サイレンス・オブ・マッドネス

第4章 切り裂かれたウェディングドレス


 大門美朋は目を閉じている。
 眠っていた。
 純白のウェディグドレスを着せられ、きれいに揃えた脚の上に両手を置いて、美朋は、ソファーの背もたれにしどけなく躯を預け、こんこんと眠り続けていた。
 6面の白い壁が間接証明に照らし出されているだけのその部屋には、ソファー以外の調度品の類いはひとつもない。
 ケージが観せられた、ヴィデオ・ディスクに映っていた部屋だ。
 ここに連れてこられてから、美朋を襲った運命は、あまりにも過酷なものだった。
 ヴィデオ・カメラの前で二人の男に凌辱され、破瓜の傷が癒えるまもなく、次から次に男たちに抱かれ続けた。
 男たちは、ひとりのことも、ふたり、それ以上の集団レイプの時もあった。
 躯の穴という穴に、男たちは屹立した肉の兇器を突き入れ、腰を揺すって精液を吐き出した。
 いつ果てるとも知らぬ凌辱の時間は、美朋の肉体にダメージを与えるより、むしろ精神をズタズタに引き裂いた。抵抗する気力もなく、思考力も薄れ、美朋は、いつしか自分が何者であるのかもわからず、なぜここにいるのか、いつからこうしているのかさえも、朦朧とした意識の外側に放り出してしまい、ただ、のしかかってくる男たちを無抵抗に受け入れるだけの、生ける人形となっていた。
 つい数時間ほど前、男たちは不意に凌辱を中止し、美朋を風呂に入れ、傷の手当てをし、真新しい衣装に着替えさせた。湯船に漬かっているあいだに、美朋は加えられる苦痛が和らいだために気が緩み、もう何日ぶりであるかわからない眠りの中になだれこんでいった。眠りつづけていた美朋は、今自分が純白のウェディング・ドレスを身に着けているのだということを知らなかった。
 美朋のほかに、部屋にはふたりの人間がいる。
「美しい……」
 そのうちのひとり、大門豪作が、ソファーに座る美朋を眺めおろし、興奮を無理に押し殺す低い声を出した。
 実際その言葉は決してオーヴァーなものではなかった。
 綺麗に磨きあげられた美朋の柔肌はうっすらとピンク色に染まり、連日の凌辱の影はまったくその痕跡をとどめていない。それどころかむしろ、男たちの欲望を吸収した少女の肉体は急速に成熟し、生まれ持った清楚な美貌に輝きが増している。
「お気に召したかしら?」
 部屋にいる3人の最後のひとり、久鬼麗華が、豪作の背後から声を掛けた。
「急な連絡だったから、湯浴みさせて、あなた好みの衣装を用意することしかできなかったけれど、喜んで頂けたのなら嬉しいわ」
「じゅうぶんだ」
 豪作はうなずき、麗華に振り向く。
 豪作の顔は、今まで麗華が見たことのない歓喜の表情に満ちあふれていた。
 身長190センチ、体重100キロを越える豪作の体躯は、しなやかな猫科の獣を思わせる氷室とは違い、どっしりとした重量感がある。学生時代には柔道でインターハイに出場し、幼少から大門家の帝王学を修め、海外で経営学のマスター・コースを取得した俊才でもあった。
 獅子鼻に、太い眉、唇も太い。
 鍛え抜かれた精悍な肉体に、29歳という年齢に相応しからぬ落ち着いた雰囲気があった。そのクールな顔をピクリとも動かさず、何十人もの命を奪う指令を下す場面を、麗華はこれまで何度も目にしていた。
 それだけに、ふりかえった豪作の、いつもと違う内心を露わにした歓喜の表情に、麗華は、大門家の美朋をめぐる暗闘の根の深さを見た気がする。
「?」
 しかし麗華は表情を変えず、小首をかしげて次の言葉を促した。
 自分たちが踏み込むべきではない領域があるのを、麗華は自覚していた。そういう『自覚』が、裏社会で長生きする秘訣だ。
「これから兄妹水入らずの話がある。お前は席を外してくれ」
 豪作が短く言った。こころなしか普段よりも声が堅い。
「はい、ごゆっくりお楽しみ下さい」
 麗華は思わせぶりな微笑を浮かべ、あっさり答えて部屋を出た。
 ガチャン、と扉が閉まる音を聞き、豪作はそっと美朋のとなりに腰を下ろした。
 豪作の巨体にソファーのスプリングがギシギシ短い悲鳴をあげ、振動で美朋の髪がほつれ、額に一房落ちかかる。まったく目を覚ます気配はなく、スー、スーと規則正しい呼吸音が、静かな部屋に響いている。
「美しい……」
 ふたたび、豪作が同じ言葉を口にした。
 大門豪作は妾腹の生まれだった。
 父・雄一郎は家庭内でも絶対的権力者で、なかなか子供の出来なかった正妻・晴美公認の愛人が3人おり、そのうちで最初に妊娠した絹子は、生まれたのが男子だったこともありとくに優遇され、美朋が誕生する前から大門家に住まっていた。
 豪作にとって、晴美は幼いときからの憧憬の的であった。
 卑しい出自で単に美貌と男を喜ばせる技量に長けていただけの母・絹子と違い、晴美は家柄の良い清楚な気品の貴さを感じさせ、子供心に胸をときめかせていたものだ。
 美朋が生まれたのは、豪作が11歳のときだった。正妻の子供が女の子だったことで、母・絹子がどれだけ喜んだか知れない。その上、もともと身体の弱かった晴美が死亡して、後妻として正式に認められることになったのだ。
 ネオ東京随一、というよりも世界でも有数の資産を持つダイモン・コンツェルンの後継者の椅子は、まだ小学生だった豪作にとって大した魅力を持っていたわけではない。しかし兄妹同然に同じ家に暮らし、一緒に育つ『妹』が、自分には決して手の届かないあこがれの女性に日一日と似てくるにしたがって、自分が大門家の『正当な』後継者ではないというコンプレックスが、しだいに豪作の頭を占めることになった。
 そしていつしか、美朋を手に入れることが、ダイモン・コンツェルンを手に入れることと、豪作自身の中で重ね合わさるようになっていった。
『許しませんよ』と、母・絹子は言った。
 絹子は生前の晴美より、どうしても周囲から女として、また人間としても評価されなかったことを恨み、その憎しみを美朋に向けていた。そのために、豪作の欲望を知りながら、決して息子に美朋を与えることをしないで、豪作の愛人・久鬼麗華を使いチンピラに凌辱させたのだ。
『あの娘は、苦しめるだけ苦しめて、殺すのです』
 絹子は断言した。実力的には誰に遅れをとるものではないが、対外的にはまだ29歳の若造でしかない豪作にとって、雄一郎亡き後のダイモン・コンツェルンの後継者となるためには、まだまだ絹子の協力が必要であり、ここは母のいうことを聞くしかない。
「しかたがないな……」
 実母・絹子のとりつくしまもない口調を思い返して、豪作は誰にともなくつぶやいた。 と、不意に美朋が顔をしかめ、一、二度軽くイヤイヤをして、ぼんやりと瞼を開けた。
「お、……お兄様……」
 焦点の合っていない瞳で豪作を見て、弱々しい声を出す。
「助け……」
 助けてくれ、といおうとしたのか、それとも助けにきてくれたの? と聞こうとしたのか、美朋自身にもわからなかった。声を出した瞬間に、もしかするとこれまで起こった出来事はすべて悪い夢ではなかったのか? と思い、言葉を切ったのだ。自分はずっと自宅のベッドの中にいて、柔らかなシーツにくるまっていただけで、本当は何も起こってなどいないのではないか? 
「目が覚めたか……」
 豪作が優しい声で言った。
 兄の笑顔は、美朋にとっては見慣れたものだったが、そのまなざしに邪悪な光が宿っているのに、傷ついた少女の本能が敏感に気づいた。
「お兄様?」
 おずおずと豪作の様子をうかがう。そして、がっちりした肩のうしろに見える白い壁と天井が、思い出すのも身の毛のよだつ、あの凌辱がはじまった部屋と同一であることを美朋は発見した。
 夢ではなかったのだ。
「なに、これ!?」
 思わず自分の躯を抱きしめて、花嫁衣装を着せられているのに気づき、美朋はかん高い声を出した。
「俺が用意させたんだ」
 美朋の狼狽ぶりを楽しげに見て、豪作は優しい声音のままで言った。
「え?」
「これからほんの少しの間だけ、お前は俺の花嫁になるんだ」
 美朋の顎の下に手を差し延べ、上目遣いの瞳を覗きこむ。熱い息が少女の頬をなぶり、美朋は息苦しくなりながら、それでも豪作の強い眼光から目を逸らすことができない。
「ずっと、長い間この時を待っていたんだ。お前は気づいていなかったかもしれんが、俺はずっとお前が欲しかったんだよ」
「なっ……」
 絶句し、美朋は目を丸くして豪作の顔を見つめた。
「ほら、もっと近くにおいで」
 顎に触れた指を頬に移し、産毛を撫であげ豪作は言った。指の腹のゴワゴワした感触が、美朋の全身を総毛立たせる。
「いやっ」
 反射的に美朋は豪作の手を払い、追い詰められた声を出した。
「お、お父様が、そんなのこと……」
 お許しにならないわ、と言いかけて、美朋は言葉を失った。豪作の冷静なまなざしに変化はない。その不気味なほどの静かな表情に、ただならぬ気配を察知したのだ。
「お、お兄様……?」
 恐るおそる、兄の顔を見上げる。
 いくらお嬢様育ちであるとはいえ、自分がどういう家に生まれたのかぐらいは、美朋だって知っている。逆らうもののない『力』を、父・大門雄一郎はもっていた。少なくとも、ネオ東京全域で、ダイモン・コンツェルンに敵対して普通の生活はできないというのは、いわば『常識』であった。それゆえ、みずからの幸福と安全を脅かす事件など、起きるはずがないと思い込んでいたのだ。しかし、現に自分は拉致・監禁され、そしてさんざんに蹂躙されたのだ。
 もしや——父に何かあったのではないか? 美朋は一瞬で最悪の想像をした。
「その通りだ」
 豪作が意味ありげな表情でうなずく。
「お父様は、もう、何もおっしゃられない」
 興奮を押し殺した声で、わざと回りくどく言葉を継いだ。
「何を……、したの?」
 美朋には、自分の声が、どこか遠くのほうで鳴っている、意味のないただの物音に聞こえる。
「身体の具合が悪いとおこぼしになられていたのでね、薬を飲んで、楽になっていただいたんだ」
 クックックッ、と喉奥に笑いを含んだ声で、豪作は答えた。
「ああっ……!!」
 絶望に、美朋の目の前が真っ暗になる。肺腑を抉られるような声が、薄桃色の口唇から絞り出された。暴漢に凌辱されたことだけなら、事故とでも思って忘れることもできるかもしれない。しかし、あの優しい、いついかなる時であろうとも自分を保護してくれていた父、大門雄一郎が、もうこの世にいないのだ。
 子供のときから一緒に暮らしてきたに人間として、豪作がそれがおよそどんな事柄であっても、口に出したからにはかならず実行する男であることを、美朋はよく知っている。
 間違いなく、父は死んだのだ。
 兄に殺されたのだ。
 そして、今や自分の命運も、この、邪悪な目を持つ男の手中にあるのだった。
「ああ……、あああ……、あ……」
 ひと粒、またひと粒と、黒目勝ちの瞳から涙がこぼれ落ち、美朋は両手で顔を覆った。
「心配するな」
 嗜虐欲を刺激され、高ぶる声をなだめすかして、豪作はさらに残酷な言葉を続ける。
「お前もすぐにお父様のところへ送ってやろう、寂しくないようにな」
 シュルシュル、とシルクの衣擦れの音をさせ、ゆっくりとネクタイをはずす。
「その前に、俺の積年の夢をかなえさせてくれ」
 上着を脱ぎ、ワイシャツの前を開ける。下着を着けない習慣なので、筋肉質の胸板が生で現れた。その内部の心臓が、ドクン、ドクン、と激しい音を立て、期待に踊っているのを、豪作は歓喜をもって感じている。
「ああああ……」
 美朋は何も見てはいなかった。
「どうして……?」
 ただかぼそい声を出した。美朋には豪作の行動の真意が理解できなかった。腹違いとはいえ、実力主義者であった雄一郎は、妾腹の豪作を差別することはまったくなく、それどころかその能力を高く評価していた。美朋に会社に対する野心はなかったし、父もいずれは豪作にダイモン・コンツェルンを継がせると広言してはばからなかった。
 その父を葬らなければならない理由が、どうしてもわからない。
「すべてが欲しいんだ、俺はな。それに、あの親父のことだ、そうそう簡単に引退してはくれんだろう。あれこれ指図されるのはうんざりなんだよ」
 豪作は静かに語り、美朋の手首をつかんだ。
「ひっ……」
 その刹那、美朋の頭の中は何もかもが目茶苦茶になった。
「いやっ、……ああっ、ダメッ、いやっ、嫌いっ……」
 両手をブンブン振りまわし、意味のないとぎれとぎれの言葉を吐いて、がむしゃらに暴れはじめた。
「クククククククク……」
 しかし豪作には、そのすべてが愛しくてたまらない。つかんだ手首のしっとりした肌触りや、かん高い声、紅潮した頬が、昏い官能の炎に油を注ぐ。
「かわいいぞ……」
 苦もなく美朋をねじ伏せ、ソファーに押し倒した。柔道の有段者である豪作にとって、17歳のお嬢様を組み伏せることなど造作もないことだった。
「いやっ……、いやっ……」
 必死の抵抗を試みる美朋の先手を取って、豪作は巧みにウェディング・ドレスを脱がしていく。すべて躯からはぎとってしまうのではない。うつぶせになったところで背中のジッパーを下げ、ブラのホックをはずし、そのままで抱きあげスカートをまくり下着を着けていないのを確認する。
 純白のウェディング・ドレスを着たままの『妹』との性交。その倒錯的な喜びに、豪作は有頂天になっていた。
 すべらかな尻肉を撫であげる。
 ぞっとする感覚が、美朋の尾蹄骨から背筋を駆け抜けた。
「いやっ、……あああ……、やめてぇ、お願い……」
 涙でぐしゃぐしゃになった顔を無理に逸らして呻く。
「いくら泣き叫んでも、無駄だ」
 後ろから華奢なうなじに接吻し、ことさら強いはっきりした口調で、豪作は断言した。びくん、びくん、と美朋の躯が痙攣するのが唇に伝わり、豪作の脳裏に、10年間憧れ続けた清楚な笑顔の映像が浮かぶ。
「いやっ……いやっ……」
 美朋は、ただ同じ言葉を繰り返して泣きじゃくっていた。
「綺麗な躯だ……」
 豪作の腹の底から、感に耐えない声が漏れた。美朋の露わになった背中に浮かび上がり蠢く肩甲骨に唇を移動させ、舌なめずりしながら右手のてのひらをウェディング・ドレスの胸元に滑りこませる。
「やめ……て……」
 美朋の懇願は空しかった。数日のあいだ男たちに凌辱され尽くした少女の肉体は、外見こそ以前と変わりない清楚さをたたえてはいたものの、内部から、すでに男の愛撫をたやすくうけいれる従順なメスの器に変容を遂げていたのだった。
「はっ、……くっ」
 柔らかく張った乳房を揉みしだかれ、美朋の喉奥から、苦しげな声が吐き出された。皮膚の内側の脂肪が溶け出して、柔らかな肌をしっとりと濡らし、薄桃色に染め上げていく。関節が外れてしまったかのように、全身の力が抜けていくのをどうしようもなかった。
「いい乳だ」
 豪作はわざと下品な言い方をした。てのひらに吸いつく乳房の感触が堪らなく心地好い。球面の中央の突起に触れると、たちまち硬く勃起し、美朋は弱々しくかぶりを振った。
「ああ……」
 絶望的な声を漏らす。心は冷えきっているのに、躯だけが敏感に男の欲望に反応して、従順に快感を分泌していくのだ。
「大人しくなったじゃないか」
 豪作はそう言い、美朋の躯を後ろから抱えたまま、ソファーから腰を上げてスラックスと下着を脱いだ。肉の凶器が隆々と猛り狂っている。ウェディング・ドレスのプリーツの大量の布地が、美朋の背中と豪作の下腹の間にくしゃくしゃになって塊り、ぴったりと身体を重ね合わせることができないので、亀頭の先が桃尻の皮膚を軽く撫で、そのたびに臀部が、びくん、びくん、と痙攣する。
「邪魔だな」
 こそばゆい感触を楽しみつつ、豪作は乳房から手を離し、サテン地のスカートを一気に引き裂いた。
「ああっ………」
 絶望に美朋はきつく目を閉じた。宙に浮かんだ腰がくねくねと蠢き、本人の心理状態とはかかわりなく、凌辱者にはたまらなく扇情的な眺めだ。
「ふん、やっぱり大門の血だな」
 揺れる桃尻を両手でしっかりつかみ、肉たぶを押しひだげて豪作は言った。
「すっかり準備は整っているじゃないか、美朋」
「……………………」
