目に忍び込み、絵梨香は背筋をしならせて高い声を出した。自然に股が開き、あおむけに寝たケージの下半身にみずから腰を擦りつけるのを止められない。
「俺に力をくれ……、お前だけが頼りなんだ」
 甘い息をうっすらと桜色に染まり出した肌に吹きかけ、ケージが言った。
「む、矛盾してるわ……、弱ってんだから、激しい運動しちゃ、ダメ、よ……」
 絵梨香の抵抗の言葉は空しかった。快楽への期待に染まった肉体は、もっともっと触ってもらいたがっている。
「激しくしなきゃいいさ」
 軽い口調で微笑み、ケージはするするっと腰を浮かせた少女の躯からスリップ・ワンピースを剥ぎ取った。Tバックの、ほんの申し訳に局部を隠す小さな布っ切れ一枚になった、眩しいほどの裸身がポロッとあらわれる。
「上に乗って」とケージ。
「え、……そんな」と絵梨香。
 いつもケージが絵梨香を攻める一方のスタイルを取ったことしかなかったので、絵梨香は戸惑ってしまう。
「うまく身体が動かないんだ。ホラ、俺の方に尻を向けて」
 いわれるまま、後ろ向きに絵梨香はケージにまたがった。桃尻が顔の真正面にくる姿勢だ。
「可愛いよ、絵梨香」
「いや、……恥ずかしい」
 ケージの表情が見えないので、絵梨香は恥ずかしさと不安で身を捩らせる。しっとりと桃尻に汗が浮かび、肌の上を伝うのが自分でもわかった。
 分泌されているのは汗ばかりではなかった。
「本当に可愛いよ……」
 ケージがそう言ってTバックの紐を外す。きらきら光ってぱっくり口を開けた少女のラビアがあからさまになった。
「ああ……、ダメ……」
 絵梨香は目を閉じて、甘い声を出す。
 自分の目で見て確かめなくても、腰の奥がジンジンする感覚で秘所が蕩け切っていることはわかっていた。まだまったく触れられていないのに、次から次へと愛液が分泌され、トロトロと流れだし、ついにはスリットから溢れてケージの裸の腹筋の上に落ちる。
「もうちょっと近くにきて」
 言うより早く、グイッと桃尻を引き寄せた。
「ああんっ」
 視線を感じてふたたび泣き出しそうな声をあげる。
「ふーん、そういや、ここはまだちゃんと見たことなかったなー」
 場違いに呑気なケージの声が聞こえた。そしてラビアの上の、薄茶色したすぼまりに指を添えられる。
「ダッ、ダメよそこは本当にダメッ、やめてお願い……」
 くねくねと桃尻を揺すり、絵梨香は切羽詰まった調子で叫んだ。甘い蕾が、ピクンピクンと連動して蠢く。
「いいよ、ここだって可愛いって」
 構わずにケージは絵梨香の肛門の周囲に指を滑らせ、口唇を近づけててキュッと締まったすぼまりに舌を差し入れる。
「はっ、……ああっっ、ダメ、……お願い、今日はまだシャワー浴びてないの、汚いから……」
 絵梨香は投げ出したケージの両足の上に突っ伏して哀願した。括約筋に力が込められ、ケージの固くとがらせた舌先を締めつける。
「汚い、か。そうだな、いうなればここは絵梨香の躯の中で一番汚い場所って訳だ」
 舌を抜き、かわりに人差し指を挿入してケージが言う。
「はっ、……そっ、そういうこと言わないで」
 異物感に絵梨香は高い声を出す。しかし、桃尻の中心から、嫌悪とは違う甘い感覚が込みあげてくるのに、おののいて震えた。キュッキュッと指がすぼまりを往復するたびに、快感の電流が増幅して背筋から脳髄をどんどん痺れさせ、通常の判断力を奪っていく。
「誤解するなよ、ここも可愛いって言ってんだよ」
 余裕の口振りで、ケージは絵梨香の桃尻を押さえ、尻肉を強引に押し開く。きらきら光る秘肉の中心にぽっかり開いた穴から、とろとろと分泌液が溢れ出してくる。
「はあっ、……ああ……」
 スースーした風が秘部に当たり、絵梨香はぼんやりと瞼を開けた。
「あ……?」
 目の前にケージの陽根があった。まだゆったりと両足の間に砲身を休ませている。ほとんど無意識のうちにその眠れる肉の凶器にてのひらを添える。
「入れたいのか?」
 ケージが聞く。びくん、と陽根が手の中で跳ねた。
「ち、違う……」
 絵梨香は真っ赤になって否定したが、陽根に添えた指の優しい動きがその言葉を裏切っている。
「いいんだぜ、入れたいんなら、ちゃんと使えるようにしろよ」
 ケージの返事は意地悪だ。
「…………………」
 絵梨香はしばし生まれたばかりの動物の子供みたいな柔らかなペニスを見つめ、やがて意を決して釣り鐘型の先端を口唇に咥えた。
「ふん……んっ、……んんっ」
 柔らかに濡れた舌を唾液をたっぷりと擦りつけて絡ませる。みるみるうちに亀頭に血液が流れ込み、口蓋の中で肉棒は体積を増していく。膨れあがって砲身が反りかえり、少女の小さな口では咥えきれなくなって、口唇をめくり返し外気に触れた。
「相変わらずフェラは上手いな、絵梨香」
 ケージの口調からいくぶん余裕が消えている。
「…………………」
 絵梨香は黙ったままじゅぶじゅぶと音を立て陽根をしごく。ヌポッと陽根を口唇からはずし、亀頭の先割れに溜まった分泌液を舌先で掬い、丹念に舐める。うっとりと陶酔し切った表情だった。
