背中あわせ

 私がTシャツを2枚購入し、お揃い姿で会場へと入った。ライブは予想以上の盛り上がりで息の合ったダンスパフォーマンスと派手なレーザー演出などに魅了され終始、飛び跳ね、叫び、アンコールで涙した。隣にいた亮介も、ずっと身体を揺らしていたので、それなりに楽しんでいたように思った

「ねえ、どうだった?最高だったでしょ」

 私は現実世界に戻りきれず、興奮を抑え切れぬまま、会場外で亮介に尋ねた。

「うん、思った以上に楽しかった。やっぱりライブっていいよな」

「でしょ、でしょ。あっ、ちょっとトイレいい」

 私は亮介と離れた。行列の最後尾に着くとすぐに携帯電話を手にして、サークルのページを開く。登録してくれている数多くのファンがライブ会場に足を運んでおり「最高でした♪」「超感動したあ!」などと感想が数多く書き込まれているのだ。そのコメントを一つ一つ見るたびに胸が躍り、自分のことのように嬉しくなる。会ったこともない人とネットを通じて好きなコトやモノを共有する中で不思議と連帯感が生まれる。それが妙に心地いい。しかし、『荒らし』と呼ばれる輩の存在がいつも私の邪魔をする。予想通り、数十件並ぶコメントの中で一つ際立って悪意の滲み出る文字列があった。

 

□狂気の桃色堕天使

『狂乱の灰色堕天使』あらため『狂気の桃色堕天使』参上。ここにいる豚どもは阿呆面ならべてブーブー騒いできたのか?日本も終わりだなwそんな無駄金使う暇があったら寄付でもしろよ!って豚に言っても分からんかwww

 

 私は歯を食いしばり、携帯電話を強く握り締めた。悪質な場合は複数のアカウントを所持し、一つが排除されても別のアカウントで侵入してくるのだ。書き込み内容を削除して例の如くユーザーブロックする。一応、事務局へも通報した。投げつけてやりたい言葉は腐るほどあったが、ライブ直後に、そのやり取りを見て不快に思う人が出るのが嫌だったのでやめた。

 

□キュアラブ 

>あ~やんさん いつも管理ありがとうございます。本当にひどいですね。

 

□CGガール

>あ~やんさん お疲れさまです。おかげさまで、楽しく参加させてもらってます♪

 

 削除に気づいてくれた人からコメントが届く。いつも心を癒してくれるのがサークルの仲間だ。現実の友達より遥かに太いパイプで繋がっていうように感じる。

 

「彩花、長かったな」

「うん、大行列でね。ホンマ、女子トイレ増やしてほしい」

 亮介と合流してから帰路につく。会場は馴染みの薄い地域だったので、周りの風景を楽しみながら最寄の電車駅まで歩くことにした。

人ごみに紛れながら、明かりの多いビル群へと向かう。天気予報では熱帯夜だと言っていたが、まさに蒸し風呂のように暑く、数十メートル足を進めるだけで汗が流れてくる。亮介と手を繋いでいたが汗まみれになったので離してしまった。公園の入り口にさしかかったとき飲料水の自動販売機を見つける。街路灯も少なく、辺りは薄暗いが公園の中央には噴水があり、円形の敷地をぐるっと囲むように木々が整然と並んでいるのが分かる。おそらく桜だろう。

「暑い。何か買おうよ」

 私の提案に亮介は「うん」と短く答える。炭酸飲料を2本手に取ると、近くのベンチに腰を下ろすことにした。座っても涼しくなるわけではないが、歩きながら飲むのは個人的に好きではない。私はバッグに手を伸ばす。こうしている間にもコメントがたくさん寄せられてるかもしれない。

「好きだな」

 亮介は苦笑する。

「ごめん」

「いいよ。これ飲んだら、すぐに電車で帰ろうや。明日からまた学校だし」

 

携帯の液晶ディスプレイは2015と表示されている。うちの門限はとっくに過ぎているが今夜は21時まで特別許可をもらっているので問題はない。サークルのメンバーのライブ打ち上げオフ会に参加したい。ただ、高校3年生なので当然、飲酒禁止だし、夜更けまで盛り上がることは間違いない。と考えれば到底、無理だった。それでも管理者としては何か一言、呟いておかなければならないと思う。

 

あ~やん

 ごめんなさい。今日のオフ会参加できません。管理者としては失格ですが、まだ高校生だし、親も厳しいし……ああ、早く大人になりたい!ということで皆さん、盛り上がってくださいね♪

 