 美朋は口唇を噛んだ。嘲りの言葉通り、小ぶりラビアは充血してしどけなく開き、媚肉が潤いを帯びてピンク色の中身をさらしているのだ。膣口がぽっかりと口をあけ、早くその隙間を埋めてもらいたいと待ち望んでいる。秘肉の奥に怪しく燃える快感の炎が、絶望にゆがんだ美朋の意識をチラチラと焦がしはじめる。ちょっと前なら信じられないことだが、凌辱の時間が、美朋に女の肉体の機能について、嫌というほど教えてくれたのだ。
「腹違いとはいえ実の兄に尻を剥かれてだらだら涎を垂れ流すなんて、お前は立派な淫乱だ。メス犬以下だ!」
 豪作は喜悦にヒステリックとすら聞こえる大声を出した。
 すべてが手に入るのだ。もっと激しく抵抗するかと思っていたが、絹子の謀略によって、麗華たちがさんざんにはずかしめを加えた結果、美朋には完全に奴隷根性がたたき込まれていたのだ。あきらめきって股を濡らし、豪作に刺し貫かれるのをおとなしく待っているだけだった。
「ほうらお待ち兼ねだ」
 完全勃起した肉棒を秘孔にあてがう。
「……………………」
 美朋は何も考えられなかった。抵抗するのは無駄だ。殺して、と懇願してみたところで、豪作はすでに父親を殺害し、自分も「同じところ」へ送ってやると宣告している。とめどなく流れ続けていた涙さえ、もう枯れてしまった。せめて思考を停止するよりほか、なすすべがなかった。
「クククククククク……」
 はりだしたカリ首が秘園に潜りこみ、愛蜜をゆっくりかきまわした。
「くっ、……んっ……」
 スリットに肉棒がこすりつけられるたびに、躯が、ビクッ、ビクッ、と反応し、美朋はきつく眉間に皺を寄せ、唇を噛んで声を押し殺した。しかし、腰から下の尻肉が、くねくねと自分から肉棒を求め蠢くのを止めようがない。
「フフフ……、いま入れてやる……」
 一気に肉の凶器が媚肉に埋めこまれていった。
「ぐっっ」
 少女に似つかわしくない、くぐもった低い声が美朋の喉奥で鳴った。躯の芯で快楽の火花が爆ぜ、肉襞をめくり返す強烈な刺激が美朋の脳髄を直撃する。
「ああ……、いい気持ちだ」
 ブルブルッと震える尻肉を抱え、豪作はうっとりした表情で言った。集団レイプの後だとはいえ、まだ17歳の少女の秘肉は、しっとりして狭く、繊細な肉の襞が肉棒にからみついてたまらなく心地好い。
 ズリュッ、ズリュッ。
 淫猥な結合音がことさら耳につくように角度を調節して、じっくり挿送を繰り返す。
「んっ、……ふぐっ、ぐっ……」
 口唇をちぎれるほどに噛みしめ、美朋は苦悶の呻きを漏らした。それは耐え切れない嫌悪感に、出処のわからない昏い官能のエキスが混じり出していることに対する、せめてもの抵抗だった。
「我慢することはない」
 かたくなな美朋の様子を観察し、豪作は冷静な声で言った。しなやかな腰の筋肉を縦横に使って後ろから貫いたまま両脚を抱え、小児におしっこをさせる姿勢に持ち上げる。
「くはあっ」
 無理に躯を折り畳む体勢になって、たまらなくなり美朋は口を開け大量の息を吐き出した。
「はあっ、あああっっ、かはあっ」
 いったん声を出すと、苦痛に混じる快感のパーセンテージが急激に高まり、とめどなく肺腑から喘ぎがもれた。
「フフフ……、いいものを見せてやろう」
 ユッサユッサと揺すりあげ、豪作はニヤニヤ笑いを浮かべて美朋の耳もとに唇を寄せ、耳殻を舐めまわす。
「いやっ」
 朦朧とした意識の中で、美朋は躯を捩らせて逃げた。肉棒に刺し貫かれることよりも、豪作の唇と舌に触れられることのほうが、美朋には汚らわしい、耐えられないことに思われた。
「麗華! 麗華!」
 不意に豪作が大声を出した。美朋には何のことか、それが誰の名前なのかわからない。しかし、ほんの2、30秒の時をおいて部屋のドアを開けあらわれたのは、美朋が忘れているはずなどない、自分を言葉巧みに誘いだし、男たちに思うままに凌辱させたあの謎の女の姿だった。
「はい?」
 謎の女——久鬼麗華は、まるでビジネスライクな愛想のよい声で応えた。美朋を一顧だにしない。
「鏡を持ってきてくれ。この様子がじっくり観賞したい。『妹』にも見せてやりたいから、大きな姿見がいい」
 豪作も平生そのものといった口調で、美朋には信じられないような注文を出した。
「はい」
 麗華は真っ青になる美朋の表情を一瞥し、
「でもそういうリクエストもあるかとは思いまして、ちゃんと用意してありましたの。無駄にならなくてよかったですわ」
 肩を聳やかし、満面の笑みを浮かべた。そしてドアの影から畳くらいの大きさの、木の枠に縁取られた巨大な鏡をひっぱりだし、ゴロゴロとキャスターの音を響かせ、豪作と美朋が正面に映る位置に固定して置いた。
「さすがだな」
「豪作様の御趣味は、よく理解させていただいていますもの……」
 にっこり微笑みを交わす。
「ああ……、いや、やめてぇ……」
 美朋だけが、痛ましい声を出した。
 実の兄に貫かれている、その姿を他人に見られていることだけでも恥辱に全身が灼けてしまいそうなのに、その上、鏡で交合する自分自身の姿を見なくてはならないのだ。必死になって顔を逸らした。
「豪作様のお言いつけですから」
 しかし無情にも麗華は言い、その言葉とは裏腹にいかにも楽しげに美朋の頭を押さえ、無理やり瞼を開かせて鏡面を見せつける。
「どうだ、感想は?」
 豪作があっけらかんとした口調で尋ねる。
「ああああ……」
 美朋は、自分がどうして発狂しないのかわからなかった。
 鏡の中には、年頃の女の子なら誰でもがあこがれる純白のウェディング・ドレスを着た自分がいる。しかし片ほうの胸ははだけられ剥き出しになり、後ろから引き裂かれたプリーツの布地は腹の上に塊になって睡蓮のように水平にひろがり、大股開きをした股間の中心には、若草の陰りと充血した花弁を押しひろげて、実の兄の陰茎が埋め込まれているのだ。
 豪作の舌が首筋を這う。そのたびに堪え難い嫌悪感が全身の皮膚に伝達される。しかしその嫌悪感には、ほんの微量だが、淫蕩な快楽のエキスが混じっているのだった。そのエキスはつながっている媚肉の中心部から、しだいにひろがってくる快感の波に合流し脳髄を襲う。
 美朋は、兄に犯されていることよりも、その場面を麗華に見られていることよりも、自分の精神とまったく相反する、女の肉体のシステムに意識を引き裂かれ、目も眩む苦痛を感じていた。
 何故わたしはいっそのこと気が狂ってしまわないのだろうか?
「お前が大門家の人間だからだ」
 豪作は断言した。
「淫蕩な人でなしの血が、大門の血なんだよ。恐れることはない、このままお前は堕ちていくんだ」
 その口調には、荘厳とさえいえる響きがこもっていた。
「ああ……、お、兄様……」
 甘ったれた声が出た。もう限界だった。どうしても狂えないのなら、もはやすべてを受け入れるしかなかった。両手をひろげて豪作の頭を抱え、躯を弓なりに反らして唇をまさぐった。
「それでいい……」
 舌と舌を絡め、唾液を啜り、兄妹は立ったままで躯を揺すった。美朋の頭の中で、快感がブレーキをはずされて嫌悪をはじき飛ばし、堰を切ってあふれ出す。
「ふあっ、……んぐっ、ああああっっ」
 真白な下腹が蠢き、のたうつスリットからとめどなく愛液が零れて床に滴り、楕円のシミを作りはじめた。
「かわいいぞ、美朋……」
 豪作は優しく言った。ついに、ついに本当に美朋を手中にしたのだ。あの取り澄ました、生まれながらに清楚な気品を有していた我が天使、実の妹でありながら、自分に身分の違いを感じさせ、永遠に高嶺の花であった大門美朋を、ついに自分の性奴隷におとしめてやることに成功したのだ。見ろ、こいつは自分から腰を使い、麗華が側にいることも構わずあられもない声を上げ、股からだらだら涎を垂れ流して悶え狂っている。こいつはもうただのメス犬だ。
 豪作は麗華を振り返った。双眸には血走った狂喜があった。
「席を外しましょうか?」
 度はずれな歓喜の表情にやや気押され、麗華の声が震えた。
「いいや、もう少し見ていろ。もう終りだ。それに美朋はすぐにここから移動させる」
「どうなさると?」
 もしかすると豪作はこのまま美朋を連れてどこかへ行ってしまうのではないか。麗華は不安なまなざしを豪作に向けた。
「心配するな、母上様も承知のことだ。美朋を〈母胎〉に使うことになった」
 豪作はニヤリと笑う。
「ああ……、例の実験ね。かわいそうに。で、じゃああたしたちも富士に行くことになるのかしら?」
 ホッとして口調が和やかなものになる。かわいそうに、と言いながら、麗華が美朋を見る視線はまるっきり家畜か道具を見る目つきだ。
「ふっ、ふおおおっっ」
 しかし美朋には外部の様子はまったく視野に入っていない。ひたすら豪作にとりすがり、新たな快楽の摂取にいそしんでいる。
「いや、ここには早晩お客さんがくる」
 美朋が必死に抱きついてくるので、豪作は尻肉を抱えていた左手をはずし、柔らかな髪を撫で麗華に言う。
「なるほど」
 麗華の瞳が怪しく光る。
「そのための、〈御土産〉だったわけね」
「そうだ。一度実戦で使ってみてくれ」
 それはその夜豪作がこの隠れ家に搬入した、特殊ガラスを使用したカプセル・ケースのことだった。
「わかったわ。〈崑崙〉に伝えておけばいいのね?」
「そうだ、ううっ、いくぞ」
 最後の言葉は麗華に向けたものではなかった。息も絶えだえになりつつ、いまではもうすっかり快楽に身を任せ切っている美朋に言ったのだった。
「くう……ううんっ」
 美朋は髪を撫でる豪作の左手の指先を口唇にふくみ、丁寧にしゃぶり目を閉じてうなずいた。いったん受け入れてしまった後の快楽には凄まじいものがあった。豪作の身体と接触している肌のあちこちから快感のパルスが華奢な躯を疾り、腰骨の奥に溜まって一気に脳天まで駆け抜けていく。何度も気絶しかけ、そのたびに豪作に揺すり上げられ、柔襞の隙間に肉棒がきつく擦りつけられて新たな快感のウェーヴのために痙攣し、硬直し、連続的に爆発するオルガスムスの中にすべてを見失っていった。
「んっっ」
 媚肉の中の肉の凶器がひときわ嵩を増したと感じた瞬間、奔った精液が子宮口にたたきつけられる。
「んはああああああああ………」
 美朋は全身を振るわせ兄の子種を受け止めた。ビクン、ビクン、と躯のあちこちが、てんでバラバラな方向へ勝手に動いていた。
「あああおおおおおお……」
 長く長く続く官能の叫びが濃密な艶を帯びて尾を引き、無意識の動作は妖艶な舞踏を思わせる。
 ズルッと媚肉から肉の凶器が引き抜かれ、途端にぽっかりと口を開けたままの秘孔からドロリと白濁液が零れ出し、尻肉を伝った。一瞬の間をおいて、ピュッピュッとグチョグチョになった秘裂から潮が噴いて放物線の軌道を描き床に落ちた。
「ああんっ」
 美朋がふたたび甘えた声を出した。恥辱すらが今では快楽の絶好の栄養となり、昏い炎をますます燃えあがらせていた。もっとして欲しかった。傲慢で冷徹な豪作の眼光のもとで、もっと蔑まれ性器を弄ばれる期待に胸をときめかせていた。そんな自分の心理をもはや怪しむことすらなかった。
 豪作が美朋の躯をゆっくりと床におろした。
「——え?」
 美朋は意外そうに豪作の顔を見上げる。目の前に、まだ余裕を持って屹立した陽根があった。
「わかるな?」
 豪作が言った。
 完全に『主人』の口調だった。
「はい……」
 美朋は奴隷の口調でうなずき、羞恥と、そして期待——あるいは官能の火照りのために頬を紅潮させ、おずおずと、精液と愛液でまだらにぬめり、てらてら光る肉棒に舌を差し出した。
「ふん、ぐ……」
 愛らしい小さな口腔に亀頭のすべてを咥え、ゆっくり喉奥まで肉棒を呑みこんでいく。鼻を衝く精液の匂いも、父を殺した兄の性器に奉仕していることも、美朋にはすべてがどうでも良くなっていた。自分は、淫蕩の血に生まれた薄汚いメス犬なのだ。こうして男の欲棒を咥え、いそがしく舌をからませているのが、本来の自分に相応しい姿なのだ。
 その陶酔が、自分がさっきまであれほど望んだ狂気に一番近い場所にあることに、美朋は自分では気づいていない。

第5章 黒い罠


 雨上がりの夜空に、レモン・イエローの巨大な月が、冷たい光を放っている。
 深夜二時。
 太陽からかすめとった青白い炎に燻られて、博物館の恐竜の化石を思わせる巨大な前世紀の遺物——旧東京新宿の高層ビル群が、しん、とした静寂の中で林立している。
 不気味な街だ。
 恐竜の額——高層マンションの屋上に設置されたヘリポートに立ったケージは、夜に沈む街を眺めやってひとりごちた。
 遠くには不夜城ネオ東京のイルミネーションが見える。きらびやかな猥雑さにあふれたエイリアン・ストリートを根城にしているケージからすれば、新宿はいかにも薄汚れた廃墟だった。高層ビルディングは戦前の技術の粋を凝らしたオブジェであり、タイムマシンで20世紀に迷い込んだ気分に、どうかすると落ち込んでしまいそうになる。
 ケージは頭を1回強く振り、事態を冷静に把握し直した。
 《情報屋》ナムは約二時間で〈D・D〉の隠れ家が旧東京の新宿であるとつき止めた。このヘリポートの下、12階建のマンションの804号室に、大門美朋は監禁されているはずだった。ナムの話によると、ここ十日ばかりで、〈D・D〉に関係するチンピラが大量にこのマンションに出入りしているのだという。持ち込まれた荷物の中には、若い女性用の生活用品なども含まれていた。
 ケージはチンピラのひとりをつかまえ、あっさり口を割らせて事実を確認し、部屋の位置まで割り出した(用済みのチンピラの処理は梶に任せた)。
 部屋は4DKで、窓際の2室の片ほうに常時久鬼麗華と氷室葉介が待機しており、何やら密談を繰り返しているという(もう片ほうはコンピュータ・ルーム)。麗華と氷室の常在している部屋の奥に、大門美朋は監禁されているらしい。
 すべての準備は整っていた。
 ケージは1メートル20センチくらいのトランクをかかえ、身体にぴっちり合ったレオタードスタイルの耐ショック材を使用したコンバット・スーツに身を固めている。38口径の旧モデル程度なら直撃しても青痣ができる程度ですむスグレモノだ。
 屋上の鉄柵を乗り越え、ポールのひとつに肩から下げたケーブルをひっ掛ける。硬度10のスチール繊維のワイヤーをたどり直し、腰にしっかりと固定されているのを確認する。背中には必要なときにはすぐ剥がれるようにガムテープで貼りつけたサブ・マシンガン、左脇のホルスターには使い慣れたコルト社製オートマティック、右足首にデリンジャー、ひとつひとつ銃火器の位置を手探りで確認する。
《掃除屋》ケージの完全武装だ。
 無言でトランクを開ける。米クライス社の対戦車用ミサイル・ランチャーが、夜の冷気の中にメタリックな外貌をあらわした。大人の握り拳くらいの弾丸が二基。
 あと二分ほどで、ナムが階下に騒ぎを起こす手筈になっていた。注意をいったん下に向けさせ、ミサイルを撃ち込むと同時にケージは部屋に侵入、動揺する隙に乗じて大門美朋を奪回し、あとは〈D・D〉の連中を皆殺し。——実にシンプル極まりない作戦だ。
 慣れた手つきでランチャーを組み立て、ミサイルを装填して腕時計を眺めた。
 ジャスト2時14分。
 シューティング・グラスをかけた瞬間に、銃声が聞こえた。
(1分早い)
「ちっ」
 舌打ちしてランチャーを起動させ、ケージは地上120メートルの屋上から星の瞬く夜の街へ向かってダイブした。
 街の明りが、流線を描きケージの頭の上をよぎっていく。
 光条を縫って、ミサイルがまず一基804号室の窓カラスに向かって飛び込んだ。
 ドゴオオオオオン!!
 ホルスターから抜いたコルトを両手でしっかり握りしめ、轟音とともに砕け散るガラスの破片から顔をかばい部屋に侵入する。ワイヤーが窓枠にひっ掛かった瞬間、30メートルを一気に下降した衝撃が伝わる前にケーブルの固定を外し、同時に床に転がって様子を見る。45秒後にミサイルの第二弾がくるようにオート・セットしてあった。動くのはそれからだ。しかし、
(おかしい)
 とケージは思った。
 室内に人の気配がない。硝煙の匂いと白煙に視界はすこぶる悪くなってはいたものの、《掃除屋》ケージはプロであり、ちょっとでも動く気配を見せればシューティングする技量はあった。ましてや真夜中の奇襲なのだ。何の反応もないとはおかしすぎる。
(もぬけのカラ!?) 