「ひあっ」
 いきなりケージがクリトリスを捏ねた。もうすっかり潤みを帯びて膨脹した敏感な肉の芽は、息を掛けられただけでもたまらない快感のパルスを疾らせるのに、だしぬけに指の腹でいじくられ、少女の精神を打ち砕いた。
「はっ、ひっ、ひああああっっ」
 女芯を攻めながら、ケージは余った指を秘口に伸ばす。
「ふっ、ふあああああああっっ」
 信じられない快感だった。
 肛門、クノトリス、膣口の三か所を同時に弄ばれて、絵梨香はがくんがくんと桃尻を痙攣させ、ケダモノじみた咆哮をあげてのたうった。てのひらから陽根がこぼれ、勃起力で跳ね上がった砲身がたおやかな少女の頬を打つ。
「ふうううううぅぅっっ」
 絵梨香の眼球の裏で、数億個の花火がいっせいに爆ぜる。ケージの下半身にしがみついて、無意識に躯をずりあげる。
 もう限界だった。
 ぽっかりと開いた桃尻の中心に、いますぐにケージの分身を収めなければ、気が狂ってしまうに違いない。
「欲しいのか?」
 わかりきったことをケージは聞く。すこぶる上機嫌な口振りだ。
「はうっ、はうっ」
 絵梨香はまともに喋ることもできない。ただ意味にならない声を発し、ぶんぶん首を縦に振るだけだ。
「いいぜ、ホラ」
 言葉と同時にケージが手を離す。絵梨香は一気に身を起こし、ケージにまたがり直して秘裂に陽根をあてがう。
 プチュウ……と、小さな、しかしたまらなく淫猥な、淫水の泡が潰れる音を立てる。
 ゆっくりと亀頭が膣口に滑り込んだ。
「ふうっ……うううんんっっ」
 背筋に力を込めて絵梨香は腰を落としていく。きつい媚肉の中に肉の楔が埋め込まれていく。しとどに溢れる愛液が、肉棒に押し出されて漏れ、繋がりあった内股を濡らす。
「うんっ、……んんっ」
 意味もなくうなずき、絵梨香はしっかりとケージの肉棒を味わった。肉襞の間から、奔放な血液の脈動が伝わってくる。
「はああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 堰を切った快楽の波が長い長いためいきに変わって口唇から吐き出された。
「ひあっ」
 絵梨香の背中を、半身を起こしたケージが舌先を伸ばして舐めた。1オクターブ高い嬌声を跳ねあげ、少女の肉体がビクンビクンと激しく痙攣する。
「あああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 虚ろな瞳を中空に投げ掛け、絵梨香は消え入りそうな涕泣を搾り出し、くたりと前のめりに倒れた。全身の穴という穴からどっと分泌液が溢れ出す。
(死んじゃいそう……)
 汗と涙と涎にまみれた絵梨香の顔は、とてもネオ東京一のアイドルのものとは思えないほど浅ましく、かつ美しい幸福な表情を浮かべている。目も眩む快楽に包まれて、躯を覆う熱い液体の中でたゆたっているのだ。
 ヌポッ、と間抜けな音を立ててケージが肉棒を引き抜いた。
「え——?」
 どうして? という表情でケージに振り返った。この世のものとは思われないオルガスムスを与えられたとはいえ、やはり女の子なのだ。愛しい男が射精するまで、愛の行為が完全に終わったとは思っていない。
「これでいいのさ」
 ケージはくねくね動く絵梨香の桃尻を撫でながら言った。その顔には先程迄とは打って変わった精悍さがみなぎっている。
「どういうこと?」
 絵梨香には何がなんだか分からない。いつもならこれからが本番で、柔襞が痛くなるほど責め、たっぷりと精を放つのがケージの流儀のはずなのだ。
「房中術ってやつだよ。気を放たず身に満たせばたちどころに回復する。一度試してみたかったのさ」
 ケージはにっこり笑って言った。もっとも、その言葉は半分は嘘だった。いちじるしく体力を消耗したときに、セックスによって体中の気を養い回復する房中術という技術は確かに存在する。しかし、その技術をケージに伝授したのは紫城《武器屋》貴和美であって、いうまでもなくそれは躯で教えられたものだから、これがはじめてというわけではなかった。
「……ふうん」
 絵梨香はどことなくつまらなそうだ。それはケージの言葉を疑っているわけではなく、なんとなく途中で放り出されたような気分からくる不満だった。
「俺にもイッて欲しかったのかよ?」
 ケージには絵梨香の内心などすべてお見通しだ。
「え? ……うん」
 絵梨香は一瞬たじろぎ、それからとってもはずかしそうにうなずいた。そうなのだ。自分だけが気持ちよくてもダメなのだ。お互いが昇りつめてこそ、『愛のあるセックス』というものなのだ。
「気持ちは分かるけどね、ま、帰ってきたらたっぷり可愛がってあげるから、今晩はこれで勘弁してよ」
 ケージはベッドの上で胡座を組み、うーんと上半身をのばして言った。
「……え!?」
 絵梨香の顔が凍りつく。
(「帰ってきたら」? 「今晩は」?)