 私はイベント企画欄に書き込んだ。その他のコメントに目をとおす。特に悪質な書き込みは見当たらなかったので、ホッと胸を撫で下ろした。

「彩花、見える?あそこ誰かいない?」

 いきなり亮介は公園内の方を指差す。私は目を細めた。確かに小さな白い影があった。少女だろうか。桜の下にある四角い看板のようなものに手を伸ばしている。

「子供?幽霊じゃないよね。あっ、地面に座ったよ」

「大丈夫かなあ。俺、ちょっと見てくる」

 

 そう言って、立ち上がる亮介に私はついていった

「大丈夫?」

 亮介はしゃがみこむと膝を抱えている少女に声をかけた。

「何が?」

 白いワンピースをまとったその少女は表情を変えずにじっと前を向いている。

大きな黒板だった。上の方にライトアップされた箇所に『サクラ伝言掲示板』と大きく表示されている。その伝言掲示板には縦横無尽に文字が並んでいた。しかし、そこに有益な情報は一つもないように思えた。名指しで「死ね」と書いてあったり、個人の携帯番号が晒されている。『即日融資可』『出会ってすぐにHできる』といったビラも所狭しと貼られている。純真無垢な少女とのコントラスト比が異様に感じた。

「何をしてるの?お名前は?」

 私も目線を合わせて尋ねた。目がぱっちりとしていた。ショートボブな少女は座敷わらしを連想させる

「散歩です。知らない人に名前は教えられません」

「こんな遅くに一人でいたら危ないよ」

「そうですね。あなたたちに誘拐されるかもしれません」

「なっ」

 思わず口が開いたままになった。

「まあまあ。この伝言掲示板に何かあるの?」

 亮介が割って入る。

「まともな返事を待ってるんです」

 少女はスッと立ち上がると伝言掲示板の前まで行って一点を指差す。

 

『サクラソウって何ですか?』

 

白いチョークでそう書かれていた。

その質問に対して一本矢印が延びており、その先には信じられない文字があった。

 

『←うんこ(笑)』

 

この伝言掲示板の雰囲気からすれば、まともに答える人間なんていないことが容易に察することができる。どこかネット世界に通ずるものがあると思い、少し同情に似た気持ちが湧き上がってきた。

「ひどいこと書く人がいるんだね。スルーしちゃえ」

「スルーって何ですか?」

「あっ、無視ってこと」

「ああ、とっくにスルーしてますよ」

 亮介は携帯電話を取り出した。おそらくサクラソウを調べているのだろう。確か花の一種だったような気がする。

「えーっとね、サクラソウって花の名前だよ。ほら」

 亮介は携帯電話の画面を少女に向ける。そこにはサクラソウの写真が映っている。しわの多い楕円形の緑色の葉に、サクラのような薄い紅色の花弁。私も初めて見る花だった。

「たぶん、違うと思います」

 少女はそう言い放った。

「亮介、帰ろう。もう、時間がないよ。これだけしっかりしてる子ならきっと大丈夫だよ」

「放っておくわけにはいかないだろ?」

「あっ、喧嘩しないでください。私のことは気にしなくてもいいです。そこのマンションに住んでます。親の仕事がそろそろ終わる頃なので、私も帰ります。親切にいろいろありがとうございました」

 少女は頭を下げると、小走りで駆けていった。

「あっ、行っちゃった」

「彩花……帰ろうか」

「……うん」

 不思議な感覚に捉われた。座敷わらしなのかもしれないと心のどこかでそう思っている自分がいた。そして、私はここにまた来てしまうかもしれない。

 

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 教室のちょうど真ん中に私の席があり、2つ後ろに亮介がいる。私の目の前にはクラス一の大男が陣取っており、私の姿は教卓からは死角になる。よって、口少ない先生の授業の時は携帯電話を触るのが習慣となっていた。前日のライブの影響から身体が少し痛い。体育会系のクラブには所属してない運動音痴の私にとって、あれだけ飛び跳ねていれば筋肉痛になって当然である。声も少し枯れていた。

 いつものサークルのページを開き、膨大な数のライブやオフ会のコメントを一つ一つ丁寧に読んでいた。亮介には口が裂けても言えないが、今この瞬間が私にとって至福の時間だった。

 

□あ~やん

 皆さん、昨日はお疲れさまでした。これからも宜しく御願いしますね。

 

 そう書き込んだ数分後のことだった。

 

□不死身の紅色堕天使

>あ~やんさん 俺は何度でも蘇るwwwお前らみたいなゴキブリとダニを掛け合わせたような下等生物をこの世から排除する使命がある限り。

 

□不死身の紅色堕天使

>あ~やんさん Cure Love?さっさと風俗嬢かAV女優になってくれwwwそしたらお世話になるかもしれんwww

 

□不死身の紅色堕天使

>あ~やんさん 管理者が高校生とか笑えるwww援交で稼いだ金でライブか?いい身分だなあwwwww 

香城雅哉
作家:香城 雅哉
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