 その考えを、ケージは一瞬で否定した。
 なぜなら、もし誰もいないのなら、さっきの銃声の説明がつかないからだ。
「ずいぶん派手にやってくれたわね」
 ドン!
 女の声がしたのと、ケージがその声のするほうへ銃口を向けてトリガーを絞ったのはほとんど同時だった。
「……凄い反応速度ね、〈サイレンス〉ケージ?」
 ほんの少し息を止め、女は感嘆の口調で言葉を継いだ。
 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!
 ケージは無言でトリガーを引きつづける。ほんの少しずつ照準をずらし、窓からテラスへ身体を移動させ、跳弾の音に耳を澄ます。
「あの子はここにはいないわよ」
 女——久鬼麗華の言葉を聞くまでもなく、大門美朋がこのマンションから移動させられたことはケージもすでに気づいていた。
 奇襲のはずが、乗り込んでみれば部屋はもぬけのカラで、冷静な麗華の声で出迎えがあったわけなのだから、ハメられたのは一目瞭然の事態だった。ケージが撃ったコルトの弾丸はどこかに吸い込まれたかのように手応えもなく、跳弾の音も聞こえなかった。4DKの部屋割りは調べあげてはいたものの、待ち伏せされていたとするなら、敵も何らかの対策を練り、部屋に仕掛けをしていてもおかしくはない。
 10発の弾丸を頭の中の部屋の地図と照らし合わせながら放ち、ケージはとりあえず自分が侵入した窓際の13畳のリヴィングと、チンピラからの情報によれば大門美朋が監禁されていたという8畳の部屋の間のドアの部分に仕掛けがあるらしく銃弾が吸い込まれ、他の部所はコンクリートの壁を砕く音が聞こえるのを確認した。
(うし)
 頭の中で計っていた時間ぴったりだった。
 二発目のミサイルがケージの頭をかすめて部屋に飛び込む。コルトの最後の銃弾を、破裂する前のミサイルに照準を合わせトリガーを絞る。
 バババババアアアアアアアン!!
 銀色の横っ腹を引き裂かれ、ミサイルは部屋の中央で破裂した。特殊鋼のコアが四方八方に飛散し、壁をズタズタに打ち砕く。
 ケージは床に伏せ、背中のガムテープをはがしてサブ・マシンガンを空いている左手に持って麗華の出方をうかがう。
「こっちだ」
 爆撃で吹き抜けになった13畳の隣室から、緊張感のない声が聞こえた。
「噂には聞いてたが、派手な男だな」
 氷室葉介だ。
 右手にS&W社の77口径リボルバーを、軽く握ってだらりと腕を垂れ、Tシャツにジーンズという軽装で、ふらりとつっ立っている。
「俺も噂は聞いてるよ〈崑崙〉」
 ケージは言った。その瞬間には音も立てずに部屋の中に滑り込んでいる。同時にコルトのマガジンを入れ替える。
 ドン!
 氷室のリボルバーが火を吹き、さっきまでケージのいたテラスの空間を貫いていった。 まったく予備動作のないシューティングだった。照準は正確だ。
「こいよ。遊ぼうぜ」
 どこか楽しげな口調と同様、氷室はぼんやりとつっ立ったままで、ケージから身を隠す素振りも見せない。
「あたしも忘れないでね」
 麗華の声はナイフの一閃とともにケージを襲った。あからさまな殺気があったのでケージは難なく刃をかわす。爆撃のため部屋に明りはない。おそらく敵は赤外線スコープをしているのだろう。
(余裕を持って遊んでやがる)
 ケージはほくそえんだ。計略が図に当たったことで、敵が調子に乗りケージを侮ってくれるのなら、油断をついて逆転することもまだ可能だった。
 部屋のコンクリート壁をミサイルによって破壊し《掃除》したことで、リヴィング・ルームには電磁シールドが施されているのがケージにはわかっていた。氷室があそこまで自分の姿を見せて余裕でいられるのは、可視情報が電磁波によって攪乱させられているためなのだ。きっと、音声情報も映像とシンクロさせられているに違いない。麗華も氷室も、ケージに与えられている五感情報とはべつのところで高みの見物をしているのだ。
「ナイフはまずかったな」
 言うなり、ケージは麗華を撃った。
 ドン!
「なっ!?」
 弾丸は麗華の首筋を掠め後方の壁を貫く。
 姿を見せた氷室は銃声とシンクロした映像によって位置の特定が難しかったが、ナイフならいくら早いといってもどこから投げられたものか、ケージくらいのプロになれば簡単に推定できる。しかも『殺気』——つまり気配だけは電磁シールドも歪めることはできない。
「動くなよ」
 ケージは優しい声で言った。
 デタラメに見えたケージのシューティングはほぼ正確に麗華を捕らえている。しかしケージの狙いは麗華ではない。本来なら声など掛けずに撃つところをわざと助けたのだ。
「ちっ」
 舌打ちの音が聞こえ、氷室の気配が動いた。
(待ってました!)
 撃ち合いで声を出すのは素人の流儀だ。それをあえてしてみせたのは氷室がさらにケージの《掃除屋》としての腕を侮り気配を見せて麗華を助けさせるためだった。
 振り向きざまに撃つ。
 ドン!
 ドン!
 弾道が交叉する。リボルバーから放たれた弾丸はケージの頬を掠め後方の壁を撃ち砕いた。
「〈崑崙〉!」
 久鬼麗華の切迫した声が響く。
 手応えはあった。氷室は気配を消し、声も出さないが、かなりのダメージを与えていることは確実だ。
 すぐには動けないと見越して、ケージはふたたび麗華に銃を向けた。氷室が撃たれたことで、麗華は尋常ではないくらい動揺しているらしく、気配が丸見えだった。
 RRRUUUUAAAAIIII………
 今度は一発で仕留めるつもりでトリガーを絞ろうとした瞬間、暗闇を貫いて、ケージの心臓を鷲掴みにする音が聞こえた。
「!?」
 本能的な恐怖に照準をはずし、音の出処に注意を向ける。
 RRRUUUUAAAAIIII………
(何だ!?)と、ケージは思った。
 いまだかつて聞いたことのない音だった。
 低い朗々とした響きと、金属質の甲高い響きが混成した、どこかオリエント地方の楽器が醸す音に似ている。しかし抑揚にいい知れぬ恫喝が込められていた。皮膚と脂肪の繊維が恐怖のために一枚ずつめくり返される感触があった。
 RRRUUUUAAAAIIII………
 このまま聞き続けていると発狂するのではないかと思える魔性の音だ。
 そいつはケージの眼前にいた。
 まったく出し抜けに、闇の中からヌッと現れた。
「な……」
 何だこれは!? という言葉を、ケージは途中で呑みこんだ。声を出さないという戦闘のセオリーのためではない、恐怖と驚愕のために、全身が凍りついたのだ。
 RRRUUUUAAAAIIII………
 またあの音が聞こえた。
 2メートルは優に越える巨大な肉の塊だった。形態は人間か、あるいは熊に似ている。全身を長い毛に覆われ、らんらんと光る双眸が、ケージを見下ろしていた。ひとかけらの理性も感じさせない野獣の眼だ。
「ダイモン・コンツェルンが開発した生物兵器よ。……復刻した、といったほうが正しいかもね」
 一転して余裕の口振りになった久鬼麗華の声が聞こえた。
「……そうか」
 先の戦争で、遺伝子工学で人体を驚異的に改造し、爆発的な戦闘力を持った通称〈魔獣兵器〉が開発され、実戦で使われる前に戦局そのものがカタストロフィーに至ったという話はケージも聞いたことはあった。
「そう……、かの伝説の〈魔獣兵器〉がこいつさ、ダイモンの騒動は単なる跡目争いだけじゃなかったということだな」
 氷室の声も聞こえた。気配を隠してはおらず、声の調子も荒い。やはり弾丸が命中していたらしい。
 しかしケージには身動きすらままならなかった。
 RRRUUUUAAAAIIII………
 月明りの中で、魔獣が大きく口を開けているのが見えた。あの音はこいつの声だったのだと、やっと脳が理解した。
 そのとき、ケージの中で何かが切れた。
 ドドドドドドドドドド…………。
 小脇に抱えたサブ・マシンガンのトリガーを絞り、毎秒40発の9ミリ弾を、ケージは魔獣に向けて雨あられと撃ち込んだ。
 恐怖に耐え切れなくなった生存本能が、眼前の魔獣に抵抗する無意識の攻撃となったのは、《掃除屋》の最後の矜持といって良かった。並の人間なら、その場にへたりこんで心神喪失するところだ。
 AIIIIIIIIIIIII………
 しかし魔獣は何千発弾丸をぶち込まれても平然と《掃除屋》を見下ろし、低くたなびく咆哮の尾を引いている。
(あんた、最近銃に頼り過ぎてるよ)
 ケージの脳裏に、紫城貴和美の別れ際の言葉が蘇った。皮肉っぽい余裕たっぷりの貴和美の瞳。
「なぎ払え!!」
 GAAHHH!!
 久鬼麗華の声に呼応して獣声が1オクターブ跳ね上がったと思う間もなく、魔獣がとてつもない速度で動いた。
 ガン!
 右腕の一閃がケージをベランダにふっとばす。あまりにも常軌を逸したスピードとパワーによる魔獣の一撃は、ケージの五感を越えていた。
「ぐっ……はっっ」
 テラスに両手を突く不様な姿勢で、呻き声もあげられず、塊になった息を吐いた。しなやかな身体の中で骨格が軋み筋肉がバラバラになってしまいそうだ。
 AAAAIIIIII…………
 不気味に咆哮をあげつつ、魔獣が今度はことさらゆっくり歩み寄ってくる。
(やられる!)
 ケージはパニックに陥りそうな自分を押しとどめ、必死になってベランダを見渡した。
 何か使えるものはないか!?
 魔獣の一撃でグチャグチャになったサブ・マシンガン。ミサイルでふっとんだコンクリートの破片、カーテンの切れ端。いつのまにか手から離れたコルト・オートマティック。 役に立ちそうなものは何もなかった。
「やっておしまい」
 麗華の冷たい声が、部屋の奥の闇の中から聞こえた。
 その時、ケージの視界の隅に、さっき自分が使ったワイヤーの端が映った。
 RRRUUUUAAAAIIII……
 ザスッ、と鈍い足音が聞こえる。
 考える時間はなかった。
 GAHHH!!
 魔獣がふたたび襲いかかるのと、ケージがそれより一瞬早くワイヤーの先端をつかむのがほぼ同時だった。魔獣の指の先がケージの膝を払い、それだけでケージはワイヤーをつかんだまま真夜中の宙空に放り出された。
 まわりで夜の街と空がメチャクチャにひっくりかえる。身体中が限界を越えたGに悲鳴をあげ、すうっと気が遠くなったかと思うと、ケージは何かとても堅いものに叩きつけられた。
 グワアアアアアアアアン!!
 すさまじい音がした。
「ぐおっっ」
 受け身を取れたのは奇跡だった。失神しなかったのは激痛のためだ。しかしケージがすぐに半身を起こし、周囲をうかがって何がどうなったのかを確認しようとしたのは、天性の《掃除屋》としての本能だった。
 一瞬、夜の街に浮いているのかと思った。実際、両足は宙に浮いている状態だった。8階のベランダからはじき飛ばされ、空中でワイヤーから手を離したケージはビルの隣のゴルフ練習場の網に叩きつけられ、偶然侵入するときにワイヤーを固定していたケーブル鉤が網にひっかかったのだった。ケージが耳にしたすさまじい音は、身体が網に叩きつけられたときの衝撃でゴルフ練習場跡の外壁パネルが破損した音だった。
 とにかく、何とか危機は脱したのだ。
 ケージは、気が緩むのと同時に失神しそうになるおのれを奮い立たせ、ケーブル鉤の固定をはずして網を降りた。50メートル以上を落下したのだろう、わりとすぐに地面にたどり着くことができた。
 下で待機しているはずの〈お喋り〉ナムは何処にもいなかった。しかし麗華と氷室が追っ手を差し向けているかもしれない——それはほぼ確実だ——ので、探さずに夜目を盗んでネオ東京を目指した。
 一時退却。しかたがなかった。


        *


 深夜4時を過ぎても、クラブ〈ディジール〉は客でいっぱいだ。
 左利きのDJ・コー・イェンリンのスクラッチに乗って、16基のボーズ・スピーカーが七色の照明をひっかきまわし、200平方メートルの大ダンスフロアにネオ東京中の欲望が渦巻いている。
 フロア中央の、6個の三角形を組み合わせて作った六角形の〈ステージ〉が、紫城絵梨香の《仕事場》だった。
 深夜1時と2時が絵梨香の出演するショータイムで、普通、観客としてではなく、自分たちが踊るためにクラブに来るはずの客たちが、絵梨香が〈ステージ〉にあらわれる瞬間にいっせいに静かになり、それから興奮のるつぼと化して〈ディジール〉は異世界に変容する。
 黒のスリップ・ワンピース(膝上15センチの超ミニ)と20センチのハイヒールという、危なげな舞台衣装をまったく感じさせない着実なステップで、ところせましと駆けまわる。コケティッシュなルックスと、抜群のテクニックで人を魅了する絵梨香がクラブ〈ディジール〉のメイン・ダンサーになってから、客足は衰えることを知らない。
 夢の30分を演じ、
「愛してるよ!」
 満面の笑みを輝かせた絵梨香は、空キッスを観客に投げ、〈ステージ〉を飛び下りる。
 そのままダッシュしてフロアをつっきり、店の裏、控え室に続く廊下に出た。
 ぽん、と背中を壁につけて立ち止まる。
「素晴らしいよ、絵梨香」
 ふう、と緊張が解け長いためいきをつく絵梨香に、ひとりの男が声を掛けた。
 クラブ〈ディジール〉店長の三枝だった。
「ありがと」
 絵梨香の返事はそっけない。
 緊張しているのだ。5年前にふらりとエイリアン・ストリートにあらわれ、クラブ〈ディジール〉の営業をはじめて、アッという間にネオ東京一のスポットを作り上げた三枝は、まだ30代の青年実業家だが、どこか得体の知れないところがあった。
 まだ学生だった絵梨香の才能を見出だし、優しげな言葉を掛けてスカウトしてきたときには、絵梨香はそれほどスターになりたかったというわけでもなかった。ほんの軽い気持ちでこの世界に入ったズブの素人に、三枝は約一年の本格的レッスンを受けさせ、ブロードウェイクラスの実力の持ち主に変貌させたのだった。
 そのときの三枝の鬼気迫る厳しさを、忘れることはできなかった。
「……で?」
 真剣な表情で、三枝を見る。
 三枝は〈ディジール〉の看板スター紫城絵梨香のショータイムを、レギュラーでは一晩1回に設定している。しかし、毎晩同じ時間の〈ステージ〉は客を安心させ、それは『飽き』につながる、との考えから、不定期にシークレット・ギグを行うことにしていたのだった。レギュラーのショウとは異なる、ハードなプログラムのものだ。
 絵梨香が言葉の語尾を上げたのは、今日はどうするのか? という意味だ。
「おつかれさん」
 三枝がにっこり笑って言った。今日は終りということだった。
「ふぅーっ」
 はじめて絵梨香は表情を緩め、長い息を吐いて膝を崩した。
 言うことだけを言ってしまうと、三枝はにこやかな表情のままで、何も言う暇を与えずくるりと踵を返しその場を立ち去った。そういう態度はいつものことだった。気にせず立ちあがって、控え室に向かって廊下を歩きだす。
 絵梨香は三枝から店の奥に専用のプライヴェート・ルームをもらっていた。深夜の仕事だし、人気商売なので、変質的なファンの対策として店の中で生活できるスペースを提供されていたのだ。最初のうちこそ監視されているみたいで嫌な感じがしたものの、五つ星ホテル並に設備の整った部屋の快適さから、いまでは、週のうちの大半をそのプライヴェート・ルームで過ごすようになっていた。
 指紋照合のカード・キーを開け、自室に足を踏み入れると、部屋には明りが点ったままで、カーペットに泥が付着しているのに気がついた。
(誰かいる!?)