「それってどういうこと? まさかケージ……」
 ガバッと躯を起こし、つかみかからんばかりの勢いで言う。
「もちろん」
 右手のてのひらを絵梨香の眼前にかざし、ケージははっきりと言い切った。
「回復したんだから、お礼に行かせてもらうのさ」
「な……!?」
 絵梨香は絶句した。その隙をつき、ケージはソファーから起きあがり、絵梨香の部屋に置いてある自分のコンバット・スーツをクローゼットから出してテキパキと身に着けていく。
「ま、待ってよ……」
 絵梨香が言った。つぶやきに近い声だった。
「安心しなよ、ちゃんと戻ってくる」
 ケージは振り返りもせずにお気楽な調子で答えた。
「そんな……」
 いっつもそうなのだ。誰が何と言ったところで、「行く」と口にしたかぎり、どうあってもケージは危地にのりこむのだということは、絵梨香にはわかりきっていた。
 泣き顔になった。
「安心して待ってろよ」
 ケージが柔和な笑みで絵梨香の髪を撫でた。
 その時、指紋照合しなければ開かないはずのカード・キー式ドアが開く音がした。この部屋に住人登録をしてあるのは絵梨香本人とケージだけのはずだ。
「誰!?」
 絵梨香が高い声を出したが、そんなことは聞くまでもなかった。
「しまったぜ……」
(今日はよくよくドジる日だな)
 ドアに背を向け、銃も持たずに絵梨香の側に立っていた自分の、常にない無防備さに、ケージは身体が灼ける思いがする。
「動いてもいいか?」
 ブルブル震え出した絵梨香の両肩に手を置き、態度で『落ち着け』と伝え、背後の侵入者に向かって言った。
「どうぞ」
 聞き覚えのある声だった。余裕たっぷりの、イヤミな少年っぽい美声。
「お迎えだぜ」
 氷室〈崑崙〉葉介が、振り返ったケージの前に立っていた。右手にS&Wを握っている。 照準は絵梨香にぴったり合わさっていた。
「そちらのお嬢さんもだ」
 ニヤリと笑って、氷室は言う。
「どうしてここが分かった?」
 絵梨香のプライヴェート・ルームをケージが利用していることを、知っている者はいないはずだった。それこそ、クラブ〈ディジール〉の店長三枝でさえ、ケージがここにいることは知らない。
「〈お喋り〉な友達が教えてくれたのさ」
 ますます笑みを濃くして、氷室は答えた。
(あいつか……)
 唇を噛んだ。ナムが逃げそこねだのだと、ケージは直感した。ネオ東京一の《情報屋》である〈お喋り〉ナムだったら、確かにケージの秘密くらいつかんでいてもおかしくはない。しかし、あのナムがタダでケージに不利な情報を連中に売るとは思えない。
「……ナムをどうした?」
 ケージの言葉が堅くなっていた。絵梨香が怯えて、服の裾をつかんだ。
「いまごろエンマさんに舌でも抜かれている頃さ」
 はっきりと満面の笑みになって、氷室は言った。
 ギリッ
 ケージは歯がみして氷室を睨んだ。
「……あついは嘘はつかないからな、舌は抜かれないさ、……どうせなら落語でも聞かせてるだろうよ」
 いますぐ躍りかかって氷室をぶちのめしたい誘惑を辛うじて押さえた。
「ま、近いうちにどっちの意見が正しいか、お前ら自身で確かめることになるさ」
 氷室はまったく平然としている。
 そしてパチンと指を鳴らした。わらわらと氷室の背後から黒ずくめの男達があらわれた。〈D・D〉のチンピラではない。大門豪作直属の部下たちだ。いずれも劣らぬ格闘術のプロであり、身のこなしに一部の隙もない。
「一緒にきてもらうぜ」
 氷室は言った。

士塔渡
作家:士塔渡
サイレンス・オブ・マッドネス
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