 一瞬、今朝ダイモン・コンツェルンの連中に襲われた時の記憶がよみがえる。
「ひっ……」
 叫び声を上げそうになった瞬間、廊下の先、リヴィングルームとの仕切りになっているガラス戸に倒れたケージに気がついた。
「ケ、ケージ!?」
「よ、よお……」
 全身ズダボロのひどい格好で、ケージがお気楽に応えた。
「ど、どうしたの!? よお、じゃないでしょ? どうしてこんなことに……」
 絵梨香は矢継ぎ早に質問し、慌ててケージの側に行く。よほど酷い目にあったに違いない。ケージのコンバット・スーツは、まるで紙同然に引き裂かれて、内出血した青黒い肌が露出している。埃と泥にまみれ、土気色の顔には生気がない。
「ダイモンの連中ね? だから言ったじゃない、いかないでって、もう、バカッ」
 脇の下に頭を入れてケージを抱え上げ、リヴィングのソファーまで運び、服を脱がせて傷を診ながら、絵梨香はヒステリックに涙さえ浮かべて言った。
 動揺しているくせに、適格な処置をテキパキとこなしていくのは、さすがに紫城《武器屋》貴和美の妹だといえた。ルックスはいかにもお嬢さん育ちに見えたが、物心つくずっと前から、アウトローの世界で生きてきたのだ。
 ケージを素っ裸にひんむいて、大事に至る傷のないことを確認する。とくに必要はないのだけれど、習慣から常備してある簡易医療ボックスを使って、あおむけにソファーに寝たケージの身体を丹念にケアしていく。
「ち、……がう、よ。ダイモンにしてやられた、わけじゃない。俺のミスさ。単なる跡目争いだと思ってナメてかかった、ま、……バカには違いないけど、な」
 めずらしくケージが饒舌になっていた。これまで、ケージが絵梨香に《仕事》の内容を、例えそのほんの一部分でも漏らしたりしたことはない。待ち伏せされたことが、というよりもむしろ襲撃が空振りし、あろうことか返り討ちに遭って、いかに相手が〈魔獣兵器〉だったとはいえ、まったく問題にされずなぎ払われたことが、ケージの精神に与えたショックは計り知れないものがあったのだ。
「大丈夫なの?」
 不安気な瞳で、絵梨香はケージをじっと見つめた。ケージの傷はいま見た通り内出血と筋肉の裂傷が主なもので、痛みはあっても骨折や内臓に影響するような深刻なものではない。絵梨香の表情は普段と違うケージの様子に感染しているのだ。
「ああ、すまん」
 潤んだ瞳を見た瞬間に、ケージは自分の動揺がまさに鏡に映っているのを感じ、一度目を閉じた。
「もう大丈夫だ」
 それから瞼を開け、ニヤッといつも通りの不敵な笑みを作り、きっぱりと言った。
「本当に?」
「俺が今までお前に嘘を言ったことあるか?」
 ソファーに仰向けになって寝ているケージは、そのかたわらに膝を屈し、恋人の顔を不安そうに覗き込む絵梨香の髪を撫であげ、柔和な微笑みを見せる。
 それはいつも通りの《掃除屋》の顔だった。
「いっつも嘘ばっかりついてるくせに」
 絵梨香は顔中をくしゃくしゃにして泣きだし、ケージの胸に顔を埋める。髪の毛先から甘い感覚が伝わってきて、陶然となる。
「絵梨香……」
 優しい声がケージの口から漏れた。
「うっ、痛つつ……」
 しかし肋骨にガタがきているので、絵梨香の口唇がこするたびに、声には苦悶の色が混ざる。
「ケージ……」
 顔をしかめ、それでも微笑んでみせるケージの顔を見て、絵梨香の胸にたまらない愛しさがこみあげてくる。傷つきズタボロになっていながら、なお自分を気遣ってくれる恋人に、なんでもしてあげたい気分になってくるのだ。
「こいよ……」
 その気持ちを察したのか、ケージが絵梨香の顎に手を差し延べ、ほんの少しあおむかせると、自然に突き出すかたちになる口唇にキスをした。
「ダ、ダメよ……」
 絵梨香は頬を紅潮させて言った。そんなことをしてる場合じゃない、と言いたかった。「いま〈ステージ〉上がったばかりだから、……汗が……」
 しかしケージのキスが口唇から顎、首筋へと移動していくに連れて、脳髄が甘く痺れていき、出てくる言葉がすっかり快感に彩られていくのを、止めようがなかった。
「大丈夫、いい香りだ」
 スリップ・ワンピースのストラップを外し、ぽろんと零れ出た型崩れのしない乳房に顔を埋めてケージが言う。乳暈がピンクに色づき、中央の突起が息が触れるたびにボリュームを増す。
「ふっ、……はああっ、ダメッ」
 固くしこった舌先が乳首の割れ目に忍び込み、絵梨香は背筋をしならせて高い声を出した。自然に股が開き、あおむけに寝たケージの下半身にみずから腰を擦りつけるのを止められない。
「俺に力をくれ……、お前だけが頼りなんだ」
 甘い息をうっすらと桜色に染まり出した肌に吹きかけ、ケージが言った。
「む、矛盾してるわ……、弱ってんだから、激しい運動しちゃ、ダメ、よ……」
 絵梨香の抵抗の言葉は空しかった。快楽への期待に染まった肉体は、もっともっと触ってもらいたがっている。
「激しくしなきゃいいさ」
 軽い口調で微笑み、ケージはするするっと腰を浮かせた少女の躯からスリップ・ワンピースを剥ぎ取った。Tバックの、ほんの申し訳に局部を隠す小さな布っ切れ一枚になった、眩しいほどの裸身がポロッとあらわれる。
「上に乗って」とケージ。
「え、……そんな」と絵梨香。
 いつもケージが絵梨香を攻める一方のスタイルを取ったことしかなかったので、絵梨香は戸惑ってしまう。
「うまく身体が動かないんだ。ホラ、俺の方に尻を向けて」
 いわれるまま、後ろ向きに絵梨香はケージにまたがった。桃尻が顔の真正面にくる姿勢だ。
「可愛いよ、絵梨香」
「いや、……恥ずかしい」
 ケージの表情が見えないので、絵梨香は恥ずかしさと不安で身を捩らせる。しっとりと桃尻に汗が浮かび、肌の上を伝うのが自分でもわかった。
 分泌されているのは汗ばかりではなかった。
「本当に可愛いよ……」
 ケージがそう言ってTバックの紐を外す。きらきら光ってぱっくり口を開けた少女のラビアがあからさまになった。
「ああ……、ダメ……」
 絵梨香は目を閉じて、甘い声を出す。
 自分の目で見て確かめなくても、腰の奥がジンジンする感覚で秘所が蕩け切っていることはわかっていた。まだまったく触れられていないのに、次から次へと愛液が分泌され、トロトロと流れだし、ついにはスリットから溢れてケージの裸の腹筋の上に落ちる。
「もうちょっと近くにきて」
 言うより早く、グイッと桃尻を引き寄せた。
「ああんっ」
 視線を感じてふたたび泣き出しそうな声をあげる。
「ふーん、そういや、ここはまだちゃんと見たことなかったなー」
 場違いに呑気なケージの声が聞こえた。そしてラビアの上の、薄茶色したすぼまりに指を添えられる。
「ダッ、ダメよそこは本当にダメッ、やめてお願い……」
 くねくねと桃尻を揺すり、絵梨香は切羽詰まった調子で叫んだ。甘い蕾が、ピクンピクンと連動して蠢く。
「いいよ、ここだって可愛いって」
 構わずにケージは絵梨香の肛門の周囲に指を滑らせ、口唇を近づけててキュッと締まったすぼまりに舌を差し入れる。
「はっ、……ああっっ、ダメ、……お願い、今日はまだシャワー浴びてないの、汚いから……」
 絵梨香は投げ出したケージの両足の上に突っ伏して哀願した。括約筋に力が込められ、ケージの固くとがらせた舌先を締めつける。
「汚い、か。そうだな、いうなればここは絵梨香の躯の中で一番汚い場所って訳だ」
 舌を抜き、かわりに人差し指を挿入してケージが言う。
「はっ、……そっ、そういうこと言わないで」
 異物感に絵梨香は高い声を出す。しかし、桃尻の中心から、嫌悪とは違う甘い感覚が込みあげてくるのに、おののいて震えた。キュッキュッと指がすぼまりを往復するたびに、快感の電流が増幅して背筋から脳髄をどんどん痺れさせ、通常の判断力を奪っていく。
「誤解するなよ、ここも可愛いって言ってんだよ」
 余裕の口振りで、ケージは絵梨香の桃尻を押さえ、尻肉を強引に押し開く。きらきら光る秘肉の中心にぽっかり開いた穴から、とろとろと分泌液が溢れ出してくる。
「はあっ、……ああ……」
 スースーした風が秘部に当たり、絵梨香はぼんやりと瞼を開けた。
「あ……?」
 目の前にケージの陽根があった。まだゆったりと両足の間に砲身を休ませている。ほとんど無意識のうちにその眠れる肉の凶器にてのひらを添える。
「入れたいのか?」
 ケージが聞く。びくん、と陽根が手の中で跳ねた。
「ち、違う……」
 絵梨香は真っ赤になって否定したが、陽根に添えた指の優しい動きがその言葉を裏切っている。
「いいんだぜ、入れたいんなら、ちゃんと使えるようにしろよ」
 ケージの返事は意地悪だ。
「…………………」
 絵梨香はしばし生まれたばかりの動物の子供みたいな柔らかなペニスを見つめ、やがて意を決して釣り鐘型の先端を口唇に咥えた。
「ふん……んっ、……んんっ」
 柔らかに濡れた舌を唾液をたっぷりと擦りつけて絡ませる。みるみるうちに亀頭に血液が流れ込み、口蓋の中で肉棒は体積を増していく。膨れあがって砲身が反りかえり、少女の小さな口では咥えきれなくなって、口唇をめくり返し外気に触れた。
「相変わらずフェラは上手いな、絵梨香」
 ケージの口調からいくぶん余裕が消えている。
「…………………」
 絵梨香は黙ったままじゅぶじゅぶと音を立て陽根をしごく。ヌポッと陽根を口唇からはずし、亀頭の先割れに溜まった分泌液を舌先で掬い、丹念に舐める。うっとりと陶酔し切った表情だった。
「ひあっ」
 いきなりケージがクリトリスを捏ねた。もうすっかり潤みを帯びて膨脹した敏感な肉の芽は、息を掛けられただけでもたまらない快感のパルスを疾らせるのに、だしぬけに指の腹でいじくられ、少女の精神を打ち砕いた。
「はっ、ひっ、ひああああっっ」
 女芯を攻めながら、ケージは余った指を秘口に伸ばす。
「ふっ、ふあああああああっっ」
 信じられない快感だった。
 肛門、クノトリス、膣口の三か所を同時に弄ばれて、絵梨香はがくんがくんと桃尻を痙攣させ、ケダモノじみた咆哮をあげてのたうった。てのひらから陽根がこぼれ、勃起力で跳ね上がった砲身がたおやかな少女の頬を打つ。
「ふうううううぅぅっっ」
 絵梨香の眼球の裏で、数億個の花火がいっせいに爆ぜる。ケージの下半身にしがみついて、無意識に躯をずりあげる。
 もう限界だった。
 ぽっかりと開いた桃尻の中心に、いますぐにケージの分身を収めなければ、気が狂ってしまうに違いない。
「欲しいのか?」
 わかりきったことをケージは聞く。すこぶる上機嫌な口振りだ。
「はうっ、はうっ」
 絵梨香はまともに喋ることもできない。ただ意味にならない声を発し、ぶんぶん首を縦に振るだけだ。
「いいぜ、ホラ」
 言葉と同時にケージが手を離す。絵梨香は一気に身を起こし、ケージにまたがり直して秘裂に陽根をあてがう。
 プチュウ……と、小さな、しかしたまらなく淫猥な、淫水の泡が潰れる音を立てる。
 ゆっくりと亀頭が膣口に滑り込んだ。
「ふうっ……うううんんっっ」
 背筋に力を込めて絵梨香は腰を落としていく。きつい媚肉の中に肉の楔が埋め込まれていく。しとどに溢れる愛液が、肉棒に押し出されて漏れ、繋がりあった内股を濡らす。
「うんっ、……んんっ」
 意味もなくうなずき、絵梨香はしっかりとケージの肉棒を味わった。肉襞の間から、奔放な血液の脈動が伝わってくる。
「はああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 堰を切った快楽の波が長い長いためいきに変わって口唇から吐き出された。
「ひあっ」
 絵梨香の背中を、半身を起こしたケージが舌先を伸ばして舐めた。1オクターブ高い嬌声を跳ねあげ、少女の肉体がビクンビクンと激しく痙攣する。
「あああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 虚ろな瞳を中空に投げ掛け、絵梨香は消え入りそうな涕泣を搾り出し、くたりと前のめりに倒れた。全身の穴という穴からどっと分泌液が溢れ出す。
(死んじゃいそう……)
 汗と涙と涎にまみれた絵梨香の顔は、とてもネオ東京一のアイドルのものとは思えないほど浅ましく、かつ美しい幸福な表情を浮かべている。目も眩む快楽に包まれて、躯を覆う熱い液体の中でたゆたっているのだ。
 ヌポッ、と間抜けな音を立ててケージが肉棒を引き抜いた。
「え——?」
 どうして? という表情でケージに振り返った。この世のものとは思われないオルガスムスを与えられたとはいえ、やはり女の子なのだ。愛しい男が射精するまで、愛の行為が完全に終わったとは思っていない。
「これでいいのさ」
 ケージはくねくね動く絵梨香の桃尻を撫でながら言った。その顔には先程迄とは打って変わった精悍さがみなぎっている。
「どういうこと?」
 絵梨香には何がなんだか分からない。いつもならこれからが本番で、柔襞が痛くなるほど責め、たっぷりと精を放つのがケージの流儀のはずなのだ。
「房中術ってやつだよ。気を放たず身に満たせばたちどころに回復する。一度試してみたかったのさ」
 ケージはにっこり笑って言った。もっとも、その言葉は半分は嘘だった。いちじるしく体力を消耗したときに、セックスによって体中の気を養い回復する房中術という技術は確かに存在する。しかし、その技術をケージに伝授したのは紫城《武器屋》貴和美であって、いうまでもなくそれは躯で教えられたものだから、これがはじめてというわけではなかった。
「……ふうん」
 絵梨香はどことなくつまらなそうだ。それはケージの言葉を疑っているわけではなく、なんとなく途中で放り出されたような気分からくる不満だった。
「俺にもイッて欲しかったのかよ?」
 ケージには絵梨香の内心などすべてお見通しだ。
「え? ……うん」
 絵梨香は一瞬たじろぎ、それからとってもはずかしそうにうなずいた。そうなのだ。自分だけが気持ちよくてもダメなのだ。お互いが昇りつめてこそ、『愛のあるセックス』というものなのだ。
「気持ちは分かるけどね、ま、帰ってきたらたっぷり可愛がってあげるから、今晩はこれで勘弁してよ」
 ケージはベッドの上で胡座を組み、うーんと上半身をのばして言った。
「……え!?」
 絵梨香の顔が凍りつく。
(「帰ってきたら」? 「今晩は」?)
「それってどういうこと? まさかケージ……」
 ガバッと躯を起こし、つかみかからんばかりの勢いで言う。
「もちろん」
 右手のてのひらを絵梨香の眼前にかざし、ケージははっきりと言い切った。
「回復したんだから、お礼に行かせてもらうのさ」
「な……!?」
 絵梨香は絶句した。その隙をつき、ケージはソファーから起きあがり、絵梨香の部屋に置いてある自分のコンバット・スーツをクローゼットから出してテキパキと身に着けていく。
「ま、待ってよ……」
 絵梨香が言った。つぶやきに近い声だった。
「安心しなよ、ちゃんと戻ってくる」
 ケージは振り返りもせずにお気楽な調子で答えた。
「そんな……」
 いっつもそうなのだ。誰が何と言ったところで、「行く」と口にしたかぎり、どうあってもケージは危地にのりこむのだということは、絵梨香にはわかりきっていた。
 泣き顔になった。
「安心して待ってろよ」
 ケージが柔和な笑みで絵梨香の髪を撫でた。
 その時、指紋照合しなければ開かないはずのカード・キー式ドアが開く音がした。この部屋に住人登録をしてあるのは絵梨香本人とケージだけのはずだ。
「誰!?」
 絵梨香が高い声を出したが、そんなことは聞くまでもなかった。
「しまったぜ……」
(今日はよくよくドジる日だな)
 ドアに背を向け、銃も持たずに絵梨香の側に立っていた自分の、常にない無防備さに、ケージは身体が灼ける思いがする。
「動いてもいいか?」
 ブルブル震え出した絵梨香の両肩に手を置き、態度で『落ち着け』と伝え、背後の侵入者に向かって言った。
「どうぞ」
 聞き覚えのある声だった。余裕たっぷりの、イヤミな少年っぽい美声。
「お迎えだぜ」
 氷室〈崑崙〉葉介が、振り返ったケージの前に立っていた。右手にS&Wを握っている。 照準は絵梨香にぴったり合わさっていた。
「そちらのお嬢さんもだ」
 ニヤリと笑って、氷室は言う。
「どうしてここが分かった?」
 絵梨香のプライヴェート・ルームをケージが利用していることを、知っている者はいないはずだった。それこそ、クラブ〈ディジール〉の店長三枝でさえ、ケージがここにいることは知らない。
「〈お喋り〉な友達が教えてくれたのさ」
 ますます笑みを濃くして、氷室は答えた。
(あいつか……)
 唇を噛んだ。ナムが逃げそこねだのだと、ケージは直感した。ネオ東京一の《情報屋》である〈お喋り〉ナムだったら、確かにケージの秘密くらいつかんでいてもおかしくはない。しかし、あのナムがタダでケージに不利な情報を連中に売るとは思えない。
「……ナムをどうした?」
 ケージの言葉が堅くなっていた。絵梨香が怯えて、服の裾をつかんだ。
「いまごろエンマさんに舌でも抜かれている頃さ」
 はっきりと満面の笑みになって、氷室は言った。
 ギリッ
 ケージは歯がみして氷室を睨んだ。
「……あついは嘘はつかないからな、舌は抜かれないさ、……どうせなら落語でも聞かせてるだろうよ」
 いますぐ躍りかかって氷室をぶちのめしたい誘惑を辛うじて押さえた。
「ま、近いうちにどっちの意見が正しいか、お前ら自身で確かめることになるさ」
 氷室はまったく平然としている。
 そしてパチンと指を鳴らした。わらわらと氷室の背後から黒ずくめの男達があらわれた。〈D・D〉のチンピラではない。大門豪作直属の部下たちだ。いずれも劣らぬ格闘術のプロであり、身のこなしに一部の隙もない。
「一緒にきてもらうぜ」
 氷室は言った。

第6章 狂熱の死闘


 軽やかな音が聞こえる。
 ——雀だ。そう思い、瞼を開けた瞬間に、ケージの意識ははっきりしていた。
 夜が明けていた。
 薄い朝の陽光が、殺風景な部屋を白く染め上げている。しかし、そのだだっぴろい空間を『部屋』と呼んでいいものかどうかは疑わしい。打ちっぱなしのコンクリートと鉄錆の浮いた頑丈そうな扉があるだけの、単なる倉庫の一室だった。3メートルほどの高さに、鉄格子のついた小窓がある。光はそこから射しこんでいた。真夏だというのに、底冷えする雰囲気があった。
 昨夜、氷室に拉致されたケージと絵梨香のふたりは、夜陰に乗じフル・スモークのロングサイズ・リムジンに押し込められ、ネオ東京を離れここまで連れてこられたのだった。
 目隠しと猿轡を兼ねたアーミイ御用達の拘束マスクをつけられたので、外界の情報は完全に遮断されていたが、精神を集中させカウントを取ったケージには、ここがネオ東京から二時間以上自動車で移動した場所であることは推定できている。
 部屋にはケージひとりだった。マスクを外されたときに、すでに絵梨香の姿は見えなかった。おそらく別室に連れ込まれているのだろう。美しい少女の姿態を思い描き、ならず者に拉致されたその運命を思って、ケージは歯噛みせずにいられなかった。自分の見通しの甘さを呪った。しかし、くよくよしてもはじまらない。とにかく眠ること——時を待つことだと自分に言い聞かせた。なにせ藤堂から依頼を受けて、まだ一日も経っていないのだ。大詰めは近づいている。肝心な場面で身体が言うことを利かないではお話にならない。
 独特の呼吸法を使い、ゆっくり身体の筋を伸ばし、すみずみまで入念にチェックして力を入れる。体調は万全、休養は充分に取れていた。
(ナメられてるな)
 ひっそり笑った。敵はケージを捕らえ、監禁しただけで安心し切っているらしい。武器はなかったが、絵梨香の部屋で着替えたコンバット・スーツのまま、拘束着もつけられず放置されていた。抵抗できるわけがないと高を括っているのだ。
「後悔させてやるぜ」
 低くつぶやく。それと同時に、鉄扉が開いた。
「元気かい?」
 氷室〈崑崙〉葉介が、ニヤニヤ笑いを浮かべて立っていた。昨日と同じ、Tシャツとジーンズというラフな服装だ。
「独り寝は寂しいよ、身体が冷えきっちまった」
 軽口で応える。
「可愛い顔して、言うねえ……」
 楽しくって堪らない表情で、氷室はケージを見据える。その瞳には冷たい炎が見えた。
「大門豪作が呼んでる。来るか?」
「嫌だと言ったら?」
「蜂の巣だ」
 氷室の後ろからふたりの男が現れた。全身黒ずくめのスーツ姿で、手にはサブ・マシンガンを持っている。黒ずくめの男達の顔には見覚えがあった。昨夜氷室と一緒にいた連中ではない。
「なるほどね」
 ケージは鼻を鳴らした。サブ・マシンガンの銃口に毛ほども緊張していない。
「来な」
 その言葉を了解の印と判断したのだろう、氷室は踵を返した。あっさりと背中を見せられても、ここは反撃できる場面ではない。
(とにかく、絵梨香と大門美朋を押さえないとな)
 黙って従う。銃口がその後を追った。
 広い屋敷だった。いや、屋敷ではなく、何らかの研究施設と考えたほうがしっくりくる。病院、それも総合大学クラスの医学部付属病院を連想させる内装だった。
 拘束マスクをつけられていない。少なくともケージはここで始末するつもりなのだろう。何を見たとしても冥途の土産というわけだ。
 氷室と黒ずくめの男ふたりとケージは、20メートルほど窓のないリノリウムの廊下を歩き、一度階段を下り、さらに貨物用のエレヴェーターでワンフロア下降して、大門豪作が待つという部屋に到着した。
「連れてきたぜ」
 氷室が言うと、スーッと鉄扉(さっきまでケージが監禁されていた部屋の、頑丈なだけで薄汚い扉ではない、綺麗な合金性の扉だ)が開く。声紋登録システムだった。
 部屋を一瞥する。
 30メートル四方くらいのスペースの部屋だった。天井は高く、6メートルはある。ケージたちの入ってきた扉の正面は半分がコンソール・パネルになっていて、最新鋭の設備と思われる各種のデータ機器やモニター、エネルギー・チューブ、コードの類いでところ狭しと埋めつくされている。コンソール・パネルのある面は、天井から床まで白の強化プラスティックに覆われていた。残りの半分、扉の位置からは左側に当たるスペースには6本の強化ガラスのカプセル・ケースが縦に並び——ケージの知らないことだが、それは大門豪作が旧新宿のアジトに持ち込んだものと同じ型のものだった——、その手前に横倒しにされた冷凍睡眠装置があった。
 冷凍睡眠装置のベッドに身を横たえているのは、大門美朋だ。
「ケージィ!」
 途端にかん高い叫びが上がった。
 絵梨香の声だ。コンソール・パネルの前に、黒ずくめの男達にサブ・マシンガンをつきつけられて立っている。昨夜、それだけは身に着けるのを許された黒のスリップ・ワンピースを着たままだ。服装に目立った乱れはない。今までのところは無事だった。
 男たちは8人。思ったより少ない。
「よお」
 ケージは手を挙げて応えた。まるっきり緊張感のない声だ。同時に、ふたりの黒すくめの男が素早く退く。代わりに氷室がS&Wを抜いて牽制する。ケージをナメているわけではなく、この〈崑崙〉が全幅の信頼を負っているということだ。実際、絵梨香と美朋の居場所が判っても、十人の武装した男たちなど問題ではないが、氷室がいては如何ともし難い。
「いい度胸だな、〈サイレンス〉ケージ」
 頭上から良く響く低い声が降りてきた。
「えらく芝居掛かった登場をするね」
 ケージはふりあおいで言う。
 コンソール・パネルの左側、ケージには向かって右側の壁の上部にあるキャットウォークにみっつの人影があった。
 先の声の主・大門豪作と、久鬼麗華、そして黒幕・大門絹子。
 豪作はダーク・グレイのスーツ、麗華は紅のボンテージ・ルック、絹子は渋い色合いの和服だ。
 3人とも満面の笑みを浮かべている。
「これで役者は揃った、ってことかな」
 口笛でも吹きかねない調子でケージは続ける。
「まだですよ」
 背後から奇妙に機械的な、細く高い声が聞こえた。その声には聞き覚えがあった。
「やっぱり、そう……か」
 振り返るまでもなかった。思えば、最初からケージはそいつが嫌いだった。
「す、……すまない……」
 しわがれた低い声が続く。その声を聞いては、振り返らないわけにはいかなかった。
 梶由起夫と藤堂冬彦が部屋に入ってくるところだった。飼い犬と主人は立場が転倒していた。梶は拳銃を握り、銃口を藤堂の首筋に当て、元『飼い犬』は喜悦の、元『主人』は深い苦渋と疲労の表情をあらわしている。
「なるほど」
 つぶやくケージの表情は平静そのものだ。
「驚きませんね」
 梶が意外そうな顔で言う。
「人件費の節約なのか? 川崎のビルにいた奴がこの部屋にいるぜ」
「ハハァ、よく気がつきましたねえ」
 先程ケージを迎えにきた黒ずくめの男たちのことだ。もともと、旧新宿で待ち伏せを食らったときから、内通者がいることは予測していた。藤堂はよりによって、敵のスパイに対策の現場を任せていたのだ。
「面目ない」
 藤堂が低い、唸りに近い声を出した。
 内通者が表立った行動を起こした、ということは、もはや大勢は決したということだった。その顔には絶望の色が濃い。
「で?」
 藤堂と梶を無視して、ケージはふたたび豪作に向き直る。その顔には追い詰められたところは微塵もない。
「ショーの仕上げだ」
 豪作はきっぱり、勝ち誇った口調で言う。パチンと指を鳴らすと、久鬼麗華、大門絹子とともに立っているキャットウォークの床がガタンと音を立てて割れ、エレヴェーターになって下に降りる。同時に梶の後ろから一台のダブルベッドが部屋に搬入された。黒ずくめの男たちが素早い動作でベッドをコンソール・パネルの前、ケージたちと絵梨香たちの間に移動させる。
 真新しいシーツにくるまれた豪華な造りのダブルベッドは、いかにもその部屋の雰囲気にそぐわない。
「気に入らんな」
 豪作がケージを見た。射すくめる、という表現が似つかわしい鋭い眼眸だ。気の弱い人間ならそれだけで心臓マヒを起こす。
「へえ? 親父殺してオモチャと姫さん手に入れて、それでもまだ足りないのかい?」
 ケージは平気だ。少年の美貌と相俟って、その物腰は優雅でさえある。
「足りんな。その人形みたいな白面をドス黒く変色させるまではな」
 豪作は淡々と言葉を継ぐ。そのパーソナリティーは、いわばたちの悪いガキ大将のそれだった。あれも欲しいこれも欲しいと言い、しかも手にいれたモノ自体への興味ではなく、自らの欲望を満たす行為だけを愛しているのだ。
「あれを見ろ」
 豪作の指す先に視線を移動させる。はじめてケージの顔に戦慄が疾った。
 5本並んだガラス・ケースのうち、右側から3本に生理食塩水が満たされ、〈魔獣兵器〉が両手両足をだらんとさげて浮かんでいる。のこりの2本は空っぽだ。
 ここに〈魔獣兵器〉があるのは予測はついていた。しかし、一度完膚なきまでに叩きのめされた屈辱の記憶が、ケージを動揺させたのだった。
「主人はもう年老いました」
 それまで豪作の影に隠れてひっそりしていた大門絹子が不意に口を開いた。
「このケダモノの能力を生かそうとせず、前世紀の過ちなどと綺麗ごとを言ってその技術一切を闇に葬ろうとしていたのです。なんと愚かなことでしょう。凶悪な〈兵器〉こそ利益を生むのは常識ではありませんか? せっかくの軍産複合体を作り上げながら、最高の〈商品〉を捨て去ろうとするなど、とても優秀な企業家のすることとは申せません」
 一言一言をきっちり区切り、ケージの顔をじっと見つめる。年齢は60代半ばで、血なまぐさい老いに彩られた女だ。
「だから『引退』してもらったってのか」
「やや強引にな」
 ふたりの《掃除屋》の皮肉に絹子は険しい視線を向ける。ケージは平気だが、氷室は雇主に肩を竦めてみせた。
「主人——大門雄一郎は、ダイモン・コンツェルンを分裂させ、利益部門を豪作に、慈善部門を美朋に継がせる計画を立てていました。藤堂? 貴方はそれを知りながら放置していましたね?」
 態度の悪い《掃除屋》たちは無視して、背中越しに絹子は藤堂に声を掛けた。
「それが雄一郎様の御意志だ。ダイモンは雄一郎様がお作りになった会社だ。新参者ならいざ知らず、戦後のバラックから一緒だった私が逆らうわけにはいかん」
 さっきとは打って変わり、藤堂の声にはきっぱりした威厳がこもっている。会話の内容が会社の業務に関わることなので、自然に自信があらわれていた。
 鋭い視線で見返され、絹子は一瞬息を呑んで黙った。
「親父もお前も、もう終わったんだよ」
 代わりに豪作が口を開く。
「お前たちだって若いときには相当悪どく儲けたはずだ。それを今さら善人振って、それで俺たちのやることの邪魔をされたらかなわんよ」
「美朋様をどうするつもりだ」
 藤堂が話題を変えた。
「〈魔獣兵器〉は生物兵器だ。実験生物だが、残念なことに試験官で作るというわけにはいかない。また生体に直接改造を施すわけでもない。母胎が試験官の代わりになるわけだ。——そこらへんのことは、お前も開発者のひとりだから分かっているだろう?」
 豪作の瞳が嫌な色に光る。
「まさか……」
「その通り、ここにちょうど二体健康で若い〈母胎〉が用意できたというわけだ」
 大門美朋と、紫城絵梨香のことだ。ふたりのうら若い乙女に精子を注入し、子宮を使って〈魔獣兵器〉を開発するのだ。無論、〈母胎〉への影響は少なくない。出産の際にほぼ確実に母親は死ぬ。
「〈魔獣〉はまだ開発途上だ。ひとつは人間のコントロールが効かない危険を伴う存在であること。もうひとつは肉体の限界を越えた能力の発露によって活動時間が40分と限られること。実験体は幾らあっても足りないくらいなのだよ」
 豪作の愉悦に満ちた余裕の言葉を、藤堂はもはやまったく聞いていない。絶望の縁に落ち込み、一度蘇った眼光は暗く澱んでしまっている。
「で、僕はそこで絵梨香に精子を注入してやればいいのか?」
 ケージがのんきにダブルベッドを指さして言った。話の腰を折られ、一瞬呆然とケージの顔を見て、それから不意に豪作は吹き出した。
「フッ、フハハハハハハ…… お、面白い人種だな、《掃除屋》というやつは。面白いが、気にくわん男だ、〈サイレンス〉ケージ。精子提供者は俺だ。聞けば紫城絵梨香はネオ東京随一のアイドルだというじゃないか? 恋人の目の前でスターを犯す。実の父の目の前で娘を犯すショーの前座にはぴったりの趣向だろう?」
「おひねりに鉛玉をやるぜ」
 ケージの声は堅い。
「美朋と藤堂が親子だと知ってたのか?」
「あなたとの会見で初めて聞いたんです」
 梶が答えた。
「まったく無粋な話だよ。せっかく、憧れの近親相姦を達成したと思ったのにな」
「それでこの悪趣味を思いついたってわけか?」
「そういうことだ……。麗華!」
「——はい?」
 それまでずっと黙って控えていた久鬼麗華が前に出る。
「そちらのお嬢さんをエスコートしろ。この世の名残だ、せいぜい快楽を味合わせてやろう」
 凄艶な笑みを浮かべ、しずしずと絵梨香に歩み寄った。
「いっ、いやあっ」
 硬直して豪作とケージの会話を聞いていた絵梨香は、麗華と目を合わせはじめて事態を把握し、激しく身を捩って叫んだ。しかしアッという間に背後の黒ずくめの男たちに押さえつけられてしまう。
「ふふ……可愛いコ」
 蒼白な顔でぶるぶる小刻みに震える絵梨香を、麗華は舌舐めずりしてじっと見つめた。真っ赤なルージュがV字に歪む。
「心配しなくてもいいのよ、きっと最高に気持ち良くしてあげるわ」
「やめてっ、あたしに触らないで……」
 嵩ぶりに濡れた麗華の言葉に、絵梨香は首を反らして答える。しかし、どれだけ逆らってみても無駄だと心得ているのか、その言葉には力がない。
「白い肌……」
 反らした首筋に麗華の指が触れた。
「ひっ」
 短い声を出し、絵梨香はギュッと眼を瞑った。指の後を追い、麗華は首筋に舌を這わせていく。首から、顎、頬、そして口唇までじっくり時間を掛けてたどる。しっとりと弾力のある美少女の肌に、ヌメヌメした唾液の跡がひく。それがせめてもの抵抗の印にしっかりと歯を食いしばっているのを、麗華の指が強引にこじあけ、
「あっ」
 と小さな悲鳴を上げた瞬間に唇を重ね、舌を入れた。
「うっ、ああ……」
 絵梨香に相手の舌を噛み切る勇気はない。麗華は怯えて逃げる少女の濡れた舌を口蓋の中で捕らえ、強く吸い、ペロペロ舐めまわし、ときに歯を立てたりさまざまに翻弄した。その間に空いている両手で巧みにベッドまで誘導していく。
「ああ……、いや……」
 同性の熱い吐息が絵梨香を混乱させていた。敵だとわかっているのに、柔らかな愛撫に抵抗する力を奪われていくのだった。ストラップをはずされ、ベッドに押し倒されながら腰を持ち上げられてスルンとスリップワンピースを脱がされた。下着を着けていないのでそれだけでもう全裸だ。
「ああ……いや、いやっ」
 絵梨香は弱よわしくかぶりを振り、ひんやりした感触の真新しいシーツの上で膝を抱えて丸まった。麗華もテキパキと服を脱ぎ、シースルーのストラップレス・ブラとガーダー、Tバックの黒一色に統一した下着姿になり、ベッドに座る。
「うふふ、楽しみましょう?」
 真っ白な肌に口唇を寄せて言った。息がかかり、びくん、と背筋をそらし反応する。
「柔らかいわ」
 小刻みに震える絵梨香の背筋からお尻の窪みに沿って、麗華はゆっくりと指を滑らせる。何度か往復し、不意にてのひらを翻して桃尻の割れ目に指先を潜り込ませた。
「ダメッ」
 慌てて絵梨香が右手で麗華の指を払う。その隙を逃さず、麗華はガードのとれた胸と肘の間に左手を差し入れ、難なく絵梨香の躯をあおむかせた。もとの姿勢に戻ろうとする絵梨香の胸の谷間に顔を埋め、左手で肩を抱き、右手で小振りだがかたちのいい乳房を揉みしだく。
「ああっ……、いや」
 絵梨香はバンザイする姿勢になって悶えた。麗華の甘い息吹にくすぐられ、ソフト・タッチで乳房を弄ばれるうちに、意識が漂い、快感に躯が疼くのを止めようがなくなっていく。
「あっ」
 麗華の口唇が乳首を捕らえた。軽く吸い、ちょっとだけ尖らせた舌先で転がす。くすぐったさとじれったさの混じった愛撫に絵梨香はとまどった。
(な、何で?)
 麗華は強姦者のはずだった。乱暴されることは、もちろん嫌だったけれど、捕らえられたときからある程度の覚悟はできていたのだ。それが遊び半分の優しい愛撫にすっかりペースが狂わされていた。激しく抵抗しようにも、まったく手応えがない。そのくせ、急所を知り抜いた同性のテクニックは絵梨香の心の鎧を着実にはぎとっていく。
「は、はあ……」
 乳房から顔を離し、麗華は腕枕する姿勢で絵梨香の頭を抱え、ゆっくりと髪の毛を撫でる。ストラップレス・ブラをはずし、絵梨香よりひとまわり大きい乳房を脇の下からそっと擦りつけ、内腿にてのひらを這わせながら同時に接吻する。
「んっ、……う……ん」
 もはや絵梨香は自然に麗華の口唇を受け入れ、みずから舌をそよがせて応えさえしていた。頬は紅潮し、うっとり目を閉じている。
 しっかり抱き締められ、こうして肌を密着させていると、不思議な安心感があった。まるで幼い頃姉と一緒に眠っていたときのようだ。男たちに包囲され見つめられていることすら、脳裏から消えていた。
 そのあいだにも内腿を這う麗華のてのひらは忙しく上下し、絵梨香の快感中枢を麻痺させていく。——自然に股が開いた。桃尻の薄い肉の合わせ目は充血してぷっくり膨らみ、若草の翳りの下で露をはらんでキラキラ光っているのがはっきりと見えた。
 ゴクリ。
 誰ともなく、唾を飲む音が響いた。
 それが合図になった。麗華は口唇を離し——「あん」と不満そうな声を絵梨香は出す——腕枕を解いてM時に開いた足の間に躯を滑りこませる。
「あっ、ダメッ」
 慌てて絵梨香は股間を両手で隠す。しかしその声には媚びる響きがあった。
「ダーメ」
 答える麗華の声にも戯れの色が濃い。素晴らしい技巧だった。怯える少女を、すっかり翻弄し、自家薬籠中のものとしてしまっていた。
「ほら、手をどけて」
「イヤイヤ」
「しかたないわねえ……」
 軽い言葉のジャブを応酬し、麗華は絵梨香の股のあいだで蹲った。ほっそりとした指の狭間で、ささやかな少女のラビアがピンクに色づいているのが覗く。麗華はためらわずに指の檻に舌先を尖らせ差し入れた。
「いやんっ」
 絵梨香の背がびくんと反り返る。指股を舐めまわして、麗華の舌が敏感な若芽に届いたのだ。包皮を軽くなぞるだけで、ケタはずれの快感のパルスが絵梨香の全身を貫いていた。みるみる花弁が開き、指から力が抜ける。
「うふふ、綺麗よ……」
 麗華の息が、ねっとりと秘唇を震わせる。
「ああ……、恥ずかしい」
 はずした両手で紅潮した顔を覆う。脳裏にはもはや拒絶のかけらもない。さらけだされた媚肉はすっかり武装解除され、欲情に濡れそぼっていた。
「あっ」
 長い指がクリトリスに触れた。そのままゆっくりと周囲を優しく撫であげる。口唇を尖らせ、内腿の付け根の窪みに軽くキスしてから麗華は舌を伸ばし、舌の裏側の柔らかく濡れた部分で膣前庭を舐めおろして、敏感すぎる女芯に加える愛撫とは対照的に一気に膣口に差し入れた。
「ふっ、ふああっっ」
 ビクッと桃尻が痙攣し、いきなり声が数オクターヴ跳ねあった。信じられないほどの快感だった。そっとつままれただけのクリトリスからはじんじんする快楽の電気が疾り、深く深く伸ばした舌に刺し貫かれた膣襞への刺激に腰が砕けそうだった。麗華が尖らせた舌を媚肉の中で不意にひろげ、ぐるぐるかき回すと絵梨香は半狂乱になった。
「ああ・あああああああっっ」
 いきなり重力が喪失してどこまでも深く落ちていく。落ち切る前に、次の快感が爆発して絵梨香の息が切れた。粘りのある白っぽい分泌液がどんどんサラサラした透明な液体に変わり、秘唇から溢れ出して内股に垂れシーツに大きなシミを作る。
「おねしょみたい」
 口唇を離して麗華が言う。めくるめくエクスタシーに翻弄され、自動的な痙攣を繰り返す絵梨香の耳には届いていない。いつのまにか顔を押さえていた両手は躯の両脇に放り出され、ただ、はっ、はっ、と荒い息を継いで全身をいっせいに吹き出した汗に桃色に染め、底知れぬ快楽を味わっているだけだ。
「ホーラ、これなーんだ?」
 返事を期待していない口調で麗華はベッド代とマットの隙間から40センチほどの白い物体を取り出した。絵梨香は薄目を開けてそれを視線の先に確認し、
「ああ……」
 と欲情に濡れた吐息をついた。
 双頭のバイヴレーターだった。ライトの白光を浴びてシリコン樹脂がヌメヌメと淫猥に輝く。
「さ、たっぷりと濡らしてね」
 紡錘形の出っ張りに口づけして、麗華がいたずらっぽい笑みを見せた。そして矛先を絵梨香の口唇に差し出す。
「ん……」
 ためらいがちに舌を伸ばし、絵梨香はバイブレーターを咥えた。最初はおずおずと、次第に気を入れて深く呑み込んでいく。下顎の動きで、淫猥な舌遣いが分かった。マゾヒスティックな快楽に蕩け切った表情をしている。その弛緩した顔を満足気に見つめ、麗華はバイブレーターを引き抜いて反対側をもう一度丹念にしゃぶらせる。
「もう、いいわね」
 妖しくうなずき、しっとりした肌を密着させて抱きかかえ、唾液の糸をひくバイブレーターを顎から喉、胸の谷間、すべらかなお腹と辿って、同時にもういっぽうの手で背筋を優しく愛撫する。素早くTバックを脱ぎ捨て、桃尻をつかんでスルッと両足を伸ばして開きその下に滑り込んだ。
「んっ……」
 軽く眉間に皺を寄せ、麗華はバイブレーターをみずからの媚肉に差し込んだ。一・二度短く往復させて感触を確かめ、深い位置で固定する。
「はあっ……、気持ちいいわ。……あなたも欲しい?」
 下腹の上に桃尻を抱え、熱い息を吹きかけて絵梨香を抱き寄せた。そのあいだにも両手は忙しく動き、絵梨香の背中、脇腹、肩甲骨、乳房を弄んでいる。触れられるたびに、ピンポイントの熱い火照りがひろがっていき、甘いまどろみの中で、知らず絵梨香はうっとりとうなずいていた。
「お願い……」
 思考と遊離した言葉が口をつく。麗華の口唇が乳首を捕らえ、軽く歯を当てる。尻たぶを思いのほか激しくつかまれ、引っ張られたスリットにバイブレーターが擦りつけられる。
「はっ、あっ、お願いっ」
 脊髄を貫く快感の矢に、絵梨香はもうたまらなくなって哀願した。
「いいわ、あたしももう我慢できない」
 麗華は邪悪な艶笑を浮かべた。こうでなくてはいけない。氷室に散々に翻弄され、粉微塵になりかけていた淫技に対する自信がよみがえっていた。捕らえられ怯えきり、これ以上はないほどに硬直した少女の警戒心を溶かし、忘我に身を委ねてもっともっとと口走らせるまでに嵩めていく。それでこそネオ東京の裏の女王、久鬼〈蛇姫〉麗華の本領なのだ。
「はあ……」
 絵梨香はうっとり目を閉じる。
 ブブッ、と、バイブレーターをあてがわれた秘唇に溜まった透明な泡が潰れる淫靡な音が聞こえた。
「ああんっっ」
 短い悲鳴の尾が引く。ゆっくり、そして着実に、向かい合わせに座る姿勢で重なりふたりの女は繋がりあっていった。絵梨香は躯をのけぞらし、だらしなく口唇を開いて濡れた舌をそよがせる。首筋といわず胸といわず、麗華がキスの嵐を浴びせる。
「うっ、うううんっ」
 どちらからともなく、感に耐えぬ声が漏れた。バイブレーターの鎌首が絵梨香の秘唇の奥深くまで届き、先端が子宮口に当たる。だらしなく開けっ放しになった口唇から涎れをダラダラ垂れ流し、白眼を剥いてのけぞった。
「ひ、ひはああっ」
 ずるり、と肉襞を抉り、ヌラヌラ光るバイブレーターが美少女の媚肉からのぞく。無数の快楽の火花が連続的に絵梨香の脳髄で弾けた。真白な腹筋がひき締まって4つに割れ、お臍のまわりの肉がヒクヒクと痙攣する。
「もっとよ、もっと乱れるの……」
 言うなり、麗華は左手で絵梨香のウエストを支え、右手を股間に向けた。
「いやっ、ダメッ」
 しなやかな中指の先が敏感な女芯に触れ、ぶるぶるッと全身を震わせて絵梨香は叫んだ。止まらずに桃尻が激しく上下するたび、グチュ、ニチュ、と淫猥な擦過音が響き渡り、もはや声にならない喘ぎと混ざって極上のハーモニーを聞かせた。人差し指と薬指をV字にして小陰唇を撫で、中指で包皮を剥きクリトリスを捏ねる。さっきまでとは打って変わった容赦のない愛撫だった。
「いっ、あ ーッ」
 快感の真っただ中での痛みはエクスタシーの栄養にしかならなかった。絵梨香はあられもなく叫び、涙さえ流して髪を振り乱し悶えた。
「もっとよっ、ホラッ」
 麗華の声も興奮に荒い。少し背を後ろに倒し気味にして、腰を突きあげる。指は休みなく動きつづけている。
 パチッ ——軽い音を立て、バイブレーターのスイゥッチをONにした。
 ヴィィィィィィィィィ ーン
「うわあああああああああああっっ」
 秘唇の奥深くまで埋め込まれた悦楽の楔が凶悪な電子音を響かせ蠢きはじめた途端、絵梨香は絶叫した。意識が真っ白になり、全身の皮膚が弾け、一瞬溶けだしたかと思うと、ぶつん、と時間の感覚さえもなくなった。
「あああああああああああああっっ」
 硬直しながらも桃尻だけは忙しく跳ねている。どこかべつの世界にいってしまった精神の代わりに、肉体だけが貪欲に快感を味わっているのだ。
「んっ、んんんっ」
 麗華もじっと目を閉じて、眉間に皺を寄せ押し寄せるエクスタシーの波に耐えている。
「がっ」
 絵梨香が喉を詰まらせ激しく噎せた。ぷしゅう! と軽い音を立てて股間から透明な水が噴いた。
「今よ、来て!」
 カッと目を開き、鋭い声で麗華が言った。絵梨香には何のことだかわからない。想像を絶したオルガスムスに我を失い、誰の言葉も、周囲の様子もまったく思考の範疇の外にあった。
「よし」
 豪作が答えた。麗華が絵梨香に接吻してから、女たち以外ではじめて発せられた声だった。麗華が絵梨香を翻弄し尽くしているうちに、ベッドに乗っていた豪作はすでに服を脱ぎ去り、陽根はほぼ限界近くまで隆々とそそり立っていた。
「ほら、ちゃんとしてあげて」
 麗華が半身を起こし、絵梨香の耳元に口唇を寄せてささやく。そのまま少女のほっそりした躯を抱き、あおむけに倒れた。
「ああんっ」
 麗華の上にまたがる潰れた四つん這いの格好で前倒しになり、媚肉の中でバイブレーターが引っ張られて絵梨香は甘い声を上げる。
「いい姿だ……」
 豪作は薄桃色に染まり噴き出した汗のためにしっとり濡れて光る尻たぶに手を添えた。
「ああ……」
 それだけの刺激で状況もわきまえず絵梨香の口から喜悦の声が出る。クネクネする腰の動きで、ネオ東京のアイドルが完全に淫乱になってしまったのがわかる。バイブレーターが気持ちいいところに当たるように、みずから姿勢を調節しているのだ。感じるたびにお尻にえくぼが浮かび、それに連動して肛門がすぼまる。
 たまらなくいやらしい眺めだった。
「いくぞ」
 豪作が短く宣言した。菊門に猛り狂った肉棒の先端を当て、しとどに濡れたヴァギナからあふれ出す愛液を塗りたくって一気に刺し貫いていく。
「ギャッ」
 絵梨香の意識から快楽の雲が一瞬で吹き払われた。アヌスはべつに特別な調教をしなくても、呼吸のタイミングしだいで容易に挿入できる。ましてや絵梨香はエクスタシーの絶頂にあり、無駄な力も羞恥もすっかりなくなっていたところだった。
「ああ……、いやっ、ダメ……、裂けちゃうう……」
 脂汗をにじませ身悶える。禁断の快楽のすぐ後で、待っていたのは地獄の苦痛だった。 豪作は完全に根元まで押し込んだ。アヌスの処女は締めつけが格別で、直腸につながる肉襞はべとついている。薄い膜皮を隔てただけの膣口の中では、バイブレーダーが妖しくうねり続けており、肉棒に連続的な艶っぽい刺激を伝えてくる。
「いい感触だぞ、絵梨香」
 豪作は強引に挿送を開始してつぶやいた。
「うっ、ぐっ……」
 しかし絵梨香は快感どころか果てしない苦痛と恥辱にのたうつだけだ。
 自分は罰を受けているのだ、と、絵梨香は思った。敵の手中にあって襲われながら、快楽に我を忘れて浸った淫乱の罰を。
「ホラ、《掃除屋》にその顔を見せてやれ」
 豪作が強引に絵梨香の髪をつかむ。少女の視線の先に、〈サイレンス〉ケージは立っていた。完全な無表情だった。
「あああっ、いやっ、見ないでっ」
 絵梨香は痛ましい声で叫んだ。恋人の前でレズの技巧に翻弄され、肛虐の洗礼を受ける一部始終を見られてしまった絶望に目の前が真っ暗になった。
「どうだ! 声もでないか? 〈沈黙〉はお前の渾名だったな」
 豪作の腰に溜まった快感が弾けた。激しく動き、一滴残らず精液を搾り出し、直腸に注ぎ込んだ。
「…………」
 下腹に放出される異様な感触に、絵梨香はおののいて震える。
 やがて豪作は射精を終え、ふう、とためいきをついてから肉棒を引き抜いた。硬直した絵梨香の躯が解放されて脱力し、麗華の上に折り重なって潰れる。
「ふん、あまりの快楽に気絶したようだな。俺もついケツの穴に出してしまったよ。〈母胎〉にするためにははじめからやり直さなきゃならんな」
「そうね」
 麗華が残酷な笑みで答え、股間に指を差し入れた。
「アアアッ」
 かん高い悲鳴が絵梨香の口唇から奔った。気絶した少女を起こすために、麗華がクリトリスを思い切り抓ったのだ。
「寝てちゃダメでしょ? ホラ、もう一度ちゃんと使えるようにして差しあげなさい」
 痙攣する絵梨香の髪を優しく撫で、麗華が躯を離す。入れ代わりに、豪作が仁王立ちになって絵梨香の前にきた。
 放出したばかりで半萎えになったペニスが絵梨香の目前にあった。
 精液と排泄物と血液にまみれ、ヌメヌメと邪悪に黒光りしている。
(もうどうなってもいい……)
 絵梨香は瞳を閉じて、自虐の味のする肉棒を咥えていった。強烈な汚臭に頭が眩む。おずおずと舌を差し出し、丹念に嘗める。
 口中で、次第に肉の凶器の体積が増していくのが分かる。
 ギリッ。
 ずっと表情を変えなかったケージが、軽く歯ぎしりした。あまりにも小さな音で、周囲には届いていない。動揺を表面に出すことは戦いにおいて命取りになる。したがってケージは淡々と恋人が凌辱される場面を眺めてはいた。しかし、内心は穏やかでないどころか煮えたぎっているのだ。
「美朋を起こせ、4Pといこう」
 悦に入った声で豪作が黒ずくめの男たちに指示を飛ばす。冷凍睡眠装置は完全に駆動されていたわけではなく、大門美朋は単に薬によって一時的に意識を奪われていただけだった。黒ずくめの男たちの2、3人が冷凍睡眠装置のボックスの周囲に集まる。
 何かほんのちょっとでもいい、きっかけが欲しかった。豪作も黒ずくめの男たちも、完全にケージに対するおのが優位を疑っていない。逆転するのなら今しかなかった。しかし、銃口を向ける氷室〈崑崙〉葉介につけいる隙はまったくなかった。
(くそっ)
 ゴオン……!!
 ケージがすべてをあきらめかけた瞬間、出し抜けに部屋、いや建物全体が揺れた。
 地震!? ——違う。
 部屋に集う全員に動揺が走った。一瞬遅れて、天井に巨大な亀裂が走る。
「ああっ」
 黒ずくめの男たちのあいだから、魂消る悲鳴があがる。亀裂は一気に枝別れして増殖し、天井が粉々になって崩れ落ちはじめた。
 ケージが動いた。チャンスと思ったわけではない。《掃除屋》の直感が、天井に亀裂が走ったのを見た瞬間に肉体を反応させていたのだ。
 ドン!
 氷室のS&Wが火を噴く。しかし崩れ落ちるガレキに弾丸は阻まれた。
「ちっ」
 舌打ちして位置取りを変えた。その間にケージは手近な黒ずくめの男に手刀を浴びせ、サブ・マシンガンを奪い2、3人をアッという間に屠った。
「撃つな!」
 うろたえた豪作が叫ぶ。武器を持った敵はケージひとりであり、下手に撃ち合えば同士討ちは必至だ。流れ弾を避けてベッド脇に降り、素早く起き上がった麗華がガードする。いつのまにかその手には数本のナイフが握られている。傍らに絵梨香を引き込んでいた。いざという時のための人質だ。
「ちいっ」
 豪作に言われるまでもなく、氷室には撃ちようがなかった。崩れ落ちるガレキの中でケージはジグザグに動き回り、的確に黒ずくめの男たちをヒットしていく。事態の急変は恐らくケージの味方による襲撃に違いない。パニックに陥ったこちらの戦力を考えれば、後1分ももたないだろう。
「大門!」
 氷室は怒鳴った。豪作でも絹子でも良い、撤退するかと問うているのだ。
「逃がさんぜ」
 ケージは独笑する。まず人質たちをこちらに奪回しなければならない。冷凍睡眠装置の周囲の男たちを片づけ、ふりかえると梶由起夫にバッタリ出くわした。
「あっあっあっ」
 梶は色を失って硬直していた。藤堂に銃口を押しつけたままだが、トリガーを引くこともできないくらい混乱していた。
 ケージはためらわずサブ・マシンガンを向ける。軽い音が響いた。
「くあっ」
 梶は額の真ん中に風穴を空け、間抜けな声を出した。
「残念だよ、もっといだぶってやろうと思ってたのにな」
 すっと身を寄せ、その耳元でケージが囁く。崩折れる梶の手から拳銃を奪う。旧式のベレッタだった。
「じいさん、大丈夫か?」
 ガレキを避けて藤堂に聞いた。真っ青になったダイモン・コンツェルンのNO・2は、それでも気丈に堅い顔でうなずいた。
「ああ……、しかし、これは一体……」
 訝しげに天井を見た。
「ハーイ!!」
 藤堂の疑問に答えるように、天井から大音響が鳴り渡った。
 同時に、とどめの一撃を部屋に加え、巨大なコンテナがあらわれた。
〈ガーデン〉だ。
「言ったろ? ケージあんた甘いんだって」
 スピーカーからお気楽な声が続く。
 紫城貴和美だ。
「さっすが先生!」
 こんなときだけ、目を輝かしケージはその声を神々しく聞いた。
「いくよ!」
 スピーカーがきんきん声を張りあげ、〈ガーデン〉の外壁パネルが割れて、ハリネズミのごとく無数の弾頭がせり出す。
 ヒュヒュヒュヒュヒュヒュン!!
 いっせいに四散した。
「派手すぎるって……」
 藤堂を床に押し倒してかばい、ケージはあきれたつぶやきを漏らす。〈ガーデン〉が放出した数十基のグレネードが、一瞬にして部屋を粉々に打ち砕く。黒ずくめの男たちのパニックが頂点に達し、阿鼻叫喚の地獄絵図が出現していた。
「絵梨香ーっ」
 ハッチを開いて紫城貴和美が姿を現した。肩からサブ・マシンガンと無反動ライフルを提げ、ナイフと拳銃、手榴弾で完全武装したコンバット・スーツの美貌は、さながら戦いの女神アテナを思わせる。長い髪がサラサラと風にそよぎ、キリリッとひきしまった柳眉の下で、いきいきした瞳が輝いている。まさに戦うために生まれてきた女だった。
「!」
 間を置かず貴和美の顔面に向けてナイフの一閃が飛んだ。
「くっ」
 チン! という軽い音とともに貴和美が唸り、身体をひねって〈ガーデン〉の影に落ちた。飛んできたナイフを隠剣で受けたのだが、最初の刃の下にもう一本のナイフが潜んでいて、不覚にも肘に食らったのだ。弾丸の直撃にも耐えるコンバット・スーツがすっぱりと切り裂かれて白い肌に真っ赤な線条が走っている。D11合金製の切れ味だった。
「ちいっ」
 ボタボタ流れ落ちる血をてのひらで押さえ、貴和美は周囲の様子を窺った。
 1メートルほど手前に久鬼麗華がナイフを構えて立っていた。
「遅い!」
 勝ち誇った声を聞いたと思う間もなく、貴和美は動いた。銃をで反応できる距離ではなかった。麗華の投げナイフをライフルを投げ捨てて払い落とし、一気に間合いを詰めて滑り込むナイフを隠剣で受ける。
 ぽん! とそのままの勢いで麗華が貴和美の頭上をトンボ返りで飛んだ。
「ヒュッ!」
 振り仰ぐ貴和美の鼻梁目掛けて麗華はさらにもう一本ナイフを投げた。
 隠剣で受ける。
 ぞわっとする悪寒が貴和美の背筋を駆け抜けた。
 バンザイの姿勢になって棒立ちの貴和美に、着地して一瞬で踵を返した麗華の腕が伸びた。その手には2本のナイフがある。
(手品師かよ!)
 貴和美が思った瞬間、
「うっ」
 と麗華が短い声を出し動きが鈍った。
 振り上げた貴和美の肘から落ちた血の流れが、麗華の眼球を襲ったのだ。
 ガツン!
〈蛇姫〉の美しい額に、貴和美は隠剣の切っ先を叩き込んだ。
 びくん! と一回激しく痙攣して、麗華は倒れた。
「ふう……」
 長い息を吐き、貴和美は隠剣をてのひらに隠す。危なかった。偶然が勝敗を決した。顔面を血に染めて倒れたのは、もしかすると自分のほうだったかもしれない。
「あれ?」
 と、目の前にひとりの少女が座っているのに気がついた。
「あなた……」
 貴和美はその少女の顔をブロードキャスト・ニューズで観たことがあった。
 この事件のすべての発端、囚われの令嬢。
 大門美朋。
「大丈夫?」
 素早く身を寄せ、優しい声で聞いた。
「はい……?」
 美朋は要領を得ない顔で、ぼんやりと貴和美を見返した。うつろな瞳をしている。薬物で眠らされた影響がまだ抜けていないのだ。
「もうちょっとここらへんで待ってて。これをあげるわ。知らない奴がきたら迷わずに撃つの、いいわね?」
 貴和美は携帯してきたコルトの軽量オートマティックを握らせ、美朋に言い聞かせた。本当ならこのままガードしておきたいところだったが、絵梨香のことが心配だった。ケージが藤堂を押さえていることは確認してあったから、早晩こっちに駆けつけるだろう。他の何より依頼を優先させるのが《掃除屋》で、ケージは絵梨香より先に美朋を探すはずだった。
「わかった?」
 まだ夢の中にいる表情の美朋に、貴和美は語気を強めて言った。
「……はい」
 おずおずと美朋はうなずく。
「よし」
 ぐずぐずしてはいられなかった。
 ケージは、そして絵梨香はどこでどうしているのだろうか? と貴和美は思い、踵を返して焦炎の中に飛び込んでいった。
 その時、〈サイレンス〉ケージはもうひとりの《掃除屋》、氷室葉介と対峙していた。「そんな骨董品じゃ、狙いも定まらないんじゃないの?」
 ガレキの被さった崩れた壁の影に身を隠し、ケージは軽口を叩いた。
 氷室の道具であるS&Wリボルバーをからかっているのだが、ケージの手中にある梶から奪ったベレッタも旧式のものなので、本当は人のことなど言えた義理ではない。
「使い慣れた道具が一番なんだよ」
 氷室も楽しげに受けた。ケージと同じく、声の反響が分かりにくいスポットに潜んで相手の出方を窺っている。
 戦いは膠着状態に陥っていた。
 最初は藤堂をかばいながら撃ち合うケージが明らかに押されていた。しかし、途中で藤堂がみずからひとりで逃げ、一対一になれば互角だった。ケージは隙だらけの藤堂を氷室が撃つと思ったが、氷室はあっさりと見逃した。旧新宿での邂逅で遅れをとったことに氷室のプライドはいたく傷ついており、他の獲物は眼中になかったのだ。
「ちっ、てことはこっちが不利かよ」
 ケージはつぶやく。焦っていた。フリーになれば絶対の自信を持っていたのに、氷室はケージのシューティングをことごとくかわし、次第に距離を詰めてくる。〈ガーデン〉の襲撃で焦土と化した部屋は、あらかた破壊され尽くして静寂を取り戻しはじめている。黒ずくめの男たちは全員あの世に送った。混乱に乗じ形勢を一気に逆転したわけだが、敵の最大の戦力である氷室を始末し、一刻も早く人質を奪回しなければ事態はまだまったく予断を許さない。
 イチかバチかの大勝負に出るタイミングだった。
 と。
 RRRUUUUAAAAIII……
 静寂を破って、獣の咆哮が天を貫いた。
「くっ」
 ケージの全身が硬直した。体毛が逆立ち、毛穴からいっせいに冷たい汗が吹き出す。瞳孔がひらき、心臓の鼓動さえ止まった。旧新宿の記憶が、身体を恐怖の鎖で縛りつけたのだ。
 魔獣は、フロアの中央にいた。
 背後に、めちゃめちゃになったカプセル・ケースの残骸が転がっている。
〈ガーデン〉の一斉放射で破壊されたのだ。
 戒めを解かれ〈魔獣兵器〉は復活した。固まった3体の中で中央に屹立した1匹が、さっきの雄叫びをあげた奴だった。傍らにまだ覚醒仕切っていない2匹目の魔獣が蹲っており、3匹目は影になっていてケージのほうからは見えない。
 GGIIIIII……
 1匹目が狂った声を出した。顔をしかめ振り向く。
 そこに3匹目かいた。3匹目は完全に自制を失っていた。〈ガーデン〉のグレネードの直撃を食らったらしく、頭部がなかった。めくら滅法に暴れ、1匹目に襲いかかる。1匹目はためらわずに逃げた。さすがに共食いは避けるのだ。獲物を失った頭のない魔獣は自動的な動きで手当たり次第に暴れまわる。残った柱や壁や天井のカレキが、かすっただけで木っ端みじんに打ち砕かれていく。脳味噌をふっ飛ばされていてもその破壊力には遜色がなかった。
 信じられないバケモノだ。
「ふん」
 ケージの口唇に、本人は意識していない微笑が浮かぶ。あまりにケタはずれの〈魔獣兵器〉の生命力に、恐怖よりも興味が湧いたのだった。このバケモノをいかにして《掃除》するか? 面白い。そう思った瞬間に恐怖が消えた。
「ケージ!」
 貴和美の声だった。姿はない。一瞬遅れて、ぽうん、と空中に何かが投げあげられた。
 ベレッタを連射しながら、落下点にケージは飛んだ。氷室のシューティングで何箇所かコンバット・スーツを焦がし、転がって拾った物体はテレンテッド製の粘着テープと、固形の原子火薬だった。テレンテッドはD11合金製のナイフでも切断できない耐性を備えた宇宙開発用の特種繊維で、原子火薬は酸素を必要とせず発火されれば周囲のものすべてを燃やし尽くすアーミーの採用している兵器だ。10センチくらいの紡錘形の原子火薬は、プラスティックでコーティングされ、腹の部分で数珠繋ぎになっている。全部で12本あった。合せ目のプラスティックを引きちぎれば発火する仕組みだ。
「なんとかしてよ……」
 貴和美はつぶやく。2度も大声を出すようなヘマはできない。ケージと絵梨香が拉致されたことを貴和美が知ったのは〈ディジール〉の三枝が連絡してきたからだった。セキュリティー・システムにハッキングされていたのを発見し、保安部に確認されたところ絵梨香が消えていたというのだ。〈お喋り〉ナムからも連絡は途絶えていた。貴和美は迷わずケージの仕事に関係していると判断した。大門豪作のデータベースにハッキングして検索し、富士のダイモン生化学研究所特殊別室が怪しいと睨んで奇襲したのだった。
 ケージを一人前の《掃除屋》に育てたのは貴和美だ。その実力は充分わかっている。ケージがヘタをうったとしたら、それは相手によくよくの切り札があるに違いない。突然あらわれた〈魔獣兵器〉を見て、貴和美はすべてを理解した。
 通常の武器とは質の違う超高級品のテレンテッドと原子火薬を用意したのは、からめ手が必要かもしれないと思ったからだった。
「こいつはいいや」
 ケージの微笑が濃くなった。貴和美のアイディアは手にとるようにわかる。
「ちっ、潮時か……」
 氷室の顔が曇る。紫城貴和美が〈サイレンス〉ケージに何かを渡した。恐らくは武器だ。それも〈魔獣兵器〉に対抗できるクラスのものに違いない。相手の戦力が不明なのに戦いを続けるのは危険だ。氷室は戦闘を楽しむタイプだが、それに溺れることはなかった。プロとしてここは依頼人の安全を確保し後退するべきだ。
「なんてことだ……」
 豪作は信じられなかった。ついさっきまでの勝ち誇った表情が、部屋と一緒にズタズタに打ち砕かれてしまっていた。麗華に渡された拳銃を絵梨香に突きつけ、右往左往しているだけだった。絵梨香が淫行にぐったりして無抵抗だったから良かったものの、暴れられたらどうなっていたことかわからない。
「行くぞ」
 堅い声で、座り込んでいる絵梨香に言った。心神喪失に陥っている絵梨香に反応はない。無理やり起きあがらせ、豪作は慎重に周囲を窺い歩き出した。このフロアの裏側のコントロール・ルームには、当主である大門家の人間しか知らない緊急用の脱出ポッドがある。とにかく逃げなければ。ここを乗り切ればまだ挽回のチャンスは充分にある。ネオ東京に戻ってから考えればいい。
「あっ」
 ケージと貴和美と氷室と豪作の声が重なった。
 荒れ狂う頭のない魔獣の姿は、どう行動しても全員の視野に入っていた。その魔獣の行く先に、蒼白になった大門絹子が棒立ちになっていた。
 ケージと貴和美はそれを無視した。ふたりに絹子に対する義理はない。自業自得とはこのことで、自分で蘇らせた前世紀の遺物に勝手に殺されればよい。
 氷室はそういうわけにはいかない。依頼人を殺られては《掃除屋》としてのメンツに関わる。相手が誰であろうとも、何としても絹子を救わねばならない。
 豪作はためらった。親子の情のためではない。絹子はダイモン・コンツェルンを自分の手中にするために、まだ死んでもらうわけにはいかない重要な人間なのだ。
「〈崑崙〉!」
 豪作の出した叫びは、呼びかけではなかった。どこからか突然あらわれた氷室が、〈魔獣兵器〉と絹子のあいだに、またたく間に割りこんで入ったことに驚いて思わず口をついたのだ。
「そりゃあ!」
 氷室は腹の底から声を出した。実際に敵対して〈魔獣兵器〉に面してみると、その威圧感は尋常ではなかった。さしもの《掃除屋》といえども、へなへなとへたりこんでしまわないためには、大声でも出して気合いを入れるしかない。
「あなた……」
 絹子が場違いに甘えた声を出した。あまりに常軌を逸した恐怖のために、精神の均衡が崩れてしまっているのだ。
「馬鹿が!」
 氷室は誰にともなく毒づく。
 魔獣の動きは直線的で、まったく澱みがない。氷室は冷静にS&Wの弾丸を〈魔獣兵器〉の両足首に撃ち込んだ。ヴァランスを失った魔獣はうつぶせに倒れた。もともと知能が低い上に脳髄が消失している〈魔獣兵器〉は、四肢を振りまわしてフロア面をぐずぐすに砕くのが精いっぱいで、もはや立ち上がるすべはない。
 しかし問題はこの後だ。
 アクシデントで覚醒したこの〈魔獣兵器〉たちは敵のデータをインプットされていない。つまり一度近づけば相手構わず襲いかかる殺戮と破壊の権化なのだ。
 RRRUUUUUAAAAAAAA……
 予想通り、仲間をやられた魔獣が、氷室の前に立ちはだかった。さっき咆哮を轟かせ、同族に襲われて混乱し逃げた奴だ。ひとしきりうろつき、獲物を見つけられず戻ってきていたのだ。
 IRRUUUUU……
 ギラついた魔獣の双眸が、氷室を捉えた。
(こりゃあ、ダメかな)
 不思議に恐怖感がなかった。というより、氷室にはこれが現実とは感じられなかった。
「《崑崙》!」
 ぼんやりした氷室を、ケージが怒鳴りつけた。宿敵の声にハッと我に返った氷室は、後方に飛び、背後の絹子を安全圏に突きとばして迫り来る〈魔獣兵器〉にS&Wを全弾連射する。
 むろん、〈魔獣兵器〉に銃はまったく通用しない。
「うしっ」
 ケージがひとりでうなずく。敵の声を聞けば、咄嗟の判断で氷室は絶対に銃を使う。魔獣の全意識も攻撃をかけてくる相手に向かうはずで、ケージが背後から近づくのが容易になる。
「ほらよ!」
 原子火薬を引きちぎり、氷室と〈魔獣兵器〉の中間に投げた。原子火薬は発火するまでに数秒のタイムラグがある。放物線を描き、素のままで〈魔獣兵器〉の鼻先に落下する。それを氷室のS&Wの弾丸がぶち抜いた。
 パアン!
 一瞬で強烈に圧縮された原子火薬が弾けた。軽い音だったが、直径6メートルの火球が出現し、〈魔獣兵器〉を頭から飲み込んだ。
 HIGYAAAAAAAA……
 断末魔の悲鳴があがった。猛スピードできりきり舞いし、フロアに倒れ転げまわる。
「なっ!?」
 氷室には何が起こったのかまったくわからない。しかし弾け飛んだ原子火薬の炎は氷室にも及び、利き腕と銃を丸ごと燃やした。
「あばよ」
 火球の中からあらわれたケージの言葉が、氷室がこの世で聞いた最後の言葉になった。炎に包まれた右手を差し向けた氷室の額に、ケージはベレッタの弾丸を撃ち込んだ。氷室のために、一発だけ残しておいた弾丸だった。
「あなた、あなた……」
 うつろな瞳を開けた大門絹子が、崩折れた氷室の死体におずおずと近寄り、語りかけはじめた。完全に狂っている。
「おい」
 それでもケージは声をかけた。
「豪作は何処だ? 何処に逃げる?」
「ケージィィ!!」
 声が重なった。絶叫は掠れていたが、聞き違えるわけがない絵梨香のものだ。
「絵梨香!」
 思わず声が出た。探すまでもなく、絵梨香との距離は5メートルくらいだった。すぐ隣に豪作がいた。銃を向けていた。
「!」
 ケージは飛んだ。豪作の持っているのはガヴァメント・スタイルのオートマティックで、速断連射可能の、性能的にはライフルに匹敵するものだ。身を隠す場所がなかった。初弾をかわしてもなぶり殺しに会うことは目に見えている。
 床に伏せ、ジグザグに転がる。しかし、銃声がしない。
「うっ……」
 豪作が呻き声を漏らし、拳銃を床に落とす。右手首に、1本のナイフが突き立っていた。
「詰めが甘 ーい」
 フロアに身体を伏せて動きを止めたケージに、貴和美が得意満面の声を浴びせた。
「お姉ちゃん!」
 絵梨香が豪作を突き飛ばし、脱兎のごとく駆け出す。
 原子火薬の作った火球の、凄まじい放射熱と発光に、絵梨香の心神喪失が解けたのだった。火球のそばにケージの姿を見て、反射的に叫んだ。油断していた豪作は動揺し、こちらを見たケージに銃を向けた。トリガーに指がかかる前に、絵梨香の声を聞きつけた貴和美のナイフがその手首を貫いたのだった。
「まいった」
 結局、美味しいところは全部貴和美が持っていく。ケージはぶすっとした声を出した。「へっへ〜ん」
 貴和美が優越感に浸った瞳でケージを見下ろしている。左手にライフルを構え狙いをつけているので、豪作は逃げられない。逃げる絵梨香を恨みがましい目で追うだけだ。
「おいで」
 猫撫で声を出す貴和美の前をあっさりすり抜け、絵梨香はケージのもとに走った。
「へ?」と貴和美。
「大丈夫?」
 膝をつき、絵梨香はケージの肩に手を差し延べた。一糸まとわぬ全裸のままだということにも気がついていなかった。
 血の繋がった実の姉妹よりも、傷ついた恋人のほうが大切。
「ああ、平気さ」
 ま、そういうことだという瞳で貴和美を一瞥し、ケージは半身を起こして絵梨香の髪を優しく撫でた。
「ふん!」
 憮然とした顔で、貴和美は豪作に向き直った。
「さあて、こいつをどうするかねえ……」
 ケージが、倒れている男たちのあいだから比較的汚れの少ないのを選んで絵梨香にジャケットを羽織らせてやり、貴和美の横に並んだ。
「藤堂に引き渡す。それでいいだろ」
「藤堂は?」
「ここです……」
 ガレキの影から、憔悴した藤堂冬彦があらわれた。戦闘のあいだ、ひたすら物陰に潜み逃げまわっていたらしい。本来は高級品であろうスーツが、無残に擦り切れ、ボロボロになっている。
「終わったんですか」
 そして聞いた。権力者の口調ではなくなっていた。
「僕たちの仕事はね。これからどうするかは、あんたたちの仕事さ」
 ケージは軽い微笑を作って、肩を竦めて見せた。
「美朋様は……?」
「あっちにいるんじゃない? 動くなって言っといたから」
 冷凍睡眠装置のあった場所を指差して、貴和美が答える。冷凍睡眠装置は、ガレキに埋まっていた。
「み、美朋様っ」
 藤堂が見るも悲惨にうろたえた。
「で、もう1匹バケモンがいたろ?」
 それは無視して、貴和美はケージに聞いた。
「よく眠ってたからさ、口の中に5、6本原子火薬を放り込んで全身をテレンテッド・テープでぐるぐる巻きにしといたんだ」
 いかに〈魔獣兵器〉とはいえ、大気圏でも使用可能な抜群の強度を誇るテレンテッド・テープで縛られていては引きちぎることはできない。内側から燃え尽くされるしかなかった。
「えげつないことするねえ」
「そりゃ、貴女の弟子だから」
「馬鹿め!」
 出し抜けに、それまでずっと押し黙ってじっとしていた豪作が怒鳴った。しかし、豪作の姿は、絵梨香に突き飛ばされ貴和美に銃口を向けられて蒼白になり硬直したままだ。
「電磁シールド!」
 ケージが叫んだ。五感情報を混乱させる旧新宿で連中が使ったやつだ。
「ちっ」
 貴和美が逡巡せずにライフルを撃った。
 バチバチバチ!
 が、弾丸は見えないカーテン、電磁シールドに跳ね返された。旧新宿のときよりも数段機能が上のものだ。
「そういうことだ」
 豪作は喜色に満ちた声で叫んだ。絹子が〈魔獣兵器〉に襲われるのに気をとられ、シールドの領域外で足を止めたのは失敗だった。しかし、偶然にも絵梨香が突き飛ばしてくれたお陰で、《掃除屋》たちに気取られずに逃げ込むことができたのだった。
 もはや一刻の猶予もなかった。極秘裏に事を進めるため、ここには最低の人員しか用意していなかったが、ネオ東京に帰れば数千人の配下がいる。まだまだ勝負はこれからなのだ。——と、脱出ポッドに抜ける扉の前に、ひとつの人影があった。
「お前は——」
 意表を突かれた豪作の額に真っ赤な穴が穿たれた。勢い込んで走った反動で真横にばったり倒れる。人影は豪作の身体に歩み寄り、電磁シールドを解除した。
「大門美朋……」
 ケージが、人影の名を呼んだ。
「私も大門の人間です。どこに逃げるかくらいは、わかります」
 しずしずと、うっとりした声で美朋は言った。
「美朋様! ……御無事で」
 藤堂の喜びの声は、しかし途中で萎えた。誘拐される前に自分が知っていた美朋と、今目の前にいる美朋とは、とても同一人物とは思えない異質さがあったからだ。
「ご苦労でした」
 白い肌は、ますます透明感を加え冴えざえとしている。たった今人を、それも義理とはいえ兄を殺したばかりだというのに、薄桃色の口唇には確かに微笑が浮かんでいた。淫獄の狂気をくぐり抜け、天使は魔性の女神に転生したのだ。
「どういたしまして」
 答えるケージの声は震えていた。

ENDING


『……悲しみに負けず、気丈な笑顔で会見を締めくくったことに、本当に感動してしまいました』
 29インチのTVモニターの中で、ネオ東京ブロードキャスト・ニューズの花形女性キャスター本城塔子が、分別臭い口調で言った、
「ふん、その笑顔が曲者なのさ」
 ケージは不機嫌に鼻を鳴らす。
 事件から2週間が経っていた。ケージと紫城姉妹は〈ガーデン〉でネオ東京に戻り、約束の5億クレジットは翌日には降り込まれていた。1週間後、大門雄一郎が病死、大門豪作は富士の生化学研究施設内での薬品事故に因る爆発で死亡、夫と息子を同時に失ったショックにより、大門絹子は精神を病んで外国のダイモン系列の特殊病院に入院したとの公式発表があった。その3日後に葬儀。大々的に執り行なわれた大門雄一郎、豪作親子の葬儀に喪主として参列した大門美朋は、17歳の少女には過酷すぎる運命と、それに耐える堂々とした美貌で全世界の同情をひいた。
 そして今夜、ダイモン・コンツェルンの新後継者として、藤堂冬彦を後見人に記者会見を開いたのだった。
「何TVに文句言ってんの?」
 隣に座った絵梨香が、ケージの顎のラインを右手の指先で撫でた。愛らしい瞳でケージを見る。
「女は怖い、ってことさ」
 ケージはモニターを切った。胸くそ悪かった。あの日、富士で見せた大門美朋の表情を忘れることができなかった。あれは人殺しの笑顔だ。藤堂は最初、引退すると明言していた。しかし結果的に、ダイモンは雄一郎時代よりも遥かに強力な独裁体制が出来上がりつつあった。たった2週間でだ。一見すると、権力は藤堂冬彦に集まっているように見えた。しかし、ケージには裏であの魔性の美貌が哄笑しているのがはっきりわかっていた。
 もしかすると、この事件で俺は最大の魔物を解き放ってしまったのかもしれない。
「何よ、本城塔子が嫌いなの?」
 絵梨香は美朋の変質に気づいていない。というより、事件の終わった今彼女にとってダイモンのことなど関係ないことなのだろう。
「お前以外の女は誰も興味ないよ」
 ケージ優しく絵梨香を抱き寄せる。ここは〈ディジール〉の例のプライヴェート・ルームだった。ボタンひとつで、ふたりの座るソファーはベッドになる。
「あんっ」
 あおむけに倒れ、絵梨香は甘えた声を出す。
「可愛いな」
 額に落ちかかった前髪をサラッと掻き分け、ケージは絵梨香に口づけした。
「あたしも女よ」
「ああ、可愛すぎて怖いよ」
「……馬鹿」
 軽口をたたき、ふたりは口唇をついばんだ。
「ああ……」
 耐えきれなくなって、絵梨香がためいきをつく。とろんとした瞳が潤んでいる。ケージは素早く絵梨香の服を脱がしていった。少女の白い肌は、躯を重ねるごとにますます柔らかみを増していた。
「ちゃんと見せて」
 ソファーベッドの上で全裸で丸まる絵梨香の躯を押しひろげ、ケージは言う。
「ダメ……、恥ずかしい」
 言葉とは裏腹に、絵梨香はほとんど抵抗しない。口唇には蕩けた微笑が浮かんでいる。 かたちのいい乳房は、ほんの少しだけ大きくなった。はや薄桃色に染まり、ぴん、と皮膚が張り詰めている。なだらかな腹筋が呼吸に合わせ上下する。M字に開いた両脚の間で、きらきらと露をはらんだラビアがぷっくりと充血していた。
「んっ」
 ケージが乳首を口に含んだ。唇で擦り、舌のさきで優しく舐める。
「はっ、ああ……」
 絵梨香はうっとり目を閉じた。無意識のうちに自分の手を口元に持って行き、指先を咥える。ケージは絵梨香の股間にてのひらをあてがった。びくん、と期待に少女の躯が弾む。
「うん……」
 絵梨香の眉間に皺が寄った。ケージは、ゆっくり、ゆっくり、5本の指を巧みにスライドさせ、秘唇を愛撫した。クリトリスを軽くノックする。
「あんっ」
 腰を浮かせて逃げる絵梨香を、空いているもう片ほうの腕を脇腹にまわし、ぐいっと引き寄せる。花弁をそっと開き、愛蜜がとろとろ流れ出してしとどに濡れそぼる秘孔に、中指を挿入した。柔襞の入り口浅くで軽く指を曲げる。
「ああっ、ダメッ、いやあ……」
 くねくね桃尻を波打たせ絵梨香は喚いた。アッという間に頭が真っ白になり、ぷしゅうっ、とさらさらの液体が噴きあげ、アヌスから内腿までべっしょりになる。
「はっ、はっ、はっ……」
 だらしなく口唇を開き、ピンク色の舌がチロチロ踊る。涎が顎に垂れた。
「可愛いぜ、絵梨香」
 ピン、と尖った乳首から唇を離し、ケージは絵梨香の顔を覗き込む。
「お願い……、もう……」
 とろんとした瞳で訴える。ケージは自分も服を脱いで全裸になり、おもむろに少女の躯にのしかかった。少年のしなやかな筋肉の重みすら、エクスタシーに包まれた絵梨香には心地好かった。
「きて……」
 下からしっかり抱き締めて言った。ケージは肉棒の根元を握り、亀頭を秘唇にあてがって膣口の周囲に擦りつける。すりゅっ、すりゅっ、と愛蜜が弾ける淫らな音が響く。
「ああっ、意地悪しないでっ、早くっ」
 涙と汗と涎でグシャグシャになった顔をケージの胸板に擦りつけ、絵梨香は懇願した。
「ぐっ」
 亀頭の先が膣口に潜り込む。
「ああ……っ」
 じんわりと媚肉を押し開いて、肉棒が埋め込まれていく。桃尻の奥から脊椎を通り、閃光が絵梨香の脳髄を満たしていく。
「!」
 弾けた。あああああああああああああああ……、とケダモノの叫びを轟かし、全身を痙攣させ絵梨香は狂った。肉襞が容赦のない力で欲棒を締めつける。抜群の感度、信じられないくらいの快感にケージは耐え、肉棒を根元まで埋めた。押し出された愛蜜が溢れだし、ケージの股間まで熱く濡らす。
「出すぜ」
 今日の絵梨香はハイペースだった。全身が超敏感になっていて、ケージは遠慮なく最初の射精をすることにした。4、5回はできる。ゆっくり可愛がってあげよう。
「うん、ん、ふんっ」
 慌ただしく絵梨香はうなずく。一心に快楽を貪り、ケージにしがみついてすべてを委ねてしまっている少女の姿はたまらなく愛らしい。
 荒々しく腰を使い、挿送を開始する。
「あんっ、あっ、はっ、ふあっ、ふあああ……」
 喘ぎながら、絵梨香は幸福な微笑を浮かべていた。
「ああっ、いい……、いいよう……、気持ちいいようっ……」
 夢見る口調で訴える。ずりゅっ、ずりゅっ、と淫猥な擦過音をBGMに、肉襞がからみつき蠢く。どれほど淫乱になっても、絵梨香の少女らしい清楚さ、可憐さは失われない。
「好き、ケージ、好きなの、ああっ、……いいっ」
「好きだよ、絵梨香」
 ケージは絵梨香をしっかり抱き締めた。きゅうっ、と肉壺が一気に収縮した。ケージは強引に肉棒を根元まで突っ込み、思い切り放出させた。
「……………」
 絵梨香は声もでない。呼吸も止まり、子宮の奥まで精液が奔り、叩きつけられるのを味わっている。
 一滴残らず注ぎ込んで、ケージは動きを止めた。
「はあ〜〜〜〜〜〜……」
 長い息を吐き、絵梨香は脱力する。
「愛してる……」
 うっすらと瞳を開き、ふたりは優しく口唇を合わせた。
 そのままじっとして動かない。
「……まだ、なのよね」
 濃密な時間の後、不意に絵梨香が口を切った。
「ああ、まだまだ可愛がってやるさ」
 絵梨香に腕枕する姿勢で、優しくケージは答えた。
「ううん、大門美朋のことよ」
「え?」
 関係なかったんじゃないのか? ケージは驚いて絵梨香の瞳を見返した。
「気になってるんでしょ?」
「ああ……、まあな」
 ケージは半身を起こし、ソファーベッドに付属しているコンソール・キャビンから煙草をとって一本銜え、火を点けて紫煙を揺らす。
「いつか……、美朋を《掃除》する依頼がくるかもしれん」
「何だ、じゃ、当分退屈しないで済むじゃないの」
 パッと明るい口調に変えて、絵梨香はベッドから立った。快楽の余韻に染まった少女の肢体は輝くばかりに美しい。
 いつのまに、こんなに強くなったのだろう?
 大門美朋と同じように、絵梨香も、変容したということか。
「そうか、そうだな」
 ケージの口元に、ふたたび《掃除屋》の不敵な微笑が蘇った。
「ね、新しい水着買ったのよ、いつ海に行く?」
 部屋の隅に置いてあった包みから水着を取り出し、絵梨香は話題を変えた。
 太陽光線の時間帯によって色彩が変化する新素材のマイクロビキニだ。
「いつでもいいよ」
「じゃ、あたしが勝手に決めちゃうね」
 とびっきりの笑顔を向ける。
 相手が魔性の女神でも、この聖らかな笑顔さえあれば平気だ。
「楽しみだなあ、海よ、海、やっぱり夏だもん」
 まったくその通りだ。
 熱い季節は、まだ終わっていない。
 
 END
士塔渡
作家:士塔渡
サイレンス・オブ・マッドネス
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